上田 正勝
税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 個人が、生命保険契約等に基づく一時金又は年金の支払いを受ける場合、一時金であれば一時所得、年金であれば雑所得に係る総収入金額に算入されると同時に、当該生命保険契約等に係る保険料又は掛金の総額が、その収入を得るために支出した金額又は必要経費として総収入金額から控除される旨、規定されている(所令183条)。
しかし、満期保険金や解約返戻金等の収益が、保険料の運用成果と見うる場合がありうるとの指摘もあることから、所得の性質というよりも受取方法で所得区分を判定することになっている現行の取扱いには再検討の余地があると思われる。また、保険金の受取方法を自由に選択・変更できる保険契約が多い現状では、税制の中立性という点においても問題が生じる可能性がある。
さらに、死亡を伴わない疾病等に基づく保険金は非課税所得となるが、長寿化による医療等に対する保障のニーズの高まり、規制緩和の進展等により、新しい保険商品が次々開発され、一つの生命保険契約に疾病等に関する複数の保険金支払事由が特約等の形で組み込まれることが多くなっている。この場合、一つの保険契約から性質の異なる複数の保険金支払いが異なる時点で生じうるところ、各保険金収入に対応する個別の保険料を計算する必要があると考える。
そこで、生命保険契約に基づく一時金・年金に所得税が課税される最も基本的な状況である、個人が保険料を負担し、当該個人が保険金を受け取る場合において、所得区分を再検討するともに、控除すべき保険料の範囲を理論的に明確化するための研究を行うこととしたい。

2 研究の概要

(1)現行取扱いの問題点

イ 保険の貯蓄性と所得区分
本来、保険契約は保険技術を使ったリスクの移転取引であり、その目的は、偶然の事実の発生による経済的損失に備えるための保障であるが、一方で、契約期間が長期にわたる生命保険には、保険特有の貯蓄要素が包含された取引としての性格があるとも言われている。
現に、保険セールスの現場では、保険の貯蓄性も強調されており、一定の一時払養老保険については、その貯蓄性の高さから利子並み課税が行われているところである。
このように、生命保険契約の中に貯蓄としての性質が存在し、その貯蓄性を利用する営利目的で結ばれる契約が存在するのであれば、その所得の性質として一時所得に当たらないものがありうると思われる。そして、そのような所得が一時所得として軽減課税の対象となることは、保険契約を利用した貯蓄が他の貯蓄手段に対して有利に取り扱われることになり、税制の中立性の上で問題が生じる可能性がありうる。

ロ 保険商品の多様化・複雑化に伴う保険料の範囲の拡大
現行の保険法の施行以前は、保険契約は商法において損害保険契約と生命保険契約のみが定義されていた。一方、本研究における医療等保険金にあたる傷害疾病定額保険契約は、定義規定が存在しないままであったが、近年の長寿化によるニーズの高まりと規制緩和による急速な商品開発から、重要性が増してきたものである。
このような状況を踏まえると、過去においては生命保険契約により給付される保険金とは死亡保険金と生存保険金がその典型であり、これについて検討しておけば十分であったと考えられる。
しかし、近年、非課税所得となる医療等保険金のための保険料が生命保険契約に係る保険料において大きなウェートを占めるということも生じており、保険料の総額を控除するという規定が、生命保険契約の実態に合わない状況も生じていると考える。
また、保険数理に基づく保険料の計算において、保険料は生存保険金のための保険料と死亡保険金のための保険料がそれぞれ合算されていることから、生存保険金と死亡保険金の給付しか規定されていない典型的な生命保険契約においても、それぞれ関係のない生存保険金のための保険料と死亡保険金のための保険料が混在している。

(2)所得区分の検討

イ 保険契約の営利性の検討
所得税が課される保険金収入には、死亡保険金と生存保険金があるところ、通常であれば、死亡保険金には営利性は認められないといえる。
一方、生存保険金は、契約にて約定した時期における生活資金を準備するために、保険料の運用の成果としての保険金を受け取るものであることから、営利を目的とした契約であるといえる。
また、生命保険契約は長期に及ぶことから、一般的に、保険契約者は任意の時期に解約することができ、その場合には、保険料積立金に基づいて計算される解約返戻金が支払われる。解約返戻金はその金額等が保険証券等に明示され、保険契約に基づいて約定される独自の権利であるとされているため、貯蓄性の高い保険契約においては、解約返戻金により利益を得ることができるということを契約当初から予測できることとなる。そして、解約の結果、払込保険料を超える解約返戻金が得られた場合の差益とは保険金積立金の運用の成果に他ならない。

ロ 所得区分の検討
上記の検討より、死亡保険金に関する契約には営利性を認めることはできず、死亡という偶然の事実に基づく収入であることから、一時金で受け取る場合、一時所得に該当することになる。
一方、生存保険金に関する契約は営利を目的とした契約と評価でき、さらに生存保険金収入の基礎は、生存保険金のための保険料が保険期間を通じて複利運用されることにより継続的に発生、蓄積した保険料積立金であり、所得の基礎に源泉性を認めるに足る継続性、恒常性があるといえる。このことから、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」として、一時所得に該当せず、雑所得となる。
また、解約返戻金による利益は、偶発性によらない保険契約者の判断に基づく任意の時期に保険料の一部が複利運用された保険金積立金を得るものであり、一時所得に該当せず、雑所得となる。
そして、生存保険金であれ死亡保険金であれ、年金形式で受け取る場合は、「一時の所得」に該当しないため、これまでの取扱いと同様、雑所得となる。

(3)総収入金額から控除されるべき保険料の範囲の検討

イ 保険料の不可分性に関する問題についての検討
総収入金額から控除されるべき保険料の範囲の検討にあたって、保険契約法の立場から、複数の支給事由が定められていたとしても、保険料の一部の不払いによって保険契約の全体が失効することになるなど、保険契約は一つの契約であるため、保険料は不可分であり、保険料の総額を控除することが適当であるとの考えも存在する。
しかし、担税力に応じた課税を行うために所得区分を設けた上で、各所得区分に応じて収入金額から必要経費を控除するなどして課税所得を算出するという所得税法の目的及び規定からすれば、契約関係において渾然一体とした収入と支出があった場合、現実的には納税者等のコンプライアンスコストへの配慮や課税庁の執行可能性等の制約があるものの、理論的には一つの契約から収入する金額を区分することも、それに対応する必要経費等を区分することも行われるべきものである。

ロ 保険料の算定基準からの検討
保険業法は、保険料及び責任準備金の算出方法が、保険数理に基づき、合理的かつ妥当なものであること等の基準に適合したものでなくてはならない旨、規定している。
例えば、定期保険であれば、標準生命表に基づく死亡率と予定利率により各年の自然保険料の額が定まり、契約期間に応じて平準化された純保険料とするために予定利率による調整を加えた上で、保険会社の事務費に充てられる付加保険料を加えた金額が各年に保険契約者が支払うべき営業保険料となる。
このように、保険料は厳密な保険数理に基づいて計算されていることから、各保険金による収入金額から控除されるべき必要経費等につき、純保険料を個別対応させることが理論的に可能であると同時に、正確な所得の計算という点でも適切であると考える。

ハ 付加保険料の検討
付加保険料については、保険会社の事務費に充てられるべく計算されるところ、主契約または特約単位で保険金の性質が単一であれば、付加保険料を純保険料と同様の扱いとすることが適当である。また、養老保険のように保険金支払事由が背反の関係にあるのであれば、最終的に発生した保険金収入を得るために支出した金額として扱うことが適当である。
他方、保険金支払事由がそれぞれ別個に成立しうる場合は、その保険金に対応する付加保険料の額が保険会社により提供されるなど明確にされた場合に限って保険金収入を得るために支出した金額に含めるという規定とすることが適当である。

(4)必要経費等
医療等保険のための保険料が分離できているのであれば、死亡が発生することなく経過した年分の自然保険料の合計額を保険料の総額(医療等保険金のための保険料を除く)から控除した金額が、各保険金収入に対応する保険料となるため、この金額を必要経費等とする方向での所得税法施行令183条の改正が適当であると考える。

(5)年金保険における必要経費の按分
改正所得税法施行令185条において、相続税課税済みの年金受給権を非課税分として各年に振り分けるために単利計算による近似を行っている。これは、年金の必要経費等を振り分ける際にも十分利用可能であると考える。
そこで、生命保険に基づく年金収入に対する必要経費の計算方法については、改正所得税法施行令185条に準じる方法とするよう所得税法施行令183条を改正することが理論的に適当である。

3 結論

 本研究においては、収入する保険金の性質に着目して所得区分の再検討を行った上で、保険料の算定基準に着目して、総収入金額から控除すべき保険料の理論的な範囲を検討した。
その結果、所得区分については、一時金で受け取る死亡保険金のみが非営利性、偶発性、一時性のすべてが認められることから一時所得となり、他は雑所得とすることが適当であると結論づけた。
また、総収入金額から控除すべき保険料は、各保険金に対応する保険料が厳密な保険数理に基づいて計算されていることから、正確な所得計算のためには各保険金に対応する保険料に限ることが相当であると考える。
具体的には、医療等保険のための保険料が分離できているのであれば、死亡が発生することなく経過した年分の自然保険料の合計額を保険料の総額(医療等保険金のための保険料を除く)から控除した金額を、各保険金に対応する保険料として必要経費等とする方向での所得税法施行令183条の改正が適当であると考える。
さらに、年金保険については、改正所得税法施行令185条に準じる方法とするよう所得税法施行令183条を改正することが適当であると考える。


目次

項目 ページ
はじめに 232
第1章 生命保険契約等に基づく保険金を個人が受け取る場合の課税の概要と問題点 233
第1節 所得区分 233
1 生命保険契約等に基づく保険金等 233
2 現行の所得区分 235
3 現行取扱いの問題点 235
第2節 必要経費または収入を得るために支出した金額 237
1 所得計算の概要 237
2 現行取扱いの問題点 238
第2章 所得区分の検討 239
第1節 保険契約の性格 239
1 リスクの移転取引としての保険契約 239
2 金融取引としての保険 240
3 小括 246
第2節 保険金収入の営利性・偶発性・一時性の検討に基づく所得区分の再検討 246
1 死亡保険金 247
2 生存保険金 247
3 解約返戻金 248
4 年金 249
5 小括 249
第3章 総収入金額から控除されるべき保険料の範囲の検討 250
第1節 保険料の内訳に応じた金額を控除することの適否の検討 250
1 保険料の不可分性に関する議論 250
2 保険数理に基づく保険料の内訳 250
3 所得税課税において保険料の内訳に応じた金額を控除することの適否の検討 251
第2節 一時金の場合に総収入金額から控除されるべき金額の検討 251
1 保険料の必要経費性 251
2 保険料の内訳 252
3 付加保険料の扱い 252
4 生存保険金(一時金)の必要経費等 253
5 解約返戻金の必要経費等 255
6 死亡保険金(一時金)の必要経費等 255
第3節 年金の場合に総収入金額から控除されるべき金額の検討 256
1 年金保険における必要経費等 256
2 年金の種類 257
3 確定年金における必要経費等 257
4 終身年金及び有期年金における必要経費等 258
5 特定終身年金及び特定有期年金における必要経費等 258
6 改正所得税法施行令185条の計算 258
結びに代えて 259

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