吉村 典栄
税務大学校
研究科第46期研究員


要約

1 研究の目的

 ストックオプション制度とは、企業が役員や従業員に対して、あらかじめ定められた価額で自社株式を取得することができる権利を与える報酬制度であり、近年我が国においても広く導入されつつある。ストックオプション制度については、税務上の取扱いが各国において種々であることから国際的二重課税が生じ得るという問題があり、この問題に対して、OECD租税委員会では2001年に検討が開始され、2005年のOECDモデル租税条約コメンタリー改正で当該問題解決のための提案がなされるに至った。また、2004年に改正された日米租税条約においても、我が国が締結する租税条約で初めてストックオプションに関して日米間の課税権の配分規定等が議定書に設けられた。
このように、ストックオプションを巡る国際的二重課税問題については徐々に解決策が採られているところであるが、日米租税条約等の課税権配分規定を適用しても、排除することができない国際的二重課税が依然として存在するという問題がある。この問題について、日米間では相互協議により解決することが明確に合意されているが、この方法は、事後的・個別的なものでしかなく、また、解決までに長時間を要すること、納税者及び当局における事務負担が膨大となることなどのデメリットを有するものである。
そこで、本研究では、相互協議によらなければ排除できないようなストックオプションに係る国際的二重課税事案について、二重課税を排除できない原因を明らかにすることにより、その原因に対する解決方法を考察し、事前的・一般的な解決を図るとの観点から、ストックオプションを巡る国際的二重課税問題に対して今後どのように対応していくべきか検討する。

2 研究の概要

(1)我が国のストックオプション税制
現在、我が国では、ある一定の要件を満たした場合に認められる「税制適格ストックオプション」と、それ以外の「税制非適格ストックオプション」の2種類が定められており、税制適格ストックオプションに分類されると、課税のタイミングが株式譲渡時まで繰り延べられることになる。この課税の繰延べについては、権利行使時に課税すると、取得した株式を納税資金捻出のために直ちに売却せざるを得ず、ストックオプションの趣旨が生かされないおそれがあるためと説明されている。このように、税制適格ストックオプションに見られる課税繰延ルールは、労働のインセンティブを高めるために採用されているストックオプションという報酬制度設計を阻害しないようにするという配慮が組み込まれたものになっていると考えられる。
このような配慮は国際的見地からもなされるべきであり、ストックオプションを付与された個人の国境を超える移動に極力影響を与えない税制であることが望ましいと考える。

(2)ストックオプションの具体的課税関係の検討

イ 日米租税条約等での取扱い
日米間では、ストックオプションに関する規定を条約、議定書及び交渉担当者間の了解事項(以下「了解事項」という。)に設けており、そこでは、日米両国の課税権の配分を明確化するとともに、当該課税権配分規定だけでは必ずしもすべての国際的二重課税が排除できるわけではないことを認め、その場合には相互協議により二重課税を排除することを合意している。
このように、すべての国際的二重課税が事前的・一般的に排除できるわけではなく、両国間の合意を経て、事後的・個別的対応により国際的二重課税が完全に排除されることになる。

ロ 課税関係の検討
了解事項では日米間のストックオプションの課税パターンとして、16通りを想定している。これらについて日米租税条約等におけるストックオプションの取扱い(相互協議による解決部分を除く)を適用した場合の課税関係を検討した結果、丸1当初から二重課税が生じないケース、丸2外国税額控除の規定により二重課税を排除できるケース、丸3外国税額控除の繰越制度の期間制限により二重課税を排除できない場合があるケース、丸4外国税額控除の対象にならず二重課税を排除できないケース、丸5二重非課税が生じるケースの5つに分類できるという結果に至った。このうち、本研究の対象としているのは、丸3丸4のケースである。

(3)国際的二重課税を排除できない原因

イ 外国税額控除の繰越制度の期間制限

(イ) 我が国の外国税額控除制度
我が国の外国税額控除には、控除余裕額及び控除限度超過額の繰越制度が置かれている。これは、外国税額の納付時期と国外所得の発生時期が一致しないため、控除できない外国税額が生ずる事態に対処するための措置である。我が国の繰越制度における繰越期間は、当初5年間として創設された後、昭和63年に3年間に短縮され現在に至っている。短縮された理由として、彼此流用問題等が挙げられている。

(ロ) ストックオプションの課税例
ストックオプションから生ずる利益について、米国において権利行使時に課税され、日本において株式譲渡時に課税された結果国際的二重課税が生ずる場合、株式譲渡時に日本において外国税額控除の規定に基づき当該二重課税を排除しようとしても、権利行使から株式譲渡までの期間が3年を超えている場合には、外国税額控除の繰越期間を超えているため、二重課税を排除することができない結果となる。

ロ 居住地国の課税権の競合

(イ) 外国税額控除の対象
外国税額控除は、源泉地国と居住地国が同一の所得に対して課税をした結果生じた国際的二重課税を居住地国において調整する制度であり、その対象となるのは、源泉地国における非居住者課税と居住地国における居住者課税の双方が行われた結果の二重課税である。そのため、双方の国において同時に居住者課税が行われる場合には、租税条約に定めのある「双方居住者の振分け規定」により、居住地国と源泉地国をそれぞれ認定し外国税額控除の規定を適用することとなる。
しかし、異なる時点に双方の国において居住者課税が行われる場合には、この「双方居住者の振分け規定」が及ばず、結果として外国税額控除の対象にならない。

(ロ) ストックオプションの課税例
ストックオプションから生ずる利益について、米国において権利行使時に居住者課税がされ、その後日本に居住地を変更し、日本において株式譲渡時に居住者課税がされた結果国際的二重課税が生ずる場合、外国税額控除の対象にならないことから、二重課税を排除することができない結果となる。

(4)国際的二重課税を排除できない原因への対応

イ 外国税額控除の繰越制度の期間制限
この問題を解決する方法として、繰越期間を延長するという方法が考えられる。しかし、丸1我が国の外国税額控除制度は諸外国に比べ制限が緩やかなものであり、これ以上の緩和は、課税権の放棄につながりかねないこと、丸2繰越期間を延長したとしても二重課税問題が残る可能性があること、丸3彼此流用を助長する結果となることを考えると、繰越期間を延長すべきという結論には至らない。また、ストックオプションに関してのみ相手国との合意により繰越期間を延長するという方法も考えられるが、同様の問題はストックオプション以外の他の事案についても生じ得るものであり、ストックオプションのみを特別視する理由は見出し難い。さらに、この問題は、ストックオプションの権利行使と株式譲渡のタイミングにより、国際的二重課税が生じ得ることをあらかじめ把握できるため、納税者自身がそれらのタイミングを調整することにより二重課税を排除することができる。
以上のことから、この問題については、あえて解決のための措置を講ずる必要はないと考える。

ロ 居住地国の課税権の競合
この問題を現在の制度において解決することはできず、解決のためには何らかの措置を講ずる必要がある。OECDでは、この問題について「異なる時点における居住地国と居住地国で生ずる二重課税問題」から「異なる時点における居住地国と源泉地国で生ずる二重課税問題」に変換すること、具体的には、権利行使時の居住地国を源泉地国とみなすこと等により解決することを提案している。この方法による場合、両締約国間において上述のような取決めをする必要があるが、各国の国内法の規定や執行に大きな影響を及ぼすことなく、この問題を解決することができると思われる。そのため、この問題については、OECDが提案する方法を採用することが妥当であると考える。

3 結論

 ストックオプションを巡る国際的二重課税については極力事前的・一般的に排除することが望ましく、また、問題解決のための措置を講ずるに当たっては、現在の税制やその税制に関する今までの改正の経緯等を尊重しつつ、現在の税制をゆがめることのないよう配慮することが不可欠であると考える。
その結果、本研究においては、居住地国の課税権の競合問題についてのみ、両締約国間において取決めをし、事前に排除する措置を講ずることが望ましいと結論付けた。今後、この方向で諸外国との交渉が進み、国際的二重課税問題が事前的・一般的に解決されることにより、更にストックオプションの効果を阻害しない課税ルールが構築されていくことを期待する。


目次

項目 ページ
はじめに 533
第1章 ストックオプション制度 535
第1節 ストックオプション制度の概要 535
1 ストックオプション制度 535
2 ストックオプション制度の仕組み 536
3 ストックオプション制度の効果 537
4 ストックオプション制度の現状 538
第2節 我が国のストックオプション税制 538
1 沿革 538
2 現在のストックオプション税制 540
第3節 ストックオプションを巡る諸問題 543
1 ストックオプションの課税上の問題 543
2 ストックオプションを巡る国際的二重課税 550
第4節 小括 553
第2章 ストックオプション制度に関する国際的課税問題への検討−OECDでの議論を中心として− 555
第1節 課税時期の相違に関する問題 556
1 問題点とOECDでの議論 556
2 OECDによる提案 557
第2節 所得区分の決定に関する問題 559
1 問題点とOECDでの議論 559
2 OECDによる提案 561
第3節 役務提供地の決定に関する問題 563
1 問題点とOECDでの議論 563
2 OECDによる提案 564
第4節 所得配分の方法に関する問題 568
1 問題点とOECDでの議論 568
2 OECDによる提案 569
第5節 小括 571
第3章 我が国におけるストックオプションに関する国際的課税問題への検討 −新日米租税条約を中心として− 573
第1節 日米租税条約等におけるストックオプションの取扱い 573
1 米国のストックオプション税制 573
2 日米租税条約等での取扱い 574
第2節 日米間におけるストックオプションの具体的課税関係 577
1 事例の概要 577
2 課税関係の検討 579
第3節 二重課税を排除できない原因 585
1 外国税額控除の繰越制度の期間制限 586
2 居住地国の課税権の競合 588
第4節 小括 591
第4章 ストックオプションを巡る国際的二重課税問題解決のための考察 592
第1節 国際的二重課税を排除できない原因への対応 592
1 外国税額控除の繰越制度の期間制限 592
2 居住地国の課税権の競合について 598
第2節 租税条約における対応 603
1 主要国間における租税条約 603
2 検討 607
第3節 今後の在り方 609
1 ストックオプションに関する二重課税問題の考え方 609
2 租税条約上の合意の必要性 610
3 排除できない二重課税への対応 611
4 おわりに 615

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