角田 享介
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

会社法(商法)、法人税法、金融商品取引法(証券取引法)は、第二次世界大戦後、各法令間の計算規定の相違の調整を数次にわたり行い、段階的に乖離の縮小が図られてきた。その結果、トライアングル体制と称される、わが国における特徴ある会計制度が構築されることになった。この調整の過程のさなか、トライアングル体制における制度会計間の連結の役割を担う条項である、法人税法22条4項(以下、「当該条項」とする。)が設けられ、当該条項はトライアングル体制の下、着実に定着してきたといえる。 しかしながら、制度会計間における協調体制が崩れ、企業利益概念が変革し、収益の認識基準が変わろうかとしている現在の状況は、当該条項を創設する前提となった状況とは大きく異なってきている。このような状況の変化が当該条項の解釈や適用にどのような影響を及ぼすのか、さらには課税所得の計算において何らかの変化を生じさせるのかについて検討を行うものである。

2 研究の概要

(1)法人税法22条4項の趣旨・性質等

当該条項は、企業会計準拠主義のもとでの自主的経理の尊重と二度手間の省略がその効果としてあげられる。一方、企業会計準拠主義のもと企業経理を尊重することに関して、総論としては争いがないといえるが、それをどの範囲まで尊重するかについては様々な見解がみられる。また、当該条項の性質は通説のとおり確認的規定であり、当該条項によって新たな法律関係を生じさせるものではない。

(2)各制度会計における利益・所得概念の変革

1949年に企業会計原則が公表された時期は、資産評価と利益発生の経常性の観点から三者(証券取引法会計、商法会計、税務会計)の利益・所得概念が異なっていたことが確認できる。そして、1974年には、三者間の調整によって、三者の利益・所得概念がほぼ類似したものとなり、トライアングル体制が成立する前提が整えられたことが確認できる。しかしながら、現在は、収益の認識の観点から、概念の相違が多少みられ、これが次第に拡大していくことがあれば、利益・所得概念の相違もまた拡大する可能性が高いことがうかがえる。

(3)法人税法の課税所得金額の計算構造

税法上の課税所得算定式は、「課税所得金額=益金の額−損金の額」で示されるが、1つ1つの取引において、益金算入か損金算入かを判定して会計処理をすることは実際的ではない。通常は、企業会計準拠主義のもと、企業会計の処理を活用し、「課税所得金額=企業会計利益±税法上の加算・減算」とする実務上の課税所得算定式が用いられる。この算定式は、課税所得金額を求めるために、企業会計上の利益の額に、別段の定めによる調整によって税法上の加算・減算がされるだけでなく、総則規定及び法人税法22条によっても税法上の加算・減算がされることを示している。つまり、「課税所得金額=企業会計利益±総則規定等±別段の定め」と示すことができる。そして、「総則規定等」による加算・減算は、企業利益概念と課税所得概念の相違が少なければ、それほど意識することがなくても問題が生じることはほとんどないであろう。概念の類似性が高まり、企業会計準拠主義のもと実務上の課税所得算定式を別段の定めだけを意識しながら計算できる状況こそがトライアングル体制であった。しかしながら、企業会計と法人税法の収益・損費の概念及びその認識等が異なる傾向が進むなど、トライアングル体制の乖離が一層拡大することになれば、「総則規定等」によって加算・減算されるものが増加していくことになるであろう。

(4)公正処理基準の解釈

当該条項は企業会計準拠主義を示すための確認的規定であり、過度に会計基準に従うべきことを厳格に要請するものでもなく、また、税法固有の観点の名のもとに、企業会計準拠をゆがめることを許す規定でもない。公正処理基準の該当性の判断においては、税法固有の観点で何か新たな基準をあたかも加えるような判断を行うというのではなく、単に、法人税法の空白でない部分に関わる基準は該当しないとすることが、もっとも条項の意義をあらわした考え方であると思われる。そして、法人税法の空白でない部分は、別段の定めだけが該当するのではなく、法人税法及び租税特別措置法等における、法人税の所得算定に関係する規定すべてが該当すると解するのが妥当であると考える。その帰結として、公正処理基準には、法人税法等の規定に反する会計処理は含まれないということがいえる。この点こそが、公正会計慣行及び公正会計基準と公正処理基準との相違であるといえる。

(5)収益の認識基準

「投資のリスクからの解放」という認識基準が、わが国の最近の会計基準の基本となる考え方として広く認識されてきているが、その内容は未だ明確でない部分も多く、権利確定主義と比べどのような相違があり、法人税法においてどこまで許容できるものであるかについては、今後、その認識基準を取り入れた会計基準が、具体的にどのように設定され、それに従った実際の事例が積み重ねられることにより判断されていくものである。今後の検討への準備として、抽象的ではあるが、リスクの観点を取り入れた認識基準を概括的に観念し、法人税法においてどのように位置づけられるかを考察した場合、法人税法においては、リスクのような不確定要因を認識基準として過度に取り入れることは、リスクの判断次第で実質所得者への課税が行われない問題や、また、見積りや予測の要素が所得計算に大きく混入されることにより、法人税法22条に反する問題が生じてくることなど、税法上の課税所得計算において総則規定等に反する可能性が高くなるといえよう。さらに、リスクの観点を取り入れた認識基準が、よほど明確なものにならない限りは、実現主義と同様に、法的分析の道具としては役立ちえず、法的な基準の必要性の観点からは、法人税法の収益認識基準は、権利確定主義が引き続き基本として位置づけられるものと考える。


目次

項目 ページ
はじめに8
第一章 法人税法22条4項の趣旨・性質等12
第一節 法人税法22条4項の趣旨・効果等15
1 法人税法22条4項の趣旨15
2 法人税法22条4項を定めた目的・効果17
第二節 法人税法22条4項の規定の性質26
1 立案担当者の説明26
2 創設的規定27
3 確認的規定29
3 確認的規定と課税根拠33
5 憲法上の問題36
6 小括38
第二章 法人税法22条4項における論点39
第一節 本件裁判例の概要40
1 事案の概要40
2 判旨42
3 本件裁判例の考察44
第二節 本件裁判例に基づく論点整理47
1 論点1:法人税法の課税所得金額の計算構造47
2 論点2:公正処理基準の解釈48
3 論点3:収益の認識基準51
第三章 企業利益概念の変革に関する考察53
第一節 企業利益概念に関する整理54
1 概念に関する整理54
2 利益と所得57
3 企業利益概念の多様性60
4 会計報告の目的62
5 制度上の企業利益概念66
6 若杉教授が示された利益概念の分析71
7 本稿で使用する内包となる理論的な利益概念の分類74
第二節 金商法・証取法会計の企業利益概念の変革77
1 証券取引法制定以前の企業利益概念77
2 当期業績主義を採用した利益概念80
3 包括主義を採用した利益概念84
4 時価主義の一部適用を拡大した利益概念85
第三節 会社法・商法会計における企業利益概念の変革88
1 純資産増加説に基づく利益概念88
2 時価以下主義を採用した利益概念91
3 取得原価主義を採用した利益概念92
4 時価主義の一部適用を拡大した利益概念95
第四章 課税所得概念の変革に関する考察97
第一節 所得概念に関する整理97
1 所得概念と課税所得概念97
2 税法の課税所得概念の把握99
第二節 税務会計における課税所得概念の変革105
1 純資産増加説に基づく課税所得概念105
2 時価以下主義を採用した課税所得概念122
3 取得原価主義を採用した課税所得概念123
4 時価主義の一部適用を拡大した課税所得概念131
第三節 企業利益概念と課税所得概念の変革の推移132
1 各観点からの変革の推移132
2 小括135
第五章 法人税法の課税所得金額の計算構造137
第一節 課税所得算定式137
1 課税所得算定式にかかる所説137
2 課税所得算定式の検討141
第二節 法人税法に規定された課税所得金額の計算構造142
1 総則規定142
2 課税標準の計算144
3 法人税法の構造に基づいた課税所得算定式145
4 企業会計利益を起点とした実務上の課税所得算定式147
第六章 公正処理基準の解釈150
第一節 公正処理基準の該当性の判断150
1 法人税法固有の観点に基づく判断に否定的な所説150
2 法人税法固有の観点に基づく判断を必ずしも否定しない所説152
3 確認的規定の観点からの考察155
第二節 法人税法の空白でない部分156
1 「法人税法の空白でない部分」の考え方156
2 「法人税法の空白でない部分」の具体例158
3 小括166
第七章 収益の認識基準167
1 新たな収益の認識基準167
2 認識基準の相違の背景168
3 検討すべき論点169
4 課税所得計算におけるリスクへの対応172
5 法人税法の収益認識基準174
6 今後の課題175
おわりに177

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