渡邉 勲
税務大学校
研究部教官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

(1)外国税務当局との情報交換の必要性

税務当局が外国の税務当局との情報交換により入手し得る情報は、一般に、1国内の資料情報制度を補うものであり、ひいては納税申告の適正性検証や税務調査選定の資料補完に有意義であり、また、2税務調査における証拠収集を補完するものとして適正な課税の実現、特に証明責任の充足に向けて直接的な効果が期待される。

(2)国内対応の必要性

平成10年の外為法改正後、国内の投資環境の低迷や税制改正を受けて、一般納税者にとっても、海外での投資・蓄財活動が現実的な選択肢となっており、税務当局の対応が求められる。しかしながら、国税通則法の改正や税務訴訟判決の動向から、税務行政における透明性の向上、課税処分に係る説明責任、訴訟の際の証明責任の負担が高まっていることから、税務当局が実施する情報交換の有効性を高める必要がある。

(3)対外対応の必要性

税務当局は、OECD加盟国ほか多数の課税管轄による国際的取組み(Global Forum)により承認された『国際標準』に沿った情報交換の運用が求められている。2013年11月には、Global Forumによる参加各管轄に対する相互審査の結果について、広範かつ詳細な報告書が公表された。
また、OECD加盟国を中心とするBEPSプロジェクトにおいて、対外貢献と我が国利益の確保の両面に資する観点から最も妥当なルール作りを我が国が主導するためには、グローバルな経済取引実態の税務当局における把握が必要であり、海外情報の入手方策として「要請に基づく情報交換」の有効活用が求められている。

(4)研究の方向性

税務当局が情報交換条項につき適切に対応し、有効に活用する局面としては、1条約相手国との渉外事務、2情報交換条項に基づく義務として条約相手国へ提供する課税関連情報の収集事務、3調査、徴収等の必要から情報交換条項に基づき条約相手国に対し課税関連情報の提供を求める事務に分類されよう。本稿では、3の局面について考察する。具体的には、
○ 我が国の税務当局が、情報交換の枠組みを通じて、税務調査に有効な情報の提供を条約相手国から効果的に引き出す観点から、情報交換に必須となる『国際標準』につき、考察する。
○ 我が国税務当局が条約相手国に対する情報要請につき実施する渉外事務を効果的に進める観点から、我が国における税務調査等の段階において前提とすべき条約相手国(情報提供国)側の関連制度及び執行状況を整理する。

2 研究の概要

(1)租税条約等に基づく情報交換の基本的意義

イ 租税条約等に基づく情報交換
外国税務当局との情報交換には、租税条約等の国際約束に基づき、締結国を拘束する枠組の活用が有益である。

ロ 情報交換の実効性に向けた論点整理
情報交換により相手国から有効に情報の提供を受けるには、相手国(被要請国)の権限のある当局の位置づけを前提にしつつ、情報交換に係る渉外事務を進めるための基本要素に係る論点整理が必要である。

ハ 情報交換条項の基本要素
要請に基づく情報交換は、租税条約等の国際約束に定める情報交換条項に依拠して行うことから、情報交換条項に規定する法律要件と効果を整理して、個別の渉外事務に当たることが有益である。情報交換条項は、条約締結国に相手国に対する情報提供義務を課すものである。なお、条項の見出しである『情報交換』という用語は、『exchange of information』の邦訳であり、日本語の『交換』の用語は『提供』を想起させないが、条項の規定を正確に文理解釈すれば、明確に提供義務を規定するものである。この点は、課税利益の希薄な(従って、自国では課税情報を必要としない)課税管轄との間で『情報交換』条約が締結されていることの理解に不可欠である。

ニ 情報交換の態様区分
情報交換の態様に係る伝統的な区分のうち、『要請に基づく情報交換』とされるものは、多数の課税管轄政府により承認された『国際標準』が確立している。『国際標準』の主眼は、『要請に基づく情報交換』を効果的に活用することにある。

(2)租税条約等に基づく情報交換に係る『国際標準』

イ 情報交換に係る規定の概要
国際標準の諸要素は、条約上の文言に明定されるものとそれ以外の各国政府のコミットメントが付された合意事項とから構成される。これらの詳細は、2002年から2005年にかけて集約・公表されており、国際的に承認され、共有されているものである。

ロ 情報交換に係る国際標準の形成
情報交換の枠組みは、当初、租税条約に規定する条項として、租税条約の執行のために行う情報交換(二国間の枠組)に留まっていたが、税の透明に向けた国際的な取組を経て、租税条約に限らず、国内税法の執行のための情報交換として多数の国に承認された枠組みに進展した。

(3)租税条約等の相手国・地域の状況

イ 我が国の情報交換ネットワーク
我が国は、80以上の国・地域との間で、『租税条約』、『情報交換条約』又は『税務行政共助条約』の締結を通じて情報交換ネットワークを構築している。

ロ 条約相手国の情報提供に係る基本要素
要請に基づく情報交換が有効に実施されること、即ち、条約相手国(被要請国)により情報の提供義務が実効的に履行されるためには、1被要請国において情報の管理される制度が存在し、2情報交換担当部局が情報にアクセスする権限を有しており、そのうえで、3情報交換を実施するメカニズムが成立していることが必要である。

ハ 条約相手国の状況の分析
税の透明と情報交換の取組を推進するために多数の課税管轄間の合意によりGlobal Forumが構成されている。Global Forumは、要請に基づく情報交換における情報提供を実施するための制度・施行状況をGlobal Forum参加各国・地域において検証し、必要な提言を行っている。これらは、広範かつ詳細な報告書にとりまとめられ、公表されている(2013年11月、Global Forumの大宗を占める100管轄に関する報告書が公表され、今後も継続する。)

ニ 我が国の条約相手国における制度・執行状況の把握
Global Forumにより公表された報告書を活用し、必要とする条約相手国ごとにその情報交換対応の状況を把握しつつ、税務調査や徴収等の事務に情報交換を活用することが有益である。
即ち、相手国に対する情報の提供要請を効果的に実施するには、情報交換に係る渉外事務を担当する部局だけでなく、条約相手国から入手した情報を調査・徴収等に活用する部局においても、事前に想定される条約相手国の情報交換対応状況を念頭に置くことが有益である。予め、条約相手国別にその情報交換対応状況を整理しておくことの必要性は、この点に存する。


目次

項目 ページ
はじめに492
第1章 租税条約等に基づく情報交換の基本的意義498
第1節 租税条約等に基づく情報交換の枠組み498
1 情報交換の枠組み498
2 要請に基づく情報交換の流れ499
3 要請に基づく情報交換以外の情報交換〔備考〕499
第2節 情報交換の実効性に向けた論点整理501
1 相手国の権限のある当局の立場501
2 要請に基づく情報交換の実効性確保に必要な論点502
第3節 情報交換条項に関する基本要素502
1 情報交換条項の枠組の再確認502
2 『交換』・『exchange』の用語の意義503
3 情報交換条項の基本的枠組み505
第4節 情報交換の態様区分506
1 情報交換の態様に係る伝統的区分506
2 慣例上の態様分類は、次のように整理できる。506
第2章 租税条約等に基づく情報交換に係る『国際標準』509
第1節 情報交換に係る規定の概要509
1 情報交換条項に係る基本要素の根拠509
2 条約に明定される基本要素の概要510
3 条約以外の国際合意(各国政府コミットメント)513
4 情報交換条項の実体規定化513
第2節 情報交換に係る国際標準の形成514
1 情報交換に係る条約の類型514
2 情報交換条項の進展経緯516
3 基本要素に係る合意の形成519
4 基本要素に係る合意の変質520
第3章 租税条約等の相手国・地域の状況522
第1節 我が国の情報交換ネットワーク522
1 情報交換の前提となる我が国租税条約ネットワークの現状522
第2節 条約相手国の情報提供対応に係る分析523
1 条約相手国の情報交換対応状況の分析に係る前提条件523
2 条約相手国の情報交換対応状況の分析に必要となる判定要素524
第3節 個々の条約相手国の状況の分析526
1 情報交換要請に係る国内状況の分析526
2 自国課税利益のある(重視する)条約相手国・地域526
3 自国課税利益の希薄な条約相手国527
第4節 我が国の条約相手国における制度・執行状況528
1 我が国の条約相手国528
2 Global Forum相互審査報告書に該当する条約相手国528
3 相互審査報告書に該当する管轄の分布状況529
4 Global Forum審査報告書の特色と実務への供用方法529
香 港530
韓 国533
シンガポール536
ケイマン諸島538
バミューダ540
スイス連邦543
米 国547
結びに代えて550
〔別添〕551

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