保井 久理子
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 我が国の外国子会社合算税制は、平成22年度税制改正において、海外に進出する企業の事業形態の変化や、諸外国における法人税等の負担水準の動向に対応する一方で、租税回避を一層的確に防止する観点から、大幅な見直しが行われた。この見直しでは、これまで採用しているエンティティアプローチの簡便性を生かしつつ、インカムアプローチの要素も組み込み、新たに一定の資産性所得(資産運用的な所得)を本制度の対象としている。これは、適用除外基準を満たす特定外国子会社等に所得を付け替えるような租税回避行為を防止する観点から、剰余金の配当、債券の利子、特許権等の使用料、船舶又は航空機の貸付けの対価等といった資産性所得を合算課税の対象に取り込んだものである。
我が国の国際租税制度については、平成21年度改正で外国子会社配当益金不算入制度が導入され、実質的には、全世界所得課税方式から属地主義に基づく国外所得免除方式に近づいたといえる。そして、この導入により、我が国においても運用し得る資産を軽課税の外国子会社に移転し当該資産に係る所得を配当として非課税で還流するといった誘因(1)に対処する必要性が高まったと考えられる。我が国の外国子会社合算税制の目的を踏まえると、このような状況はその制度設計にも影響を与えていると考えられ、また、平成22年度改正はこれまで対象としていた所得を大幅に見直したものであることから、本制度の対象所得について考察することとしたい。
諸外国の制度に目を向けると、英国では、現在、さらなる属地主義的方式への移行を志向して一連の税制改正が検討され実施されている中、CFC(Controlled Foreign Company)税制についても改正に向けて検討が行われており、米国では、インカムアプローチを採用し受動的所得を合算課税の対象としている。そこで、これらの制度を参考として、我が国の外国子会社合算税制が対象とする所得について、資産性所得を中心に、検討することとしたい。
研究に当たっては、まず、我が国の外国子会社合算税制の目的を確認するとともに、特に資産性所得について課税対象の範囲を確認し、問題点を検討する。更に、我が国の制度と英国及び米国の制度を比較し、我が国の外国子会社合算税制における資産性所得の課税対象範囲について、その見直しの必要性も含めて検討を試みる。

2 研究の概要

(1)我が国の外国子会社合算税制の目的
現行の国際租税制度における我が国の外国子会社合算税制の目的は、租税回避の防止に他ならないといえるが、ここで問題とする租税回避とは我が国の課税ベースの侵食であり、具体的には、軽課税国に設立した外国子会社を利用して、我が国においても運用し得る資産をそこで経済合理性なく運用することで当該資産に係る所得を付け替え、また、実体のない外国子会社やその事業活動に経済合理性のない外国子会社を利用して所得を稼得することにより、我が国の課税ベースが侵食されることとなることを防止することであると考えられる。したがって、このような所得については、我が国の課税ベースを構成するものとして、本制度の対象とすることで、課税権を確保しているといえる。このようなことから、特に所得の付け替えに利用されやすい資産性所得は、本制度の対象とする必要があると考える(2)

(2)我が国の制度の対象とする資産性所得

イ 会社単位の合算課税の場合(租税特別措置法66条の6第3項の適用除外基準を満たさない場合)
特定事業に関係する所得は資産性所得の一部といえるが、その特定事業が主たる事業である特定外国子会社等(統括会社を除く)を含め、同条3項の適用除外基準を満たさない特定外国子会社等の稼得した資産性所得は、同条4項では対象となっていないものも含めて、全て現行制度の対象となる。

ロ 株式や債券の運用(同条4項1号ないし5号に掲げるもの)

(イ) 特定所得
支配を有しないポートフォリオ投資として資産運用のために保有する株式及び債券に係る所得が該当すると考えられる。債券については、一般的に、国、地方公共団体、会社等が資金調達のために、元本の返済や利子の支払いなどの条件を明確にして発行する有価証券のことをいうことから、法人税法2条21号に規定する有価証券(3)のうち、投資対象としての経済的意義を有するもの(4)と考えられる。

(ロ) 特定所得の対象外(特定事業以外の事業の性質上重要で欠くことのできない業務)
同条4項1号ないし5号に掲げる金額が生じる業務が事業そのものであれば、当該事業は特定事業に該当し同項の適用を受けることとなる。除外されるものは、銀行等の機関投資家が資金運用の一環として行う投資による所得等が該当するとされており(5)、事業上その一環として行われる必要不可欠な業務によるものであると考えられるが、その判断は困難であり、企業側の事務負担も大きいと思われる。

ハ 特許権等の使用料(同条4項6号に掲げるもの)

(イ) 特定所得
特許権等については、特許法で規定される特許権、実用新案権法で規定される実用新案権、意匠法で規定される意匠権、商標法で規定される商標権、著作権法で規定される著作権、出版権及び著作隣接権のことを指し、登録によって発生した権利(6)をいうと考えられる。したがって、登録がされていない研究開発の成果は、全て対象外となると考えられる。

(ロ) 特定所得の対象外
費用の他、企画、立案、開発方針の指示及びリスク負担等を総合的に勘案すると特定外国子会社等自らが主体的に行う研究開発の成果と認められるものや、対価を支払って取得し特定事業以外の事業に用いているもの、対価を支払って使用の許諾を得て特定事業以外の事業に用いているものについては、我が国課税ベースの侵食の防止という制度趣旨から、除外されている。

ニ 船舶又は航空機に係るもの(同条4項7号に掲げるもの)
船舶又は航空機の貸付けは、本制度の対象となっている。

(3)英国及び米国における制度

イ 英国
エンティティアプローチを採用した制度であり、租税負担割合の低い(7)CFCが対象となるが、丸1適用除外国基準、丸2配当基準(8)丸3活動基準(9)丸4デミニマス基準(10)丸5動機基準のいずれかを満たせば、適用除外となる。
2012年度改正では、丸1グループ内金融子会社に対し一定の負債資本比率(1:3)を基準にそれを資本が超過する部分に対応する所得の合算課税、丸2事業に偶発的付随的に発生した利子(11)の除外及びグループ内金融子会社と同様の手法による事業会社の資金運用等に対する合算課税など、丸3パテントボックス規則、が検討されている。

ロ 米国
サブパートFルールにおける外国同族持株会社所得は、利子、配当、賃貸料、ロイヤルティに係る所得といったいわゆる資産性所得から構成されるが、それらのうち、金融機関の所得、CFCが自ら付加価値を創出した結果得られたロイヤルティ所得、賃貸活動のマネジメント等により獲得した賃貸業所得等、能動的所得と認められるものや、所在地国内の関連者から受領する受動的所得、能動的所得が源泉となっている配当、利子、賃貸料及びロイヤルティは、除外されている。
また、サブパートFルールにおける保険所得については、所在地国以外のリスクに関する再保険を含む保険契約又は年金保険契約に係る所得であり、かつ、CFCを米国居住の保険会社とみなした場合に米国において課税されることになる所得(12)が対象となる。適用除外については、所在地国において保険業(再保険業)法の適用を受けており、総保険料の50%超が所在地国のリスクをカバーする契約等により得られていることなどを満たす保険会社の、米国外のリスクに関する保険契約から生じる所得が対象となる。

(4)現行制度の見直しの必要性
外国子会社配当益金不算入制度の導入により、可動的な所得による租税回避の誘因は高まったと考えられることから、外国子会社合算税制の趣旨目的を踏まえれば、特にそのような所得は本制度の対象とする一方で、資産性所得も含め正常な活動から生じると認められるものは除外するべきであると考える。

イ 合算課税の対象とする資産性所得の拡大(租税特別措置法66条の6の4項の対象)
現行制度の対象とする資産性所得は、事業基準の対象とされている特定事業に関係する所得のうち一定のものに限っているが、当該所得を伴う取引が我が国においても行えて軽課税国において行うことにつき積極的な経済合理性を見出すことが困難であり、むしろ所得の付替えに利用されやすいと考えられるものは合算対象とするべきである。特許権等の対象を広げ、また、保険や貸付金の利子も、一般的に租税回避に利用され易い所得と考えられることから、本制度の対象とすることが適当であると考える。

(イ) 特許権等の拡大
現行制度においては、登録された権利に限定されているが、特定事業の対象とされているものと同様、「工業所有権その他の技術に関する権利、特別の技術による生産方式若しくはこれらに準ずるもの(これらの権利に関する使用権を含む。)若しくは著作権(出版権及び著作隣接権その他これに準ずるものを含む。)」を対象とすることが適当と考える。

(ロ) 貸付金の利子に係る所得の追加
貸付金の利子(保証料(13)を含む)については、利子課税を回避する行為や利子控除を狙った行為に対処する必要があると考える。したがって、貸付金の利子は、原則として、対象とすることが適当と考える。

(ハ) 保険に係る所得の追加
保険は、租税回避に利用されやすい面があるため、特定外国子会社等により締結された保険契約で、我が国国外に所在する資産、我が国国外での活動により生じた負債、又は非居住者に関するもの以外の、日本国内にあるリスクを引き受ける保険からの所得を対象とすることが適当と考える。

ロ 対象所得から除外するものの見直し(「事業の性質上重要で欠くことのできない業務」)
およそ資産性所得と認められるもの全てを本制度の対象とするのではなく、本制度の目的を踏まえれば、正常な海外投資活動と認められるもの、特定外国子会社等が行うことに十分な経済合理性を認めることができるものは除外される必要がある。まず、株式や債券の運用に係る所得については、特定事業に関係する所得であるため、その対象除外は本業に係るものに限るべきであり、次に、特定事業に関係する所得以外の資産性所得を本制度の対象に含めるのであれば、正常な海外投資活動と認められるものを対象外とするべきであることから、事業の性質上重要で欠くことのできない業務から生じるものという規定を、次のように見直すことが適当と考える。

(イ) 金融業及び保険業の資産運用(株式及び債券の運用、貸付金の利子及び保険に係る所得)
預金を取り扱っている金融機関はその預金を運用する必要があり、また保険会社は保険加入者から集めた保険料を運用する必要がある。したがって、その地で金融業及び保険業を営むことに経済合理性のある特定外国子会社等における正常な資産運用が、所得の付け替えに利用されるとはいい難いことから、これらの資産運用は除外する。除外の対象とする金融業及び保険業を営む特定外国子会社等については、主たる事業が金融業又は保険業であり、その事業活動に経済合理性のあるものに限定することが適当と考えるが、それらについては、同条3項の適用除外基準において判定されていることとなる。また、適用除外とする所得については、我が国国外からの顧客から得られるもの及び実質的にその地において行われる活動から得られるものが、正常な資産運用として、除外の対象とすることが適当と考える。

(ロ) グループ金融子会社の資産運用(株式及び債券の運用、貸付金の利子、保険に係る所得)
貸付金の利子については、原則として本制度の対象とするが、グループ会社全体における事業資源としての流動資産・負債の最適化のための資金移動による利子までも、本制度の対象とすることは適当でないと考える。そして、グループ全体の資金を集中管理するグループ金融子会社については、一般的に、グループ内の資金移動が貸付金処理され、また余剰資金については資産運用が行われる。これらの活動は、完全に正常なものである場合、我が国の課税ベースを侵食する場合、その両方の場合があり、それらを区別することは困難である。したがって、その対応策として、負債・資本比率を用いて、資本が一定の水準を超過する場合は、その超過資本に対応する資産性所得のみを合算課税の対象とする方法が考えられる。

(ハ) 事業会社の貸付金の利子に係る所得
海外投資活動以外の正常な事業活動を行う特定外国子会社等については、投資活動により稼得した資産性所得は本制度の対象とするが、関連会社への貸付けによる利子については、前記(ロ)と同様の理由から、前記(ロ)と同様の方法で合算課税の対象とすることが考えられる。

ハ 適用除外基準の在り方(同条3項)
法人形態又は事業形態に着目して、適用除外の基準により、その地に所在することに十分な経済合理性があると認められるもの以外の特定外国子会社等は、その所得が会社単位で合算対象となる。この「十分な経済合理性」を具体化している適用除外基準は、今後も、本制度の目的を踏まえ我が国の経済状況等に応じて、適宜見直されることが適当と考える。

ニ トリガー税率の再検討
トリガー税率は、本制度の対象となる特定外国子会社等の範囲を画するものであり、課税ベース侵食防止の必要性と本制度適用の有無の判定における企業の事務負担(14)という両者のバランスを考慮して設定される必要がある。一般的に、外国子会社の所在地国の法人税率が低いほど、租税回避の誘因が高まるためその防止の必要性も高くなるが、もとより外国子会社の所在地国の法人税率が我が国の法人税率より低い限り租税回避のリスクは無くならず、さらに、外国子会社配当益金不算入制度の導入前に比べて、リスクは全体的に高まったと思われることから、その防止の必要性も高まったと考えられる。平成22年度改正において、トリガー税率は25%から20%に引き下げられており、課税ベースの浸食防止の必要性と企業の事務負担のバランスも考慮したものと考えられるが、資産性所得については、さらなる課税ベース浸食防止の必要性があり、本制度の対象となる特定外国子会社等の範囲を拡大することが適当と考える(15)

3 結論

 我が国の現行の国際租税制度における外国子会社合算税制の目的を踏まえれば、本制度は、可動的な所得をその対象とするべきであり、一方で、資産性所得の中でもその地において稼得することにつき経済合理性のあるものについては極力除外することが適当と考える。本制度は、課税ベース侵食防止の必要性と企業側の事務負担との全体的なバランスを考慮して策定される必要があり、本研究における提言による事務負担については、個々の企業及び企業全体でそれぞれ総合的に評価する必要があると思われるが、現行制度には、資産性所得について、さらなる課税ベース侵食防止の必要性があり合算課税の対象を拡大することが適当と考える。


(1) 我が国企業の連結所得に対する法人税の実効税率は、これまでは配当すれば我が国の法人税実効税率に近似せざるを得なかったが、外国子会社の所得については我が国の法人税実効税率に関係なくその所在地国における課税で終了することとなったことから、我が国の法人税実効税率よりも低い国で課税が終了する所得を増加させることにより、我が国企業の連結所得に対する法人税実効税率を引き下げることが可能となる。(戻る

(2) 英、仏、独等、外国子会社からの配当を非課税とする国においても、課税ベース侵食への対応策として、属地主義的方式の例外として、CFC税制を有しCFCの金融資産資産からの収益等をその対象としている。(戻る

(3) 金融商品取引法2条1項に規定する有価証券その他これに準ずるもので政令で定めるもの(戻る

(4) 特定事業の対象とされる「債券の保有」については、投資対象たる証券としての経済的意義を有しているものは債券の範囲に含まれるとして、コマーシャル・ペーパーも対象となると判示されている(平成19年東京高裁グラクソ事件)。(戻る

(5) 国税庁『改正税法のすべて(平成21年版)』496〜497頁(戻る

(6) 特許権の場合、特許権法66条第1項の規定により設定の登録によって発生した権利(戻る

(7) 外国子会社が英国居住法人と仮定して算出した所得に対する英国税額の75%未満(戻る

(8) 2009年7月1日以降に外国子会社から受け取る配当については配当免除制度が導入されたことから、配当基準は、2009年7月1日前に開始する事業年度について適用される。(戻る

(9) 我が国の適用除外基準(租税特別措置法66条の6の3項)に類似した規定となっている。(戻る

(10) 5万ポンド(戻る

(11) 売り戻し契約や割賦販売に係るものと考えられる。(戻る

(12) 米国税法の保険会社に関するルールであるサブチャプターLの対象所得(戻る

(13) 関連会社間で資金移動を行うのではなく、外部から資金不足の関連会社への資金供給が他の関連会社の余剰資金を担保にしたものである場合(例えばノーショナル・プーリングと呼ばれるもの)、保証料の発生が想定される。(戻る

(14) トリガー税率との関係では、最終的には特定外国子会社等に該当しないものの、トリガー税率が進出先国の法人税率に近接していることにより租税負担割合をより厳密に計算しなくてはいけない事務負担と、最終的には本制度の適用対象外となるものの、特定外国子会社等に該当するため適用除外の判定を行わなくてはいけない事務負担が考えられる。(戻る

(15) トリガー税率は、英国では法人税率27%に対し約20%とされ、米国では法人税の最高税率35%に対し31.5%(最高税率の90%)であることと比較すると、現行の我が国のトリガー税率20%は国内実効税率の約半分となっており、国内実効税率とトリガー税率との開きは約20%と大きい。(戻る


目次

項目 ページ
はじめに 348
第1章 我が国の外国子会社合算税制の目的 350
第1節 制度の目的 350
1 導入の背景 350
2 制度の目的 352
第2節 制度の変遷 354
1 変遷の概要 354
2 外国子会社配当益金不算入制度の導入 359
第3節 現行の国際租税制度における外国子会社合算税制 363
1 英国の国際租税制度におけるCFC税制 363
2 米国の国際租税制度におけるサブパートFルール 366
3 我が国の国際租税制度における外国子会社合算税制 369
第2章 現行制度の対象とする資産性所得 372
第1節 制度の概要 372
1 会社単位の合算課税 373
2 特定所得の合算課税 376
第2節 株式及び債券に係る特定所得 379
1 株式に係る特定所得 379
2 債券に係る特定所得 379
3 特定所得の対象外(事業の性質上重要で欠くことのできない業務) 382
第3節 特許権等に係る特定所得 383
1 特許権等の範囲 383
2 特定所得の対象外 384
第4節 船舶・航空機の貸付 385
第3章 英米におけるタックスヘイブン対策税制 386
第1節 英国におけるCFC税制 386
1 現行制度の概要 386
2 2011年度改正法案 392
3 2012年度改正案 398
第2節 米国におけるサブパートFルールと関連規定 400
1 サブパートFルール及び関連規定の概要 400
2 予算教書における改正案 406
第4章 我が国の現行制度の見直しについて 408
第1節 対象所得の拡大 408
1 特許権等 408
2 保険 411
3 貸付金の利子 411
第2節 対象所得からの除外 415
1 金融業及び保険業の資産運用 415
2 グループ金融子会社の資金運用 416
3 事業会社の貸付金の利子に係る所得 420
第3節 適用除外基準の在り方 422
第4節 トリガー税率の再検討 422
結びに代えて 424

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