上田 正勝
税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 宗教的な理由により利子の収受等が禁じられているイスラム教徒のため、近年、国外において、イスラム法(イスラム教の教義)に則った金融商品の開発及び販売が活発化しており、市場規模も拡大傾向にある。
イスラム債をはじめとするイスラム金融について、課税上考慮する必要がある論点としては、経済的な実質は利子であるにもかかわらず、最終的に利子以外のものが支払われるようにするため、リース、商品売買、信託等を組み合わせるなど、一般的な金融取引からすれば、複雑な契約関係に基づく金融取引となることが挙げられる。
現在、我が国においては、内国法人や居住者がイスラム金融を活発に活用している状況にはないが、イスラム・マネーを呼び込むための税制上の環境整備として、平成23年度税制改正において、海外投資家が受ける特定目的信託が発行する社債的受益権の配当(収益の分配)を非課税とするなどの措置が行われたところである。
これにより、我が国において特定目的信託を用いて組成されたイスラム債に関する課税については明確化されたところであるが、今後のイスラム金融の発展によっては、我が国における課税関係が必ずしも明確ではないイスラム債の組成や投資が行われる可能性も否定できない。
そこで、イスラム債から生じる収益に対する課税関係を整理するため、イスラム金融の形態等についての基礎研究を行うこととしたい。

2 研究の概要

(1)イスラム金融の特徴
イスラム金融とは、イスラム法(イスラム教の教義)に基づく金融である。
そして、イスラム教の教義に基づいていることを「シャリア適格」といい、各イスラム金融機関内に設けられた、イスラム法学者数名によって構成される「シャリア委員会」によって、各金融機関の行う取引がシャリア適格であるかどうかが判断される。
ここで、「イスラム法」とは、我々が通常考える「法律」ではなく、イスラム教の教義であるため、イスラム金融取引の準拠法は「イスラム法」ではなく、イスラム金融機関等がスキーム作成時に採用した個別の法律が各金融取引の準拠法となる。
その際、この法律がイスラム教国の法律である必要はなく、シャリア委員会によってシャリア適格であると認められる限り、非イスラム教国の法律を準拠法としてイスラム金融取引を構成することも可能である。
シャリアによる金融取引への影響としては、リバー(利子)の禁止が有名であるが、それ以外にも、ガラール(不確実な取引)やマイシール(投機的な取引)が禁じられている。一方、利益とリスクを分け合うこと、透明性のある契約、売買取引などが奨励されている。
その結果、金融スキームとしては、大別して、1実物取引を介した取引と2事業への投資を介した取引をベースとしたスキームとなっている。
実物取引を介した代表的な取引としては、ムラバハ及びイジャーラがあり、事業への投資を介した代表的な取引としては、ムダラバ及びムシャラカがある。

(2)イスラム金融の基本スキーム

イ ムラバハ
本来は、商品を仕入れた商人が、上乗せする商品販売益を明示した上で買い手に転売する契約である(その際、代金支払時期にイスラム法上の制約はなく、契約当事者が合意した時期と方法により代金支払いが行われる。)。
これを活用して、資金供給者が商人の役割を果たし、同時に、買い手の支払条件を後払い又は分割払いとし、利息に相当する利益を商品販売益とすることによって、イスラム金融としてのムラバハとなる。

ロ イジャーラ
本来は賃貸借契約である。
資金需要者が必要とする資産を資金供給者が購入し、資産購入代金、各種費用及び金利相当分の利益等を十分にまかなえる期間とリース料を定める契約とすることによって、イスラム金融としてのイジャーラとなる。
また、リース期間終了時に当該資産の所有権を移転するスキームも用いられており、その場合は、イジャーラ・ワ・イクティナと呼ばれる。

ハ ムダラバ
資金供給者が、事業者の営む事業に対して出資し、事業から得られた利益を事前に定めた割合に応じて分配する契約である。
イスラム金融機関が事業者の事業に融資する際に用いられる他、預金者がイスラム銀行の事業に資金提供しているという構成のムダラバによって、(元本保証はないが)銀行預金を成立させている。

ニ ムシャラカ
複数当事者の出資によって事業組合を設立し、その組合の事業から発生した損益を当事者間で分配する手法である。
ムシャラカの出資者には、経営参加の権利があり、イスラム銀行と企業が合同で取り組む事業での資金提供に用いられている。

(3)スクーク(イスラム債)のスキーム
イスラム金融の基本スキームは(2)において記述したとおりであるが、これらの基本的なイスラム金融取引から生じる収益を証券化したものがスクーク(イスラム債)である。
代表的なスクークとして、イジャーラ(リース契約)をベースとしたスクークがある。
これは、資金需要者が有する資産をSPCに譲渡し、この資産を裏付資産としてスクークを発行し、投資家がこれを購入することによって得られた資金をもって資産の購入代金に充てた上で、この資産をリースバックするというイジャーラがSPCと資金需要者の間で行われ、各期のリース料収入が各期のクーポンとして、また、最終的な資産買戻しによる収入がスクークの償還として、投資家に支払われることになる。
この場合、投資家にとっては、イジャーラにおいて契約されるリース料収入に基づく収益率がスクーク購入時に確定しており、さらに、このリース料がほとんどの場合、市場金利等を参考に決定されることから、このスクークは金利によって収益が計算される債券とほぼ同視し得る証券となる。

(4)スクークの翻訳上の問題
(3)において記述したとおり、代表的なイジャーラベースのスクークが債券類似であるなど、スクーク発行例の多くが債券類似型であることから、スクークは「イスラム債(Islamic bond)」と翻訳されることが多い。
しかし、イスラム金融機関会計・監査機構は、スクークを「有形資産・用益権及びサービス・特定のプロジェクトの持分・特別な投資活動の持分の分け前・権利に対する計画的一般権利証書の価値と(応募終了時点で)同じ価値を表象する証書」と定義しており、さらに、その裏付け資産が(2)で挙げたようなシャリア適格なものであることが必要であるとされている。
これをより簡潔に表現すると、スクークとは「シャリア適格な金融資産(債権等)の持分を表象する証書」と定義することができる。
このことからすると、ムダラバ、ムシャラカ等の損益分担型金融資産をベースにスクークを作成することも可能であることから、スクークを債券と捉えて「イスラム債」と言い切ってしまうのは、ミスリーディングな翻訳であり、課税関係を考慮する際にも、債券とは限らない「イスラム証券」として、各スキームを分析する必要がある。

(5)スクークに対する課税
スクークは、受益証券発行信託の受益証券として発行されることが多く、特に立法の手当てがなければ、法人課税信託に該当し、その配当に関しては、配当所得となる。
しかし、我が国の法令である「資産の流動化に関する法律」に基づいた社債的受益権の配当について、利子並み課税として源泉分離課税であったところ、これを用いて組成したスクークの配当について、平成23年度税制改正によって、非居住者については振替社債等の利子の課税の特例に含める形で非課税となり、社債と同様の課税がなされることとなった。
一方、外国法令に基づいて組成されたスクークについては、社債と同様の課税がなされるのが、資産の流動化に関する法律に基づく社債的受益権のみであることから、外国法上の信託等がこれに包摂される余地がなく、現行法において、社債と同様の課税をすることはできない。
そのため、スクーク組成の際に根拠法とされた信託に関する外国法令及び信託契約によることになるが、スクークが「金融資産の持分を表象する証書」であることからすると、スクーク発行に利用される外国法令上の信託の性質は「受益権を表示する証券を発行する旨の定めのある信託」に相当すると考えられ、その場合、法人課税信託に該当することになり、その配当については配当所得となると考えられる。
もちろん、スクークの多くは、経済的実態が限りなく社債に類似しているため、その経済的実態に合わせた課税がなされるべきであるとの考えもある。しかし、私法上の契約関係を租税法に当てはめた際に配当所得となるものを、法令の規定のないまま他の所得区分(利子所得)とすることは、租税法律主義の点から慎重でなくてはならない。
そのため、スクークの経済的実態が社債類似である点を重視し、社債に類似するように組成されたスクークを社債として課税するのであれば、受益証券発行信託の配当についても、社債的受益権と同視し得る一定の場合には、社債利子とみなして課税する旨の立法が、外国法令を準拠法とした場合の受け皿規定も含めて必要となる。
しかし、経済的実態が社債に類似する金融商品はスクーク以外にも組成することができるため、利子所得と配当所得、ひいては税務上のdebtとequityの区分を根本的に見直さなければ、経済的実態が社債に類似する金融取引の間で、社債とみなされるものとみなされないものがパッチワーク的に並存することにつながり、税制に新たな矛盾を引き起こすことになる。そのため、例えば、我が国の投資家による外国イスラム債に対する投資も奨励するなどの政策的必要性がないのであれば、スクークに対する課税に関して、海外のイスラム・マネーを我が国に呼び込むという政策目的に即して、社債利子とみなす範囲を限定的に規定している現在の規定が適当であると考える。

(6) 平等原則(信教の自由)との関係
平成23年度税制改正においては、スクークとして利用しやすい社債的受益権を、振替社債利子非課税制度の対象に含めるという形で、社債的受益権を利用したスクークに対して社債と同様の課税を行うことを実現しており、その際、我が国における平等原則(信教の自由)との関係から、この社債的受益権が宗教的な必要に基づいて発行されたか否かについては問わないこととなっている。
これは、イスラム金融取引の現場において、イスラム金融を組成する者も利用する者もイスラム教徒に限定されるわけではないことからも適当な措置であるといえる。
実際に、通常の金融とイスラム金融を選択可能な非イスラム教徒は、通常の金融機関の利率とイスラム金融機関の目標利回りを比較して投資先を選別しているし、逆に、イスラム教徒がイスラム金融にしか投資しないというわけでもなく、投資条件が良ければ、通常の利子付金融を(不本意かもしれないが)利用することもある。
今後、他の形態でのスクークに対して利子並み課税を拡大する必要性がでてきた場合に、法令上の手当てを検討する際にも、イスラム法に則っていることを条件とするような法制度を作るべきではないし、その必要もないと考える。

3 結論

 イスラム金融は、利子の授受を避けるために、実物の取引(売買や事業)を介在させるスキームを活用している。そして、それらのシャリア適格な金融取引から生じる収益について、信託などを利用して証券化したものがスクークである。
このスクークは、社債に類似した商品性を目指して組成されることが多いため、イスラム債と呼ばれているものの、その本質は、金融資産を証券化したものであり、課税関係を考慮する際には、必ずしも債券に類似するものとは限らないことに注意が必要である。
そのようなスクークの配当収入を我が国の租税法に当てはめた場合、法令上の手当てがなければ、利子所得ではなく、配当所得となると解される。
これに対して、海外のイスラム投資家のイスラム・マネーを我が国に呼び込むために、社債的受益権を利用して、社債との類似性を十分担保したスクークについてのみ、平成23年度税制改正によって、社債と同様の課税を行うこととなった。
一方で、これ以外のスクークの配当を社債利子と同様の取扱いとするには、外国法令を準拠法とした場合の受け皿規定も含めたさらなる立法措置が必要となるが、その際は、イスラム法に則っているかを要件とするべきではなく、どのような取引を利子並み課税の対象とするべきかということを、スクーク以外にも存在する経済的実態が社債に類似する通常の金融商品に対する取扱いとのバランスを考慮して検討する必要があると考える。


目次

項目 ページ
はじめに 203
第1章 イスラム金融とは 204
第1節 イスラム金融の特徴 204
1 シャリア(イスラム法) 204
2 イスラム金融とシャリア 206
第2節 イスラム金融の基本スキーム 208
1 イスラム金融の取引形態 208
2 損益分担型(Profit/Loss sharing) 208
3 商品取引型 211
第3節 スクーク(イスラム債) 214
1 スクークとは 214
2 スクークのスキーム 215
第2章 スクークに対する課税の現状 220
第1節 原則的な課税 220
1 スクークの私法上の性質 220
2 我が国租税法の適用 220
3 スクークに対する原則的課税における問題点 220
第2節 平成23年度税制改正による特例 221
1 平成23年度税制改正 221
2 社債的受益権を用いて組成されるスクークのスキーム 221
3 外国法に準拠して組成されたスクークに対する適用の有無 222
第3章 今後のスクークに対する課税の検討 223
第1節 経済的実態と租税法律主義 223
1 経済的実態 223
2 租税法律主義 223
第2節 宗教上の課題の検討 225
1 平等原則及び信教の自由の検討 225
2 平成23年度改正における規定 226
3 イスラム金融利用者の実態 226
4 イスラム教徒の投資行動(必要性の法理) 226
第3節 スクークに対する利子並み課税を拡大する場合の留意点 227
1 英国の対応例 228
2 社債に類似する金融商品の存在 228
3 スクークに対する利子並み課税拡大の場合 229
結びに代えて 230

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