山田 重將
税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

相続税法は、相続税及び贈与税(以下「相続税等」という。)の課税価格は相続、遺贈又は贈与(以下「相続等」という。)により取得した財産(以下「相続財産等」という。)の価額によると規定し(相法11の2、21の2)、当該相続財産等の評価につき「特別の定めのあるものを除くほか」その「財産の価額は、当該財産の取得の時における時価」によると規定している(相法22)。
 相続税法では、地上権や定期金に関する権利などのように、特にその評価が困難な相続財産等については、同法において一義的な規定による評価すなわち法定評価(相法23〜26)を行うこととし、法定評価の対象となる相続財産等以外の財産の評価は解釈に委ねられている。しかし、相続財産等の時価を客観的に評価するのは容易ではなく、また、納税者間で相続財産等の評価が異なることは、課税の公平の観点からみて好ましくない。
 そこで、相続財産等の評価の一般的基準を財産評価基本通達(以下「評価通達」という。)によって定め、そこに定められた画一的な評価方法によって相続財産等を評価することとしている。
 課税実務においては評価通達に従った評価が定着しているところ、評価通達は法令ではなく、また、個別の相続財産等の評価は、その価額に影響を与えるあらゆる事情を考慮して行われるべきであるから、ある相続財産等の評価が評価通達と異なる基準で行われたとしても、それが直ちに違法となるわけではなく、評価通達6項においても、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定められている。そのため、納税者が同項の定めを根拠に、例えば土地の評価について、不動産鑑定評価額を基に相続税等の申告を行うことがあり、逆に、課税庁においても、同項を適用し、評価通達の定めによらずに相続財産等の評価を行うことがある。
 しかしながら、評価通達6項に定める「著しく不適当と認められる」場合の具体的内容や事例が示されていないため、同項の意義・内容は様々に解釈される余地を残しており、これについて明確にすることが必要であると考え、本研究を行った。
 本研究では、評価通達に従った評価方法による評価以外の評価の妥当性、すなわち「著しく不適当と認められる」場合か否かが争点となり、評価通達6項の適用が認められた裁判例(判決では「特別の事情がある場合」と判示されている。)(以下「評価通達6項適用に係る裁判例」という。)について分析・検討を行い、評価通達6項の意義・内容を明確化し、同項の判断基準を導出した。
 なお、評価通達6項適用に係る裁判例において、評価方法に対する「納税者の主張」、「課税庁の主張」及び「裁判所の判断」などの態様は以下のとおりであった(表中の件数は、評価通達6項適用の判示がなされた裁判例(最高裁における上告棄却の判決は除く。)を基に集計。詳細は、本稿第2章第4節掲載の【評価通達6項適用に係る裁判例の分析結果】参照。)。

納税者主張 課税庁主張 裁判所判断 財産の種類
評価通達
(6項不適用)
評価通達以外 評価通達以外 株式等(43件)
不動産(8件)
評価通達 不動産(1件)
評価通達以外
(6項適用)
評価通達 評価通達以外 不動産(1件)
評価通達 (該当なし)
評価通達以外 評価通達以外 評価通達以外 不動産(4件)
評価通達 (該当なし)

また、評価通達6項の適用において問題となると考えられる、1相続税法64条((同族会社等の行為又は計算の否認等))との関係、2不動産鑑定評価と「特別の事情」の関係及び3評価通達6項の適用と国税通則法65条4項((過少申告加算税))に規定する「正当な理由」との関係についての検討を併せて行った。

2 研究の概要

(1)評価通達6項適用に係る裁判例の分析

イ 評価通達6項適用に係る裁判例において共通する判示事項
 評価通達6項適用に係る裁判例として、東京高裁昭和56年1月28日判決(訟月27巻5号985頁)、大阪高裁平成17年5月31日判決(税資255号順号10042)などがあるが、それらにおいて、主に、次の四つが判示されている。

〔1〕 時価とは、当該財産の客観的交換価値をいうこと(判示事項〔1〕)

〔2〕 納税者間の公平等の見地から制定されている評価通達が定める画一的な評価方法による財産の評価は、その評価方法が合理性を有し、相続税法22条にいう時価を超えないものである限り適法であること(判示事項〔2〕)

〔3〕 評価通達による評価が、時価の評価として合理性を有する限り、納税者間の公平等の見地から、原則として全ての納税者との関係で評価通達による評価を行う必要があること(判示事項〔3〕)

〔4〕 例外的に、評価通達による評価方法によらないことが正当と是認される特別の事情がある場合(以下「特別の事情」という。)には、別の合理的な評価方法によることが許されること(判示事項〔4〕)

これらの判示事項〔1〕ないし〔4〕は、上記の裁判例に限らず、判示事項〔4〕の「特別の事情」があると認められた裁判例、すなわち評価通達6項適用に係る裁判例において、繰り返し同趣旨のことが判示されており、判例法理として確立しているといえる。

ロ 評価通達6項に定める「著しく不適当」と「特別の事情」との関係
 上記裁判例等は、判示事項〔4〕に続き、「このことは、評価基本通達6において、同通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価するとされていることからも明らかである。」と判示していることから、評価通達6項が同〔4〕にいう、通達によらない財産評価が例外的に許される場合があることと同趣旨のものと捉えているといえる。つまり、評価通達6項の「著しく不適当」と「特別の事情」とは同義であると解される。

(2)評価通達6項適用に係る裁判例における「特別の事情」の意義及び二つの判断の枠組み

イ 「特別の事情」の意義
 「特別の事情」の意義について、評価通達6項適用に係る裁判例は、その一般的な意義、あるいは一般的射程のある該当要件を示してはいない。そして、各裁判例は、判示事項において「特別の事情」があるとの結論を導く上で、評価通達による評価方法を形式的に適用すると「実質的な租税負担の公平を著しく害する」との理由を述べている。したがって、「特別の事情」の意義を明らかにするには、各裁判例が、共通して判示している「実質的な租税負担の公平を著しく害する」との判断を、どのような枠組みの下でどのような事情を指摘して行っているかについて検討する必要があるといえる。

ロ 二つの判断の枠組み(「価額乖離型」と「租税回避型」)
 評価通達6項適用に係る裁判例を分析したところ、「特別の事情」(ないし「租税負担の公平を著しく害する場合」)の有無の判断過程においては、ほぼ共通して、@評価通達による評価方法を形式的に適用することの合理性が欠如していること、A他の合理的な時価の評価方法が存在すること(当該評価方法による価額を「時価により近似する価額」と判示する裁判例もある。)及びB評価通達による評価方法に従った価額と他の合理的な時価の評価方法による価額の間に著しい乖離が存在することが指摘されている。
 そして、更に分析すると、二つの類型、すなわち、@の「評価通達による評価の合理性の欠如」及びBの「時価により近似する価額」との著しい乖離が客観的に存在することを指摘するもの(東京地裁平成4年3月11日判決(判時1416号73頁)、東京地裁平成9年9月30日判決(訟月47巻6号1636頁)、東京地裁平成11年3月25日判決(訟月47巻5号1163頁)など。)と、@及びBを肯定するに当たり、納税者が、C「経済的合理性が欠如した行為を介在させて、意図的に租税負担を軽減させていること」を指摘するもの(東京地裁平成4年7月29日判決(訟月39巻5号938頁)、大阪高裁平成12年11月2日判決(税資249号457頁)など。)に分類できる。
 前者の類型は、租税回避のような納税者の行為や主観を直接的な理由とするのではなく、「評価通達による価額と時価により近似する価額との客観的な乖離」を重要な事実とするものであり、後者の類型は「経済的合理性が欠如する行為が、租税回避目的でなされたこと」、いわゆる租税回避事案であることを重要な事実とするものであるといえる。
 本研究では、前者の類型の判断の枠組みを「価額乖離型」、後者のそれを「租税回避型」と呼ぶこととする。

ハ 「特別の事情」に係る判断基準の検討
 上記ロで検討したように、評価通達6項適用に係る裁判例において、「価額乖離型」及び「租税回避型」の二つの判断の枠組みがあるものの、納税者が評価通達による評価方法に従った価額で申告を行い、これに対し課税庁が「特別の事情」があると判断して、同項により更正処分という納税者に不利益な処分をする場合には、納税者の法的安定性と予測可能性の観点から、相続税等の申告事案に対し同項の適用され得る可能性の判断基準を統一的に考える必要がある。
 評価通達6項適用に係る裁判例は、いずれも評価通達6項適用の該当性判断につき、一般的意義や要件を述べることなく、事例判決の形式を採っているため、明確な判例理論を導くことは難しい。
 しかしながら、「価額乖離型」の枠組みを採用する裁判例も、全く純粋な客観事情のみを前提としているわけではなく、そこには価額乖離という結果が「納税者の行為」、例えば、1相続開始直前に借入金により不動産を取得し、相続税申告後に売却(東京地裁平成4年3月11日判決(判時1416号73頁))、2相続に近接した売買行為(東京高裁昭和56年1月28日判決(訟月27巻5号985頁))、3低額の現物出資による有限会社の設立(東京高裁平成16年3月2日判決(税資254号順号9583))又は4買取保証の下での出資及び買取りの実現(売却)(東京地裁平成11年3月25日判決(訟月47巻5号1163頁))などにより存在し、結果として、相続税等の負担の軽減がなされている事例であるといえる。
 よって、「価額乖離型」の裁判例においても、上記イで述べた、@評価通達による評価方法を形式的に適用することの合理性が欠如していること、A他の合理的な時価の評価方法が存在すること及びB評価通達による評価方法に従った価額と他の合理的な時価の評価方法による価額の間に著しい乖離が存在することに加え、C経済的合理性が欠如した行為を介在させて、意図的に租税負担を軽減させていることを含めた四つの点を判断基準としているとも考えられる。
 つまり、「価額乖離型」において、「納税者の行為」は、「租税回避型」の裁判例と異なり、必ずしも租税回避目的の下での経済的合理性を欠如させる行為に限定されないものの、相続税等の租税負担の軽減に「納税者の行為」が関連することを判断の要素とすることを定型化すれば、「価額乖離型」の判断基準に、「租税回避型」の判断の枠組みをも包摂しているといえる。

3 結論(「特別の事情」の判断基準)

以上のことから、評価通達6項適用に係る裁判例は、「価額乖離型」、「租税回避型」という二つの判断の枠組みに分類できるが、両者を統一的に考えることは可能であり、評価通達6項の適用に当たっては、

@ 評価通達による評価方法を形式的に適用することの合理性が欠如していること(評価通達による評価の合理性の欠如)

A 他の合理的な時価の評価方法が存在すること(合理的な評価方法の存在)

B 評価通達による評価方法に従った価額と他の合理的な時価の評価方法による価額の間に著しい乖離が存在すること(著しい価額の乖離の存在)

C 納税者の行為が存在し、当該行為とBの「価額の間に著しい乖離が存在すること」との間に関連があること(納税者の行為の存在)

の四つの点が判断基準となると考える。

なお、評価通達6項適用に係る裁判例において、@の「評価通達による評価の合理性の欠如」の判断に当たり、B又はCを根拠としている事例(東京地裁平成9年9月30日判決(訟月47巻6号1636頁)、東京高裁平成17年1月19日判決(訟月51巻10号2629頁)など。)もあるように、@からCはそれぞれが個別の基準として存在するのではなく、相互に関連のある基準として存在するといえる。したがって、評価通達6項の適用に当たっては、これらの基準を総合的に判断することが必要である。そして、その結果、「特別の事情」が存在し、相続税等の負担の軽減がなされていると判断されれば、同項が適用され、評価通達によらず、個別に評価を行うこととなる。
 各判断基準については、裁判例で判示された内容などから、それぞれ、次のように考えられる。
@について、評価通達6項適用に係る裁判例においては、同項適用の具体的判断を示す前に、評価通達の意義について、「課税実務上は、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地から、相続税法が規定する相続税及び贈与税の対象となる財産の評価の一般的規準が評価基本通達により定められ、そこに定められた画一的な評価方法により同財産の評価をすることとされている。このように画一的な評価方法により同財産の評価を行うことは、その評価方式が合理性を有する」(大阪高裁平成17年5月31日判決(税資255順号10042))と判示され、評価通達は一般的合理性を有し、画一的な評価のために必要なものであるとしている。
 同時に、「路線価方式により算定される評価額が客観的時価を上回る場合には、路線価方式により算定される評価額をもって法が予定する時価と見ることはできないものというべきであり、かかる場合には、評価通達の一律適用という公平の原則よりも、個別的評価の合理性を尊重すべき」(東京地裁平成9年9月30日判決(訟月47巻6号1636頁))、あるいは「相続直前にその出資総数の52%相当分を有力な取引関係先に著しく廉価な価額で譲渡するという経済的合理性を欠いた行為をし、自らは出資総数の48%弱を保有し、引き続き本件有限会社の経営を実効支配しているような場合に、評価通達を形式的に適用したのでは、相続財産の価額が不当に減少し、相続税負担の実質的公平を損なうことは明らかである」(東京高裁平成17年1月19日判決(訟月51巻10号2629頁))と判示している。
 つまり、各事案を個別的に検討し一般的合理性が欠如している場合に「特別の事情」が存在し、評価通達6項の適用が可能となると判断されており、@は重要な判断基準であるといえる。
 具体的には、不動産の場合、例えば、相続開始直前に不動産を取得し、相続税の申告の直後に売却するなど、相続等の前後を通じてその性質を見ると、当該不動産がいわば一種の商品のような形で一時的に被相続人又は相続人に所有権があるに過ぎないと認められる場合には、これに該当する。
 また、取引相場のない株式等の場合には、例えば、1純資産価額方式における評価差額がことさら人為的に作出されたものである場合、2当該株式等について買取保証がされている場合又は3評価会社を実効的に支配し得る者が取得した株式等であるにも関わらず、評価通達の定めにより判定すると同族株主以外の株主が取得した株式等に該当するため、形式的には配当還元方式を適用せざるを得ない場合などが、これに該当する。
Aについては、不動産の場合、例えば、不動産鑑定評価や、取引の経緯から客観的に明らかになっている不動産市場における実際の交換価値の把握などが、これに該当する。また、取引相場のない株式等の場合には、例えば、株式鑑定評価や、評価通達に定める評価方法を株式等の実態に応じて一部修正する方法などが、これに該当する。
Bについて、評価通達6項適用に係る裁判例は、個々の事例ごとに判断しており、その一般的な意義、あるいは一般的射程のある該当要件を示してはいない。
 本研究の目的である、評価通達6項の判断基準を明確化するという観点からは、価額の乖離が「X倍以上」あるいは「○○円以上」といった、形式的な基準を設けることも考えられる。しかしながら、評価通達6項の適用が争点となる事例は、相続財産等の内容及び事情が個々に異なることから、形式的な基準を設けることは困難であり、また、形式基準を設けることにより、それを奇貨として租税回避行為を誘発させることも想定される。
 よって、「B著しい価額の乖離の存在」については、事例ごとに実質的な判断を行うことが妥当であると考える。
Cについては、不動産の場合、例えば、相続開始直前に借入金又は自己資金により不動産を取得し、相続税申告後に売却することなど、また、取引相場のない株式等の場合には、例えば、買取保証の下での出資及び買取りの実現(売却)や有限会社を設立し当該会社の出資を著しく低い価額で現物出資することなどが、「納税者の行為」に該当する(ただし、宅地の評価が争点となった東京地判平成9年9月30日判決(訟月47巻6号1636頁)において、「C納税者の行為の存在」についての判示はされていない。なぜなら、不動産の価額の形成要因に「納税者の行為」が影響を与えるケースは通常想定されないと考えられ、したがって、純粋に当該価額に係る評価方法そのものが争点となる事例においては、「C納税者の行為の存在」は評価通達6項適用の判断基準に含まれないものといえる。)。

4 各論の検討内容・結果

(1)評価通達6項と相続税法64条との関係

評価通達6項適用に係る裁判例のうち「租税回避型」の中には、同族会社を利用して行われた事例(例えば、東京地裁平成12年5月30日判決(税資247号966頁)、大阪地裁平成16年8月27日判決(税資254号順号9726)など。)がある。
 これらにおいては、評価通達6項適用の判断基準である「評価通達による評価の合理性の欠如」と「著しい価額の乖離」が客観的に存在することの二つの点を肯定するに当たって、納税者が「経済合理性の欠如した行為を介在させて、意図的に租税負担を軽減させていること」を指摘している。
 一方、同族会社の行為計算否認規定である相続税法64条の解釈・適用上の通説的な論点として、1具体的な行為計算が異常ないし変則的であるといえるか否か、2その行為・計算を行ったことにつき正当な理由ないし事業目的があったか否か及び3租税回避の意図があったと認められるか否かという三つが挙げられる。
 両者を比較すると、2に関しては、上記の裁判例において、「その行為・計算を行ったことにつき正当な理由ないし事業目的はない」また、3に関しては、「経済合理性の欠如した行為を介在させて、意図的に租税負担を軽減させている」と判示されていることから、租税回避の意図があったと認められ、それぞれ、2及び3と一致するといえる。
 さらに、「租税回避型」に係る裁判例で認定された、同族会社の順次の著しく低い価額での現物出資の受入れ、あるいは意図的な資本金と資本準備金の振分けといった納税者の行為は、評価通達の定めのうち評価額が低額となる評価手法を適用することができるようにするため形式的に行われたに過ぎないことから、1の「具体的な行為計算が異常ないし変則的である」ことにも該当する。
 以上のことを踏まえると、評価通達6項適用に係る裁判例のうち、同族会社を利用して行われた「租税回避型」に該当するものについては、相続税法64条1項の適用も可能であったと考えられ、同族会社の行為計算否認規定である同項と評価通達6項はその適用において並存し得るものといえる。

(2)不動産鑑定評価と「特別の事情」

評価通達は、間接的拘束力(「評価通達が時価の評価方法として一般的合理性を有する限り、納税者間の公平性の観点から、原則として、全ての納税者との関係で評価通達の定めに基づく評価を行う必要があり、特定の納税者、あるいは、特定の相続財産等についてのみ評価通達に定める方法以外の方法によって評価することは、たとえその方法による評価がそれ自体としては相続税法22条の定める『時価』として許容できる範囲内のものであったとしても許されない。」というもの。)を有するとされているが、不動産(土地)の評価については、当該拘束力の捉え方が異なる二つの裁判例がある。
 東京地裁平成11年8月10日判決(税資244号291頁)は、単に一応公正妥当な鑑定理論に従った不動産鑑定評価額が存在するだけで、直ちに「特別の事情」があるというわけではなく、他の諸事情をも考慮して、当該事例において評価通達に定めるところに従った評価額が時価を超えていることが明らかであると認められて初めて「特別の事情」が肯定されることになる旨を判示している。換言すると、他の諸事情をも考慮して、評価通達に定めるところに従った評価額が時価を超えていることが明らかであると認められる場合には、評価通達による評価方法が時価の算定方法として合理性を欠いているとも評価できるということである(当該見解を「合理性欠如説」と呼ぶ。)。
 一方、名古屋地裁平成16年8月30日判決(判タ1196号60頁)は、「このような不動産鑑定評価基準の性格や精度に照らすと、これに準拠して行われた不動産鑑定は、一般的には客観的な根拠を有するものとして扱われるべきであり、その結果が上記の通達評価額を下回るときは,前者が「時価」に当たると判断すべきことは当然である」と判示している。つまり、当該裁判例の採用する見解は、納税者側が、不動産鑑定評価書等の反対証拠を提出して、評価通達に基づく課税処分の適法性を争った場合には、1評価通達の定める評価方法の内容と鑑定評価書等の合理性を比較考量して決する、2不動産鑑定評価基準に準拠して行われた不動産鑑定は、一般的には客観的根拠があるものとして扱われるべきであることから、不動産鑑定評価額を「時価」と判断すべき、とするものである(1の合理性の比較考量の観点から、当該見解を「合理性比較説」と呼ぶ。)。
 両説について比較した結果、合理性欠如説は、評価通達に定める評価方法以外の方法で評価することが正当と是認される「特別の事情」の有無に関して、評価通達6項適用に係る裁判例が、1評価通達による評価を形式的に適用することの合理性が欠如していること(判断基準@)、2評価通達による評価に従った価額と他の合理的な時価の評価方法による価額の間に著しい乖離が存在すること(判断基準B)などを指摘していることと整合的であると考えられる。
 これに対し、合理性比較説における「評価通達の定める評価方法の内容と鑑定評価書等の合理性を比較考量して決する」との部分は、評価通達の有する拘束力(間接的拘束力)の「特定の納税者、あるいは、特定の相続財産等についてのみ評価通達に定める方法以外の方法によって評価することは、たとえその方法による評価がそれ自体としては相続税法22条の定める『時価』として許容できる範囲内のものであったとしても許されない。」という内容と整合しないと考えられる。また、合理性比較説は、結局のところ、評価通達の有する拘束力について、当該拘束力が評価通達に基づく評価額が納税者にとって有利に働くもの(つまり、評価通達による評価額≦不動産鑑定評価額となる場合にのみ働くもの)と考えるのと同じであるといえるが、そもそも評価通達が間接的拘束力を有するとすると、上記のような片面的な取扱いが導かれることは極めて疑問と言わざるを得ない。
 以上のことから、不動産鑑定評価と「特別の事情」の関係は、合理性欠如説によるべきであり、単に不動産鑑定評価額が評価通達に基づく評価額を下回るというのみでは「特別の事情」は認められないと考える。

(3)評価通達6項の適用と国税通則法65条4項に規定する「正当な理由」との関係

評価通達6項適用に係る裁判例において、課税庁が更正処分等に基づき過少申告加算税の賦課決定をしたことに対し、納税者が、過少申告となったことにつき、課税庁が公表する評価通達により、相続財産等を評価して相続税等の申告を行ったためであり、国税通則法65条4項に規定する「正当な理由」(以下単に「正当な理由」という。)がある場合に該当する旨を主張することがある。
 各裁判例の判示事項は、事例の内容により区々であるが、「評価通達6項の定めからみても、評価通達を形式的に適用して相続税額を申告したとしても、これがそのまま是認されるものではないことは当然に予測のつくところである」(東京高裁平成17年1月19日判決(訟月51巻10号2629頁))あるいは「相続税の申告の時点において、『この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。』との評価基本通達6項の規定が存在(する)」(東京高裁平成13年1月30日判決(税資250号順号8826))などと判示されているように、いずれの裁判例においても、「評価通達は、評価通達6項を含めたところで、相続財産等の評価方法を定めている。」ということが前提とされているといえる。
 つまり、評価通達6項適用に係る裁判例においては、当然のことながら、評価通達6項が適用されることになるが、もともと評価通達6項は評価通達の一部として存在しており、「特別の事情」があるとして同項が適用されたとしても、「相続税、贈与税の過少申告加算税及び無申告加算税の取扱いについて(事務運営指針)」第1・1(1)に定める「税法の解釈に関し申告書提出後新たに法令解釈が明確化されたため、その法令解釈と納税者(省略)の解釈とが異なることとなった場合」には当たらない。
 また、最高裁昭和62年10月30日第三小法廷判決(訟月34巻4号853頁)において、租税法における信義則の適用要件について判示され、その一つに「課税庁が当初の信頼の対象となる公的見解の表示に反する行政処分をしたこと」という要件があるが、「評価通達は、評価通達6項を含めたところで、相続財産等の評価方法を定めている。」ことを前提とすれば、「公的見解の表示」には、評価通達6項の定めも含まれ、同項の適用は、「公的見解の表示に反する行政処分」とはならず、信義則違反にも当たらないことになる。
 さらに、以上のことから、評価通達6項の適用は、東京高裁昭和51年5月24日判決(税資88号841頁)で判示された、「附帯税を課することが不当もしくは酷ならしめるような事情の存する場合」、あるいは、最高裁平成18年4月20日第一小法廷判決(民集60巻4号1611頁)で判示された、「真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情」がある場合にも該当しないといえる。
 したがって、評価通達6項適用に係る裁判例においては、国税通則法65条4項に規定する「正当な理由」は存在しないため、同項の規定に基づき、過少申告加算税を賦課するのが相当である。


目次

項目 ページ
はじめに168
第1章 財産評価基本通達の位置付け172
第1節 租税法律主義と税務通達172
1 租税法律主義の意義172
2 租税法律主義の内容172
3 租税法の法源173
第2節 税務通達の法的性格174
1 税務通達の法的根拠174
2 税務通達の存在と納税者の法的安定性及び予測可能性175
3 税務通達と行政先例法176
第3節 税務通達の法的拘束力177
1 課税庁部内の拘束力177
2 納税者に対する拘束力178
第4節 財産評価基本通達及び同通達6項の意義等179
1 財産評価基本通達の意義と納税者に対する拘束力179
(1)財産評価基本通達の意義179
(2)財産評価基本通達による画一的評価の必要性180
(3)財産評価基本通達の納税者に対する拘束力(間接的拘束力)180
2 財産評価基本通達6項の趣旨等182
(1)財産評価基本通達6項の趣旨182
(2)財産評価基本通達6項の適用基準(判断基準)183
第2章 財産評価基本通達6項適用に係る裁判例の分析184
第1節 財産評価基本通達6項適用に係る裁判例における時価等の意義184
1 財産評価基本通達6項適用に係る裁判例において共通する判示事項184
2 判示内容185
第2節 財産評価基本通達6項適用に係る裁判例における「特別の事情」186
1 「特別の事情」の意義186
2 財産評価基本通達6項に定める「著しく不適当」と「特別の事情」との関係187
第3節 財産評価基本通達6項適用に係る裁判例の分析188
1 不動産に係る裁判例188
(1)借入金による不動産の購入に係る事例188
(2)土地の売買契約成立後の相続開始に係る事例191
(3)宅地の評価に係る事例192
2 株式等に係る裁判例196
(1)有限会社等を設立し、当該会社の出資等を現物出資した事例196
(2)買取保証のある出資の評価に係る事例201
(3)資本金と資本準備金の振分けに係る事例206
(4)負担付贈与に係る事例208
第4節 二つの判断の枠組み(「価額乖離型」と「租税回避型」)210
第5節 「特別の事情」に係る判断基準218
第6節 財産評価基本通達6項適用に係る各判断基準の検討220
1 「@評価通達による評価の合理性の欠如」について220
2 「A合理的な評価方法の存在」について222
3 「B著しい価額の乖離の存在」について222
4 「C納税者の行為の存在」について223
第7節 「特別の事情」に係る立証責任224
1 相続税における「価額」の立証の構造224
2 相続税等における「価額」の要件事実と証明責任226
第3章 財産評価基本通達6項と相続税法64条の関係228
第1節 相続税法64条の課税要件228
第2節 「税負担の不当減少」に係る二つの解釈228
第3節 「租税回避型」に該当する裁判例との関係230
第4章 不動産鑑定評価と「特別の事情」233
第1節 財産評価基本通達の有する間接的拘束力についての異なる見解234
1 東京地裁平成11年8月10日判決(税資244号291頁)(合理性欠如説)234
2 名古屋地裁平成16年8月30日(判タ1196号60頁)(合理性比較説)236
第2節 「合理性欠如説」と「合理性比較説」の相違点237
第3節 「合理性欠如説」と「合理性比較説」の比較検討238
第4節 小括239
第5章 財産評価基本通達6項の適用と国税通則法65条4項との関係242
第1節 「正当な理由」の意義等243
1 国税通則法65条4項の規定243
2 相続税事務運営指針による取扱い243
3 裁判例における判断244
4 信義則の適用要件245
第2節 財産評価基本通達6項適用に係る裁判例における判断247
1 不動産に係る裁判例247
2 株式等に係る裁判例248
(1)有限会社等を設立し、当該会社の出資等を現物出資した事例248
(2)買取保証のある出資の評価に係る事例252
(3)資本金と資本準備金の振分けに係る事例254
第3節 小括256
結びに代えて258

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