落合 秀行
税務大学校
研究部教育官
本稿の目的は、外国で設立された事業体を我が国租税法上どのように性質決定するべきかという問題に対して、裁判例等の判断枠組及びその背後にある準拠法と借用概念の関係、法人概念の意味内容等を確認・検討して解釈論上妥当な法人該当性の判断枠組を定立することにある。
個人投資家や企業の国際的な活動が進展するに伴い、その国際的側面に関する議論が活発化して久しい。外国税額控除、移転価格税制、タックス・ヘイブン対策税制等に関する議論はもとより、最近では外国子会社配当益金不算入制度の導入に伴う既存法制度との整合問題など、個別の問題に対する研究が進展しつつある。
一方で、これらの議論の前提となる法人とはどのような主体をいうのか、といった古典的問題に対して、我が国の私法上明確な答えが出ているとはいい難い。一般に、「自然人以外のもので権利義務の主体となりうるもの」とされているが、そこで挙げられるいくつかの属性は、程度の差により、法人でない団体にも認められる。加えて、外国にはその国の立法政策により様々な事業体がある。それらは、法人格を有していても、その法的能力が一様でないばかりか、法人格がなくても、我が国の法人と同様の法的能力を有しているものがあり得る。
他方で、渉外的な要素が問題となる事案では、租税法規の適用上、準拠法をどのように取り扱うのかという問題がある。学説は大きく二つに分かれ、準拠法とされた外国実質法の内容で判断する立場と常に日本の私法で判断する立場の対立がある。
このような状況の中、デラウエア州法を準拠法とするリミテッド・パートナーシップの法人該当性が争われ、地裁レベルで判断が分れた。これらの判決及びこれまで外国事業体の法人該当性を判断した争訟例の判断枠組は、各国における法人概念の相対性から生じる性質決定の困難性や準拠法と借用概念における学説の問題状況を反映しており、法人該当性の判断枠組の定立の必要性を強く示唆している。
(1)裁判例・裁決例の判断枠組の比較検討・論点の抽出
外国事業体の法人該当性が争われた争訟例の主なものに次のものがあり、ここから法人該当性の判断枠組の定立に当たって検討すべき論点を抽出する。
判断枠組 | 判断手順 | 判断基準 | |||
---|---|---|---|---|---|
裁判例等 | 検討対象 | 判断基準として当てはめる法人 | 形式的基準 | 実質的基準 | |
デラウエア州LPS | 名古屋地裁平成23年12月14日判決 | 設立準拠法の規律内容 | 我が国私法上の法人 | 法人格の有無(ただし、右基準を優先) | 設立、組織、運営及び管理等の内容を経済的・実質的に見たときに、損益の帰属主体となり得るか否か |
東京地裁平成23年7月19日判決 | 設立準拠法の規律内容 | 我が国私法上の法人 | 法人格の有無(ただし、右基準を優先) | 設立、組織、運営及び管理等の内容を経済的・実質的に見たときに、損益の帰属主体となり得るか否か | |
大阪地裁平成22年12月17日判決 | 設立準拠法の規律内容及び事業体の活動実態 | 我が国私法上の法人 | 権利義務の主体となり得るか否か(ただし、右基準を優先) | 構成員の財産と区別された独自の財産を有するかその名において権利を有し義務を負うかその名において訴訟当事者となり得るか | |
NY州LLC | 東京高裁平成19年10月10日判決 | 設立準拠法の規律内容及び事業体の活動実態 | 英米法における法人格を有する団体 | 訴訟当事者になること、その名において財産を取得し処分すること、その名において契約すること、法人印を使用すること | |
LPS | 審判所平成18年2月2日裁決 | 設立準拠法に基づくパートナーシップ契約書の内容 | 我が国私法上の法人 | 権利義務の主体となり得るか否か | |
NY州LLC | 審判所平成13年2月26日裁決 | 設立準拠法の規律内容及び事業体の活動実態 | 我が国私法上の法人 | 法人格の有無 | 権利義務の内容(契約、財産所有、訴訟、登記で事業体が主体となれる点を認定) |
(2)検討すべき論点
イ 判断手順上の論点
法人格の有無をはじめとする法人の一般的権利能力等を規律する法(従属法)の決定基準は、大別すると設立準拠法主義と本拠地法主義があるが、我が国には明文の規定がない。そのため、まず、法人該当性の検討対象となるべき従属法はいずれの法が妥当なのかを検討する必要がある。
また、上記争訟例は、租税法上の法人が私法からの借用概念であることを前提とするも、判断基準として当てはめる法人を、我が国の私法上の法人としている事例と英米法における法人格を有する団体としている事例がある。そのため、法人という借用概念が借用する法の射程に外国法が含まれるか否かを検討する必要がある
ロ 判断基準上の論点
上記争訟例は、借用概念を前提として、法人格の有無という形式的な判断基準と法人とされる団体が有する属性を踏まえた実質的な判断基準を用いて法人該当性を判断している。そのため、これらの判断基準の妥当性を検討する必要がある。
また、借用概念を前提とすることなく、会社法823条の規定を援用して外国事業体の法人該当性の判断することも可能と考えられ、この基準の妥当性について検討する必要がある。
(3)判断手順上の論点の検討
イ 法人の従属法の決定基準
ある事業体が権利義務の主体として自然人から独立した法的地位を有するか否かは、法人の一般的権利能力の問題とされ、これを規律する法を法人の従属法という。上記各判決等は特段触れていないが、どのような法を従属法とするかについて、我が国には明文の規定がない。学説は、設立準拠法主義と本拠地法主義に分かれており、最高裁もこの問題に対して結論を出していない(最高裁昭和50年7月15日第三小法廷判決(民集29巻6号1061頁))。
この点、会社法821条(擬似外国会社)、933条(外国会社の登記)が設立準拠法を前提とした条文であること、法適用通則法7条(当事者による準拠法の選択)が「法律行為」を単位法律関係としており、少なくとも文言上は、法人設立行為も法律行為から排除されていないことなどからすると、設立準拠法が従属法として妥当と考える。
ロ 法人概念の借用の射程
事業体の一般的権利能力を規律する従属法が外国法である場合、借用概念である法人概念は、当該外国法上の法人概念で解釈するのか否かが問題となる。
この点、例えば、外国人で配偶者控除の適用が問題となる場合、配偶者に当たるか否かは、我が国の民法上の概念だけでなく、当該外国人の本国法(国籍のある国の法)で、身分関係を規律する法の内容で判断される(法適用通則法24、所基通2-46)。したがって、配偶者という概念の射程は、外国法上の概念に及ぶと考えられる。しかし、住所が我が国にあるか外国にあるかが問題となる場合、その判断基準となる住所概念は、常に、我が国の民法上の概念と考える。例えば、旧法例においては、各国で住所概念が相対的であることを前提として、住所が競合する場合の住所の決定は、住所があるとされる国の実質法(我が国の民法上の住所概念)によって決定すると考えられていた。これは、住所という概念がその国の公序に関わるからである。我々の生活や経済活動は、土地と密接な関係を有しているから、これらを規律する法律関係において住所が重要な意義を有し、また、国家社会の一般的利益に関わり得ることは容易に理解できる。このように考えると、租税法における住所概念の借用の射程は、我が国の民法上の概念にのみと考えられる。
それでは法人はどうか。ある団体に法人格をどのように与えるかについて、我が国では、すべて法がその構成や社会的機能を判断した上で法人格を与えるという政策を採用している(法人法定主義)。これは、法人設立の許否が、主として国家の公益を標準としているからといってよい。しかも、租税法における法人概念は、法人税の納税義務者の範囲を画定する機能だけでなく、我が国の法人税を課するか否かという課税管轄権とも深い関連性を有している。このように法人概念を理解すれば、我が国の公序に関わる概念といえるから、外国法上の概念は借用せず、我が国の私法上の概念のみ借用すると考える。
(4)判断基準上の論点の検討
イ 借用概念を前提とした判断基準の妥当性
(イ) 法人格の有無という判断基準の妥当性
法人格の意味内容は各国で様々であることもあり得、また、設立準拠法に明示されていない場合もあり得るから、この基準のみで法人該当性を判断することはできない。
(ロ) 民法35条の「認許」を判断基準とする見解の妥当性
「認許」が外国国家行為として付与された法人格を日本法からみて承認するか否かの要件を定めた規定であるとして、この規定を外国事業体の性質決定の出発点だとする見解もあるが、「認許」のこのような考え方は通説とは相容れず、妥当でない。
(ハ) 法人の一般的属性の判断基準の妥当性
我が国の私法上、法人とは「自然人以外のもので権利義務の主体となりうるもの」とされているが、その属性として挙げられる性質は法人でない団体も程度の差により有している。したがって、この基準では法人でない団体も法人と判断されてしまう場合があり、妥当でない。
(ニ) 損益の帰属主体となり得るか否かという判断基準の妥当性
損益の帰属主体か否かという基準は、租税法の目的から導出された基準と考えられ、租税法律主義からすると問題があり妥当でない。
ロ 会社法823条による判断基準の妥当性
会社法823条は、「外国会社は、他の法律の適用については、日本における同種の会社又は最も類似する会社とみなす」と規定しており、「他の法律」には租税法が含まれる。また、「外国会社」は法人格の有無を問わない。したがって、この規定を援用して判断基準を定立することが可能である。もっとも、類似性の程度が問題となり得るが、この規定が内外法人間の平等を図る趣旨であることからすると、その類似性はゆるやかに考えるべきであろう。
この基準は、我が国の内国法人の類型で判断することが可能であるから、借用概念を前提とした判断基準以上に具体的な基準を用いることができ、妥当であると考える。
以上から、法人該当性の判断枠組(判断手順と判断基準)は、次のように考える。
判断手順については、法人の一般的権利能力を規律する従属法としては、設立準拠法が妥当すると考えられるから、設立準拠法が検討対象となる。法人に当たるか否かを判断するべき基準は、我が国における法人概念が基準となるが、私法上の意味内容が明確でないことから、借用概念を前提とした判断基準を定立することは、法的安定性・予測可能性の面から妥当でない。
判断基準については、会社法823条の規定を援用し、我が国の内国法人の類型と同種または最も類似するものに当てはまるか否かで判断するべきと考える。
項目 | ページ |
---|---|
はじめに | 96 |
第1章 法人該当性を巡る裁判例等 | 98 |
第1節 裁判例・裁決例における法人該当性の判断枠組 | 98 |
1 名古屋地裁平成23年12月14日判決(裁判所ウェブサイト) | 98 |
2 東京地裁平成23年7月19日判決(裁判所ウェブサイト) | 100 |
3 大阪地裁平成22年12月17日判決(判時2126号28頁) | 102 |
4 東京高裁平成19年10月10日判決(訟月54巻10号2516頁) | 104 |
5 国税不服審判所平成18年2月2日判決 (裁決事例集71号118頁) |
105 |
6 国税不服審判所平成13年2月26日裁決 (裁決事例集61号102頁) |
108 |
7 争訟例の位置付け・対比 | 111 |
第2節 判断枠組において検討すべき論点 | 112 |
1 判断手順上の論点 | 112 |
2 判断基準上の論点 | 113 |
第2章 判断手順上の論点の検討 | 115 |
第1節 法人の従属法の決定基準 | 115 |
第2節 法人概念の借用の射程 | 117 |
1 借用概念の解釈に関する通説 | 117 |
2 私法上の意義が明確でない概念の借用 | 119 |
3 借用概念の借用の射程 | 122 |
第3節 小括――外国事業体の法人該当性の判断手順 | 125 |
第3章 判断基準上の論点の検討 | 127 |
第1節 借用概念を前提とした判断基準の妥当性 | 127 |
1 法人格の有無という判断基準の妥当性 | 127 |
2 民法35条の「認許」を判断基準とする見解の妥当性 | 127 |
3 法人の一般的属性の判断基準の妥当性 | 129 |
4 損益の帰属主体となり得るか否かという判断基準の妥当性 | 131 |
第2節 会社法823条による判断基準の妥当性 | 132 |
1 会社法823条の解釈 | 132 |
2 LPSと我が国の合資会社との類似性の判断基準 | 133 |
第3節 小括――外国事業体の法人該当性の判断基準 | 134 |
第4章 法人該当性の判断枠組の定立・検討 | 136 |
第1節 法人該当性の判断枠組の定立 | 136 |
第2節 デラウエア州LPSの法人該当性の検討 | 136 |
1 設立の類似性 | 136 |
2 運営の類似性 | 137 |
3 変動の類似性 | 139 |
4 終了の類似性 | 140 |
5 法人該当性と組合非該当性 | 143 |
第3節 既存法制度との関係で生じ得る問題 | 143 |
1 外国子会社配当益金不算入制度の適用の可否 | 143 |
2 タックス・ヘイブン対策税制の適用の可否 | 144 |
結びに代えて | 146 |
PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Readerが必要です。Adobe Readerをお持ちでない方は、Adobeのダウンロードサイトからダウンロードしてください。