米村 忠司
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 滞納者の財産について、複数の強制執行や担保権の実行による競売(以下、「強制執行等」という。)が同時期に開始された場合には、配当見込額の多寡にかかわらず、原則として、すべての換価手続に対して交付要求を行うこととなる。この場合において、それぞれの換価手続から配当を受けて滞納国税に充当することにより租税債権額が減少し、交付要求に係る滞納国税が消滅したときには、他の換価手続に対する交付要求を解除することになる。
しかし、それぞれの換価手続における配当時期が近接する場合において、先行の換価手続による配当については、速やかな滞納国税への充当の処理を行っても、例えば、配当時期が同日の場合には、複数の交付要求に対してそれぞれ配当が行われ、結果として二重に配当が行われる場合も考えられる。
また、滞納者に対して破産手続が開始された場合は、「破産者所有の不動産を目的とする担保権の実行としての競売手続において交付要求がされたときは、交付要求に係る請求権に基づき破産宣告前に国税徴収法又は国税徴収の例による差押え(参加差押えを含む。)がされている場合を除き、交付要求に係る配当金は、破産管財人に交付すべき」(最高裁判所平成9年11月8日第三小法廷判決(民集51巻10号4172頁))(以下、「平成9年最高裁判決」という。)ものと解されており、これにより交付要求に対する配当の時期と財団債権に対する弁済の時期にずれが生じていることから滞納国税に充てる時期が遅延することとなり、問題がより複雑になっている。
さらに、平成17年1月に施行された現行の破産法においては、租税債権の一部は破産債権とされ、破産債権の配当は財団債権の弁済と比較して遅くなることから、結果として租税債権の現在額の減額及び滞納国税の消滅による交付要求の解除がさらに遅れることとなる。
そこで、本稿においては、国税徴収法における交付要求に着目し、複数の強制執行や担保権の実行による競売における換価手続から租税債権に配当を受ける場合の諸問題について研究することとした。

2 研究の概要

(1) 国税徴収法と強制執行等

イ 国税滞納処分の概要
昭和35年の改正前の国税徴収法は、明治30年に国税徴収法及び国税滞納処分法を基として制定されたものであり、その後60年余を経て全文改正に至った。
その制定時の租税徴収制度調査会答申(昭和33年12月)の中から、本件に関係する考え方について整理すると次のとおりである。
租税徴収制度の再検討に当たって、もっとも中心的に取り上げるべきものは、第一に租税徴収の確保の要請をどのように判断するか、第二に租税徴収の法律関係と一般私法秩序とをどのように調整すべきか、第三にこれらを含めて租税徴収の合理化をどのような方向に求めるべきかであったとされている。
そして、租税徴収の確保に関しては、それを実現するために、租税徴収に対する「自力執行権の付与」と租税に対する「一般的優先権の承認」について検討がなされ、「二つの原則が国家の財政力を確保する上にやむを得ない必要性を有する」としてこれらの原則を認めた。
「租税の一般的優先権」については、一般私法秩序との調整や租税徴収の合理化といった観点も踏まえ、租税はその性格の特殊性からすべての一般私債権に優先することとするが、強制執行費用等の共益費用に対しては、共益費優先の原則に則り、すべて優先しないこととされた。
また、一般私法秩序との調整について、担保付私債権との調整に関しては、租税は一般私債権に対しては優先するが、担保物権により担保される債権に対しては、原則として、租税を優先して徴収しないことと、担保物権制度、殊に抵当権制度は、その制度の基礎を公示の原則に置き、その安定が図られていることから、租税の徴収に当たっても、この制度との調和を図ることが適当であるとされ、この調整を図るため納税者の財産に担保物権を設定する第三者に対し租税の存在が明らかとなる租税の法定納期限等(一定期限)の前に設定された担保物権により担保される債権に限り、租税を優先して徴収しないこととされた。
このように、租税債権と私債権との関係は、その債権の回収を図る強制換価手続に関して、制度としては複雑なものとなっている。

ロ 交付要求
交付要求は、滞納者の財産に対して強制執行等が行われた場合や滞納者について破産手続が開始された場合に、その手続に参加して配当等を受けるための手続である。
強制執行等における一般債権者の配当要求と租税債権者の交付要求を比較すると、配当要求は、民事執行法において平等主義が採られている一方、配当要求の時期や配当のできる債権者の資格は相当に制限されているのに対し、交付要求は、強制執行等の配当にあたっては国税徴収法の規定が適用され、租税債権の一般的優先権や租税債権相互間における先着手主義が認められるなど、両者は異なる性質を併せもっている。
また、破産手続に対する交付要求は、財団債権となる租税債権の申出と破産債権となる租税債権の届出といった性質がある。
なお、参加差押は、既に他の滞納処分による差押えがされている場合で、一定の場合に行う交付要求の特殊なものである。

(2) 国税滞納処分と破産手続
滞納者の財産に差押えを行うなど国税滞納処分が行われている場合において、滞納者について破産手続が開始された場合においては、破産法43条の規定により、破産財団に属する財産に対する新たな滞納処分をすることはできないが、既にされているものについては続行を妨げないとし、破産手続外においてその財産を金銭に換価し、その金銭を租税債権に充てることができる。
他方、破産手続開始の時において、破産財団に属する財産について特別の先取特権、質権又は抵当権などの特定財産上の担保権には、別除権の地位が与えられ、これらの権利を有する債権者(別除権者)は、破産手続によらないで別除権を行使することができる。
この場合の破産手続外での換価に対する交付要求について、別除権の行使による強制換価手続が行われた場合に、仮に、交付要求が認められないとすると、租税債権に劣後していた担保権者が破産手続開始決定を契機として租税債権に優先し思わぬ利益を受ける反面、租税債権者は本来租税債権の引当てであった競売手続に係る財産の売却代金から弁済を受けることができないという不当な結果が生じることとなるので、競売手続では、破産手続開始決定前に滞納処分による差押えをしていなかった租税債権の交付要求を許し、それを配当表に記載して、その順位に応じて配当額を計算することになる。この場合における交付要求に係る租税債権に対する配当は、破産手続開始決定前に滞納処分による差押えをした上で交付要求をした場合を除き、破産管財人に交付することとされている。
この考えの元となる前述の平成9年最高裁判決がなされた後に現行の破産法が施行されたことにより、従来はすべて財団債権として扱われていた租税債権について、租税債権の内容により、財団債権と破産債権に区別されることとなったが、平成9年最高裁判決については現行の破産法においても有効とされている。

(3) 複数の強制執行等から配当を受ける場合の問題
滞納処分は、滞納者の総財産に対して行われるものであるが、具体的な処分にあたっては、滞納者の所有する個別財産の換価や債権の取立てにより金銭に換価し、それを滞納国税に充てることとなる。
他方、強制執行等は、通常、債務不履行に陥った債務者の個別財産に対して債権者から提起されるものであるが、このような場合には、ある債権者から多額の債権に基づく複数の個別財産に対する強制執行等や多数の債権者から強制執行等が並行して提起されることが考えられる。そのような強制執行等に対しては、それぞれに交付要求を行うのであるが、それらの交付要求に対する配当について、配当期日が近接していた場合に、結果として重ねて(以下、このような場合を「二重」と表現する。)配当がなされる場合がある。この二重に配当を受け取ることが国において不当利得とはならないのか、また、その場合に受け取った金銭のうち滞納国税に充てられなかった金銭の取扱いはどうなるのかについて検討した。
交付要求に対して二重に配当がなされる点については、国税徴収法の規定上やむを得ないのであり、また、租税債権額を超えて滞納国税に充てるわけではないので、国の不当利得とはならず配当を受けること自体は問題ないと考える。
なお、交付要求に対する配当についての滞納国税への充当については、速やかに行っており、このような問題となるケースは少ないと考えるが、そうであっても、それぞれの強制換価手続の配当期日が近接している又は同日の場合には、それぞれの強制換価手続は別個のものであって、二重に配当されること自体は避けられないことから、結果として、二重の配当がされなければ配当を受けられた他の債権者に配当がされないという問題が発生する可能性は残されている。

(4) 抵当権の実行に対する交付要求に関する問題
平成9年最高裁判決がなされた当時の破産法の規定によれば、租税債権は財団債権とされており、抵当権の実行などの破産手続外の強制執行等による配当が破産管財人に交付されると、破産財団の財産から随時に優先的に弁済を受けることが可能であったものの、弁済を受ける時点が配当の時点から遅れることにより強制執行等に対する交付要求について二重に配当が行われる可能性があるという問題があった。
また、例えば、交付要求がなかった場合に受ける配当と比較して交付要求に対して二重の配当がされたため受け取る配当が減少した抵当権者は、その減少部分については一般の破産債権者となってしまうなどの影響がある。
さらに、現行の破産法の施行により租税債権の一部が破産債権とされたことにより、破産債権に対する配当が行われるまで租税債権が消滅しなくなり、形式的に交付要求に対する配当が行われても、必ずしも滞納国税が消滅するとは限らないことから交付要求の解除ができず、結果としてすべての交付要求から配当を受け続けるということがあり得ることとなった。
このような問題に対しては、破産手続外の強制執行等に対する交付要求の配当の交付先について、破産手続開始前の差押えの有無にかかわらず、破産管財人ではなく交付要求を行った租税債権者に直接交付することとすべきであり、交付要求者と配当の交付先を一致させることにより解決が図られると思われるが、平成9年最高裁判決が存在し、それが現在も有効であるとされていることから、破産法が見直される機会があれば、再度検討すべき問題である。

3 結論

 現行制度を前提とした問題の解決については次のように考えるところである。
すなわち、国としては、現状においても配当期日が近接する場合には、国が受け取った配当について速やかに滞納国税に充てており、後に行われる強制執行等に対する影響を極力及ぼさないようにしている。
他方、滞納者について、破産手続外の強制執行等に対する交付要求の配当の交付先が交付要求を行った租税債権者ではなく破産管財人とされている現状においては、後続の強制執行等に対する影響を少なくするために、破産管財人は、破産手続外での強制執行等の執行状況を十分に把握し、財団債権たる租税債権に対して早期の弁済を行うことが求められる。
しかしながら、これらの対応のみでは、問題はすべて解決できるわけではないのであり、破産法や国税徴収法が見直される際には検討を要すると考える。


目次

項目 ページ
はじめに 10
第1章 国税徴収法と強制換価手続 12
第1節 国税滞納処分の概要 12
1 国税徴収法改正の経緯 12
2 租税徴収の確保 13
3 国税優先の原則 14
4 自力執行権 22
5 調整法と国税徴収法 24
第2節 交付要求 25
1 概説 25
2 交付要求と配当要求 25
3 破産手続に対する交付要求 27
4 参加差押 28
5 簡易な交付要求制度 30
第2章 国税滞納処分と破産手続 31
第1節 概説 31
第2節 滞納処分の続行 31
第3節 別除権と租税債権 35
第4節 破産手続外での換価手続と交付要求 39
第5節 現行の破産法と租税債権の優先 40
第3章 複数の強制執行等から配当を受ける場合の問題 45
第1節 概説 45
第2節 超過差押の禁止等との関係 45
第3節 交付要求の制限と解除の請求 48
第4節 租税優先権の反復行使に関する裁判例 50
1 問題の所在 50
2 裁判例 51
第5節 複数の交付要求に対して配当が行われた場合の諸問題 54
1 問題の所在 54
2 国税徴収法129条について 54
3 二重に配当が行われる場合の問題 57
4 問題の解決策 59
第4章 破産手続外での抵当権の実行に対する交付要求に関する問題 61
第1節 問題の所在 61
1 抵当権の実行による競売と破産手続の開始 61
2 裁判例 62
第2節 複数の抵当権の実行に対して交付要求が行われる場合の諸問題 65
第3節 破産管財人の役割 69
第4節 小括 71
1 まとめ 71
2 別除権と租税債権 71
3 不動産に対する差押えの意味 72
おわりに 74

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