本並 尚紀
税務大学校
研究科第46期研究員


要約

1 研究の目的

 近年、外国投資信託への投資が拡大する傍ら、これを利用した租税回避の事例が散見されている。そもそも、この問題は、我が国の投資信託税制の構造に依拠すると考える。
法人税法上、投資信託及び外国投資信託については、その概念を投資信託及び投資法人に関する法律(以下「投信法」という。)から引用(投信法の条文を特定する形でそのまま借用)し、その課税関係が構築されている。
投資信託のうち、証券投資信託及び国内公募投資信託については、集団投資信託として、信託収益の発生時ではなく受益者への分配時に受益者に課税(受益者段階課税(受領時課税))されることとなり、それ以外の投資信託については、法人課税信託として、信託段階で当該信託の受託者を納税義務者として課税(信託段階法人課税)されることとなる。
一方、外国投資信託については、そうした区分はなく一括して集団投資信託とされるが、法人課税信託とされる投資信託に類するものについては、信託段階法人課税の代替手段として外国子会社等合算(CFC:Controlled Foreign Corporations)税制が適用されることとなる。
ところで、受益者段階課税(受領時課税)は、我が国における証券投資信託のように、受益者が不特定多数であり、比較的計算期間が短く、収益の大部分が計算期間ごとに分配される、といった特徴を有する信託を念頭に置いて採用されたものである。
ところが、証券投資信託に類する外国投資信託の中には、我が国の証券投資信託にはみられない、信託期間が長期であり、かつ、無分配型の商品が存在しており、そのような外国投資信託に対して受益者段階課税(受領時課税)が適用されると過度な課税繰延べが行われることとなる。そもそも、そのような外国投資信託は、平成8年以降に実施された金融システム改革を契機として多く出現することになったと考えられる。
そこで、本稿では、改めて金融システム改革に伴う諸制度の改正が投資信託税制に与えた影響を確認した上でこの問題の要因(本質)を明らかにし、外国投資信託に対する課税関係の適正化を図るための具体的方策を考察していく。

2 研究の概要

(1)金融システム改革に伴う投資信託税制の問題とその見直しの必要性

イ 金融システム改革と投資信託税制への影響
金融システム改革の一環として行われた平成10年の投信法の改正では、私募投資信託の解禁、信託約款の個別承認制から届出制への変更などの規制緩和が実施され、特定かつ少数の投資家ニーズに基づく商品設定を可能としたほか、それまで監督官庁が無分配型の商品に付してきた4年ないし5年という無分配期間の制限が付されないこととなった。
これにより、オーダーメイド型の証券投資信託や信託期間が長期となる無分配型の証券投資信託の設定も可能となったが、税制上、証券投資信託については依然として受益者段階課税(受領時課税)が採用されており、過度な課税繰延べが行われるおそれが生じることとなった。

ロ 外国投資信託に係る課税問題の顕在化
我が国においては、金融システム改革後、多くの外国投資信託が募集・販売されることとなった。この要因には、同改革の一環として行われた、外国為替及び外国貿易法の改正により資本取引の自由化が図られたこと、投信法が外国投資信託を規制の対象とし、それまでの大蔵省証券局通達に基づく運用制限が撤廃されたことなどが挙げられる。
また、税制面においても、法人税法上、投信法の改正前は外国投資信託の意義を直接的に定めた規定がなく、その意義を証券投資信託に「類する外国の信託」としていたため、その課税関係が明確でないといった指摘もあったところ、投信法の改正後は同法にその意義が定められ、これを引用しその課税関係が明確となったことも一因として挙げられる。
しかしながら、上述のとおり、法人税法が外国投資信託を一括して集団投資信託として受益者段階課税(受領時課税)としており、これを奇貨として、過度な課税繰延べが行われる商品が多く出現することとなった。これにより、課税上の弊害が生じる可能性が高くなったことも否めないことから、改めて外国投資信託に対する課税関係の適正化を図る必要がある。

ハ 投資信託税制の見直しの必要性
我が国の投資信託については、投信法の改正後においても、過度な課税繰延べが行われる商品は見受けられない。過度な課税繰延べの問題は、現在のところ外国投資信託にのみ顕在し、これに対する課税関係の適正化を図れば一義的には解決できるものと考えられる。
しかしながら、外国投資信託に対する課税関係は投資信託に対する課税関係を基本としていること、また、投資信託についても、将来的には、外国投資信託と同様の問題が生じるおそれもあることから、投資信託税制全体の見直しを行う必要があると考える。その上で、外国投資信託に残る固有の問題への対応策が必要であると考える。

(2)投資信託税制の見直しによる課税の適正化

イ 見直しの方向性
上述のとおり、投信法の改正が自由度の高い多様な商品設定を可能とした今日、もはや、集団投資信託の対象を一括りに他法から引用して律することは限界に達していると指摘できる。そもそも、集団投資信託が信託収益の発生時でなく受領時に課税することとされているのは、それが丸1受益者が不特定多数であり、丸2比較的計算期間が短く収益の大部分が計算期間ごとに分配される、といった特徴を有する信託であることをそのよりどころとしているからであり、この特徴を有する信託のみが集団投資信託となるよう、法人税法において適格性の要件を定めて、その課税関係を律することが必要であると考える。

ロ 私募投資信託への対応
現在、私募の証券投資信託については、受益者が特定少数であっても集団投資信託として取り扱われている。受益者が特定少数となる私募投資信託について、集団投資信託に採用される受益者段階課税(受領時課税)を適用すると、特定の投資家の意図に基づき、利益を分配しないことにより課税時期を遅らせるなどの租税回避が容易に行われると考えられる。そのような理由もあって、現行の法人税法上、証券投資信託以外の私募投資信託については、法人課税信託とされているところであり、私募の証券投資信託についても法人課税信託とすれば、一応の解決が図られる。
しかしながら、私募の証券投資信託の大半は、適格機関投資家を対象としたものであり、それらはおおむね不特定多数からの拠出資金を安定運用するという性質上、過度な課税繰延べ等の租税回避が行われるおそれは少ないものと考える。したがって、適格機関投資家私募のうち一定のものについては、これまで通り集団投資信託として取り扱うことが適当であると考える。
そうすると、私募の証券投資信託で適格機関投資家私募のうち一定のもの以外のものは、法人課税信託として課税関係を律することとなるが、そもそも、私募の証券投資信託は、その受益者が極めて少数であることが通例であることからすれば信託段階課税である法人課税信託とすることは適当でなく、むしろ、信託収益の発生時に受益者に課税(受益者段階課税(発生時課税))される受益者等課税信託とすることを原則とした上で、租税回避が行われ得ないと考えられる一定のものに限って集団投資信託に留めることが望ましいと考える。
具体的には、現行法人税法上、集団投資信託とされている合同運用信託とのバランスを踏まえ、「共同しない多数の受益者」が存することという非共同性要件を集団投資信託とするための適格性要件とし、この要件を満たすものに限って集団投資信託とすることが適当であると考える。
なお、これに合わせ、現行の法人税法上、一括して法人課税信託とされている証券投資信託以外の私募投資信託についても非共同性要件を満たさないものは受益者等課税信託に分類し、制度間の整合を図ることが適当と考える。

ハ 無分配型の投資信託への対応
次に、適格機関投資家私募のうち一定のもの又は非共同性要件を満たすものであっても、無分配型の投資信託については、短期分配性を有さないものが多いと考えられることから、その全てを集団投資信託とするのは適当でなく、集団投資信託とするための適格性の要件として信託期間の制限を設ける必要があると考える。さりとて、法人、個人の課税期間が原則1年であること、また、分配型の投資信託は毎年度分配され、結果として1年を超えない範囲で課税されていることを踏まえると、一概に○年との期間を設けることに疑問なしとしない。
この点、他の金融商品を確認すると、貸付信託の信託収益の全部及び特定受益証券発行信託の信託収益の一部には5年を限度とする課税繰延べを認めており、これらとの課税上のバランスや、かつての監督官庁による期間制限を考量すれば、5年を超えるものを過度な課税繰延べが行われるものと位置付けることが適当であると思われる。
そこで、無分配型の投資信託には信託期間が5年以内という適格性の要件を課し、これを超えるものは法人課税信託に分類し、これに類する外国投資信託については外国子会社合算税制の対象となるようその適用範囲を拡大してはどうかと考える。
なお、無分配型の投資信託への対応は、公募と私募との課税の中立性の観点からそのバランスを図る必要があること、及び外国投資信託にあっては公募のものでも無分配型のものが存在することから、公募投資信託についてもその対応を図る必要があると考える。

(3)外国投資信託に対する課税権の確保の充実策(FIFルールの導入)
外国投資信託に対する外国子会社合算税制の適用対象は、特定外国子会社等の場合と同様にいわゆる持分要件をもって判定している。
ところが、信託は柔軟な設計が可能であり、例えば、形式的に非居住者を受益者に加えるなどの方法で持分割合を減殺することも可能と考えられることから、従来から持分要件の存するCFC税制では対応できないといった指摘がある。
一方、諸外国では、CFC税制を補完する持分要件の存しない外国投資ファンド(FIF:Foreign Investment Fund)ルールを導入して課税権を行使している国もあり、我が国においても、このような制度の導入を検討すべきである。

(4)外国の受益証券発行信託等に対するFIFルールの適用
法人課税信託となる外国の受益証券発行信託、及び外国投資法人については、CFC税制により課税権を確保することとなるが、これらの信託等には、外国投資信託と同様の特徴・機能を有するところ、CFC税制では十分に対応できないと考える。したがって、FIFルールは、外国の受益証券発行信託、及び外国投資法人についても適用対象とし、国外投資については、事業投資から得られる所得、すなわち、能動的所得(アクティブ・インカム)に対してはCFC税制を、信託等を利用したその他の投資から得られる所得、すなわち、受動的所得(パッシブ・インカム)に対してはFIFルールを適用するという臨機応変的な体系とすることが望ましい。

3 結論(まとめ)

 金融システム改革により自由度の高い投資信託及び外国投資信託の設定が可能となった今日において、現行の税制は十分機能しているとはいえないことから、次のような方策によりこれらに対する課税の適正化を図るとともに課税権を確保する必要がある。
第一に、集団投資信託は、その課税方法に鑑み、これに該当する投資信託及び外国投資信託は非共同性及び短期分配性を満たすものに限ることとし、非共同性が認められない投資信託及び外国投資信託については受益者等課税信託に分類し、また、信託期間が5年を超える無分配型の投資信託については法人課税信託に分類し、これに類する外国投資信託については外国子会社合算税制の対象となるようその適用範囲を拡大する。
第二に、外国投資信託については、持分要件の存するCFC税制では十分に対応できないことから、諸外国の例に倣いこれを補完するFIFルールを導入する。
なお、外国投資信託と同様にCFC税制では十分に対応できないと考えられる外国の受益証券発行信託、及び外国投資法人についてもFIFルールの適用対象とする。


目次

項目 ページ
はじめに 435
第1章 我が国の信託税制と外国の信託を巡る課税上の問題点 437
第1節 我が国の信託と信託税制 437
1 我が国における信託の導入と発展の経緯 437
2 我が国の信託税制 441
第2節 我が国の信託税制における外国の信託の取扱い 451
1 信託の準拠法 451
2 借用概念と外国の信託の取扱い 452
3 外国の信託の法人税法上の取扱い 453
4 外国の信託を巡る課税上の論点 455
第3節 小括 456
第2章 外国投資信託に係る課税問題と金融システム改革 458
第1節 外国投資信託に係る課税問題 458
1 外国投資信託の意義とその問題 458
2 外国投資信託に対する課税関係とその問題 461
3 外国投資信託を利用した租税回避の問題とその問題の要因 463
第2節 金融システム改革に伴う投資信託税制の問題とその見直しの必要性 468
1 金融システム改革と投資信託税制への影響 468
2 投資信託税制の問題とその見直しの必要性 481
第3節 小括 483
第3章 投資信託税制の見直しによる課税の適正化 485
第1節 見直しの方向性 485
第2節 合同運用信託及び特定受益証券発行信託に対する税法規定の確認 486
1 合同運用信託 486
2 特定受益証券発行信託 487
3 小括 488
第3節 他の金融商品に対する課税関係の確認 488
1 基本的な金融商品に対する課税 489
2 デリバティブ取引に対する課税 490
3 小括 491
第4節 在るべき投資信託税制 492
1 在るべき投資信託税制の提言に向けた論点整理 492
2 在るべき投資信託税制の提言 494
第5節 小括 499
第4章 外国投資信託に対する課税権の確保に向けた見直し 501
第1節 外国投資信託に対する各国の取組み 501
1 外国投資信託を巡る国際的な動向 501
2 有害な税の措置に対する国際的な取組み 502
3 諸外国の外国投資ファンド対策(FIFルール) 505
4 我が国の外国投資ファンド対策 507
第2節 外国投資信託に対する課税権の確保の充実策(FIFルールの導入) 508
1 見直しの方向性 508
2 FIFルールの類型とその課税方法 508
3 諸外国におけるFIFルールの執行状況 510
4 我が国における導入可能性の検証 511
5 外国投資信託に対するFIFルール導入の提言 513
第3節 他の信託等に対するFIFルールの適用等 515
1 受益者等課税信託となる外国の信託に対するFIFルールの適用関係 515
2 外国の受益証券発行信託等に対するFIFルールの適用 516
第4節 小括 519
おわりに 521

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