小関 賀子
税務大学校
研究科第49期研究員


要約

1 研究の目的

被相続人の死亡により相続人となった滞納者が、自己の滞納国税の徴収を免れる意図をもって相続を放棄する場合がある。また、遺産分割協議により、滞納者が相続し得る財産の全てを他の相続人に相続させる事実上の相続放棄によって滞納国税の徴収を免れる場合もある。
遺産分割協議については、最高裁平成11年6月11日第二小法廷判決において、共同相続人の間で成立した遺産分割協議は詐害行為取消権の対象となり得るとされた。
また、最高裁平成21年12月10日第一小法廷判決は、滞納者を含む共同相続人の間で成立した遺産分割協議が国税徴収法(以下「徴収法」という。)39条にいう第三者に利益を与える処分に当たり得るとして、第二次納税義務の賦課を認めた。
これに対し、相続放棄について、最高裁昭和49年9月20日第二小法廷判決(以下「最高裁昭和49年判決」という。)は、相続放棄は身分行為であるから、詐害行為取消権の対象にはならないとしている。
相続放棄と遺産分割協議は、いずれも相続に関する法律行為であり、相続開始の時に遡って遺産を取得しないことになる点で同様であるにもかかわらず、詐害行為取消権の行使や第二次納税義務の賦課において結論が異なることを理論的に正当化できるのか疑問がある。実際、近時では、相続放棄にも詐害行為取消権を行使する余地を認めるべきであるとする学説が有力になっている。また、実質的に見ても、滞納者が遺産分割協議のかたちをとった事実上の相続放棄により滞納国税の徴収を免れようとする場合は、詐害行為取消権の行使や第二次納税義務の賦課が可能であるにもかかわらず、相続放棄そのものがされた場合は、これらの方途による徴収ができないとなると衡平を失することとなる。
そこで、滞納者が行った相続放棄は、詐害行為取消権の対象になり得るか、また、滞納者の相続放棄によって法定相続分以上の財産を取得した他の相続人に対して徴収法39条の第二次納税義務の賦課を行うことができるかを検討する。

2 研究の概要

(1)相続放棄に対する詐害行為取消権の行使
詐害行為取消権は、債権者の共同担保を保全するための制度であり、財産権を目的としない行為は、取り消すことができない(民法424条2項)。したがって、婚姻、養子縁組等のように、法律上の身分の変動を生じさせることをその効果の中心とする行為が、取消しの対象とならないことは明らかである。
最高裁昭和49年判決は、相続放棄のような身分行為は詐害行為取消権の対象にはならないとし、その理由として、1詐害行為取消権行使の対象となる行為は、積極的に債務者の財産を減少させる行為であることを要し、相続放棄は、むしろ消極的に既得財産の増加を妨げる行為にすぎないこと、2相続放棄のような身分行為は他人の意思で強制すべきでなく、詐害行為取消権を認めることは相続の承認を強制するのと同じ結果となり不当であることの二つを挙げている。

イ 財産権を目的とする行為
相続は、遺産の形成に貢献した者への潜在的な共有財産の清算のほか、遺族の生活保障を根拠として、死者の財産を誰かに帰属させるための制度であって、その相続の放棄は、相続財産を取得しない旨の意思表示であり、その効果は財産的なものであるから、身分行為であるとともに、財産権を目的とする行為であるといえる。

ロ 積極的に財産を減少させる行為
相続を放棄した者は、初めから相続人とならないとみなされるため(民法939条)、そもそも相続財産を取得せず、その減少もあり得ないとする見解があるものの、遺産分割協議にも遡及効の規定(同法909条)はあり、相続開始時に遡って相続財産を取得しなかったことになるのであるから、相続放棄も遺産分割協議も本質的に異なるものではない。したがって、相続放棄により得られるべき利益を拒絶することは、積極財産の処分であり、「積極的に債務者の財産を減少させる行為」であるといえる。
また、相続放棄の遡及効は、相続人を保護するためのものであり、相続人の正当な利益のみが保護の対象となるべきであるから、もっぱら債権者を害する目的で行われた相続放棄については、相続放棄に遡及効があるからといって、そのことにより詐害行為取消権の行使は否定されないと考えられる。

ハ 債権者の期待
債権者の期待について、債権者は、債務者の固有財産を引当てに債権を取得したのであるから、債務者の固有財産のみをあてにすべきであるとされている。
しかし、固有財産では自己の債務履行の責任を果たせない債務者が、相続により積極財産を取得し得る場合、誠実な債務者であれば相続財産により債務を弁済する責任を果たすだろうという債権者の期待は高まり、特に、相続財産から弁済することを条件として債務者から弁済期の繰り延べなどを懇願されていた債権者にとっては、過度な期待とはいえない。
相続放棄の制度上の目的は、債務超過の相続によって相続人が過大な、しかも自らは関与しなかったような債務を負うことから相続人を保護することにあり、もっぱら債務者が債権者を害することのみを目的として行った相続放棄に対しては、相続人よりも債権者の期待を保護する必要性は高い。

ニ 債務者に詐害の意思があること
相続放棄は身分行為の一面を有し、相続人は自らの意思で相続の放棄を選択する自由を有している。それゆえ、相続放棄の自由意思の尊重はそれなりに図られるべきであり、相続放棄という事実だけでは、行為の詐害性を認めることは難しい。
したがって、債務者の主観としては、相続放棄により債権者が害されることを知っているだけでは足りず、相続放棄の動機・目的が主として債権者を害することであるなど積極的な害意がある場合に限り、詐害性が認められることになると考える。

ホ 受益者が悪意であること
相続放棄は単独行為であり、かつ、家庭裁判所への申述によって行われるため、詐害行為として取り消され得ることが分かっていても、その相続放棄の効果が一旦発生することを妨げることはできない。そして、相続放棄の効果が生じていることを前提として、他の相続人が、例えば、相続財産である不動産を既に居住の用に供してしまう場合もある。そのような場合に、相続放棄が取り消されると、他の相続人は当該不動産から立ち退かざるを得ず、その意に反して不安定な立場に置かれることにもなりかねない。
また、詐害行為取消権行使により相続放棄が取り消された場合は、債務者は自己の下に復帰した相続財産を取得する反面、詐害行為取消しの効果はあくまで相対的であり、相続放棄が対世効をもって無効になるわけではないため、債務者は相続債務を承継せず、受益者(他の相続人)との関係において公平を欠くこととなる。
したがって、受益者の悪意についても、債権者を害すべき事実の認識だけでなく、さらに進んで債権者を害する意図を有すること、つまり、債務者(相続を放棄した者)との通謀が必要になると考える。

(2)相続を放棄した相続人以外の共同相続人に対する第二次納税義務の賦課
徴収法39条は、簡易・迅速な租税徴収を図りつつ、実質的には詐害行為の取消しをしたのと同様の効果を租税債権者に与えるために設けられたものであるため、次のような相違はあるものの、上記(1)の詐害行為取消権での検討は、第二次納税義務にも妥当すると考える。

イ 相続承認の強制
第二次納税義務は、私法上の法律関係はそのままとしつつ、滞納者と一定の関係にある第二次納税義務者から国税を徴収するものであり、滞納者の相続放棄によって法定相続分以上の財産を取得した他の相続人に対して徴収法39条の第二次納税義務を賦課しても、滞納者は相続財産を取得せず、相続の承認を強制することにはならない。

ロ 「第三者に利益を与える処分」の該当性
徴収法39条の「第三者に利益を与える処分」とは、滞納者の積極財産の減少の結果、第三者に利益を与えることとなる処分をいう。上記(1)ロで述べたとおり、相続放棄と遺産分割協議の遡及効は、本質的に異なるものではなく、相続放棄が、滞納者である相続人の積極財産を減少させ、第三者である他の相続人に利益を与える行為であるという意味で「処分」に該当するといえる。
また、第三者に利益を与える処分であっても、それが必要かつ合理的な理由に基づくものであると認められるときは、徴収法39条は適用されないことから、相続放棄についても、その動機・目的の合理性を判断する必要がある。
具体的には、滞納者の相続放棄の動機・目的が、もっぱら租税債権を害することである場合、その相続放棄は、保護に値する合理性を欠き、「第三者に利益を与える処分」に該当することになる。

ハ 滞納者の詐害の意思と第二次納税義務者の悪意
徴収法39条の適用に当たっては、滞納者の詐害の意思や第二次納税義務者の悪意は要件とはされていない。
しかし、上記ロのとおり、相続放棄の動機・目的の合理性を判断する過程において、滞納者の詐害の意思を認定する必要がある。
一方、第二次納税義務者については、受けた利益(承継した相続債務は控除)を限度として納税義務を負い、詐害行為取消権のような不公平も生じないことから、その悪意(通謀)を認定する必要はないと考える。

3 結論

相続放棄に対して行う詐害行為取消しは、滞納者が国税の徴収を免れる目的で他の相続人と通謀して相続放棄を行った場合に、行使することが可能である。最高裁昭和49年判決は、相続債権者が相続放棄の取消しを求めた事案であるため、その射程には留意する必要があるものの、少なくとも、相続人の債権者を害することを意図した相続放棄について、詐害行為取消権を行使することを否定していないと考えられる。
また、相続放棄の動機・目的が、もっぱら租税債権を害することである場合は、相続放棄により財産を取得した他の相続人に対し、徴収法39条の第二次納税義務を賦課することにより、滞納国税を徴収することができる。この場合の滞納者の詐害の意思は、相続放棄の合理性の判断要素の一つに過ぎないが、その結果、第二次納税義務の簡易・迅速性が制限されることになったとしても、相続放棄が身分行為の一面を有し、詐害行為取消権の行使についても限定された場面を対象とする以上、やむを得ないと考える。


目次

項目 ページ
はじめに100
1 相続放棄と国税の徴収100
2 問題の所在101
3 本稿の構成102
第1章 遺産分割協議に関する判例103
1 遺産分割協議の制度103
2 最高裁平成11年判決104
3 最高裁平成21年判決104
4 若干の検討105
第2章 相続放棄に対する詐害行為取消権の行使108
第1節 相続放棄の制度108
1 相続放棄制度の概要108
2 相続放棄制度の趣旨108
第2節 判例109
1 最高裁昭和49年判決109
2 遺産分割協議との異同110
第3節 検討112
1 財産権を目的とする法律行為であること112
2 債権者を「害する」こと115
3 債務者に詐害の意思があること122
4 受益者が悪意であること124
第4節 小括126
第3章 相続放棄をした相続人以外の共同相続人に対する
   第二次納税義務の賦課127
第1節 徴収法39条の第二次納税義務127
1 第二次納税義務の趣旨127
2 徴収法39条の第二次納税義務の要件127
3 詐害行為取消権と徴収法39条の関係128
第2節 検討130
1 相続承認の強制130
2 「第三者に利益を与える処分」の該当性131
3 滞納者の詐害の意思及び第二次納税義務者の悪意137
第3節 小括139
結びに代えて140

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