佐藤 繁
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 平成23年度の税制改正により、申請に対する拒否処分(更正の請求等)及び不利益処分(更正、決定等)に際しては、行政手続法による理由の提示を行うこととされた(改正税通74の14、行手8、14。なお、税制改正大綱においては、「理由附記」と記載されているが、行政手続法の適用により行うとしたこと及び旧来の理由附記制度との相違を明確にするため、以下「理由提示」ということにする。)。改正前は、主に青色申告者に対する特典(所税1552、法税1302)などとして、税法において理由附記が行われていたが、改正法が施行されることにより(平25.1.1施行)、理由の提示が必要とされる対象が著しく拡大されることになる。
従来の理由附記の記載手続・内容等については、通達等により指針を明らかにしておらず、理由提示制度の施行に際しては、効率的な運用が求められることになるから、理由提示における基本原則等の解明は喫緊の課題であると理解される。

2 研究の概要

(1)行政手続法の適用関係について

イ 行政手続法においては、申請に対する処分における審査基準を定めること(行手5)及び不利益処分を行う際の処分基準を定め、これを公にしておくよう努めること(行手12)を前提として、審査基準及び公にされた処分基準(通達など)による理由提示が求められているところ、今般の改正法が、これらの規定を準用しなかったことからすれば、行政手続法に基づく理由の提示には、処分基準等の適用関係を明示して行うことまで求められているものではなく、具体的事実及び根拠法令の明示までなされていれば、違法とはならないものと考える。
また、処分基準とは異なる解釈基準とされている法令解釈通達等に基づいて処分が行われた場合、課税庁は通達が存在するのであれば、それに従わねばならず、解釈基準である法令解釈通達に基づいて処分が行われることになる納税者は、その通達内容が公開されているのであれば、理由に詳細に記載されていない場合でも、その内容の確認は容易であり、法令解釈通達等は、課税庁の行う一解釈にすぎず、単なる法解釈の問題についての記載は、理由の附記において必要がないとする裁判法理(行政手続法の適用に際しても、同様に適用されるものと考える。)からすれば、通達内容の記載は、理由の提示に際して必要なく、具体的事実、根拠法令及び当該通達等が適用されたことを明らかにして(通達の該当項目の明示)、理由の提示を行うことが許されるものと考える。

ロ 以上の検討を踏まえ、理由附記及び行政手続法における理由提示の裁判例(特に、最判平23・6・7は重要である。)の分析・検討を行い、今後適用される判例・裁判例の法理を、次のとおりに整理した。
すなわち、1理由提示を求める趣旨は、処分庁の恣意を抑制し(恣意抑制機能)、不服申立てに便宜を与える(不服申立便宜機能)ことにあること、2どの程度の理由を示すかは、当該処分の根拠法令の規定内容、当該処分の性質及び内容、当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきことになること、3法の要求する記載がない場合、処分は取り消されることになること、4記載内容のみから理由の内容は判断されること、5後の不服審査手続上の理由の開示によっては、原処分時の理由附記の不備は治癒されないこと、6帳簿記帳がなされている場合、帳簿の記載内容自体を否認する帳簿否認の場合には、帳簿書類の記載以上に信憑性のある資料を摘示して具体的根拠を記載する必要があること、7帳簿の記載内容自体を否認しない評価否認の場合には、理由提示制度の趣旨を充足する程度に具体的に明示するもので足りること、8単なる法解釈の問題についての記載は必要がないこと、9理由提示に際しては、具体的事実及び根拠法令の明示が必要とされることである。

(2)要件事実論に基づく理由の提示について

イ 上記(1)ロから、記載内容についての判例・裁判法理は、上記の26ないし9の法理であると認められるところ、これらの法理だけでは記載が具体的にどのようになされるべきかは、必ずしも明らかではない。そこで、本稿においては、要件事実論を用いて理由の提示を行うことが、もっとも効率的で構造的な理由提示の方法になることを、具体的な記載例等を通して明らかにすることとした。

ロ 租税分野における要件事実論を、私法分野における要件事実論から敷衍して述べるならば、租税実体法の個々の条文の法律要件要素を分析・吟味し、立証責任の分配の基準に従って、納税者と課税庁がそれぞれ主張証明すべき要件事実は何かを考え、これを請求原因・抗弁・再抗弁などの攻撃防御方法に振り分ける一連の作業・手法と定義することができる。
行政訴訟上の取消訴訟の訴訟物を違法性一般と捉え、立証責任の分配については、権利制限・拡張区分説の視点に立つものの、この視点は税法の各条文において反映されており、原則的には法律の規定を手掛かりにして、各要件の分類を行い、必要に応じて個別的事情から修正を行うとする考えに立脚するならば、租税分野におけるブロック・ダイアグラムは次のように表すことができる。

Kg 請求原因(納税者)

1 更正処分の存在
2 処分は違法である

E 抗弁(課税庁)↑

1収入、必要経費 2相続財産の存在、価額 3推計課税の必要性と合理性

R 再抗弁(納税者)↑

1特別経費 2貸倒損失の存在、金額 3加算税の正当理由 4租税優遇措置の適用要件の存在

 租税分野において要件事実を論じる意義は、要件と効果を規定する法規の構造を解明することに寄与するという解釈論での効用及び何についての立証が最小限必要であるかを検討することができるという立証での効用もあるが、もっとも重要な点は、当事者の言い分から、法的に意味のある主張を抽出し、争点が何であるかを要件レベルで的確に把握することに役立つ争点整理での効用であり、これは、具体的事例の検討を通して、次の機能に分析できた。
すなわち、1何が争点となるか、当方の主張と証拠・論拠は何かが、要件ごとに明示することができること(争点明示機能)、2争訟における設計図となり、その後の争訟において、迅速かつ的確な対応ができること(争訟対応機能)、3要件事実は、評価的事実を排し、評価根拠事実を記載することになるから、課税庁の恣意性の抑制に寄与すること(客観化機能)、4争点外で確認しなければならない要件事実を浮かび上がらせること(争点外確認機能)及び5要件事実等を記載することにより、理由提示を過不足なく、簡明に行うことができること(理由提示機能)である。

ハ 上記ロのブロック・ダイアグラムは、主に法廷技法としての性質を有し、要件事実のみを記載する設計図であるが、訴訟に精通していない者が要件事実のみを直接に抜き出しブロック・ダイアグラムを作成することには多大な困難が伴う。そこで本稿では、要件事実以外に課税要件、認否、本証(証拠方法、間接事実)及び相手方の反証を記載できるようにし、課税庁が記載を要する部分を二重囲みにするなどして何を主張すべきかが明示されている表(要件事実整理表)を作成し、これにより、課税要件、要件事実、本証、反証の各関係を明確に把握し、事案の全体像を的確に把握できるようにして分析を行った。
これを用いて、1相続税における名義預金・株式の認定、2居住用譲渡所得の特例、3相続税における土地の評価(広大地)、4相続税における土地の評価(特別の事情)、5帳簿否認、6推計課税及び7加算税を例示として、具体的な検討を行った結果は、次のとおりである。

(イ) 相続財産の帰属については、被相続人名義である財産については、被相続人のものとの事実上の推定が働くことから、その帰属根拠について理由提示の必要はなく、被相続人名義でない財産の場合には、課税庁が帰属の根拠について理由提示の必要が生じると考える。

(ロ) 上記(1)イから、通達の個々の項目の規定内容による理由の提示が認められるものと考えられ、特に財産評価基本通達は、平等原則を介した強い間接的な拘束力を有しているものと解されることとあいまって、個々規定の規定内容、当事者間の公平、立証の難易等により立証責任を分配し、それに基づき理由の提示がなし得るものと考える。
評価基本通達6項の「特別の事情」については、通常の評価で評価することが著しく不適当と認められる具体的事実及び特別な評価方法に基づいた理由の提示が必要となるものと考える。

(ハ) 直接証拠により帳簿否認を行う場合は、より信憑力のある証拠を理由の提示として記載する必要があるが、間接証拠により帳簿否認する場合は、原則証拠の提示は不要と考える。
また、帳簿記載の必要のない白色申告者の場合、証拠の明示は不要である。

(ニ) 推計課税は、過去の裁判例を分析することにより要件事実を立てることができる。私見としては、推計の必要性及び推計の合理性(1推計するために採用した方法、2基礎資料の正確性、3採用した方法の的確性)を明示する具体的事実を記載した理由の提示が必要となるものと考える。

(ホ) 再抗弁事実となる課税障害事実は、納税者の主張・立証が必要となる事実である。

A 租税優遇措置である居住用財産の譲渡における居住の事実等の特例適用に係る事実については、立証の容易性、申告要件であること等から、課税障害事由として、納税者が立証責任を有する事実であると考えるが、通常は申告された事実で、それを否認することとなるから、課税庁が、その理由の提示を行うことになる。

B 加算税の正当な理由や更正の予知は、納税者において主張・立証が必要となる課税障害事実であることから、理由提示において記載の必要はないものと考える。

(3)理由の差替えについて

イ 裁判上、白色申告についての理由の差替えは制限なく認められているが、青色申告について、最高裁は(最判昭56・7・14)、一般的な判断は明確に留保しつつ、納税者に格別の不利益を与えない範囲での理由の差替えを認めているにすぎない。
また、学説においては、青色申告の場合、基本的な課税要件事実が同一と認められる範囲において理由の差替えが認められるという基本的課税要件事実同一性説が多数説である。
これらのことから、今後、広く理由提示が行われた場合に、理由の差替えが、どのような原則により、どの範囲において許されるべきかの検討を、上記昭和56年最高裁判決以降の裁判例19例の分析を通して行った。
この結果、判断基準については、1理由の差替えについて制限はないとする無制限説に立つもの(6例)、2格別の不利益説に立つもの(6例)、3基本的課税要件事実同一性説に立つもの(6例)、4理由附記制度趣旨から直接に理由の差替えの範囲を導くもの(2例)、5判断基準が不明なもの(3例)に分類することができた(重複理由あり)。
また、判断内容については、1既に表示されている事実と同一の範囲内の事実について認めたものと判断されるもの(5例)、2科目の同一性により判断していると認められるもの(1例、うち1例は国側の主張が認められなかった事例)、3付加的な事実を追加して判断したもの(表示されていない事実の追加)(4例、うち1例敗訴)、4評価基準・方法の変更と認められるもの(2例)、5同一条文の解釈方法の追加と認められるもの(4例)、6条文変更、他条文の追加と認められるもの(4例)に分類することができた(重複理由あり。)。
これらのことからすれば、昭和56年最高裁判決以後の裁判例の判断基準は、必ずしもひとつの傾向に集約しつつあるとはいえないこと及び判断内容について、付加的事実の追加による理由差替えを認める裁判例があることが判明した。

ロ 総額主義に立ちながら理由の差替えに制限はないとする無制限説は、いくつかの裁判例で認められているように、決して不合理な考え方ではないが、本稿では、個別に納税者の利益状況等から理由の差替えが許容されることを根拠づけることができるかを考察した。具体的には、次のとおりである。

(イ) 原処分の理由において表示された要件事実の同一性の範囲であれば納税者に格別の不利益がなく、理由の差替えは許される。

(ロ) 事実の追加主張による理由の差替えについて、次の場合に認められる。

A 争訟開始後、後発的に納税者からの新たな証拠の提示があり、その再調査により理由を差し替える必要が生じた場合、納税者自身の争訟上の行為に基因するものであり、納税者に格別の不利益はないといえるから、理由の差替えは許される。

B 納税者が確固たる意思に基づき事実の隠ぺい等を行っており、後の別調査によりそれが明らかになった場合などにおいて、納税者に手続上保護されるべき利益はなく、理由の差替えを認めても納税者に不利益はないものと考える。

C 更正の除斥期間経過前の理由の差替えは、納税者が理由の差替えは認められないと明示して主張する場合を除いては、紛争の一回的解決の必要性から、理由の差替えは制限なく認めてよいものと考える。

D これ以外に付加的な事実の追加による理由の差替えが認められるかは、個別的な事情から、納税者に不利益がないかなどを判断する必要がある。

(ハ) 1評価基準、方法の変更、2同一条文の解釈方法の追加、及び3条文変更、他条文の追加については、対象事実の変更ではなく、納税者に著しい不利益を生じさせるとは考えられないことから、差替えは許されるものと考える。

 Kg 請求原因(納税者) 要件事実整理表
請求原因 認否
1 更正処分の存在
2 処分は違法である 争う
認否の○は認める、×は否認、△は不知、顕は顕著な事実、申は申告された事実である。
 E 抗弁(課税庁) ↑
課税要件(発生) 要件事実 認否 本証(証拠方法・間接事実) 反証(納税者)
収入、必要経費
相続財産の存在、価額
推計課税の必要性、合理性
具体的事実   要件事実を直接証する場合は、証拠方法、要件事実を直接証することができない場合は間接事実 反証内容、証拠方法、間接事実
 R 再抗弁(納税者) ↑
課税障害要件 要件事実 認否 本証(証拠方法・間接事実) 反証(課税庁)
特別経費
貸倒損失の存在、金額
加算税の正当な理由
租税優遇措置の適用要件
具体的事実   要件事実を直接証する場合は、証拠方法、要件事実を直接証することができない場合は間接事実 申告事実を否認する事実など
反証内容、証拠方法、間接事実
 D 再々抗弁(課税庁) ↑
課税再障害要件 要件事実 認否 本証(証拠方法・間接事実) 反証(納税者)
      証拠方法、間接事実 反証内容、証拠方法、間接事実

※二重囲みは理由提示において必ず記載が必要な部分である。
太線囲みは申告事実の否認など必要に応じて記載が必要な部分である。


目次

項目 ページ
はじめに 221
第1章 行政手続法の適用関係 223
第1節 理由附記及び行政手続法における判例・裁判法理 223
1 本章の目的 223
2 行政手続法制定以前の租税法における理由附記の判例法理 224
3 行政手続法制定の経緯及び行政手続法上の理由提示の判例等 234
第2節 平成23年度税制改正及び行政手続法の適用関係 245
1 平成23年度国税通則法改正の経緯 245
2 行政手続法の適用関係の検討 248
3 小括 253
第2章 理由提示の原理 -要件事実論からの試み- 255
第1節 理由提示についての問題の所在 255
第2節 訴訟及び不服審査手続における基本的事項 257
1 租税訴訟における訴訟物及び審理の実際 257
2 立証責任論 258
3 不服申立てにおける訴訟物、納税者の「理由」に対する対応及び審理の実際 265
第3節 要件事実論の概要 270
1 私法分野における要件事実論 270
2 課税要件事実論 273
3 要件事実整理表に基づく整理・分析 273
第4節 個別提示の要点 277
1 財産の帰属(名義預金・株式の認定)について(相続税) 277
2 居住用譲渡資産の買換特例について(譲渡所得) 281
3 土地の評価について1(相続税、評価通達、広大地) 285
4 土地の評価について2(相続税、評価通達、特別の事情) 301
5 帳簿否認について(所得税、法人税) 306
6 推計課税について(所得税、法人税) 312
7 加算税について 320
第5節 小括 323
第3章 理由の差替え 327
第1節 問題の所在及び昭和56年最高裁判決の分析 327
1 問題の所在 327
2 昭和56年最高裁判決の分析 333
第2節 青色申告における理由の差替え
-昭和56年最高裁判決以後の裁判例―
336
第3節 理由附記又は理由の提示のある他の制度の理由の差替え 388
1 青色申告承認取消し 388
2 情報公開判決 393
3 公務員の懲戒処分 395
第4節 裁判例の分析及び私見 396
1 裁判例の分析 396
2 私見 398
結びに代えて 402

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