田中 俊久
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 我が国の移転価格税制の仕組みは、法人が海外の特殊関係企業である国外関連者との間で行う国外関連取引に係る価格が、独立した第三者間の企業が行うとした場合の独立企業間価格と異なっていることにより、所得が我が国から移転している場合に、その取引は独立企業間価格で行われたものとみなして所得計算を行うものである。独立企業間価格の算定方法として、独立価格比準法、再販売価格基準法、原価基準法の基本三法が定められ、これらの方法が適用できない場合に利益分割法や取引単位営業利益法のいわゆる利益法を用いることとされているが、この独立企業間価格を算定する際には、利益分割法を除き、比較可能な取引であることが要件となっている。
近年では、移転価格税制に関する法令や通達の改正など、移転価格税制に関する課税庁の執行方針の明確化が図られてきたところであるが、どのような比較対象取引が比較対象としての適格性を有するか、差異の調整においても、どのような差異が調整すべき差異に当たり、どの程度までその調整が求められているのかといった比較可能性の要件については、明確でないとの批判がないわけではなく、近時の争訟においては、調査法人と比較対象法人との果たす機能やリスクにおいて差異があると判断された事例も生じている。
また、世界各国をみると、近年、移転価格税制が世界の40以上の国々で採用され、多くの国や企業で取引単位営業利益法が使われているなどの状況の変化のため、OECDは、昨年、比較可能性、取引単位利益法等の項目を中心に移転価格ガイドラインを改正している。
このような状況を踏まえ、我が国の移転価格税制における独立企業間価格の算定方法の基本的仕組みを確認するとともに、現在までに明らかとなった判例やOECD移転価格ガイドライン等から移転価格課税に関する比較可能性の要件、差異調整、立証責任等について考察するものである。

2 研究の概要

(1)移転価格課税における比較可能性の問題
我が国の移転価格税制は、法人と海外の特殊関係企業との間の取引が、同様の状況下で、非関連者において行われた場合に成立すると認められる「独立企業間価格」という概念を中核としており、移転価格課税においては、検証対象となる国外関連取引と比較対象取引との間に、適用する独立企業間価格の算定方法に応じた条件を満たす類似性が認められることが必要とされている。この類似性の判断は、取引価格や利益率に影響を及ぼす要素が類似すれば取引価格や利益率も類似するとの独立企業間基準における前提の下、それらの要素に係る類似性の有無を基準としており、この類似性に関する問題が比較可能性の問題である。
我が国の法令上、移転価格税制の基本となる「独立企業間価格」の金額は、通常の法人税の課税所得のように収入・経費によって算定されるものではなく、法令が規定する算定方法に基づき算出される金額であることに起因して、独立企業間価格の算定には、類似する取引との比較において、比較可能性を判断する要素である機能、リスク、無形資産などの評価や比較可能性の程度が問題となるほか、取引単位、独立企業間価格「幅」などその算定に関する問題、比較対象取引に関する情報入手の問題などが存在する。

(2)移転価格税制を巡る最近の状況

イ 我が国における最近の動向
我が国の移転価格税制については、2000年以降、その適用に関して指針となる法令解釈通達の改正、事務運営指針の制定、取引単位営業利益法の導入、参考事例集の公表、「最適方法ルール」の導入など、移転価格税制に関する規範作りが着実になされる一方、移転価格課税の救済に関しては、従来は相互協議で解決されていたものが、国内の訴訟手続きによりその救済を求めるものが現れている。

ロ OECDにおける最近の動向
近年、移転価格税制が世界40ケ国以上の国々で導入され、各国で移転価格税制に関する実務上の進展や経験の蓄積が図られ、取引単位利益法が広く利用されている状況にある一方、信頼できる比較可能性の検討が十分なされていないのではないかという懸念が生じていた。このため、2010年7月にOECDは、従来の基本三法優先の適用指針を変更し、「最適方法ルール」を採用することによりラストリゾートとされていた取引単位利益法の位置づけを格上げした。そして、取引単位利益法を整備するとともに、比較可能性分析等に関する規定を新たに設けることにより比較可能性の確保を図りつつ、算定手法の適用に関しては、現実的に比較対象取引がより把握可能となる営業利益をベースとする取引単位営業利益法へ大きくシフトさせている。また、多国籍企業の国際的な事業再編における移転価格税制に関する適用の明確化を図るため、事業再編に関する取扱いを新たに設けるとともに、今後、無形資産に関する指針を検討するとしている。

(3)我が国の移転価格課税における比較可能性の要件

イ 移転価格税制における比較可能性の基準
独立価格比準法は、取引価格を比較指標とし、取引される資産の「同種性」と「取引段階、取引数量その他」の類似性が基準とされる。再販売価格基準法及び原価基準法は、粗利益を比較指標とし、資産の条件に関しては「同種」から「類似」の資産とその範囲が広がる一方、粗利益は機能等の差による影響を受けるため「法人の果たす機能その他」の類似性がその基準とされ、機能やリスクの類似性が重要となる。営業利益を比較指標とする取引単位営業利益法については、取引される資産の「同種性又は類似性」と「法人の果たす機能その他」の類似性が基準とされているが、営業利益を比較指標とすることから、機能の相違に関する差異から受ける影響が少ないとされる。
いずれの場合も各算定方法の指標となる価格又は利益率に影響を及ぼす差異がない、又は差異があっても調整できることが要件となる。

ロ 比較可能性の決定要素及び差異の有無
比較可能性の判断基準となる要素は、独立企業間価格の各算定方法の指標となる取引価格や利益率に実質的に影響を与える要素であり、措置法通達は12の要素を例示し、それらの要素の類似性に基づき判断するとしている。また、差異がある場合とは、それらの比較可能性の決定要素の類似性に差があることにより、選択された算定方法の指標である価格や利益率に影響を及ぼすものと認められる場合である。

ハ 最近の裁判事例等からの検討

(イ) 独立企業間価格の算定に関する問題
移転価格課税における比較対象取引は、商品市場や金融市場等で市場価格が形成される取引も対象となる。取引単位は、採用される算定手法や取引実態に応じまとめて評価するのが合理的な場合には1つの取引単位とされる。独立企業間価格「幅」については、一義的に決まるが、同等に類似性が高い場合には幅の概念が採用される余地がある。

(ロ) 比較可能性に関する適格性及びその程度
比較可能性に関する適格性は、個々の状況に応じて選択される独立企業間価格の算定方法に応じた比較可能性の決定要素に類似性があり、その算定方法の指標となる価格又は利益率に影響を及ぼす差異がない、又は差異があっても調整できる場合に充足される。したがって、検証対象となる国外関連取引を詳しく分析した上、的確に算定手法を選択し、比較対象候補となる個々の取引の状況に応じ、その算定手法における比較可能性の決定要素の1つ1つの類似性について、算定手法の指標となる価格又は利益率に影響を与える差異があるかどうかを分析し、比較可能性の判断を行う必要がある。
裁判事例等では、各算定方法の要件に基づき、資産等の種類、取引段階、取引数量、契約条件、当事者の果たす機能、リスク、無形資産、事業戦略、市場の状況など、比較可能性の判断要素ごとに、個々の状況に応じた取引に関する詳細な分析、機能分析など、厳格な事実認定がなされており、訴訟において求められる比較可能性の程度は高いものと考えられる。

(ハ) 差異調整の要否等
差異の調整の要否については、「対価の額の差を生じさせるものすべてを含むものとは解すべきでなく、その差異が価格に与える影響が客観的に明らかな場合」、あるいは、「通常の利益率の算定に重大な影響を与えないものであるか、又は、そのような差異による重大な影響を排除するために、相当程度正確な調整を行うことができるもの」とされており、相当と考える。

(ニ) 機能・リスクが限定された事業形態に関する問題
機能・リスクが限定された事業形態に関する課税事例について、比較可能性がない旨の判示がなされている。この事例はコンピューターソフトウェアの販売支援等を業とする納税者が国外関連者に対し行った役務提供取引について、課税庁が受注販売形態の再販売業者に係る取引を比較対象取引として課税したものである。比較可能性の面から比較対象法人の機能・リスクをみると、取引形態は再販売取引であるものの、受注販売取引であり、在庫リスクがなく、信用リスクも小さく、差異調整が行われている他、販売先との価格交渉をしていないなど、販売利益を構成することとなる機能・リスクが限りなく少ない一方で、販売促進活動、エンドユーザーからのクレーム処理など事業活動の主たる機能で類似性が認められる。しかしながら、このような機能・リスクの類似性について裁判所の理解を得られなかった結果となっている。比較可能性の判断要素である機能やリスクについては、法的な面だけではなく経済的実質の面から検討されるべきものと考えられるが、その取引実態に関する認定と機能やリスクに関する評価が課題となっている。
OECD移転価格ガイドラインは、事業再編がなされた場合には、残された事業に関する比較可能性の問題の他に、機能やリスクの移転に関する対価を検討すべきとし、事業再編に関してマーケティング無形資産の有無やその移転の有無の検討の重要性を指摘している。このような事例については、事業再編前後の事業実態、機能やリスクの状況、マーケティングに関する無形資産の有無、その移転の有無などの項目に関して、従来にも増して詳しい事実認定と経済的分析・評価が求められよう。

(4)改正OECD移転価格ガイドラインからの考察

イ 取引単位営業利益法
我が国の移転価格税制についても、最適方法ルールの採用により、取引単位営業利益法は、独立企業間価格の算定手法として、従来にも増して採用されるものと想定される。取引単位営業利益法は、一方の当事者が重要な無形資産を有していない場合に適用することができ、公開情報による検証可能性のある算定手法とされているが、我が国の取引単位営業利益法については、比較可能性に関する再販売基準法や原価基準法との相違点が、必ずしも明らかではない面がある。ガイドラインでは、関連者間取引の性質を考慮した比較指標の選択、営業利益の算定、運転資本等に関する差異調整などの規定が新たに設けられており、これらの点を含め、通達等で取引単位営業利益法の適用に関する取扱いを明確化する必要があると考える。

ロ 比較可能性に関する分析及び決定要素
改正されたガイドラインでは比較可能性分析を行う際の典型的プロセスが設けられたが、そのプロセスは我が国におけるものとおおむね一致しているものと思われる。比較可能性の決定要素については、我が国では12の要素を例示しているが、その個々の要素の内容はガイドラインの要素と相違する点はなく、租税条約においてガイドラインが解釈規定とされていることなどを考慮すると、ガイドラインの規定と同じの5要素に統一すべきであろう。

ハ ガイドラインにおける比較可能性
改正されたガイドラインでは、取引単位営業利益法の位置付けを変更したことに関連して比較可能性に関し、丸1情報に限度がある場合の対応として、未調整の差異について比較可能性に重要な影響を与える可能性がないと推定できる場合には、比較対象取引として否定されていないこと、丸2比較対象取引に関する情報の信頼性を考慮した上で、全社ベースでのデータ利用が示唆されていることなど、現実的な対応が容認される規定が設けられている。ガイドラインが世界各国の実務の動向を踏まえて改正されたことを考慮すると、我が国における比較可能性、特に、取引単位営業利益法に関する比較可能性の判断を行うに際しても、このような適用条件を整備することにより、その実行可能性にも配意する必要があると考える。

(5)移転価格課税に関する立証責任
移転価格課税における立証責任については、課税要件事実の存否については課税庁が立証責任を負うことを原則としつつ、要件ごとに規定の趣旨・構造、当事者間の公平、立証の難易等を考慮して決定すべきものと考えられる。最適方法ルールにおける主張立証責任については、最適方法ルールにおける「最も適切な方法」とは、単純に事実の存否が問題となる事実的要件ではなく、いくつかの事実の総合判断により判断される規範的要件になるものと考えられ、訴訟においては具体的な事実である評価根拠事実については課税庁が、これに反する評価障害事実については納税者がそれぞれ主張立証責任を負うことになろう。
裁判事例をみると、独立企業間価格の算定方法の適用については、課税庁が選択した方法より優れた方法がある場合にはそれを納税者が主張立証すべきと判示されており、課税庁が立証責任を果たした場合には、納税者側に立証責任が転換するものと考える。また、消極的事実の立証に関し事実上の推定が採用されていること、内部比較取引に係る差異調整につき、証拠との距離を考慮し納税者に差異の存在の立証を求めていることなどについて判示されており、証明責任の観点から相当であると考えられる。

3 結びに代えて

 本稿は移転価格課税における比較可能性について考察しているが、移転価格課税における比較可能性の要件は、企業取引における価格や利益率に影響を及ぼす要素の類似性により判断することから、検証対象となる国外関連取引と比較対象取引に関する取引実態の的確な事実認定とその経済的な分析評価が重要なポイントとなる。
近年、多国籍企業グループの無形資産取引や機能・リスク移転の問題など、比較対象取引が把握できないような取引が増加しており、世界における移転価格税制に関する実務の動向は、ガイドラインの改正にみるように、取引価格や粗利益での検証が困難である状況に対し、より現実的に比較対象取引が把握可能となる営業利益をベースとする取引単位営業利益法の活用へ大きくシフトするとともに、国際的事業再編における移転価格上の諸問題等にも対応してきている状況にある。我が国においても、このような世界の流れを踏まえ、基本三法優先という従来の適用条件が廃止され、各事案に応じてそれぞれ最適な方法が選択適用されることとなるが、取引単位営業利益法等の執行上の取扱いを一層明らかにするとともに、比較可能性に関する判断要素や適用条件を整備するなど、移転価格税制の適用に関する予測可能性を高めることが重要と考える。


目次

項目 ページ
はじめに 215
第1章 移転価格税制に関する最近の動向 218
第1節 我が国における移転価格税制 218
1 我が国の移転価格税制の特徴 218
2 移転価格税制の趣旨・目的 219
3 独立企業間価格の算定方法 220
4 比較可能性に関する問題 221
第2節 移転価格税制に関する最近の動向 223
1 平成12年以降の主な改正等の状況 223
2 平成23年度における移転価格税制に係る改正の内容等 224
第3節 移転価格課税に関する訴訟の動向 227
1 移転価格課税に関する救済制度 227
2 移転価格課税に関する裁判事例等 228
第2章 OECD移転価格ガイドラインに関する最近の動向 234
第1節 OECD移転価格ガイドラインの概要 234
1 OECD移転価格ガイドライン 234
2 OECD移転価格ガイドラインにおける比較可能性 235
第2節 OECD移転価格ガイドラインの改正 236
1 OECD移転価格ガイドラインの改正の目的 236
2 OECD移転価格ガイドライン改正の状況 238
3 OECD移転価格ガイドラインの改正点の概要等 238
第3節 小括 241
第3章 移転価格課税における比較可能性について 243
第1節 比較可能性に関する基本的仕組み 243
1 移転価格税制の課税要件 243
2 各算定方法における比較可能性に関する基準 244
3 比較可能性の決定要素 245
4 差異の調整 246
第2節 独立企業間価格の算定における問題 247
1 独立企業間価格の意義 247
2 比較対象取引の要実在性 249
3 取引単位 250
4 独立企業間価格「幅(レンジ)」 252
5 内部比較対象取引と外部比較対象取引 254
6 独立企業間価格の算定における問題の重要性 255
第3節 基本三法における比較可能性 256
1 独立価格比準法における比較可能性の要件 256
2 独立価格比準法における差異 258
3 無形資産取引における比較可能性の問題 261
4 再販売価格基準法における比較可能性の要件 267
5 原価基準法における比較可能性の要件 269
6 原価基準法における差異 271
第4節 基本三法に準ずる方法における比較可能性 276
1 基本三法に準ずる方法における比較可能性の要件 276
2 機能・リスクが限定された事業形態に関する問題 277
3 機能・リスクが限定された事業形態に関する検討 280
第5節 小括 289
第4章 改正OECD移転価格ガイドラインからの考察 291
第1節 取引単位営業利益法 291
1 我が国における取引単位営業利益法 291
2 OECD移転価格ガイドラインにおける取引単位営業利益法 294
第2節 改正OECD移転価格ガイドラインにおける比較可能性 300
1 最適方法ルール 300
2 OECD移転価格ガイドラインにおける類似性の基準 302
3 比較可能性の決定要素 302
4 比較可能性分析 306
5 OECD移転価格ガイドラインにおける比較可能性 310
6 独立企業間価格「幅(レンジ)」 312
第5章 移転価格課税に関する立証責任 313
第1節 移転価格税制における立証責任 313
1 立証責任 313
2 移転価格税制における立証責任の分配 318
3 最適方法ルールにおける立証責任 322
第2節 移転価格課税事例にみる立証責任 323
1 独立企業間価格の算定に関する立証責任 323
2 基本三法を用いることができないことの証明 328
3 比較可能性及び差異調整に関する立証責任 330
結びに代えて 333

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