田中 俊久
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 国際的二重課税を排除する「外国税額控除制度」や税負担の著しく低い外国子会社を通じた租税回避を防止する「外国子会社合算税制」では、「外国法人税」の定義が法令で定められており、例えば、納付後任意に納税者が還付請求できるような税など、外国法人税として捉えるのが不適当なものは、法令において外国法人税に含まれないものとされている。
近年、「税率が納税者と税務当局との合意により決定される」ような税(いわゆるデザイナー・レート・タックス)を納付する外国子会社が、外国子会社合算税制上の特定外国子会社等の判定における外国関係会社の租税負担割合の基準をちょうど上回る税率を選択した事例において、最高裁判所は、明文の規定がない以上、こうした税が外国法人税に該当しないとはいえない旨の判示がなされた(最高裁判所平成21年12月3日第一小法廷判決(平成20年(行ヒ)第43号))。この最高裁判所の判決を踏まえ、平成23年度税制改正において、「税率が納税者と税務当局との合意により決定される」ような外国法人税として捉えるのが不適当な部分は外国法人税に含まれない旨の「外国法人税」の定義の明確化が行われている(法令1413三)。
本稿は、今回の税制改正の契機となった訴訟事例において問題となった「外国法人税」の意義や税制改正の内容について整理するとともに、納税者が適用される税制を事前に税務当局に確認するルーリング制度が存在するスイス連邦共和国(以下「スイス」という。)の法人税を中心に、新たに導入された「税率が納税者と税務当局との合意により決定される」外国法人税の適用関係を考察するものである。

2 研究の概要

(1)デザイナー・レート・タックス
デザイナー・レート・タックスとは、親会社の居住地国におけるCFC税制の適用を回避するために、外国子会社等が任意に税率を選択できる税制であり、このような税制の例はチャネル諸島ガーンジー島及びジャージー島、マン島(以上いずれも英国王室属領)、ジブラルタル(英国領)に存在した。これら地域は、いわゆるタックス・ヘイブンといわれる地域であり、もともと法人税率が0あるいは低率である地域であるが、デザイナー・レート・タックスは、適用税率を任意に選択適用させ、外国子会社等がその親会社のCFC税制の適用を回避するために必要な租税を支払うことを可能とすることにより、金融や投資の流れを居住地国から引き寄せる効果がある。

(2)我が国における裁判事例
最高裁判所は、最初にガーンジーの法人税制について、4つの選択可能な税制、すなわち、1ガーンジーに本店を有する法人は、事業年度の全所得を課税標準として20%の標準税率により所得税を課されること、2申請料年間500ポンドを納付して免税法人となること、3段階的に異なる税率により所得税を課されること、4所定の要件を満たす法人は、申請により「国際課税資格」という税制上の資格を取得することができ、国際課税資格を取得した法人の所得に対して適用される税率は、当該法人が0%を上回り30%までの間で申請し税務当局により承認された税率となることなどについて認定した。
その上で、外国子会社合算税制の適用に当たり、これらの税制の中から、上記4の国際課税資格を取得することにより、ガーンジーに設立された外国子会社が26%の税率でガーンジーに納付した法人税について、このような外国法人税は法人税法69条1項、法人税法施行令141条1項にいう外国法人税に相当する税に該当しないとはいえないとした。

(3)我が国における「外国法人税」の改正(平成23年税制改正)
従来、外国税額控除や外国子会社合算税制の適用対象となる「外国法人税」については、外国の法令に基づき外国又はその地方公共団体により法人の所得を課税標準として課される税とされ(法令1411)、外国法人税に含まれるものとされる税(法令1412)と含まれないものとされる税(法令1413)が規定されていたが、上記の裁判事例を踏まえ、外国法人税に含まないものとされる税に「複数の税率の中から税の納付をすることとなる者と外国若しくはその地方公共団体又はこれらの者により税率の合意をする権限を付与された者との合意により税率が決定された税」が加えられた。

(4)「税率が納税者と税務当局との合意により決定される」外国法人税

イ 外国法人税の意義
ガーンジー事例では、最高裁は外国法人税に当たるか否かについて「租税」と「外国法人税」の2つに分け、その該当性を検討している。
租税の該当性については、納税者が選択した法人税は、1ガーンジーがその課税権に基づき法令の定める一定の要件に該当するすべての者に課した金銭給付という性格を有することを否定できないこと、2特別の給付に対する反対給付ではないこととしているが、ここでの問題は、租税が合意で決まるような税制をどのように判断するかにあったように思われる。裁判事例では外国法令で定められた税率の範囲内で納税者に一種の選択権が与えられているようなものについて租税に該当しないことは困難であるとしたが、このような複数の税率を選択する規定がなく税率や課税標準が単に国等と私人との合意だけに基づいて決まるような場合には、そもそも租税に該当しない場合があるものと考えられる。
外国法人税の該当性について最高裁は、我が国の法人税に相当する税でなくてはならないとし、1所得を課税標準とする税か否か(法令1411)、2外国法人税に含まれない税に該当するか否か(法令1413)、3実質的にみて、税を納付する者がその税負担を任意に免れることができることとなっているような税か否かにつき検討しているが、課税実務においては、外国の租税に関する事実関係を確実に把握することが重要なポイントとなるものと考えられる。また、外国法人税を規定する外国税額控除の規定は、外国において納付した税を我が国の法人税から直接控除する制度であるから、我が国の法人税に相当する税に該当するかという側面も十分に踏まえ、外国法人税の該当性に関する判断をすべきものと考える。

ロ 複数の税率の意義
「複数の税率」には、適用される税率が2以上ある場合のほか、幅をもって定められている場合などが含まれる。今回の外国法人税の定義の明確化に伴い、例えば、次に掲げるような税については、それぞれ次に定める部分について、外国法人税に含まれないものとされることとなると考えられる。

1 複数の税率(5%、15%、30%)の中から納税者と外国当局等との合意により税率が30%で決定された税(合意がないものとした場合に適用されるべき税率:なし)→複数の税率のうち最も低い税率(5%)を上回る部分(=25%相当分)

2 複数の税率(25%、30%、35%)の中から納税者と外国当局等との合意により税率が35%で決定された税(合意がないものとした場合に適用されるべき税率:20%)→合意がないものとした場合に適用されるべき税率(20%)を上回る部分(=15%相当分)

ハ 税率が納税者と税務当局との合意より決定される

(イ) 合意の当事者
税務当局とは、「外国若しくはその地方公共団体又はこれらの者により税率の合意をする権限を付与された者」であり、国及び地方公共団体の他に税率の合意をする権限を付与された者も含まれる。

(ロ) ガーンジー島事例における納税者と税務当局との合意の状況
ガーンジーにおける法人税制では、ガーンジー税務当局から国際課税資格という資格申請の承認を受けるとされていた上、実務上では、税務当局が作成した税制の解説に法人税率に関し課税当局との合意(Agreement)により決めることができるとしていたこと、申請者の税務当局に事前に協議を行っていたことなどから、税率が合意により決定されたものと認定されている。

(ハ) プライベート・ルーリングにおける合意
「合意」には、外国の法令の規定に基づいてなされる合意のほか、運用によりなされる合意などが含まれる。我が国においては、納税者と税務当局との間での租税契約は認められていないものの、諸外国では、例えば、米国のアドバンス・ルーリングにおけるクロージング・アグリーメントのように行政契約として法令の規定に基づく合意とされるもの、ドイツ裁判例における事実問題に関する事実上の合意とされるものなども存在する。
世界各国のルーリング制度は、1法律の条文の解釈、その適用を公表したパブリック・ルーリングと、2特定の取引等に適用される法律の解釈に関する納税者の照会に、税務当局が回答するプライベート・ルーリングとに大別される。事前に税務当局等との協議などが行われるプライベート・ルーリングに関しては、租税契約や運用上の合意に該当するようなケースもあり、その法的な性格の検討が必要となる。世界におけるプライベート・ルーリングは、必ずしも法令等で規定され、その取扱いが明らかなものばかりではないが、その税率が税務当局とのルーリングの合意によって決定されると認められるような場合には、今回の税制改正による「外国法人税に含まれないもの」に該当するものがあると考える。

(5)スイス外国子会社への適用可能性

イ スイスにおける法人税制

(イ) 法人税制の特徴等
スイス法人税制の特徴は、1カントン(州)政府の役割が大きく一定の自由裁量が与えられていること、2金融や投資の流れを自国に誘導するため、タックス・ヘイブンの特徴となるような各種投資優遇税制が設けられていること、3タックス・ルーリングが広く利用されていることが挙げられる。
スイスは連邦国家であり、連邦政府、州政府に該当する26のカントン、地方政府に該当する約2,600の自治体(ゲマインデ)から形成されており、スイスの法人税は、これらの3つの行政レベルで課税される。

(ロ) スイスにおける優遇税制
スイスでは、投資誘致のため持株会社(Holding Companies)、管理会社(Management Companies)、プリンシパルカンパニー(Principal Companies)、新設会社(Newly established Companies)などに対する優遇税制を有しており、連邦、カントン(州)及び自治体の法人税が全額あるいはその一部が免除される。
これら優遇税制をみると、1持株会社税制は、一定の投資所得に対してその所得を免除する税制、2管理会社税制やプリンシパルカンパニー税制は、スイス国内における営業活動が全くないあるいは少ない場合に、国外における営業活動に係る所得を免除する税制、3新設法人税制は、法人税の全部又は一部を免除する制度であり、これら税制を適用するためには、管轄税務当局から個別にルーリングを取得する必要があるものの、税率を決定する制度とはなっていない。

ロ スイスにおけるルーリング制度

(イ) ルーリング制度の概要
スイスでは、ルーリングの慣行が発展しており、租税のルーリングに関する法令上の規定はほとんどないにもかかわらず、税制のほとんどすべての場面に利用される。特に、カントン(州)政府は、投資誘致に熱心で投資誘致局を設け、その勧誘、相談を行うなど、カントン(州)間で税の引下げ競争が行われ、税制に関するカントン(州)当局の対応も弾力的なものとされる。
スイスにおけるプライベート・ルーリングは、納税者が要求する場合にだけ発給され、特定された事実関係と申請する納税者だけが適用対象となる。法人税に関するルーリングは、法令上の規定はなく、事業再編、持株会社資格、無形資産の評価などの特定の取引等について、行政上の慣行として行われている。税務当局は不都合なルーリングについては承認せず、申請を承認する場合には税務当局が申請書に「合意する」などと記載した上、その申請書に副署し、それを回答とする。

(ロ) ルーリング制度における合意
スイスにおけるプライベート・ルーリング制度については、1特定された事実関係の下、申請する納税者だけが適用対象となり、ルーリングの内容は当事者双方を拘束すること、2納税者と税務当局との相互の行為であり一種の行政上の契約と考えられていることなどからすると、契約的な性格を有するものであると考えられる。したがって、仮にこのようなルーリング制度に基づいて法人税率が決められた場合には、合意により税率が決定された場合に該当するものと考えられる。

ハ スイス法人税の「税率が合意により決定される」外国法人税の該当性
スイスの法人税は、「複数の税率」の中から納税者が「税率」を選択できるような規定とはなっていないことからすると、法令で定められた税率以外を適用する場面は、直ちには想定できないものと考えられる。
もっとも、スイスは、投資誘致に関し積極的で、税制もルーリング制度により極めて弾力的な対応がなされていることを考慮すると、このようなルーリング制度により税制にない法人税率や課税標準を決定する可能性はないと断定することはできないように思われる。仮に、ルーリングによる交渉等で税率を自由に決めることができるような事実関係があり、それが公的にも認められる場合には、合意の可能性があった「複数の税率」の中から税率が合意により決められたものと考えられることから、このようにして決められた法人税に該当する場合には、新たに導入された「税率が納税者と税務当局との合意により決定される」外国法人税に該当するものと考える。

3 結論

 デザイナー・レート・タックスの検討に当たっては、対象国の法人税制やその執行状況、ルーリング制度の性格や運用実態等などに係る事実関係を的確に把握し、それらを詳しく分析した上、課税関係を整理する必要がある。特に、運用等による合意により法人税率等が決定される場合には、具体的な事実いかんにより、今回新たに導入された「税率が納税者と税務当局との合意により決定される」外国法人税に該当する場合があるものと考えられる。したがって、課税実務においては、これらに関する事実認定が極めて重要なポイントとなるものと考えられ、的確な事実認定が求められよう。


目次

項目 ページ
はじめに 12
第1章 デザイナー・レート・タックス 14
第1節 デザイナー・レート・タックスの概要 14
1 デザイナー・レート・タックスとは 14
2 英国におけるデザイナー・レート・タックス対策 15
3 タックス・ヘイブン対策とデザイナー・レート・タックス 16
4 外国法人税に関する定義の明確化(平成13年度改正) 18
第2節 我が国における裁判事例 19
1 裁判事例の概要 19
2 デザイナー・レート・タックスに関する争点 21
3 最高裁における判断 23
第3節 外国法人税に関する問題 27
1 外国法人税の該当基準 27
2 改正された外国法人税に関する適用関係 30
第4節 小括 31
第2章 外国税額控除及び外国子会社合算税制における外国法人税 33
第1節 外国税額控除制度 33
1 外国税額控除制度の趣旨 33
2 外国税額控除制度の概要 34
3 外国法人税の定義 35
第2節 外国子会社合算税制 36
1 外国子会社合算制度の趣旨 36
2 外国子会社合算制度の概要 41
3 特定外国子会社等の範囲 42
4 適用対象金額の計算 43
5 適用除外基準 44
6 外国子会社合算税制における外国税額控除 46
第3節 外国法人税を巡る問題の検討 46
1 租税の該当性(判断基準) 47
2 外国法人税の該当性(判断基準) 55
第4節 小括 56
第3章 税率が納税者と税務当局との合意により決定される税 58
第1節 適用要件 58
1 適用要件 58
2 「複数の税率」の意義 60
3 合意によって決められる場合とは 61
第2節 世界各国のルーリング制度 62
1 ルーリング制度の概要 62
2 各国のプライベートルーリング制度 65
3 ルーリングにおける合意 73
第3節 小括 74
第4章 スイス法人税の考察 76
第1節 スイスの法人税制 76
1 スイス法人税制の特徴 76
2 スイス法人税の概要 78
3 投資優遇税制の概要 84
第2節 スイスにおけるルーリング 90
1 ルーリング制度の概要 90
2 申請手続 94
3 ルーリング制度における合意 96
第3節 まとめ 97
結びに代えて 99

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