山中 英司
税務大学校
研究科48期研究員


要約

1 研究の目的

 現在、我が国の消費税は、生産、流通の各段階で消費税額が課税される多段階課税方式であることから、課税売上げに係る消費税額から課税仕入れ等に係る消費税額を控除(仕入税額控除)することにより、税を累積させない仕組みが採られている(以下「仕入税額控除制度」という。)。
仕入税額控除制度におけるいわゆる「95%ルール」については、課税の適正化の観点から平成23年6月の税制改正により一部見直しが図られ、その課税期間の課税売上高が5億円を超える事業者は個別対応方式又は一括比例配分方式により仕入控除税額を計算することとされた。当該改正により、個別対応方式を適用して仕入控除税額の計算を行う事業者数が増加するものと見込まれ、より制度の趣旨に則した適切な税額計算がなされることが重要であることから、本研究では、個別対応方式が争点となった国税不服審判所裁決事例や諸外国の付加価値税における類似制度等を検討し、制度の趣旨やその他の諸問題等も踏まえ、個別対応方式の具体的計算方法等の在り方について考察を行うことを目的とするものである。

2 研究の概要

(1) 個別対応方式の基本的な仕組み
仕入税額控除制度における仕入控除税額の計算方法は、一般課税と簡易課税に大別され、一般課税は課税仕入れ等に係る消費税額を全額控除する方法と、その一部を控除しない個別対応方式又は一括比例配分方式に区分される。課税仕入れ等のうち非課税売上げに対応するものは、原則として仕入税額控除を認めないこととされていることから、当該計算方法のうち、個別対応方式が消費税の制度の理念に最も合致しており、仕入控除税額の計算方法として基本的な方法であるといえる。
なお、事業者が個別対応方式により仕入控除税額を計算する場合は、個々の課税仕入れ等を、まる1課税資産の譲渡等にのみ要するもの(以下「課税売上用」という。)、まる2その他の資産の譲渡等にのみ要するもの(以下「非課税売上用」という。)、まる3課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するもの(以下「共通用」という。)に区分(以下「用途区分」という。)する必要があり、課税売上用に係る税額全額と共通用に係る税額に課税売上割合を乗じた金額との合計額が原則として仕入控除税額となる。したがって、個別対応方式では、課税仕入れ等の用途区分と課税売上割合が重要な要素であるといえる。

(2) 個別対応方式が争点となった国税不服審判所裁決事例の検討
事業者が個別対応方式により仕入控除税額を計算する場合には、用途区分を適切に行う必要があるが、どの程度まで、どのような方法で、それぞれの区分を明確にしておけばよいのかその具体的な方法については、現行法上明記されている規定はなく、国税不服審判所裁決事例では、用途区分の判定の時期や目的、その合理性などが争点となっている。
なお、裁決事例では、調剤薬局及びそれ以外に課税取引となる事業を営んでいる審査請求人において、調剤薬品の課税仕入れに係る税額が制度の趣旨以上に控除対象となっていると認められる事例があり、このような状況を是正する何らかの仕組みが必要であると考える。

(3) EUの付加価値税における仕入税額控除制度の検討
我が国の仕入税額控除制度(個別対応方式)では、原則として課税売上割合により共通用に用途区分された仕入控除税額を按分することとされているが、付加価値税指令では、EU加盟国は課税売上割合以外の基準(事業部門ごとの比率や使用状況等の実績による控除方法)を事業者に認めることの他に、それらを事業者に義務付けることができることとされている。さらに、同指令では、課税売上割合の計算に付随的な不動産取引や付随的な金融取引を含めないこととされており、この点も我が国の制度とは異なる。
その他、ドイツでは、事業者が課税売上割合により建物の建設費に係る仕入控除税額を計算したが、税務当局は使用面積割合によるべきであるとして訴訟となった事例もある。いずれの基準が適切な税額計算を行えるのかは別として、我が国では事業者が課税売上割合により課税仕入れ等に係る消費税額の按分計算を行った場合には、それを税務当局が是正する仕組みはないため、このような訴訟は起こり得ない。

(4) 個別対応方式による仕入控除税額の計算の課題等
課税売上割合により課税仕入れ等に係る消費税額の按分計算を行うことには一定の合理性が認められるが、当該計算は原則として事業者単位で行い、事業部門ごとや事業の種類ごとの単位に細分化して行う仕組みではないため、事業者の業種・業態如何によっては、当該計算では事業者の事業の実態を反映した税額計算が行われない場合も生じる。
また、課税仕入れ等に係る消費税額は、多段階課税に伴う税の累積を排除する趣旨から、原則として課税仕入れ等を行った課税期間で一括控除され、法人税法のような費用収益対応の原則は採られていないことから、当該計算では、その課税期間において生み出される付加価値を反映したものとはならない場合もあるものと考える。これらに対処するために課税売上割合に準ずる割合が設けられているが、当該制度は、あくまでも事業者からの申請に基づく承認制度であるため、課税売上割合による按分計算により、非課税売上げに要する課税仕入れ等に係る消費税額が制度の趣旨以上に控除対象となる場合でも、そのような状況を是正する仕組みは調整対象固定資産に係る調整規定等以外に規定されていない。

(5) 上記を踏まえた提言等

イ 非課税取引を主たる事業とする事業者の個別対応方式の在り方について
我が国の非課税措置は、諸外国と比較すると広範なものではないが、非課税取引には、ほとんどの事業者に生じる預金利子等もあれば、金融業や不動産業、医療業のように非課税取引を主たる事業としている事業者にのみ生じるものもあるため、それぞれの適切な税額計算方法について検討する必要があると考える。
上記(3)のとおり、付加価値税指令では、課税売上割合による按分計算が事業の実態を反映していない場合の課税の不公平の回避を目的として、事業部門ごとの比率による按分計算等を事業者に義務付けることができる選択肢を加盟国に与えている。我が国においても、事業者が課税取引及び非課税取引を主たる事業とする場合には、事業部門ごとの比率による按分計算等を事業者に義務付ける仕組みを導入する必要があると考える。これは、事業者に新たな事務負担を生じさせることともなるが、非課税売上げに要する課税仕入れに係る消費税額が制度の趣旨以上に控除対象となる状況は公平性を欠き問題であることから、当該仕組みの導入は課税の適正化に資するものと考える。また、事業者の税額計算の簡便性や予測可能性に配慮しつつ、課税売上割合による税額計算が事業者の事業の実態を反映していないと認められる場合に、税務当局が事後的に是正できる仕組みを導入することの是非についても検討の余地があるのではないかと考える。

ロ 課税取引を主たる事業とする事業者の個別対応方式の在り方について
課税取引を主たる事業とする事業者に生じる非課税売上げは、預金利子、単発的な土地の譲渡対価、有価証券等の譲渡対価等である。預金利子はほとんどの事業者に生じるが、一般的に、預金利子に要する課税仕入れは僅かであることから、付加価値税指令と同様に、預金利子を課税売上割合の計算に含めないこととするのが適当であると考える。これにより、非課税売上げが預金利子のみである事業者は、結果的に個別対応方式における用途区分を行うことなく仕入控除税額を計算できることとなり、事業者の事務負担の軽減が図られる仕組みになると考える。
また、単発的な土地の譲渡対価等は全ての事業者に生じるものではないが、それらの譲渡に要する仲介手数料等は、一般的にその譲渡対価に比べ少額である。しかしながら、譲渡対価が多額の場合には、共通用に用途区分された課税仕入れに係る消費税額や一括比例配分方式による場合の仕入控除税額が制度の趣旨以上に制限される場合もあると考えられる。単発的な土地の譲渡を行った際には、一定の要件に該当すれば課税売上割合に準ずる割合の承認を受けることができるが、課税売上割合に準ずる割合により税額計算を行う課税期間は、個別対応方式による必要があり、事業者の事務負担を増加させることとなる。
どのような場合の土地の譲渡が単発的であるか、主たる事業との関連性の有無の判定基準はどのように行うかについては検討を要するが、事業者の事務負担に配慮する観点から、付随的な不動産取引についても課税売上割合の計算に含めないこととするのが適当であると考える。ただし、土地の譲渡に直接要する課税仕入れ、すなわち用途区分では非課税売上用に区分される課税仕入れに係る消費税額については、別途、控除対象から除く仕組みとする必要があると考える。また、有価証券等の譲渡対価についても同様に検討の余地があると考える。

3 結論(まとめ)

 平成23年6月の税制改正により課税の適正化が図られたが、その課税期間の課税売上割合が95%以上であって課税売上高が5億円以下の事業者は、引き続き95%ルールの適用対象者となることから、将来的には95%ルールを廃止又は適用対象者の範囲を縮小することが望ましいと考える。しかしながら、現在の仕入税額控除制度の下で95%ルールを廃止又は縮小した場合には、特に中小規模事業者にとって新たな事務負担等になるものと考えられることから、上記2(5)ロのとおり、事業者の事務負担等に配慮する必要があると考える。
一方、裁決事例において指摘したように、現在の仕入控除税額の計算方法の仕組みでは、制度の趣旨以上に課税仕入れの税額が控除される場合があることから、課税の適正化の観点から、上記2(5)イのとおり、適正な税額計算が行われるための何らかの措置を講ずる必要があるのではないかと考える。これらの仕組みが導入されることにより、個別対応方式による仕入控除税額の計算がより適切に行われるものと考える。


目次

項目 ページ
はじめに 382
第1章 仕入税額控除制度の意義及び諸問題等 384
第1節 仕入税額控除制度の概要 384
第2節 課税売上割合が95%未満の場合の仕入控除税額の計算方法 386
1 仕入税額控除制度(課税売上割合95%未満の場合)の概要 386
2 個別対応方式 387
3 一括比例配分方式 388
4 課税売上割合の計算等 389
5 課税売上割合に準ずる割合 390
第3節 仕入税額控除制度におけるいわゆる「95%ルール」 391
第4節 平成23年6月税制改正(「95%ルール」の見直し) 392
第2章 個別対応方式における用途区分等が争点となった裁決事例 395
第1節 用途区分の判定時期及び判定方法に関する裁決事例 395
1 住宅として賃貸中の建物を譲渡目的で取得した場合には、共通用に用途区分されるとした事例(国税不服審判所平成17年11月10日裁決)
395
2 一括仕入れの調剤薬品等の仕入れを共通用であるとした用途区分に区分誤りはなかったとした事例(国税不服審判所平成18年2月28日裁決)
399
第2節 用途区分の判定を行う際の課税仕入れ等の単位に関する裁決事例 403
1 用途区分は個々の課税仕入れごとについて行う必要があるとした事例(国税不服審判所平成19年2月14日裁決)
403
第3節 用途区分の合理性に関する裁決事例 407
1 請求人が採用した用途区分の方法は合理的基準の一つであるとした事例(国税不服審判所平成13年12月21日裁決)
407
2 確定申告において採用した用途区分の方法に合理性がある場合には、国税通則法第23条第1項第1号の適用はないとした事例(国税不服審判所平成23年3月1日裁決)
410
第4節 小括 415
第3章 諸外国の付加価値税における仕入税額控除制度 420
第1節 EUの付加価値税制度の変遷 420
第2節 EUの付加価値税における仕入税額控除制度 421
1 EUの仕入税額控除制度の概要 421
2 付加価値税指令における仕入税額控除制度 422
3 フランスの仕入税額控除制度 431
4 ドイツの仕入税額控除制度 434
5 イギリスの仕入税額控除制度 439
第3節 小括 442
第4章 個別対応方式の具体的計算方法等の在り方について 445
第1節 個別対応方式の意義等 445
第2節 課税売上割合及び課税売上割合に準ずる割合の課題等 446
第3節 非課税取引を事業とする事業者の個別対応方式の在り方について 448
第4節 課税取引を事業とする事業者の個別対応方式の在り方について 452
1 預金利子に要する課税仕入れの税額控除について 453
2 単発的な土地の譲渡等に要する課税仕入れの税額控除について 454
3 その他の非課税売上げに要する課税仕入れの税額控除について 456
おわりに 458

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