斉木 秀憲
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 従業員持株会は、従業員の福利厚生の増進や経営への参加意識の向上を図ることを目的として、会社の従業員が金銭を拠出し当該会社の株式を共同で取得するために組織された仕組みである。平成22年3月末現在の東京証券取引所上場内国法人の約87%が従業員持株会制度を有するとされ、従業員持株会は、広く普及している。また、従業員持株会をその法的性格からみた場合には、民法上の組合に該当し、その従業員持株会自体は課税主体とはなり得ないもの(パススルー課税)と人格のない社団等に該当し、課税主体となるもの(収益事業課税)とがあると考えられているが、体系的に整理した文献等も見当たらない状況にある。
近年、会社法の制定や信託法の改正等を契機として、新たな自社株式保有スキーム(以下「新スキーム」という。)が、日本版 ESOP(従業員株式所有制度)として導入され始め、今後更にこの導入が進展するものと考えられる。当該スキームには、導入企業を委託者、信託銀行等を受託者、従業員持株会の会員(従業員)を受益者とする他益信託を従業員持株会と組み合わせたものなどがあり、その仕組みがより複雑なものとなっている。
新スキームについては、平成20年11月に経済産業省から発表された「新たな自社株式保有スキームに関する報告書」に一応の税務上の取扱いが示されてはいるものの、そのスキームの前提となる従来の従業員持株会の課税関係が明確に示されていないことから、これらの課税関係を早急に整理する必要がある。
本研究は、各従業員持株会の仕組みを分析し、主に従業員持株会及び信託を通じて取得した株式の帰属及び同株式に対する配当金に着目して、その税務上の取扱い及びその問題点を整理することを目的とする。

2 研究の概要

(1)従来の従業員持株会
従来の従業員持株会の仕組み及び税務上の取扱いを整理すると、イ及びロのとおりである。
従来の従業員持株会の税務上の取扱いについて、個々の事例の検討に当たっては、当該持株会の法的性格が、民法上の組合であるか、それとも、人格のない社団等であるかの議論に終始する傾向があると考えられる。しかしながら、まずは、その仕組みを分析した上で、その運営実態等の事実確認を含めてその法的性格を判断し、課税関係を整理する必要があるものと考える。
従業員持株会の仕組みについては、特に丸1信託契約の当事者はだれで、その当事者はどのような地位を有するのか、丸2従業員持株会の役割はなにか、丸3当該持株会を通じて取得した導入企業の株式は、だれにどのような財産として帰属するか(組合財産、信託財産、共有財産、総有などのどのような財産か。また、複合していないか。)などを確認する必要があるものと考える。

イ 信託銀行方式

(イ) 仕組み
信託銀行方式は、会員が株式取得のための資金を拠出し、従業員持株会の理事長を包括代理人として信託銀行と株式の取得及び管理の信託契約を締結するものである。

(ロ) 税務上の取扱い
上記の仕組みを前提にすると、会員が、導入企業の株式の取得及び管理を信託銀行に信託していることから、会員を委託者兼受益者、信託銀行を受託者とする受益者等課税信託に該当することとなる。
したがって、信託が保有する株式に対する配当金は、受益者に帰属するとみなされるため、受益者である会員の配当所得になるものと考えられる。
また、当該方式による場合、従業員持株会は、会員の代理行為を行うだけであり、団体としての法的性格のいかんにかかわらず、法人税法上、信託財産に係る損益の課税主体にはなり得ないこととなり、従業員持株会の法的性格がこの配当金の所得区分に影響することはないものと考えられる。

ロ 証券会社方式
証券会社方式には、丸1従業員持株会に参加する従業員の全員が、その会員となる「全員組合員方式(間接投資型)」、丸2数名の従業員が会員として従業員持株会を組織し、会員とは別に同会に参加する従業員が、その参加者となる「少数組合員方式(直接投資型)」の二つの管理運営方式があり、従業員持株会は、いずれも民法667条1項に基づく組合とするとされている。

(イ) 全員組合員方式

A 仕組み
全員組合員方式は、会員の出資をもって従業員持株会が株式を取得することから、取得した株式及びその株式に対する配当金は、従業員持株会の財産として組み入れられ、会員は、出資に応じたその持分(以下「持分」という。)を管理の目的をもって従業員持株会理事長に信託することとなる。

B 税務上の取扱い
上記の仕組みを前提にすると、まず、民法上の組合である従業員持株会が取得した株式は、出資に応じて会員に直接帰属することとなる。そして、会員は、その株式の持分を従業員持株会の理事長に信託することとなるため、会員を委託者兼受益者、従業員持株会を受託者とする受益者等課税信託に該当することとなる(法法12丸1、所法13丸1)。
したがって、従業員持株会が保有する株式に対する配当金は、受益者に帰属するとみなされるため、受益者である会員の配当所得になるものと考えられる(所法24)。
また、従業員持株会の法的性格が、人格のない社団等であった場合は、会員からの拠出金は、納税義務の主体となる従業員持株会への出資となり、取得した株式は当該持株会に帰属するため、その保有する株式に対する配当金は、当該持株会に帰属することとなる。そして、会員が従業員持株会の理事長に信託するのは、出資に応じた人格のない社団等の持分となるから、会員にとってその配当金は、従業員持株会からの人格のない社団等の収益の分配であり、雑所得になるものと考えられる(所法35、所基通35−1(7))。この場合、会員は、当該所得について、配当控除の適用が受けられないこととなる(所法92)。

(ロ) 少数組合員方式

A 仕組み
少数組合員方式は、参加者がその所有に属する積立金等を拠出して、参加者の共有財産として株式を取得し、その共有持分を管理の目的をもって従業員持株会に信託し、同株式の名義人を従業員持株会理事長とするものである。

B 税務上の取扱い
上記の仕組みを前提にすると、まず、参加者が拠出する積立金等によって取得した株式は、従業員持株会に直接帰属することなく、参加者の共有になる。そして、参加者は、その株式の共有持分を従業員持株会の理事長に信託することとなるため、参加者を委託者兼受益者、従業員持株会を受託者とする受益者等課税信託に該当することとなる。
したがって、従業員持株会に共有持分を信託した株式に対する配当金は、受益者に帰属するとみなされるため、受益者である参加者の配当所得になると考えられる。
なお、共有持分の受託者である従業員持株会の法的性格が人格なき社団等であったとしても、この配当金は、受益者である参加者に帰属するとみなされることとなり、受益者である参加者の配当所得になると考えられる。

ハ 従業員持株会の法的性格について
また、全員会員方式については、従業員持株会の法的性格により税務上の取扱いが異なることとなるため、例えば、人格のない社団等であるかどうかを判断する場合が生じる可能性があるところ、規約上従業員持株会は、団体としての組織を備え、代表の方法、財産の管理等が確定しているなど人格のない社団等の成立要件を満たすことが多いものと考えられる(法法2八、法基通1−1−1)。しかしながら、持株制度に関するガイドラインに基づいて従業員持株会が民法上の組合であることが明記され、投資信託及び投資法人に関する法律7条の適用外であることが明らかにされていることからすれば、特段の事情や合理的な理由がなければ、証券会社方式である場合のその従業員持株会は、民法上の組合として組成されたものとみるべきであると考える。
したがって、従業員持株会の法的性格を判断するに当たっては、両者の差異である配当金の取扱いの状況、実態と異なる規定を定めなればならない特段の事情や合理的な理由の有無などを確認し、従業員持株会を民法上の組合とする規定がその実態に照らし、単なる名目上のものに過ぎないものかどうかを検討しなければならないものと考える。

ニ 奨励金について
なお、従業員持株会の会員(少数会員方式の場合は、参加者)は、導入企業の従業員としての地位と導入企業の株主としての地位を持つことになるが、導入企業が支給する奨励金は、従業員持株会制度が従業員に対する福利厚生を目的としたものであることからすれば、原則として、その従業員にとってその支給は、給与所得になるものと考える。

(2)新スキーム
導入企業と従業員持株会との間に信託を利用した新スキームを前提にその仕組み及び税務上の取扱いを整理すると、イ及びロのとおりである。

イ 仕組み
新スキームは、導入企業を委託者、信託終了直前に従業員持株会の会員のうち一定の条件を満たしている従業員を受益者とする信託を組成し、その信託を通じて従業員持株会が導入企業の株式を取得する仕組みである。なお、信託が、導入企業の株式を市場又は導入企業から取得する資金は、信託の金融機関からの借入によるものであり、信託は、取得した当該株式を順次、その従業員持株会に売却することによりその借入資金を返済する。また、信託費用等については、原則としてその売買益や保有する株式に対する配当金が充てられる。

ロ 税務上の取扱い
新スキームの報告書に示された主な税務上の取扱いを時系列的に整理すると次のとおりとなる。

(イ) 信託設定時
新スキームは、信託設定時において、委託者である導入企業をみなし受益者とする受益者等課税信託に該当すると考えられる。

(ロ) 信託期間中
したがって、信託が保有する株式は、みなし受益者である導入企業が所有するものとみなされ、導入企業の自己株式に該当すると考えられる。そうすると、信託が保有する株式に対する配当金は、自己株式に係る配当金であるから、同一法人内の資金移動と考えられるため、当該配当は行われなかったものとみることができ、課税所得としては発生しないこととなる。また、信託が保有する株式を従業員持株会に譲渡する取引は、自己株式を処分する取引と考えられるため、資本等取引に該当し、売買益は計上されず、課税所得としては発生しないこととなる。
ただし、自己株式に係る配当金については、従前の取扱いやグループ法人税制及び連結納税制度との平仄をかんがみれば、受取配当等益金不算入の適用を規定した上で、全額益金不算入すべきであると考える。また、自己株式の取得を出資の払戻しとする考え方は、会社法と税法と同一であるはずが、信託税制によりその取扱いに乖離が生じてしまうこととなると考える。

(ハ) 信託終了時
なお、信託が保有する株式に対する配当金や信託が保有する株式の売買益については、信託の終了時に残余財産に含まれることとなり、原則として、新たな受益者となる従業員に対する給与所得として課税されることとなる。

(ニ) 租税回避スキームへの利用可能性への懸念
上記の新スキームの税務上の取扱いから、新スキームによる信託期間に発生した配当金や従業員持株会への株式売買益は、その発生時点では課税されず、信託終了時点において、新たに受益者となった一定の従業員の給与所得として課税されることとなる。すなわち、結果として、課税の繰延べが行われることとなるため、新スキームの税務上の取扱いを奇貨とした租税回避スキームへの利用が懸念される。

ハ 信託税制の仕組みとその問題点
また、新スキームの税務上の取扱いが、信託税制を前提とするため、信託税制の仕組みとその問題点を整理すると次のとおりである。
信託税制は、信託期間中に発生する所得について、いずれかの課税方法を適用した場合に課税の繰延べや租税回避となるものは、信託の類型にかかわらず、それ以外の課税方法を適用して、原則としてその所得発生時点(タイムラグの少ないものは受領時点)で課税する仕組みとなっている。したがって、信託税制は、信託期間中に発生した所得については、課税の繰延べが行われることは想定されていないものと考えることができる。ただし、次の問題点があると考える。

丸1 個別的な信託を課税方法の適用の調整により課税の繰延べや租税回避の防止を図ることには、限界があること。

丸2 受益者等が2以上存在する場合に、信託設定時に存する受益者等に信託期間中に発生する所得のすべてを課税することは、課税の空白を埋めるという意味では租税回避を防止するものではあるが、一方で、当該受益者に実質的に帰属していない所得を課税することとなり、新たな信託税制が実質基準を取り入れたことと矛盾が生じ、課税の繰延べに利用される可能性があること。

丸3 実質基準であるみなし受益者が、課税方法の恣意的選択に利用される可能性があること。

ニ 租税回避スキームへの利用可能性について
なお、新スキームの税務上の取扱いは、次のような租税回避スキームに利用が可能であることの示唆を与えるものと考えられる。

丸1 複数の信託を組み合わせることにより、課税方法を恣意的に操作し租税回避に利用することが可能であること。

丸2 受益者等課税信託と内部取引や資本等取引を組み合わせることにより租税回避に利用することが可能であること。

3 結論

 従来の従業員持株会の個々の事例の検討に当たっては、その仕組みを分析した上で、その運営実態等の事実確認を含めてその法的性格を判断し、課税関係を整理する必要があるものと考える。
新スキームが、租税回避スキームの温床とならないように、法人課税信託に包括的な租税回避防止規定を規定するなどの措置が必要であると考える。例えば、受益者等課税信託を適用した場合に、信託期間中に発生する所得が、その発生時点では課税されず、課税の繰延べや租税回避となるものについては、法人課税信託を適用するなど規定する必要があると考える。
また、信託税制の問題点は、一信託に対して、一課税方法を適用することを前提とすることに基因しているものと考えられ、上記2(2)ハで述べた問題点を組み合わせた信託を利用した課税の繰延べや租税回避も想定される。したがって、信託を利用した課税の繰延べや租税回避を防止するためには、実質基準の一環として、受益者ごと又は所得ごとに課税方法を適用することも取り入れる必要があるものと考える。


目次

項目 ページ
はじめに 85
第1章 従来の従業員持株会 87
第1節 仕組み 87
1 信託銀行方式 87
2 証券会社方式 88
第2節 従業員持株会に関する課税関係の整理 90
1 従業員持株会に関する課税関係等 90
2 奨励金の取扱い 92
3 配当金の取扱い 97
4 従業員持株会の株式の保有について 99
5 従業員持株会の法的性格について 100
第3節 事例の検討に当たって(まとめ) 108
第2章 新たな自社株式保有スキーム(日本版ESOP) 110
第1節 仕組み 110
第2節 税務上の取扱い 113
1 信託の課税方法について 113
2 信託が保有する株式について 113
3 配当金について 114
4 従業員持株会に対する株式譲渡取引について 114
5 新たに受益者となる従業員について 114
6 小括 114
第3節 信託税制について 116
1 信託 116
2 信託の利益及び信託財産の帰属 118
3 信託に想定される所得 119
4 基本的な仕組み 120
5 全体構造 122
6 信託期間中に発生する所得の課税の仕組み 127
7 信託の設定及び終了時の課税の仕組み 130
8 受益者等課税信託と法人課税信託との境界 137
9 信託税制の仕組みとその問題点(まとめ) 146
第4節 租税回避スキームへの利用可能性についての検討 150
1 信託の課税方法について 150
2 配当金の取扱いについて 153
3 信託が保有する株式について 156
第5節 提言(まとめ) 160
結びに代えて 163

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