宮川 博行
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 消費税は、事業者が国内において行った資産の譲渡等を課税の対象としており、国内に住所等を有しない個人事業者又は国内に事務所等を有しない外国法人等(以下「非居住者」という。)であっても、国内において資産の譲渡等を行った場合には当然に消費税の課税対象となり、納税義務が生じることとなる。
国境を越える取引(クロスボーダー取引)に対する消費課税は、消費地により課税権の配分が行われるのが原則的な考え方であるが、特に、サービスの提供に係る課税の場所については議論のあるところであり、EUにおいても課税の場所の取扱いが変更されるなど、今もなお確定的なものとなっていないというのが実情である。我が国の消費税においても役務の提供については課税の空白といったものが生じている。そのような現状がある一方で、非居住者の行う資産の譲渡等が、消費税法上、国内取引として課税の対象となるものであっても、非居住者の納付の確保については困難な面があるのも事実であり、制度及び執行の両面から対応すべき問題であると考えられる。
そこで、本研究は、非居住者が国内で行った資産の譲渡等に係る消費税の納付を確保するため、制度面からどのような方策があるかということを模索しようというものである。
研究に当たっては、非居住者が国内において資産の譲渡等を行う場合として、非居住者による国内における芸能、スポーツ等の活動及び非居住者と国内事業者の委託販売契約の締結による資産の譲渡を題材に、非居住者に係る消費税の納付の確保について研究を行うとともに、これらの研究を通じて非居住者の納税義務の在り方の方向性について提言する。

2 研究の概要

(1) 非居住者と事業者免税点制度
消費一般に幅広く負担を求めるという消費税の課税の趣旨や産業経済に対する中立性の確保という観点からは、いわゆる免税事業者は極力設けないことが望ましいのであるが、事業者免税点制度は、小規模零細事業者の納税事務負担や税務執行面に配慮することの必要性の観点から設けられている。この事業者免税点制度については、対象に居住者又は非居住者の区別がないことから、非居住者に対しても適用されることになる。しかしながら、我が国に進出する非居住者であることを踏まえると、小規模零細な事業者といえるものは皆無であろうと考えられ、制度の趣旨からは違和感を覚えるところである。この点について、EUでは、各加盟国において我が国と同様に負担軽減の観点と税収への影響や競争上の不公平といった観点の比較考量に基づき事業者免税点制度を採用しているが、EUの共同付加価値税指令において、「VATを納付すべき加盟国で設立されていない事業者による物品又はサービスの供給」を除いており、課税国以外の事業者に対しては事業者免税点制度が適用されていない。
また、国内取引において免税事業者が仕入れる場合であっても課税されることとの均衡を図るため、資産の輸入取引については、消費者や免税事業者の輸入であっても課税される。資産の輸入は言い換えれば非居住者からの仕入れであり、例えば、税関を通らない非居住者の役務の提供に事業者免税点制度が適用になることは、資産の輸入と比較して不均衡であるともいえる。同制度の適用範囲が広い方が執行の負担が抑えられるという面はあるが、消費税の信頼性や公平性の確保という面からは不合理であるともいえ、制度の趣旨に鑑みて非居住者には適用しないことを検討すべきではないかと考えられる。

(2) 納税管理人制度
国税通則法117条は、法施行地内に住居所等を有しない納税者等に対し、納税申告書の提出その他国税に関する事項を処理させるため、納税管理人を選任すべきことを規定するとともに、納税管理人の資格及び選任、解任の手続を明らかにしている。納税管理人は、納税者の委任による代理人としての性格を有し、その権限内でした行為は、直接その納税者に効力が生ずることになる。このように納税管理人制度により、非居住者の納税義務の履行を確保しているのであるが、例えば、納税管理人に連帯納税義務を課して納付を確保するような制度になっているわけではなく、選任しなかった場合の罰則もないなど納税管理人制度の効果は限定的である。そもそも我が国の納税義務の履行を果たすことを予定しない者にとって、納税管理人を選任することは想定しがたいところであり、消費税についてみれば、納税管理人選任のインセンティブは見当たらない。この点、EUでは、VATを納付すべき加盟国で設立された者ではない場合、税務代理人を指定することを許可する又は義務付けをすることができるとされており、この税務代理人は自ら納税義務者となるものである。これを受けて、例えば、フランスでは、フランスに居住しない者が付加価値税の課税事業者となる場合、当該非居住者に課される申告書の提出及び納税のため、フランスに居住する課税事業者を代理人とすることが義務付けられており、特筆すべきは、代理人を指定しない場合は、課税取引の相手方にVAT及び加算税を課することとされている。このような制度は納付の確保という点に重点を置いたものであり、納税者には厳しい制度ともいえるのであるが、我が国の納税管理人制度を充実させていくためには参考になるものと思われる。

(3) 役務の提供と納税義務

イ 非居住者の役務の提供に係る問題点(芸能、スポーツ等の活動を題材として)
消費税法上、役務の提供に係る内外判定は、「役務の提供が行われた場所」により行うこととされているが、その場所を特定することは難しいという役務の提供の特殊性により、結果的に役務の提供を行った者の事務所等の所在地により判定される場合が多く、クロスボーダー取引では、国外取引として不課税となるケースが多い。しかし、不課税と判定された場合、対消費者取引では課税されないことになるが、対事業者取引では、競争中立性を阻害するという面はあるものの、提供を受ける事業者の課税仕入れとならないため、課税上の弊害はないともいえる。これに対し、国内取引と判定される典型的な芸能、スポーツ等の役務の提供については、物理的に国内においてイベント等が開催された場合に、国内取引として非居住者に納税義務が生ずることとなる。しかし、消費税では、これらの者の納税の確保に関して特別な規定を設けていないため、関係者に対する協力依頼や納税者のコンプライアンスに頼らざるを得ない実情がある。このため、納税義務の履行を確保するには多くの困難が伴うこととなる。
また、イベントの主催者においては、非居住者の納税の有無にかかわらず、支払った報酬について仕入税額控除が可能となるため、更に、問題を複雑にしているのではないかと考えられる。

ロ EU等の現状
EUでは、財政国境の廃止に伴い、サービスの供給に関しては、原則として原産地原則を採用し、多くの例外を設けてきたが、2010年1月より、消費地おいて課税すべきという消費地課税の原則に立ち返り、対事業者取引については原則として仕向地原則を採用することとされた。これを可能にしたのは、リバース・チャージの適用範囲の拡大であり、原則、対事業者取引にリバース・チャージを適用することとし、加盟各国は法整備を行ったところである。このような中、改正後も物理的にサービスの供給が行われた場所を課税の場所としていた芸能、スポーツ等のサービスの供給についても、2011年1月から、チケットの取扱いに係る取引を除き、対事業者取引にはリバース・チャージが適用されている。
また、OECDのガイドライン案においても、リバース・チャージの適用が、国外の供給者の負担を軽減し、執行コストを低くする制度としており、対事業者取引に係るリバース・チャージの適用が世界の潮流になっている。

ハ リバース・チャージ制度の我が国への導入
芸能、スポーツ等の役務の提供に関しては、通常、国内のイベントの主催者が存在することから、これらの役務の提供は対事業者取引となる場合がほとんどであろうと思われる。したがって、リバース・チャージを適用することで、非居住者が納税事務負担を負うことなく納税義務が履行される。更に、主催者のキャッシュフローの変動も生じないことから、消費税の納税義務の履行を確保する上では、ベストの選択であろうと考えられる。
また、非居住者である芸能人等の役務の提供に係る報酬については、支払う事業者が国内源泉所得に係る所得税の源泉徴収を行うのに対して、消費税では非居住者の納税の有無にかかわらず仕入税額控除を受けるにとどまることが、事業者からみれば整合性がとれていないともいえるところであり、この点についてもリバース・チャージの適用は、所得課税おける国内源泉所得に係る源泉徴収制度との整合性を図るという効果も期待できるのではないか。
世界的なサービスに対する課税は、競争中立性を確保し、消費地課税の原則にかなう仕向地原則の実現の方向へ動いているということを踏まえると、我が国においても役務の提供全般に仕向地原則が適用される方向に進むことも考えられる。それに備えるためにもリバース・チャージの導入を積極的に検討すべきであると考えられる。
なお、現行の事業者免税点制度の下では、これらの非居住者は免税事業者になるケースもあるため、本来、免税事業者となる者との取引にリバース・チャージを適用することに疑問がないともいえない。そうすると、非居住者の事業者免税点制度の不適用や登録制度及びインボイス制度の導入又は納税管理人制度の充実などの環境の整備を併せて検討していくことが必要ではないかと考えられる。

(4)委託販売と納税義務

イ 委託販売における問題点(問屋取引を題材として)
クロスボーダー取引のうち、資産の譲渡については、仕向地原則を実現する税関のシステムにより、消費税の課税漏れなどの問題は生じないとされているが、国外からの輸入品について委託販売(問屋取引)の方法により販売した場合、受託者が引き取りに係る消費税を納付するとともに、これに係る仕入税額控除を受けることにより、税関のシステムが機能せず、免税での輸入と同様の効果が生じ、国内取引に係る消費税の徴収が困難になるケースがある(参考1参照)。

ロ EU等の現状
EUでは、販売又は購入のコミッション契約に基づく資産の移転は物品の供給に含まれるとされており、例えば、ドイツでは、いわゆる問屋取引については、委託者と受託者の間に契約上売買取引は存在しないが、これを供給とみなすこととされている。インボイス制度を導入するEU諸国等では、インボイスのやりとりに支障が生じ、取引の連鎖が途切れることによる課税の累積(カスケード)が生ずるおそれがあることへの対応が、このような取扱いを行う一つの理由となっているものと考えられる。
また、EU域内のクロスボーダー取引に該当する委託販売(預託在庫)について、加盟各国は、購入者が域内取得課税を受けることを条件に、委託者の販売国における域内取得課税と販売国内における物品の供給に係るVATを免除する特別ルールを設けており、極力非居住者に納税義務が及ばないような制度を取り入れている(参考2参照)。

ハ 我が国における対応
消費税では、いわゆる実質主義の考え方から、委託販売に係る資産の譲渡は委託者に帰属するというのが原則とされている。消費税の転嫁のメカニズムと消費に負担を求める税であるという性格を踏まえると間接税たる消費税に実質主義を採り入れることに疑問がないとはいえない。これまでは、課税売上高の計算に影響を与えるため、事業者免税点制度や簡易課税制度の適用上、問題があるとされていたが、それぞれの適用範囲が縮小した現状では、実質主義の必要性も大きなものではないと考えられる。また、将来的にインボイス制度が導入された場合に、問屋取引ではインボイスに資産の譲渡等を行う者の表示がなされないなど、問屋取引固有の問題が生ずると予想される。
そもそも、商法上、問屋取引については、取引の相手方との間の売買に係る権利、義務が受託者に生ずることからすると、我が国においても、問屋取引を委託者から受託者への資産の譲渡及び受託者から購入者への資産の譲渡とみなすことも可能であると考えられるところであり、これにより、受託者の資産の譲渡として課税関係を整理することができる。
なお、この際、なおも委託者である非居住者に納税義務が生じ、納税の確保が困難となることも考えられるため、EUの預託在庫に係る特別ルールのように、受託者への譲渡を免除するなど国外の事業者に納税事務負担を負わせない仕組みを取り入れる方向で検討すべきと考えられる。

3 結論

 現行制度の枠組みの中で、非居住者の納税を確保していくためには、少なくとも納税管理人制度の充実を図っていくことが必要であると考えられ、納税管理人に連帯納税義務を導入するなど実効性を高めていく必要があると考えられる。
また、各論の研究を通じて、我が国の消費税は、非居住者が申告・納付等の行動を起こすためのインセンティブに不足していると考えられる。各国の付加価値税と決定的に異なるのは仕入税額控除制度であり、顧客である受給者が仕入税額控除を受けるためには、供給者が登録し、課税事業者としての義務を果たす必要がある。この点が我が国の消費税に仕組まれていないことが、インセンティブが生じないことにつながっているのではないかと考えられる。更に、EU等は仕向地原則の実現と執行コストを抑えるために、リバース・チャージの適用などできるだけ非居住者に納税義務の負担が及ばない制度を取り入れていると思われる。
将来的には、我が国の消費税においても、世界的な潮流である仕向地原則の徹底が求められることも考えられ、その際には、非居住者の納税義務の履行をいかに確保するかが更に重要となるものと考えられる。そこで、登録制度やインボイス制度の導入などを通じて非居住者のインセンティブを高めていく一方で、リバース・チャージの導入など直接非居住者が納税義務を負うことなく、国内の課税事業者へ納税義務をシフトさせるような仕組みを取り入れていくことが望ましいと考えられる。

参考1 委託販売の形態図
参考2 EU域内の預託在庫に係る特別ルール

目次

項目 ページ
はじめに 254
第1章 非居住者と事業者免税点制度 256
第1節 消費税の納税義務者 256
第2節 事業者免税点制度 256
1 消費税法9条の趣旨・背景 256
2 基準期間の課税売上高による判定 258
3 免税事業者の輸入取引 259
4 非居住者等に対する事業者免税点制度の適用 259
第3節 諸外国の事業者免税点制度 260
1 EUの共同付加価値税制 260
2 OECDの事業者免税点制度に対する考え方 262
第4節 小括 265
第2章 納税管理人制度 267
第1節 納税管理人制度の趣旨と問題点 267
1 納税管理人制度 267
2 納税管理人制度の若干の問題 268
第2節 EUにおける納税代理人制度 269
第3節 小括 271
第3章 役務の提供と納税義務 272
第1節 クロスボーダー取引に係る課税原則 272
1 消費地課税主義(テリトリー原則) 272
2 国際的二重課税の排除 272
3 原産地原則と仕向地原則 273
第2節 役務の提供に係る課税関係 275
1 消費税法における役務の提供に係る内外判定 275
2 役務の提供に係る輸出免税の適用関係 277
第3節 非居住者の役務の提供の諸問題 279
1 役務の提供の性質に起因する問題点 279
2 芸能、スポーツ等の役務の提供の問題点 280
第4節 EUのサービスに対する課税の動向 283
1 EU共同付加価値税制度 283
2 VATパッケージの背景 284
3 VATパッケージの内容 284
第5節 リバース・チャージ 288
第6節 OECDの動向 289
1 OECDの検討の経緯 290
2 2010年2月のインターナショナルVAT/GSTガイドライン案 292
3 2010年11月のインターナショナルVAT/GSTガイドライン案 295
第7節 リバース・チャージの我が国への導入 300
1 リバース・チャージの導入 300
2 リバース・チャージ適用の問題点 301
第4章 委託販売と納税義務 303
第1節 商法における代理商・問屋営業等について 303
1 商法における代理商・問屋営業 303
2 企業会計原則における委託販売 308
3 小括 309
第2節 委託販売における課税関係 310
1 委託販売等の場合の納税義務者の判定 310
2 委託販売等に係る手数料 310
3 資産の譲渡等を行った者の実質判定 312
第3節 委託販売の諸問題 313
第4節 輸入取引に係る課税関係 316
第5節 諸外国における取扱い 318
1 EU 318
2 ドイツ 320
3 フランス 321
第6節 我が国における対応 322
第5章 非居住者の納税義務 324
第1節 論点の整理 324
1 事業者免税点制度の非居住者に対する適用 324
2 納税管理人制度の充実 325
3 リバース・チャージ制度の導入 326
4 委託販売に対する課税の在り方 326
第2節 非居住者の納税義務の在り方の方向性 328
結びに代えて 329

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