松山 修
税務大学校
研究科第47期研究員


要約

1 研究の目的

 必要経費とは、収入金額の獲得のために投下された費用の総称であり、所得税の課税標準である課税所得を算出する過程において、必要経費を控除することによって、課税所得を純所得として構成する。純所得が課税所得とされる理由は、担税力に応じた公平な課税を実現するという、租税理論の要請があるためである。このことから、必要経費控除は、所得税の本質的要素であり、租税正義を実現する意味を持つものであると同時に、その内容は、個人事業者各層の間における公平な負担を実現すべく構成されなければならない。
しかしながら、業種・業態の多様化が進み、事業の経営方針も千差万別である状況の下、投下資本の回収に相当する部分を洩れなく必要経費として認めるには、包括的な規定にとどめざるを得ず、必要経費控除の規定については、解釈・適用上の問題が生じている。
特に、業務関連費に関して、ある支出を必要経費として算入するためには、事業活動との「直接性」を有することが必要であるとする裁判例が見受けられるが、「直接性」については明文で規定されておらず、「直接性」の内容や判断基準は不明確といわざるを得ず、租税法律主義及び均一な課税実務の執行に資するためにも整理が必要であると考える。
そこで、本研究では、必要経費の基本的考え方を整理したうえで、特に必要経費算入の要件とされる業務関連費に求められる「直接性」について、その要件の存在意義を明らかにし、「直接性」を基準に判断したこれまでの裁判例の中から統一的な要素又は共通の判断要素を抽出することにより、「直接性」の判断基準を明らかにすることを目的とする。

2 研究の概要

(1)必要経費の基本的考え方
必要経費の概念は、純資産増加説的な考え方を基調にして漸次拡大過程をたどってきた。純資産増加説的な考え方に立てば、人の担税力を減少させるものはすべて必要経費として控除されるべきものと考えることもできる。しかしながら、個人の場合には、消費生活を営んでいるので、家事費を排除することは、必要経費論の出発点をなしており、消費主体として支出された費用については、純資産増加説的な考え方のもとにおいても、所得の消極要素として当然課税所得計算上考慮するということにはならない。さらに、現行所得税法の計算構造を前提とする限り、事業所得等の金額の計算においては、経費と事業等との関連性を緩く解することはできない。
以上から、必要経費は事業所得等の金額の計算においては、経費と事業等との関連性を要し、かつ、家事費排除の原則に従うことになる。

(2)必要経費算入の可否を巡る裁判例
必要経費に関しては、所得税法37条1項に規定されているものの、具体的判断基準は定められていない。同項の規定から、収入と直接的な因果関係のある費用が必要経費に該当することについては、法文上明らかであることから、売上原価等の個別対応の費用は特定の収入との直接的な関係性(収入を得る上での「直接性」)が求められることについて、格別解釈上の問題は生じることはない。他方、期間対応の費用(業務関連費)に関しては、ある支出が必要経費に算入されるためには、業務関連性を有することが必要であるとされ、業務関連性をいかに解するかが、必要経費性を判断する上で重要な問題であり、議論が絶えないところである。この点に関して、裁判例を確認したところ、「ある支出が必要経費として控除されるためには、それが事業活動と直接の関連性を有し」ていることが必要であるとして、必要経費算入の要件として業務関連費に「直接性」を求めており、学説も同様の見解を示している。このことから、業務関連費として必要経費に算入されるか否かは「直接性」の判断が重要であるといえる。

(3)業務関連費における「直接性」の内容

イ 業務関連費における「直接性」の意義
業務関連費に求められる「直接性」の要件はいかなる機能を持ち、いかなる意義を有するものであるかという点については、次のようになると考えられる。
第一に、多種多様な事業活動のもと、担税力の指標となる課税所得は、公平負担を実現すべく構成されなければならず、企業と家計が必ずしも明確に分離されていない個人においては、家事費排除の原則から、支出と収益又は業務との対応関係が厳しく解釈されなければならない。したがって、消費支出と生産活動のための支出とを厳格に区分する基準が必要となるのであって、その判断基準が「直接性」となる。「直接性」の要件は、消費支出に対応する支出を排除し、真に投下資本に対応する部分を認識するために設けられたものであるといえる。
第二に、必要経費控除は、課税所得を減少させる要因であるため、必要経費性の判断を個人の主観的判断のみに委ねていたのでは租税の負担を不当に減少させる結果が生じる場合がある。そこで、客観的な「直接性」という指標を設定することによって租税負担の不当な減少を防止するのである。

ロ 業務関連費における「直接性」の判断要素
業務関連性は、支出の目的が一つの判断要素であると考えられる。しかしながら、必要経費は、関係者の主観的判断を基準としてではなく、客観的基準に即してなされなければならない。目的はあくまで主観的なものであるため、客観的な表象を通して確認されることによって、客観性が担保されるべきである。したがって、業務関連費における「直接性」の判断においては、支出の目的は判断要素の一つではあるが、その客観性が担保されていなければならず、この客観性が担保されることこそが「直接性」の要点であるといえ、客観性が担保されるための判断要素を検討することが「直接性」の内容を理解することにつながると考える。

(4)業務関連費における「直接性」の判断基準
以上の点を踏まえ、これまでの裁判例における判断基準の検討結果をもとに、業務関連費における「直接性」を判断するうえでのいくつかの要件を掲げると次のようになる。

1 業務の特定:所得税の課税所得は、所得の発生形態に応じて算出しなければならない。したがって、各分類の所得を適正に算出するためには、当該分類に属する収入と、これに対応する費用とを厳格に区分対応させて必要経費として控除しなければならず、個人の所得は当該年に属する収益とこれに対応する費用との対応関係はもとより、さらに区分してその収益、費用がいかなる所得区分に属するものかによりその対応関係を認識して算出しなければならない。すなわち、ここでは、2以下で検討すべき「直接性」の対象としての業務を定義するところに主眼がある。特に所得税法37条1項が「所得を生ずべき業務について生じた費用」としていることから、支出の帰属すべき所得を判定する際にはあくまでも具体的な「業務」との関連性が問われなければならない。

2 支出の目的の把握:事業とは、自己の計算と危険において独立して対価を得て継続的に遂行される営利活動をいい、業務関連性による必要経費性判断の根拠は、業務に関連しない支出は何ら拡大再生産に寄与しないという理解を前提としている。これらを踏まえれば、業務上の支出は経済的な利益を得る目的のための支出であること、業務にとっての有益な支出であることが必要と考える。すなわち、個人事業者は、事業活動にあたり、考えられうる方策の中から、時々に応じて有効と思われる手段を選択することから、個人事業者が費用をどのような目的で支出したのかという点が軽視されてはならず、個人事業者の支出の目的を把握することが重要である。

3 支出の有益性:「直接性」が認められるためには、2で把握した支出目的に対して客観性が担保されることが必要であり、客観的判断の補充的な基準として用いられるのが、1で認定した業務に対する寄与性や有益性であると考えられる。また、支出に対する効果の帰属先が業務外に帰属するものであれば、業務に対しての有益性はないことから、「直接性」は否定される。この意味で、支出の効果の帰属先も補充的な基準となる。

4 支出の特性による「直接性」の否定:本来なら「直接性」が認められるような支出であっても、家事そのものである行為に付随して発生した支出のようにその支出の特性によって、「直接性」が否定される。

 これまでの裁判例の「直接性」は事業との関係で一般的には言及されている。しかし、所得税法の必要経費は事業の必要経費としては必ずしも構成されていないところに特徴がある。店と奥との区別が明確でない業種業態の規模が小さい雑所得等についていえることであるが、その所得稼得に関連した支出にしばしば家事的要素が混入することが予想される。このため、事業所得等では所得稼得上有益な費用として「直接性」が認められるような支出であっても、雑所得等では家事費混入への警戒感から「直接性」を欠くという推定が働くことにより、同種の支出に対して事業所得等と雑所得等との間で取扱いに差異が生じる場合があると考える。このような解釈によって差異を認めることに関して、税法が事業用資産以外の各種資産の損失について必要経費算入を制限しているのは、その種の損失には家事的要素が強いとみてその控除を制度的に制限したと考えられる点を踏まえれば、「直接性」の内容を業務規模によって合理的に解釈することは許されるものと考える。

3 結論

 以上、これらが業務関連費における「直接性」の要件であり、これらの項目をとおして「直接性」の判断を行うことになる。


目次

項目 ページ
はじめに 239
第1章 必要経費の沿革及び基本的考え方 241
第1節 必要経費の沿革 241
1 所得税法の創設 241
2 明治32年全文改正 242
3 大正9年全文改正 243
4 昭和15年全文改正 243
5 昭和22年全文改正 244
6 昭和25年税制改正 245
7 その後の改正 245
8 小括 247
第2節 昭和40年法 247
1 昭和38年12月税制調査会「所得税法及び法人税法の整備に関する答申」 247
2 昭和40年全文改正の立法趣旨と内容 250
第3節 必要経費の基本的考え方 253
1 純資産増加説 253
2 家事費排除の原則 254
3 小括 255
第4節 必要経費の意義とその問題状況 257
1 必要経費の意義 257
2 必要経費の問題状況 258
第2章 必要経費算入の可否を巡る裁判例 261
第1節 収入を得る上での「直接性」 261
第2節 業務関連費における「直接性」 264
1 業務関連費 264
2 裁判所の業務関連性に対する判断基準 265
3 学説 269
4 小括 271
第3章 業務関連費における「直接性」の内容 272
第1節 業務関連費における「直接性」の意義 272
第2節 業務関連費における「直接性」の判断要素 274
第3節 判例に基づく検討 275
1 横浜地判昭和54年7月18日【判例1】 275
2 水戸地判昭和58年12月13日【判例2】 279
3 大阪高判平成10年1月30日【判例3】 282
4 東京地判平成6年6月24日【判例4】 287
5 青森地判昭和60年11月5日【判例5】 290
6 津地判平成18年4月27日【判例6】 293
7 広島地判平成13年10月11日【判例7】 296
8 千葉地判平成17年11月11日【判例8】 299
9 東京地判平成23年8月9日【判例9】 302
第4節 事業から生ずる所得以外の所得の「直接性」 306
第4章 業務関連費における「直接性」の判断基準 310
結びに代えて 318

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