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- 年金課税の在り方について
篠原 克岳
税務大学校
研究部教授
要約
1 研究の目的
年金制度については、平成24年2月の社会保障・税一体改革大綱を受け、同年8月には年金機能強化法等、11月には年金生活者給付金法等が成立し、また、社会保障制度改革国民会議においてさらなる議論が行われているところである(25年6月脱稿時)。
一方、年金課税については、従来から「社会保険料拠出を全額所得控除する一方で、給付についても公的年金等控除などの適用によって実質的に非課税に近い状態となっている」等、その問題点が指摘されている。
そこで本研究では、今後の年金制度改革の方向性を見据えつつ、抜本税制改革に向け、年金課税の在り方につき検討した。
2 研究の概要
- (1) 現行年金税制の概要
公的年金(基礎年金(一階部分)及び被用者年金(二階部分))と企業年金(三階部分)は、共通した取扱いがされる部分と異なる取扱いの部分があり、年金税制はかなり複雑である。
- イ 拠出時
保険料等の本人負担分については、社会保険料控除(所法74)ないし小規模企業共済等掛金控除(所法75)により所得控除される(確定給付企業年金は一般の生命保険料控除)。
事業主負担分については、損金(法法22)ないし必要経費(所法37)として所得計算上控除される。本人の給与とみなして課税されることはない。
- ロ 運用時
積立金運用益については、一・二階部分には課税されないが、三階部分の企業年金の積立金に対しいわゆる「特別法人税」が課される(法法8、83以下:平11以降課税停止中)。
- ハ 給付時
年金給付については、公的年金等控除額を差し引いた額が雑所得として課税される。S62改正前は「みなし給与所得」とされ、給与所得控除の適用対象であった。
三階部分のうち一時金として給付されるものは、「みなし退職所得」(所法31)となる(退職所得控除の適用がある)。
- (2) 所得課税理論
公的年金の経済的機能としては、
老後の生活資金を確保するための貯蓄としての側面とともに、
社会全体でリスクを共有する保険の役割がある。また、
賦課方式で運営されるため世代間に所得再分配があり、さらに二階部分については世代内でも所得再分配が行われている。まず、それぞれの機能について所得課税理論の観点から検討を行う。
- イ 貯蓄
年金を貯蓄として捉えると、拠出金等が元本、給付金が元利金の払戻しに相当する。拠出時、運用時、給付時それぞれの課税(Taxed)・非課税(Exempted)を基準に課税方式を区分し、それぞれの経済的効果を比較すると、以下のように整理できる。
- TTE型:包括的所得税
- ETT型:包括的所得税と等価
- EET型:資本所得非課税(支出税)
- TEE型:資本所得非課税
拠出時/給付時のいずれで課税しても、税率が一定であれば経済効果に差は無い。EET型ないしTEE型は資本所得非課税であり、包括的所得課税の原則の下では租税優遇措置である。実現時課税(TT’E型)においては課税繰延益が生ずる。
- ロ 保険
公的年金を保険(「長生き保険」)として捉えると、拠出金が保険料、給付金が保険金に相当する。一般論として、保険取引に関し所得課税が中立的であるためには、税率が一定であれば、(保険料拠出時と保険金給付時の時間差を捨象すると、)
- [1] 保険料の所得控除を認めず、保険金を非課税所得とする(T-E型)
- [2] 保険料の所得控除を認め、保険金を課税所得とする(E-T型)
のいずれかであればよい。また、拠出と給付の時間差に生じる運用益(資本所得)は、包括的所得税の立場からは課税すべきであり、TTE型ないしETT型が望ましい。(但し、実現時課税(TT’E型)は被保険者間の移転に課税してしまうので、保険取引に対し非中立的(抑制的)である。)
以上より、貯蓄と保険の課税の在り方は理論上同一であることが分かる。年金は貯蓄と保険の性質を併せ持つが、「課税上はその区別をせず扱って構わない」というのであるから、この結論は年金税制の検討において有用である。
- ハ 再分配
社会保障制度による所得再分配に対し所得税上の措置(拠出時控除ないし給付時課税)を講ずることは、必然的に「所得再々分配」となる。
- T-E型:再々分配なし
- E-T型:再々分配あり(制度内純移転を減少させる)
所得税による「再々分配」の必要性は、社会保障制度による再分配をさらに修正することが「公平」の観点からみて妥当か、という基準で判断すべき問題である。
- ニ 二重控除と二重課税
以上の分析に共通して、
- E-E型:二重控除(制度参加者の拠出相当の所得が課税から脱漏)
- T-T型:二重課税(制度参加者の給付相当の所得に二重に課税)
となる。通常、二重控除や二重課税は課税の公平性の観点から問題がある。しかし、二重控除・二重課税が全国民共通に適用されるならば、それらは税率構造の実質的な変更と等価であり、公平上の問題は生じない。従って、基礎年金についてはE-E型、T-T型も理論上排除されない。
- ホ 現行税制の位置づけ
以上の理論的検討を踏まえて、現行税制はどのように位置づけられるか。
公的年金についてはEET型が採用されている。つまり、資本所得非課税であり、所得再々分配機能を有する。再々分配機能に関しては、公的年金の再分配は「グループ間再分配」であり個々人の事情への配慮に乏しいため、税において「グループ間再分配を個人レベルで再調整する」意義を有するものとして理解できるだろう。また、運用益非課税の分、被用者グループを自営業者グループに比べ優遇していることになる。
企業年金については基本的にETT型であり、包括的所得課税の原則に沿っている。但し、「特別法人税」は厚生年金基金について「努力目標水準」まで非課税であるから、運用益課税はかなり軽減されている。(また、現在「特別法人税」は課税停止中である。)
- (3) 現行制度の問題点と改善策
- イ 公的年金と企業年金の切り分けと課税型の選択
公的年金と企業年金は老後の資産形成を担う点で共通するが、それぞれの制度構造・経済的性質は大きく異なっている(公的年金は賦課方式、企業年金は積立方式)。従って、公的年金と企業年金は切り分け、両者の課税の在り方は別々の理念の下で再構築すべきである。
公的年金と企業年金の切り分けは、現行年金税制の問題点の解消にも資する。第一に、企業年金を公的年金等控除の適用から外すことで、課税ベースの浸食を抑制することが出来る。第二に、企業年金は一時金払いを選択すると「みなし退職所得」として退職所得課税の対象となるため、受給者において課税上有利となるようその比率が調整され、税制が資産選択の中立性を阻害しているという実態が指摘されているが、この問題を解決するには企業年金を公的年金から切り離す必要がある。
その上で、課税型については公的年金・企業年金のいずれについてもE-T型を基本とすべきと考える。理由としては、第一に、我が国においては高齢者間の所得格差が大きいことから、引退後の所得に応じ再分配を行うことが望ましい。第二に、年金税制は長期間にわたり安定的であるべきであり、現行のE-T型は昭和28年以降維持されているので、これを継続することが望ましい。
- ロ 公的年金等控除の見直し
公的年金等控除は、公的年金が退職後の生計手段であることを考慮し、「他の所得との間の負担調整措置」として設けられたものであるが、その額が大きいため、現行年金税制は実質的にE-E型に近い状態となっていることが指摘される。特に、定率控除の存在により「高額受給者ほど課税免除額が大きくなる」という逆進性が生じている。
逆進性を排し水平的公平を確保するには、公的年金等控除は高々基礎年金相当額まで縮減・定額化すべきである。さらに言えば、同控除を廃止し、高齢への配慮は人的控除(老年者控除の復活)によることとした方が、理論的にはすっきりする。
- ハ 遺族年金・障害年金
遺族年金・障害年金については給付非課税(E-E型)であるが、これは「死亡保険」に関する特別措置として位置づけられよう。但し、長期要件の遺族厚生年金は、実質的に夫婦を一体とした「長生き保険」として機能しており、その経済的性質は老齢年金に近く、非課税とする根拠に乏しい。
- ニ 企業年金課税の在り方
我が国の企業年金制度はそのほとんどが退職金制度から切り替えられたものであり、受給に際し退職者が一時金(退職金)と年金とを選択できるものが多く、この選択可能性により税制の中立性が阻害されている。
こうした点に鑑み、企業年金は年金税制でなく退職金税制の一環に位置づけ、課税の在り方を再構成すべきではないか。退職金税制の在り方はまた給与所得課税との中立性等困難な問題を有するが、貯蓄優遇税制(税制適格の個人年金)の構想等と並行して整備することが望ましいと考える。
- (4) 年金制度改革において採るべき方向性
「大綱」に示された年金制度改革の方向性を踏まえ、税制面での対応を理論的に整理しておく。
- イ 税財源の給付への課税
一体改革大綱は税財源による最低保障年金に言及するが、仮にこれが実現した場合、給付金は課税すべきか。
税財源は拠出時課税であるから、非課税(T-E型)とすべきようにも思われるが、全国民共通の制度なので理論上はT-T型であっても構わない。但し、所得を給付の基準とする場合、これに課税することは二度手間であり、執行効率の観点から非課税とすべきである。平成27年より実施される年金生活者支援給付金については既に非課税が法定されており、これは税財源による所得を基準とする給付であるから理論的にも妥当である。
- ロ 標準報酬上限の見直し
厚生年金の標準報酬上限が引上げられる場合には、所得税の控除額も増加する。課税ベース浸食の抑制のため、社会保険料控除の上限設定を検討すべきかも知れない。
- ハ 高所得者の年金額の調整
高所得者の年金額の抑制が課題となっているが、これを支給面でなく税制面において調整するという考え方がある(いわゆるクローバック;カナダに例がある)。理論的には、所得課税の枠組みの外側の制度として理解する他ないだろう。
3 結論
本研究では、経済理論的な分析を軸に年金税制について検討した。
現行年金税制の最大の問題点は、公的年金と企業年金という経済的性質を別にするものを共通に扱い、企業年金と退職金という経済的性質が同一のものを別に扱っている、という点にあると考える。
また、公的年金等控除が過大である点にも問題がある。その逆進性については本文中で述べたが、世代間の負担の公平という観点からも、少なくとも公的年金等控除の定率部分は廃止することが望ましい。
目次
項目 |
ページ |
序論 |
11 |
1 研究の目的 |
11 |
2 本稿の構成 |
11 |
第1章 年金制度と年金税制の概要 |
13 |
第1節 公的年金 |
13 |
1 国民年金と被用者年金 |
13 |
2 公的年金における所得再分配 |
20 |
第2節 企業年金 |
22 |
1 適格退職年金 |
22 |
2 厚生年金基金 |
23 |
3 確定給付企業年金 |
24 |
4 確定拠出年金 |
24 |
第3節 補完的な制度 |
25 |
1 国民年金基金・農業者年金基金 |
25 |
2 中小企業退職金共済・特定退職金共済 |
26 |
3 小規模企業共済 |
26 |
第4節 年金税制の概要 |
27 |
1 拠出時 |
28 |
2 運用時 |
29 |
3 給付時 |
30 |
第2章 所得課税理論からの検討 |
35 |
第1節 「貯蓄」としての年金 |
35 |
1 貯蓄に関する課税理論 |
35 |
2 実現時課税(課税繰延) |
37 |
第2節 「保険」としての年金 |
39 |
1 一般論としての保険への課税 |
39 |
2 保険としての年金への課税 |
42 |
第3節 「再分配制度」としての年金 |
44 |
1 税による所得「再々分配」効果 |
44 |
2 「再々分配」の妥当性 |
45 |
第4節 二重控除(E-E型)及び二重課税(T-T型)について |
46 |
第5節 小括 |
47 |
第6節 現行年金税制の位置づけ |
48 |
1 公的年金 |
48 |
2 企業年金 |
49 |
3 その他の諸制度 |
50 |
第3章 年金税制の改正の方向 |
51 |
第1節 公的年金・企業年金の切り分けと課税型の選択 |
51 |
1 切り分けの必要性 |
51 |
2 課税型の選択 |
53 |
第2節 公的年金課税の在り方 |
56 |
1 公的年金等控除の見直し |
56 |
2 障害年金・遺族年金 |
59 |
3 今後想定される年金制度改革において採るべき方向性 |
60 |
第3節 企業年金税制・退職金税制及び貯蓄支援税制 |
65 |
1 退職所得との調整 |
65 |
2 貯蓄支援税制における位置づけ |
66 |
結論 |
68 |

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