米村 忠司
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

不動産所得については、納税者の保有する土地、建物、船舶及び航空機といった不動産等の貸付けが事業として行われているか否かによって、不動産所得の計算上、種々の取扱いの違いがある。
現行、建物の貸付けに限ってみると、それが事業として行われているか否かの判定は、所得税基本通達26−9(建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定)において貸し付けている建物の件数という形式基準(いわゆる「5棟10室基準」)が示され、この基準に該当する納税者は不動産等の貸付けを事業として行っている者として扱われている。当該通達は、昭和45年7月の所得税基本通達の制定時に設けられて以降見直しが行われていないこと、また、建物の貸付件数は、納税者が事業として建物の貸付けを行っている者であるか否かを判断するための一要素に過ぎないと考えられるにもかかわらず、形式的な基準で納税者が事業として建物の貸付けを行っているとみなしている。また、その形式的な基準については、その根拠も明確ではなく、他方で、当該通達の存在により現時点においては課税上問題ではないかと考えられる点も見受けられることから、当該通達について再考する必要があると考える。
しかしながら、当該通達を検討するにあたっては、単に5棟10室という形式基準の程度や通達の文言を見直せばよいというものではなく、当該通達が制定されるに至った背景やその意味などを明らかにする必要がある。そして、仮に当該通達を見直す場合には、所得税法におけるどの規定について併せて見直す必要があるのかなど様々な観点から検討する必要があると考える。
本稿においては、当該通達を見直すべきか否かという観点から不動産所得における事業について考察を始めることとし、当該通達を検討するにあたって、不動産所得について他に問題と考えられる事項もあることからこれらも併せて研究することとした。

2 研究の概要

(1)不動産所得と事業所得等との区別について

イ 不動産所得という所得区分の変遷
所得税が創設されたのは明治20年であるが、所得税が創設された当初の税法では、公社債や預金の利子、配当、給与等はその収入金額をそのまま所得金額とし、その他のものは収入金額から一定の経費を差し引いたものをその所得金額とする旨を定めていたが、今日のように各種所得の名称まで定めていたわけではなく、所得税法によって所得の種類と名称が定められたのは、昭和15年の分類所得税制にその淵源がある。それ以前の所得税法においては、不動産の賃貸による所得というような例示的な規定も設けられていなかった。
昭和15年に創設された分類所得税は、所得の種類・性質に応じて控除・税率に差等を設け、各種所得の担税力に即した課税を行うものであり、各種所得を総合した合計額が一定以上を超える場合にその超過分に累進税率を課する総合所得税と併用するもの(所得課税の二本立て)であり、これは戦後まで存続したが、昭和22年の税制改正の際に廃止され、所得税は総合所得税一本の制度に統合されることになった。この改正に伴って不動産所得の分類も姿を消し、現行の事業所得と雑所得とともに「事業等所得」として統合されることとなった。
その後、シャウプ勧告に基づく昭和25年の改正において、それまでの同居親族の所得の全面的な合算課税制度を廃止し、原則として所得者個々に課税する個人単位課税が採用されたが、その際、例外措置として、生計を一にする夫婦と未成年の子等最小単位での資産所得の合算課税制度が設けられ、この合算課税の対象となる資産所得の範囲に関連し、従来の「事業等所得」の範疇から、新たに「不動産所得」が取り出されて区分定義されることになった。
なお、昭和40年の所得税法の全文改正の際には、新たに航空機の貸付け等による所得が不動産所得の範囲に加えられた。

ロ 不動産所得と事業所得及び雑所得との関係
不動産所得という所得区分のあり方については、過去に税制調査会において検討されたことがある。
昭和35年12月の税制調査会答申によれば、当時の所得税法では、不動産、不動産上の権利又は船舶の貸付けによる所得について不動産所得という所得分類を設け、税制上、利子所得、配当所得と並んだ経常的な資産所得として取り扱っていたところ、不動産所得については、所得分類に関連して次のような点が指摘されているとする。
すなわち、不動産所得は、総収入金額から必要経費を控除してその所得が算出され、所得計算の方法については事業所得とは差異がないことから、所得の分類は一般的な理解のために細分をさけ、所得計算の原則を同じくするものはできる限り、整理統合を図るべきであるとの観点にたち、また、かつて「事業等所得」として同一の所得分類のもとで律せられていたという旧例も勘案して、不動産所得を事業所得の定義のなかに包含せしめるべきではないかという意見があるというものである。
そして、この意見に対しては、不動産所得は、世帯員の資産所得合算の規定の適用につき、合算対象にされている点で事業所得と差異があり、理論的にも、資産所得としての性格をもつ不動産所得と資産と勤労の協同の所産である事業所得とは明確に区別すべきであり、その点からみて不動産所得はあくまでも事業所得とは別個の所得分類とし、むしろ、利子所得、配当所得及び不動産所得以外の経常的な資産所得(たとえば、動産貸付所得等)が雑所得等のうちに包含されているのは不合理であるので、不動産所得とこのような経常的な資産所得とを統合した所得分類を設けるべきであるとの考え方もあるとした。
これらの問題についての一応の検討結果としては、所得の性格、資産所得の合算課税制度との関連等を考慮すると、税制上は、不動産所得と事業所得とは別個の所得分類とし、また、雑所得等として課税されているもののうちの経常的な資産所得と不動産所得とを統合した所得分類を設けることが適当であるとした。
昭和38年12月の税制調査会答申によれば、不動産所得については、その所得の計算の方法が事業所得及び雑所得と異ならないが、たとえ事業的に不動産を運用する場合でも、その所得の性格は依然として資産所得に属し、資産と勤労との協同の所産である事業所得とはこれを区別して考えるのが相当であり、殊に資産所得合算の対象とすることからこれを事業所得や雑所得と区別しておくことが適当と認められる、としている。
さらに、動産の貸付けによる所得との関係については、不動産所得は不動産の貸付けに限定している点で動産の貸付けによる所得との関係が問題となるが、動産貸付所得が一般的に資産所得としての性質を有するかどうか疑問であるので、不動産所得の定義及び範囲は現状を変える必要はないと考えられる、としている。

(2)不動産所得における事業とは

イ 事業的規模という考え方についての考察
所得税法の規定においては、不動産所得を生ずる資産の貸付けが業務として行われている場合に、それが事業として行われているといえるか否かにより、不動産所得を計算する場合に、必要経費の計算など所得計算上の取扱いについていくつか異なる取扱いがされている。
そこで、納税者の行っている不動産所得を生ずる資産の貸付けが、事業として行われているかについて判定する必要性が生じるのであるが、建物の貸付けについては、所得税基本通達26−9(建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定)(以下「形式基準通達」という。)が定められているところ、形式基準通達は、昭和45年7月1日の所得税基本通達の制定時に定められたものであり、その後、改正等はなされていない。
形式基準通達は、建物の貸付けが事業として行われているか否かについては総合的に判定するとしながらも、他方で、貸し付けている建物の規模(件数)で半ば自動的に事業として建物の貸付けを行っている者として取り扱うこととされているかのように見受けられるが、果たして、貸し付けている建物の件数によって事業か否かを判断するというこのような取扱いについて問題はないか検討を行った。
裁判例(東京地裁平成7年6月30日判決(訟務月報42巻3号645頁))によれば、所得税法の事業概念について、「所得税法は、一定の事業概念を前提としているものと解されるが、前示のように、所得税法上、事業所得についての定義規定はあるものの、事業によって生ずる所得のすべてを事業所得とはしておらず、事業の種類に応じて事業所得、不動産所得又は山林所得に分類して、事業所得を生じさせるもののみを事業としているわけではないから、所得税法上も、事業の意義自体については、一般的な定義規定を置いていないことになり、その事業概念は、社会通念に従ってこれを判断するほかはないというべきである。」とし、「不動産所得を生ずべき事業といえるか否かは、営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の危険と計算における企業遂行性の有無、その取引に費やした精神的肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、その取引の目的、その者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点を総合して、社会通念上事業といい得るか否かによって判断されるべきものと解さざるをえない。」とする。
形式基準通達の存在によって、大量かつ継続的・反復的に行われている建物の貸付けに対する税務行政の執行上の便宜が図られることは首肯できるものの、本来は、納税者が営んでいる建物の貸付けの業務の状況等を個別かつ総合的に判断して、社会通念上、事業として行われているかどうか判定するということからすれば、建物の貸付件数が一定以上であれば事業として行われているものと取り扱うのは、その判断基準としては、いささか簡易にすぎるのではないか。
このような問題意識から、この形式基準通達について、何らかの見直しをすべきであると考えるが、見直しにあたっては、なぜこのような形式基準通達が設けられたのか、また、形式基準通達が存在することで何か問題は生じていないかについて考えてみる必要がある。

ロ 資産損失に関する条文の経緯
形式基準通達の中のいわゆる5棟10室という形式基準がどのような理由で存在するに至ったのかを検討する上で特に問題と思われるものは、所得税法51条の資産損失の必要経費算入に関する規定である。
昭和37年の改正においては、資産損失の規定に関して次のとおりとされた。
すなわち、従来、固定資産の廃棄損、除却損のようなものは、事業所得計算上の必要経費として認められていなかった。しかし、取扱いで認めていた陳腐化等による除却損や耐火建築促進法に伴う建物の除却損以外の固定資産の除却損等も、事業経営上の観点から行われた除却等に伴い生じた償却不足額に当たるものということはでき、また、その損失が事業の遂行上生じたものでない、たとえば災害等により生じた損失であっても、事業に投ぜられた資産の損失はその事業の成果の減少要因と考える立場に立ってみた場合には、これを事業所得等の必要経費として認めることが相当と考えられるので、これらの固定資産その他これに準ずるものの損失は、事業所得等の必要経費として所得の計算上控除されることとなった。
さらに、昭和40年の所得税法の全文改正においては、次のように改正された。
すなわち、従来は、事業用固定資産の除却損については、事業所得の計算上必要経費に算入することとしているが、事業と称するに至らない程度の業務用固定資産の除却損等については、家事上の出費に伴う損失であるとの見地から一切これを考慮しないこととされていたが、その年の雑所得又は不動産所得を限度として控除する規定が設けられた。

ハ まとめ
形式基準通達により納税者の行う不動産等の貸付けが事業として行われているとした場合に、それが小規模な貸付けを行っている者については、青色事業専従者給与の必要経費算入、白色専従者控除及び青色申告特別控除(65万円)について、その控除額が大きなものとなってしまうという問題がある。
次に、昭和40年の改正における所得税法の全文改正に係る解説の記事においては、「事業と称するに至らない程度の業務用固定資産の除却損等」についてはそもそも「家事上の出費に伴う損失であるとの見地から一切これを考慮しないこととされていた」が、それらはその年の不動産所得を限度として控除する規定が設けられたところ、この規定が実際に適用される例は「事業と称するに至らない程度の貸間業等の固定資産の除却損等と考えられる」としている。
このあたりの考え方について、昭和40年の改正前の考え方としては、営まれている不動産等の貸付けが事業といえないのであれば、それが業務として行われていても、その業務に用いる固定資産の除却損等は家事上の損失である、だから不動産所得の計算において必要経費とはならない、との整理、あるいは割り切りがなされていたと考えるところであり、それ自体は問題ないと考えるが、ただこれは、「事業と称するに至らない程度」、逆にいえば事業であるといえる場合との境目を「貸間業等」と、かなり低めに考えていたように筆者の目から見ると見受けられる。
そして、固定資産の除却損等の必要経費算入の取扱いの違いは、不動産等の貸付けが事業であるか否かによって大きく異なるのであるが、建物の貸付けの場合において、その境目について、一応の整理を行ったのが形式基準通達のいわゆる5棟10室という形式基準部分ではないかと考える。
このような筆者の考え方について、実際はどうであったのかは、現時点では計り知れないが、いずれにせよ、所得税法51条4項の再検討と形式基準通達の見直しを併せて行うことにより、建物の貸付けが事業として行われているか否かの区別が社会通念上妥当に行われることとなれば、結果として、青色事業専従者給与の必要経費算入、白色事業専従者控除及び青色申告特別控除(65万円)の各規定については、適切な適用がなされると考える。

(3)不動産所得という所得区分の問題点

イ 純損失の繰越控除についての考察
所得税法70条は、純損失の繰越控除について規定しているが、青色申告書を提出している場合の純損失の繰越控除と白色申告者にも認められる被災事業用資産の損失の繰越控除は、その性質は異なっている。
そして、青色申告書を提出している場合の純損失の繰越控除制度は、昭和25年の改正において、シャウプ勧告に基づき設けられた。
そしてそれは、いわゆるゴーイングコンサーンとしての企業の税負担を調整する見地から設けられているようであるが、そうであるとすれば、不動産所得は継続的な資産の貸付けから生じる所得であり、その計算方法からみても、減価償却費のようなその年分における債務の確定とは関係なく、一定の計算方法に基づき必要経費とされるものがあるなど、単にその年分の収入が少なかったというわけではなく、構造的に所得が赤字になる可能性があるから、それが事業としての貸付けか否かに関わりなく記帳義務を伴う青色申告の対象とし、その結果としての純損失の繰越控除の対象となっていることについては首肯できる。

ロ 損益通算についての考察
資産所得である利子所得及び配当所得について、その計算上の損失を他の所得区分と通算できないこと、また、雑所得についても同様にその計算上の損失を他の所得区分と通算できないことからすれば、不動産所得の計算上の損失について、事業者としての不動産貸付による所得であるか否かにかかわらず他の所得区分の所得から差し引くことができる現行制度はいささかバランスを欠いたものであり、そのことが租税負担を軽減するためのスキームを誘発している原因の一つとなっていると思われる。
また、不動産等の貸付けといっても、同一納税者においても、貸し付ける資産については、土地・建物といった不動産の場合もあれば船舶・航空機といった動産の場合もある。さらにそれらの貸付けについての状況について見れば、事業としての不動産等の貸付けと事業としてではない不動産等の貸付けが混在する可能性があると思われるのであって、これらの計算を一つの所得区分の中に含めるのは不合理ではないか、すなわち、不動産所得内において、所得計算上の損失を互いに通算することは可能となっており、事業ではない不動産所得の損失を事業である不動産所得から差し引くことができる現行制度は不合理ではないかとも考える。
したがって、現在、租税特別措置としてこれらに対処している事柄も含めて、不動産所得における計算上の損失の取扱いについて、今後とも本格的な制度の再検討が必要であると考える。

3 結論

本稿において、不動産所得に関して様々な観点から検討したところ、その結果を簡潔かつ順不同にまとめると、次のような項目についてさらなる検討が必要であると思料するに至った。 1 不動産所得は、かつての「事業等所得」を現在の不動産所得、事業所得及び雑所得に分割する際に、「事業等所得」の中から資産所得である不動産所得を先取りしたものである。したがって、不動産所得という所得区分を事業所得や雑所得とともに見直す場合には、不動産所得を単純に事業とそれ以外というように分割するのではなく、一旦、事業所得及び雑所得を足し合わせたところで、改めて区分するという整理の仕方が必要である。 2 不動産所得における事業であるか否かについては、裁判例にもあるように「営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の危険と計算における企業遂行性の有無、その取引に費やした精神的肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、その取引の目的、その者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点を総合して社会通念上事業といい得るか否か」によって判断すべきであると考える。したがって、所得税基本通達26−9(建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定)について、いわゆる5棟10室という形式的な基準部分の廃止や改訂も含めて、さらなる検討が必要である。なお、当該通達の見直しにあたっては、所得税法51条(資産損失の必要経費算入)の規定についても併せて見直す必要があると考える。 3 不動産所得について現在は認められている、所得計算上の損失の他の所得区分との通算(いわゆる損益通算)について、資産所得である不動産所得に対して事業リスクを伴った事業所得と同様に配慮すべきか、事業所得以外の他の所得区分に対する取扱いとの比較なども交えながら、損益通算を認めないこととすることも含めて、さらなる検討が必要である。 4 不動産所得を青色申告の対象としていることについては問題ないと考えるが、青色申告の場合に認められる純損失の繰越しについて、仮に不動産所得について損益通算が認められないとする場合に、それをどのような制度にすべきか、不動産所得内における繰越しとすることの可否も含め、さらなる検討が必要である。 5 不動産所得について、土地・建物の貸付けの場合には、その一部を事業所得とし、その他の土地・建物の貸付け及び船舶・航空機の貸付けについては、他に一部の動産の貸付けを含めて「不動産等貸付所得」といった所得区分として再構築してはどうか。


目次

はじめに156
第1章 不動産所得と事業所得等との区別について158
第1節 不動産所得という所得区分の変遷158
1 概説158
2 不動産所得の範囲が確立するまでの経緯159
3 分類所得税161
4 資産所得の合算課税制度164
5 小括167
第2節 不動産所得と事業所得及び雑所得との関係169
1 概説169
2 昭和35年12月税制調査会答申169
3 昭和38年12月税制調査会答申170
4 小括171
第2章 不動産所得における事業とは173
第1節 事業的規模という考え方についての考察173
1 所得税基本通達26−9について173
2 裁判例等からの検討174
3 小括180
第2節 雑損控除と資産損失に関する条文の経緯181
1 概説181
2 雑損控除について181
3 資産損失について186
第3節 形式基準通達が存在することで問題となる事項201
1 概説201
2 事業専従者給与の必要経費算入等202
3 青色申告特別控除207
第4節 まとめ212
第3章 不動産所得という所得区分の問題点216
第1節 純損失の繰越控除についての考察216
第2節 損益通算についての考察221
1 損益通算の規定の変遷221
2 租税特別措置法における不動産所得に関する損益通算の制限225
3 小括228
第3節 その他の考察229
1 不動産所得という所得区分の廃止論について229
2 不動産所得という所得区分の見直しについて230
3 不動産所得に関する私見233
おわりに235

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