前野 康史
税務大学校
研究科第46期研究員
ファイナンス・リース取引とは、リース業者が、機械・設備等(一般に動産)を利用しようとする企業等(以下「ユーザー」という。)が選定した物件をメーカーなどの供給者から調達し、ユーザーに長期間賃貸する形式の取引であり、一般に、中途解約は禁止されていること、リース期間中にリース物件の購入価額及び諸費用(金利、保険料等)のおおむね全額を回収するようにリース料が算定されていること(フル・ペイアウト)の二つの特徴を持つ取引であるといわれる。
ファイナンス・リース取引が行われた場合、契約上、賃貸借の法形式を採用しているためリース物件の所有権はリース業者に帰属するが、法形式よりも経済的実態に着目して、法人税法等ではリース物件の売買があったものとして所得の金額を計算し(所法67の2、法法64の2)、リース取引に関する会計基準(以下「リース会計基準」という。)では、リース物件を売買した場合と同様の状態にあるとしてリース物件及びリース料支払債務をユーザーの資産及び負債に計上して通常の売買取引に係る方法に準じて会計処理を行うこととされている。
一方、法人税法等やリース会計基準とは異なり、ファイナンス・リース取引のユーザーに相続が開始した場合の相続税の課税上(又はユーザーが法人の場合でその取引相場のない株式の評価における1株当たりの純資産価額の計算上)、売買取引という経済的実態に着目した制度的対応(所有権の擬制)はなされていない。また、所有権を擬制することなく、リース物件を使用収益する権利に着目するとしても、それが用益物権に類するものなのか債権なのかその法的性質は定かでない。
更に、リース料支払債務についても、未払賃料、融資金の分割返済金又はリース会計基準などのようにリース物件の購入代金の分割返済金とみるべきなのかその法的性質は定かでない。
このような状況の下、本研究は、ファイナンス・リース取引のユーザーに相続が開始した場合に焦点を当てながら、ユーザーの権利、リース料支払債務の意義及びそれらの相続性を検討し、相続税の課税関係について考察を行うものである。
(1)ファイナンス・リース取引の法的性質
イ 複合的な取引
ファイナンス・リース取引は、リース業者がユーザーに対し購入資金の代わりに物件を貸し付け、リース料によって実質的融資の回収を図るという独自の形態の取引である。そのため、ファイナンス・リース取引の法的性質については従来から裁判上でも争われ、賃貸借契約としての法形式と金融取引としての実質のいずれを重視するかという形で諸学説が展開されてきた。最高裁は、昭和57年10月19日判決(以下「最高裁昭和57年判決」という。)でファイナンス・リース取引の実質を「ユーザーに対して金融の便宜を供与する性質を有する」とし、加えて平成5年11月25日判決及び平成7年4月14日判決では「リース料支払債務は契約の成立と同時にその全額について発生し、リース料の支払が毎月一定額によることと約定されていても、それはユーザーに対して期限の利益を与えるものにすぎず、各月のリース物件の使用と各月のリース料の支払とは対価関係に立つものではない」旨判示しており、それらの点では判例の立場はほぼ確立しているものと考えられる。
しかし、契約上、リース物件については、ユーザーには使用収益が認められ、かつ、リース業者に所有権が帰属することから、ファイナンス・リース取引には賃貸借的側面があることも否定できない。したがって、ファイナンス・リース取引は金融的側面及び賃貸借的側面を併有する複合的な要素を持つ取引としてとらえるべきであると考える。
ロ ユーザーの権利
リース物件の使用とリース料の支払との対価性が失われ、物の有償の利用契約という法律関係が認められない点に照らせば、ユーザーの権利は、賃貸借契約に基づく賃借権ということはできず、ファイナンス・リース契約に基づくリース物件の使用収益権であるといえる。
他方、ファイナンス・リース契約においては、リース業者はリース料受取債権の全額とリース期間満了時のリース物件の残存価値を取得し得るのみであるとの考え方の下、最高裁昭和57年判決は、ユーザーの債務不履行に基づきリース期間中にリース物件が返還された場合、リース業者はリース物件の返還により取得する利益(リース物件が返還時において有した価値(交換価値)と本来のリース期間満了時において有すべき残存価値との差額)を清算すべき旨判示している。この判決を受けてファイナンス・リース取引の標準約款である「リース標準契約書」にもその清算義務が規定されているが、ユーザーに債務不履行がなくてもリース物件が返還された場合にはリース業者は上記利益の清算義務を負うとした裁判例がある(東京地裁平成20年1月30日判決)。
そうすると、ユーザーの権利は、リース物件の使用収益権であると同時に、リース業者が清算すべきリース物件の返還により取得する利益相当額の財産性を有するものということができる。
ハ リース料支払債務
リース料支払債務は、上記イの判旨のとおり、リース期間当初に全額発生し、契約上ユーザーは中途解約が禁止されていることなどその支払義務を免れることができないものであるから、金銭の支払を目的とする「確定した債務」とみるのが相当である。
(2)ファイナンス・リース取引の相続性
相続人は被相続人の財産に属した一切の権利義務を包括的に承継するが、被相続人の一身に専属するものは相続されない(民法896)。一般にファイナンス・リース取引は企業等のユーザーを対象としており、リース標準契約書にも個人のユーザーに相続が開始した場合の取扱いは規定されておらず、ユーザーの権利義務の相続性は明らかではない。しかし、リース物件の使用収益権は財産性を有し、リース料支払債務は金銭の支払を目的とする債務であるため、いずれも一身専属の権利義務であるとはいえず相続性を有すると考えられる。
(3)税務会計におけるファイナンス・リース取引の取扱いの相続税課税への準用の適否
法人税法等及びリース会計基準は、リース物件の使用収益権は何かといったような法的性質によることなく、経済的効果の観点からファイナンス・リース取引を売買取引(所有権の移転を擬制)ととらえる論理を採用している。しかしながら、上記(1)及び(2)のとおり、ファイナンス・リース取引の法的性質に着目すれば、リース物件の使用収益権は財産性、リース料支払債務は債務性を有し、かつ、それぞれ相続性が認められることから、相続税については、それらの点をとらえて課税することが可能であると考える。
(4)相続税の課税関係
イ リース物件の使用収益権に対する課税と評価
相続税の課税財産は相続又は遺贈によって取得した財産であり(相法2)、金銭に見積もることができる経済的価値のあるすべてのものが含まれるところ(相基通11の2-1)、リース物件の使用収益権は財産性を有することから相続税の課税対象になると考えられる。
次に、リース物件の使用収益権を相続税の課税対象とする場合その価額を評価する必要があるが、その方法については財産評価基本通達に定めはない。しかし、その財産性は、上記(1)ロのとおり、リース業者が清算すべきリース物件の返還により取得する利益に相当するものであることから、リース物件の使用収益権の価額は、当該利益の算定方法を準用し、「財産評価基本通達における一般動産の評価の定めにより評価したリース物件の価額」から「リース期間満了時のリース物件の見積残存価値」を控除して評価するのが合理的である。
ロ リース料支払債務の債務控除の該当性と控除すべき債務の金額
相続財産の課税価格から控除される債務は、被相続人の債務で相続開始の際現に存するもので確実と認められるものに限られる(相法13、14)。したがって、リース料支払債務は利息的要素(金利等)も含め全額が確定した債務であるため債務控除の対象となる債務に該当すると考えられる。
この場合、控除すべき債務の金額は相続開始の時の現況によることとされている(相法22)。リース料は毎月一定額の確定した債務であるためリース料そのものを借入元本ととらえることができるが、ユーザーには、その支払について上記(1)イのとおり期限の利益(弁済の猶予)が与えられるのみで、その利益に応ずる利息の負担はない。したがって、月々の各リース料はいわば弁済期未到来の無利息金銭債務の性格を有するものといえるため、その総和であるリース料支払債務の金額はその性格に応じた評価をする必要がある。
この弁済期未到来の無利息金銭債務の金額については、財産評価基本通達27-3(2)において定める「保証金等が無利息等の場合の借地権者に帰属する経済的利益の総額の計算」において求める「保証金等返済の原資に相当する金額」と同様の性格を有するものであるため、その算定方法に準じ、当該金銭債務の額に弁済期間に応ずる基準年利率による複利現価率を乗じて計算した額(複利現価)により評価するのが相当である(弁済期未到来の無利息の預り保証金債務の評価方法について同趣旨の評価方法を示した裁判例(東京地裁平成16年9月3日判決)あり。)。
そうすると、各リース料は各支払日までの期間に応ずる複利現価により評価し、控除すべきリース料支払債務の金額はそれらの総和の額(残リース期間に応ずる基準年利率による複利年金現価率を基に計算した金額)により評価するのが相当である。
ファイナンス・リース取引におけるユーザーの権利義務には財産性、債務性及び相続性が認められるため、現行の規定により相続税を課税することが可能であるとの結論に至った。ただし、いまだ、ファイナンス・リース取引の法的性質を定義する実体法は存在せず、また、リース物件の使用収益権の財産性といった法的性質についても一般的に明らかであるとはいえないため、リース物件の実質的な帰属や課税関係をより明確にする観点からすれば、法人税法等のような立法上の措置を講ずるのが望ましいものと考える。
なお、ファイナンス・リース取引のうちノン・フル・ペイアウト方式(リース料の算定においてリース物件の購入価額等の全額回収が予定されていないもの)によるものについても、契約内容などからみて一般的なファイナンス・リース取引と同様の法的性質を有するものとして、ユーザーの権利義務は相続税の課税対象になるものと考えられる。
しかしながら、このノン・フル・ペイアウト方式のファイナンス・リース取引に関する裁判例は管見の限りほとんど見当たらず判例法理も確立しているとは言い難いことなどから、その法的性質及び相続税の課税関係について更なる研究が必要であると考える。
項目 | ページ |
---|---|
はじめに | 397 |
第1章 リース取引とは何か | 400 |
第1節 リース取引の生成と発展 | 400 |
1 リース取引の起源と生成 | 400 |
2 我が国におけるリース取引の発展と現状 | 404 |
第2節 リース取引の意義と概要 | 407 |
1 リース取引の意義(広義のリース取引と狭義のリース取引) | 407 |
2 (狭義の)リース取引の概要 | 408 |
第3節 狭義のリース取引(ファイナンス・リース 取引)のメリット・デメリット | 415 |
1 メリット | 415 |
2 デメリット | 417 |
第4節 リース取引の分類 | 418 |
1 法的性質による分類 | 418 |
2 契約の主体による分類 | 419 |
3 契約の客体による分類 | 420 |
4 リース料の算定方法による分類 | 423 |
5 リース物件購入方法による分類 | 426 |
第5節 小括 | 427 |
第2章 ファイナンス・リース契約の意義と特徴 | 429 |
第1節 ファイナンス・リース契約の意義 | 429 |
1 契約自由の原則とファイナンス・リース契約 | 429 |
2 ファイナンス・リース取引に関する標準約款 | 430 |
第2節 ファイナンス・リース契約の特徴 | 434 |
1 リース物件の選択 | 434 |
2 リース物件の所有権の帰属 | 435 |
3 投下資本の全額回収 | 435 |
4 中途解約の禁止 | 436 |
5 ユーザーの保守・修繕義務 | 438 |
6 リース業者の免責事項 | 439 |
7 契約違反・期限の利益喪失条項 | 440 |
8 再リース | 442 |
9 物件の返還・清算 | 443 |
第3節 ファイナンス・リース契約と類似契約 | 443 |
1 レンタル | 444 |
2 割賦販売 | 444 |
3 ローン | 446 |
第4節 小括 | 446 |
第3章 ファイナンス・リース取引の法的性質 | 448 |
第1節 法的性質に関する主な学説 | 448 |
1 特殊な賃貸借説 | 449 |
2 金融的性格の無名契約説 | 449 |
3 使用権設定説 | 449 |
4 金銭消費貸借説 | 450 |
5 三当事者契約説 | 450 |
第2節 裁判例にみる法的性質 | 451 |
1 裁判例の類型 | 451 |
2 裁判例の傾向 | 453 |
第3節 債権法改正の基本方針 | 458 |
1 ファイナンス・リース取引の法制化に向けての動き | 458 |
2 提案の内容 | 458 |
第4節 ファイナンス・リース取引の法的性質と意義 | 460 |
1 金融的側面 | 460 |
2 賃貸借的側面 | 460 |
3 複合的な要素を持つ取引 | 462 |
第5節 ユーザーの権利の意義 | 463 |
1 使用収益する権利の性質 | 463 |
2 財産性の有無 | 464 |
3 ユーザーの権利及びリース業者の所有権の意義 | 468 |
第6節 リース料支払債務の意義 | 468 |
1 金融的性格の意義 | 468 |
2 リース料支払債務及びリース料受取債権の意義 | 470 |
第7節 小括 | 471 |
第4章 税務・会計からみたファイナンス・リース取引の経済的実質 | 473 |
第1節 法人税法等及びリース会計基準におけるファイナンス・リース取引の意義 | 474 |
1 リース取引の分類とファイナンス・リース取引の定義 | 474 |
2 ファイナンス・リース取引の判定基準 | 475 |
3 制度の沿革と平成19年の改正 | 479 |
第2節 アメリカの財務会計基準第13号(リース会計の処理)及び国際会計基準第17号(リース) | 487 |
1 リース取引のオンバランス化の理論展開とSFAS13号の制定 | 488 |
2 SFAS13号及びIAS17号におけるリース取引の分類とファイナンス・リース取引の判定基準 | 490 |
第3節 法人税法等・リース会計基準からみた ファイナンス・リース取引の経済的実質 | 494 |
1 法人税法等からみたファイナンス・リース取引の経済的実質 | 494 |
2 リース会計基準からみたファイナンス・リース取引の経済的実質 | 495 |
第4節 リース取引のオンバランス化に向けた 海外における新たな動き | 496 |
1 背景 | 496 |
2 概要 | 497 |
3 今後の動行 | 498 |
第5節 小括 | 499 |
第5章 ユーザーに相続が開始した場合等 の相続税の課税関係 | 501 |
第1節 ファイナンス・リース取引とは | 501 |
1 ファイナンス・リース取引の意義 | 501 |
2 法人税法等・リース会計基準の定義するファイナンス・リース取引の法的意義 | 504 |
第2節 ユーザーに相続が開始した場合の契約関係 | 509 |
1 相続の効力 | 509 |
2 ファイナンス・リース契約の相続性 | 510 |
3 ユーザーに相続が開始した場合の取扱いが契約に規定されている場合 | 512 |
第3節 リース物件の使用収益権に対する課税等 | 513 |
1 リース物件の使用収益権に対する課税 | 513 |
2 リース物件の使用収益権の評価 | 514 |
第4節 リース料支払債務の債務控除等 | 519 |
1 債務控除の意義 | 519 |
2 確実な債務 | 520 |
3 控除すべき債務の金額 | 521 |
4 リース料支払債務の債務控除 | 521 |
第5節 まとめ | 529 |
1 ユーザー | 529 |
2 リース業者 | 530 |
第6章 残された問題 | 533 |
第1節 ノン・フル・ペイアウト方式のファイナンス・リース取引の法的性質 | 533 |
1 オペレーティング・リース取引の分類の変化 | 533 |
2 オペレーティング・リース取引の多様性 | 534 |
3 想起される問題 | 535 |
4 ノン・フル・ペイアウト方式のファイナンス・リース取引の法的性質 | 536 |
第2節 ノン・フル・ペイアウト方式のファイナンス・リース取引におけるリース物件の途中返還とリース業者の清算義務 |
543 |
1 清算義務 | 544 |
2 清算すべき利益の計算上、交換価値から控除すべきリース物件の価額 | 545 |
第3節 ノン・フル・ペイアウト方式のファイナンス・リース
取引が行われた場合の相続税課税の在り方 |
546 |
1 ノン・フル・ペイアウト方式のファイナンス・リース取引の意義 | 546 |
2 ノン・フル・ペイアウト方式のファイナンス・リース取引が行われた場合の相続税課税 | 547 |
おわりに | 548 |
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