池田 誠
税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 経済のグローバル化を背景として、会計基準の国際化が急速に進展しており、我が国においても、金融庁の企業会計審議会が、2010年3月期から一定の要件を満たす上場企業の連結財務諸表につき国際財務報告基準(以下「IFRS」という。)の任意適用を認め、さらに、強制適用とするか否かについては2012年を目途に判断するとしており、国際会計基準の導入に向けた動きが加速化している。
このような状況の中で、企業会計においては、日本公認会計士協会が「我が国の収益認識に関する研究報告(中間報告)」(2009年7月、改正2009年12月)を公表し、IFRSの収益認識基準を適用した場合の考え方を示すなど、IFRSの導入に向けた収益認識に関する研究が進められている。我が国の法人税法は、企業利益を基に各事業年度の課税所得を計算する確定決算基準を採用しており、収益及び費用等の額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に基づいて計算されることから(法法22条4項。以下「公正処理基準」という。)、企業会計におけるIFRSの導入は課税所得の計算にも影響を与えることとなる。特に、どの事業年度において収益を認識するかは、課税所得を計算する上で最も基本的な問題であることから、企業会計における議論を踏まえて、現時点から税務上の取扱い等における収益認識の考え方を整理しておくことは有意義であると考える。
課税所得の計算における収益認識は、現行の企業会計が採用する実現主義の考え方を基本としつつ、権利確定主義や管理支配基準といった考え方を用いており、個別の取扱いは法人税基本通達(以下「基本通達」という。)において明らかにしているところ、同通達において示された税務上の取扱いは、企業会計において明確にされていない個別の取扱いを補完するものであって、会計実務における指針となっているともいえる。
したがって、本研究では、このような法人税基本通達の機能を踏まえて、IFRSが導入された場合に同通達へどのような影響を与えるかといった観点からも考察を行い、税務上の対応策等について検討する。

2 研究の概要

(1) 企業会計、税務会計及びIFRSの収益認識に係る考え方の相異点

イ 企業会計における収益認識の考え方
企業会計原則は、「すべての費用及び収益は、その支出及び収入に基づいて計上し、その発生した期間に正しく割当てられるように処理しなければならない。」(第二 損益計算書原則、一、A)と規定し、さらに、「売上高は、実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限る。」(同、三、B)と規定している。したがって、企業会計においては、発生主義及び実現主義に基づき収益を認識することとなる。実現主義の下で収益を認識するためには、一般に「財貨の移転又は役務の提供の完了」とそれに対する「対価の成立」が要件とされているものと考えられている。

ロ 税務会計における収益認識の考え方
法人税法は、収益認識に係る一般的な規定を明文で定めていないが、課税所得の計算においても、収益は発生主義及び実現主義に基づき認識すべきであり、原則として、収入すべき権利が確定したときの属する年度の益金に計上すべきであると解されている。このような権利確定主義に基づく考え方は、多くの裁判例(最判昭47.12.26、民集26巻10号2083頁など)及び学説で支持されており、その理由として、権利の確定という法的な基準が収益認識に関する具体的な問題解決のための明確な指針を与え、また租税法律関係における法的安定性の要請に合致するためであると考えられている。
なお、違法所得や、商品券などの発行対価(未使用部分について返還すべき義務がある場合を除く)などについては、それらの利得が利得者の管理支配の下に入った時点で収益を認識する管理支配基準を適用すべきと解されている。

ハ IFRSにおける収益認識の考え方
現行のIFRSの収益認識に関する会計基準である国際会計基準(IAS)第18号は、資産の所有に伴う重要なリスクと経済価値が移転していること等を収益認識の要件としているが、国際会計基準審議会(IASB)と米国財務会計基準審議会(FASB)が、共同で進めているIFRSにおける収益認識の見直し作業の中で公表した公開草案「顧客との契約から生じる収益」(2010年6月。以下「公開草案」という。)では、企業が顧客に約束した財又はサービスを移転することによって履行義務を充足した時点で収益を認識することが提案されている。また、公開草案は、財又はサービスは顧客が財又はサービスに対する支配を獲得しているときに顧客に移転するとしており、その判断の指標には、丸1顧客が無条件の支払義務を負っていること、丸2顧客が法的所有権を有していること、丸3顧客が物理的に占有していること、丸4財又はサービスのデザイン又は機能が顧客に固有のものであることが含まれるとしている。公開草案とIAS第18号との関係については、多くの小売取引に係る実務にはほとんど影響を与えないとしているが、工事進行基準の適用等の場面においては影響があると考えられている。

ニ IFRSの導入による企業会計・税務会計への影響等
公開草案では顧客に財又はサービスの支配が移転した時点で収益を認識することとなるが、顧客が財又はサービスの支配を獲得している指標として、法的所有権や物理的占有等が挙げられていることからすれば、公開草案の考え方と我が国の企業会計や税務会計における実現主義や権利確定主義との間に本質的な差異はないと考えられる。
しかしながら、我が国の会計実務では実現主義の下、幅広い実務が慣行として認められてきており、公開草案を厳密に適用した場合には、現行の企業会計及び税務会計との間に差異が生じる可能性がある。IFRSを適用した場合の収益認識時期等が税務上の取扱いと異なるときに、課税所得の計算上もこれを容認すべきか否かが問題となるところ、この問題を考察する上では、公正処理基準の考え方に照らして検討する必要があると考える。

(2) 公正処理基準と基本通達の機能からの検討

イ 公正処理基準の意義
法人の各事業年度の所得の金額は、その法人の確定した決算における企業利益を基礎としつつ、これに税務上一定の修正を加えて計算することとされており、いわゆる確定決算基準が採用されている。また、その基となる各事業年度の収益及び費用等の額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるものとすることとされ、いわゆる公正処理基準が採用されている。このように、我が国の法人税の課税所得の計算は、原則として企業会計に依拠して行われるべきこととされている。
公正処理基準は、昭和42年に法人税法の簡素化の一環として設けられたものであり、企業が会計処理において用いている基準(ないし慣行)のうち一般に公正妥当と認められるものについては、法人税法上も課税所得の計算に当たって原則としてこれを尊重するという基本方針を採るものと解されている。この公正処理基準の具体的な内容としては、一般社会通念に照らして公正で妥当であると評価され得る会計処理の基準を意味し、その中心をなすのは企業会計原則や、商法(会社法)及び証券取引法(金融商品取引法)の計算規定であるが、これらのほかにも確立した会計慣行を含むと解されている。

ロ 公正処理基準に係る基本通達の機能
前述のとおり、法人の課税所得の計算は企業利益の算定技術である企業会計に依拠して行われるべきであり、具体的には、企業会計原則や会計慣行に従って行われることとなるのであるが、企業会計原則や会計慣行は網羅的であるとはいえず、例えば収益の年度帰属を巡って生じる問題についても、企業会計原則に定めがなく、また確立した会計慣行も存在しない場合が多い。そのため、税務上は基本通達において個別的な取扱いを定めているところ、企業会計上も同通達を念頭に会計処理が行われていることは否定できず、かかる意味からすれば、同通達の内容は、公正処理基準を補完する機能を果たしているということができる。

ハ 今日的な公正処理基準についての考察
公正処理基準に関する考え方は、企業会計の進展により様々な会計基準が示される中で、企業会計実務、課税実務及びこれらに係る司法判断の積み重ね等を通じて変化してきた。すなわち、最近の裁判例においては、税務会計が適正・公平な課税所得の計算を目的とするものであることにかんがみ、法人が行った収益及び損金の額の算入に関する計算が公正妥当と認められる会計処理の基準に従って行われたか否かは、その結果によって課税の公平を害することになるか否かの見地からも検討されなければならないとの判断が示されており(東京高判平14.3.14、判時1783号52頁)、このような考え方は、収益認識の場面に限らず、いわゆる脱税経費など違法支出の損金性の判定場面においても用いられているところである(最判平6.9.16、刑集48巻6号357頁など)。
このように、今日的な公正処理基準の意義としては、上記東京高裁判決で示されたような考え方が妥当し、特に、IFRSのような新たな会計基準については、企業会計に導入されたことをもって直ちに公正処理基準とするのではなく、課税の公平・適正を害すものが含まれていないかといった観点から検討していく必要があると考える。また、これまでは基本通達が公正処理基準を補完してきたと考えられるところ、基本通達における個別の取扱いを示すことで対応可能かといった観点からも検討する必要がある。

(3) 個別の取扱いにおける問題からの検討
IFRSにおける収益認識と税務上の取扱いとの差異及び問題点として、例えば、棚卸資産の収益認識に関しては次のような点が挙げられる。

イ 棚卸資産の譲渡における収益認識時期に関する問題点
課税実務上、棚卸資産の販売による収益の額は、例えば出荷した日、相手方が検収した日、相手方において使用収益ができることとなった日等当該棚卸資産の種類及び性質、その販売に係る契約の内容等に応じてその引渡しのとして合理的であると認められる日のうち、法人が継続して収益計上を行うこととしている日の属する事業年度の益金の額に算入することとされている(基本通達2−1−1、2−1−2)。
一方、公開草案では、財又はサービスが顧客に移転したときに収益を認識するとし、その移転したときとは、顧客が財又はサービスの使用を指図し、かつ、それから便益を享受する能力を有するなど、財又はサービスの支配を獲得したときとされており、第一義的には、出荷しただけでは顧客が当該資産の支配を獲得したと解することはできず、出荷基準により収益を認識し得ないのではないかとの疑問が生じる。
この点について、企業会計基準委員会(ASBJ)は、顧客が製品に対する支配を獲得した時とは、製品が顧客の受取場所に引き渡されたか又は顧客に出荷された時等、引渡し又は出荷を含めた契約条件によって判断することになるとの見解を示している(「顧客との契約から生じる収益に関する論点の整理」(2011年1月20日))。すなわち、ASBJの見解によれば、当事者間の契約において、出荷時点で製品に対する支配が移転するとしている場合には、出荷基準が適用されると考えられ、そうすると、IFRSを適用したとしても法人税基本通達2-1-2に影響はないとも考えられる。しかし、ASBJの見解は、契約内容を重視するものであると考えられるところ、契約において当事者間で合意した内容のみを判断要素として、収益認識時期を判断することとした場合には、次のような問題がある。
課税所得の計算は公平・適正であることが求められるから、収益の認識に関する法人の恣意性や選択性は排除する必要がある。IFRSを適用した場合の収益計上時期が当事者間の合意のみによって判断されるのであれば、収益計上時期を人為的に操作する余地が生じ、課税所得の計算上は問題があるといわざるを得ず、課税所得の計算においては、そのような恣意性を排除する措置が必要となる。なお、基本通達2−1−2が権利確定主義を採りつつも、法的な権利確定のみを基準とするのではなく法人が継続的に適用することを条件に幅広く収益認識基準として合理性のある基準によることを認めているのは、恣意的な収益計上を排除することに配慮したものであると解される。

ロ 棚卸資産の譲渡に係る収益の計上額に関する問題点
税務上は、法人がその販売に係る棚卸資産を引き渡した場合において、その引渡しの日の属する事業年度終了の日までにその販売代金の額が確定していないときは、同日の現況によりその金額を適正に見積るものとするとされている(基本通達2-1-4)。
この点、公開草案は、企業は、取引価格を合理的に見積ることができる場合にのみ、履行義務を充足した時に収益を認識しなければならないとしており、その取引価格を合理的に見積ることができる場合とは、類似する契約について、企業が実績を有しており、かつ、企業が状況の重大な変化を見込んでいないため、企業の実績が契約と関連性があるとの条件が満たされる場合のみであるとしている。しかしながら、課税所得の計算上、相手方に商品を引き渡しているにもかかわらず、その対価が確定していないことを理由に収益を認識しないことは、公平、適正の観点から著しく不合理である。また、公開草案が要件として挙げる類似性や企業の実績と契約との関連性は、その判断基準が必ずしも明確であるとはいえないため、恣意性が入り込む余地がある。したがって、この場合も、課税所得の計算においては恣意性を排除する措置を講ずる必要がある。

(4)IFRSが導入された場合の税務上の対応
IFRSの考え方を公正処理基準によりそのまま課税所得の計算に用いることは、棚卸資産の譲渡に係る収益認識の例に見られるように、適正・公平な課税の観点からは問題があり、IFRSが我が国の企業会計において導入されたとしても、直ちにこれを公正処理基準と認めることには疑問がある。
そして、これまでは、基本通達が企業会計原則や会計慣行において明確に定められていない個別の取扱いを定めることによって公正処理基準を補完してきたといえるが、これはあくまで、基本通達が個別の会計処理基準や業界ごとの会計慣行への対応として十分機能してきたに過ぎないと考えられる。この点、IFRSのように会計制度全般に係る新たな基準が導入された場合には、基本通達において個別の取扱いを示すだけでは十分な対応ができないのではないかといったことが懸念され、換言すれば、そのような場合の対応を基本通達で行うことは、通達の機能としての限界を超えることになるのではないかと考える。
したがって、IFRSが我が国に導入された場合の対応としては、法令で課税所得の計算における収益認識基準の基本的な考え方を明確に規定し、基本通達はこれを補完することに徹することとする、すなわち、法令の規定で企業会計等への対応を行い、基本通達は、新たな企業会計(IFRS)と税務会計とを調整する機能を果たすものと位置付けるべきである。
なお、課税所得の計算における収益認識基準としては、その法的基準が明確であり、かつ、租税法律関係における法的安定性が求められことから、その要請に合致する現行の税務会計で用いられている権利確定主義が相当であると考えられ、また、権利確定主義が妥当しない場合についても現行の考え方である管理支配基準が相当と考える。

3 結論

 税務会計における収益認識基準は、課税所得の計算が公平かつ適正に行い得る基準であることが必要であり、したがって、IFRSに基づく収益認識基準が公正処理基準たり得るか否かを判断するに当たっても、当該収益認識が法人の恣意性を排除し得るものであるか否かといった面から検討する必要がある。
そのような観点からすれば、IFRSに基づく収益認識では妥当性を欠く場合もあると考えられるところ、IFRSのような会計制度全般の基準が導入された場合の対応としては、現行の基本通達において個別の取扱いを示すだけでは不十分であり、法令において明確に収益認識に係る考え方を規定すべきである。
なお、IFRSの収益認識については現在見直しが行われているところ、公開草案における取扱いが多様な取引のすべてに対応しているとはいえず、今後更なるガイダンスや指標が示されることが想定される。また、新たな取引形態等が発生した場合には、新たな収益認識に関する考え方が示される可能性もある。したがって、具体的な対応については、今後のIFRSにおける収益認識の見直し作業の状況、及び我が国における企業会計の対応等も考慮して検討していく必要がある。


目次

項目 ページ
はじめに 177
第1章 国際財務報告基準(IFRS)の導入 及び収益認識に関する議論 180
第1節 会計基準の国際的統一化と我が国における 取組みの状況 180
1 企業会計基準の国際的統一化の動向 180
2 会計基準の国際的統一化の背景・目的 181
3 我が国におけるIFRSの導入へ向けた動き 182
第2節 IFRSの収益認識に関する我が国の企業会計における議論等 184
1 IFRSの収益認識に関する見直しの状況 184
2 我が国におけるIFRSの収益認識に関する検討状況 185
3 小括 186
第2章 課税所得の計算と会社法会計・企業会計との関係 188
第1節 企業会計と税務会計との関係 188
1 企業会計と税務会計との関係 188
2 企業会計と税務会計との乖離 189
第2節 企業利益と課税所得との関係 191
1 法人税の課税所得の意義 191
2 確定決算基準の意義 194
3 確定決算基準の必要性に関する再検討 197
第3章 企業会計、税務会計及びIFRSにおける収益認識の相異点 203
第1節 企業会計、税務会計及びIFRSにおける収益認識の考え方 203
1 企業会計における収益認識 203
2 税務会計における収益認識の考え方 205
3 IFRSにおける収益認識の考え方 207
第2節 IFRSの導入が税務会計における収益認識へ与える影響 214
1 公開草案と会計実務及び税務会計における収益認識との差異等 214
2 IFRSの導入による課税実務への具体的な影響 221
第4章 IFRSが導入された場合の収益認識に関する税務上の対応 227
第1節 公正処理基準に関する検討 227
1 公正処理基準の導入の趣旨 227
2 公正処理基準の具体的内容 228
3 公正処理基準に係る基本通達の機能 230
4 公正処理基準に関する問題 230
5 今日的な公正処理基準の意義に関する考察 232
第2節 課税所得の計算における収益認識基準の在り方 234
第3節 IFRSが導入された場合の収益認識に関する税務上の対応 237
結びに代えて 239

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