角田 元幸
税務大学校
研究部主任教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 飲食店業や風俗営業などの複数の店舗を展開する事業者が各店舗に係る納税を親族、使用人等の名義に分散して、これら第三者名義で虚偽申告(税のほ脱)をする事例が散見される。この場合、実質所得者課税の原則の適用により真実の所得者に課税する一方で、第三者名義で納付された従業員給与等に係る源泉所得税をどう扱うかという問題がある。
具体的事案として、3名の医師(以下「本件各院長」という。)の名義でそれぞれ開設されたクリニック(以下「本件各医院」という。)に係る事業所得につき、本件各院長の名義で所得税の確定申告がされ、本件各医院の従業員給与等に係る源泉所得税が本件各院長の名義で納付されていたところ、課税庁は、1本件各医院に係る事業所得は実質的な経営者であるXに帰属するとして、Xに対し所得税の更正処分及び重加算税の賦課決定処分を行うとともに、2本件各医院の従業員給与等に係る源泉徴収義務者はXであるとして、納付済みの源泉所得税を本件各院長に誤納金として還付した上で、Xに対し(未納付の本件各院長報酬分を含め)源泉所得税の納税告知処分等を行った事案がある。
この事案の裁判において、源泉所得税の取扱いにつき、第一審判決(平20.1.25東京地裁)は、本件各院長の名義をもってされた源泉所得税の納付は、Xに係る源泉所得税の納付義務の履行としてされたものと認めることはできない旨判示し、Xの請求を棄却した(国側勝訴)ものの、控訴審判決(平20.12.10東京高裁)は、本件各医院で勤務する従業員との間の雇用契約の当事者(源泉徴収義務者)は本件各院長であると認定・判断し、源泉所得税の納税告知処分のうち納付済みの源泉所得税に相当する部分を取り消す等の判断を下した(国側一部敗訴)。国側は、上告受理申立てをしたが、この源泉所得税の納税告知処分に係る判断の部分は、その申立て理由が上告受理の決定において排除されたため、当該控訴審判決の内容のまま確定した(平22.7.15最高裁第一小法廷判決)。
そこで、この控訴審判決の射程を含め、上記のような事例における源泉所得税の取扱いについて検討することとした。

2 研究の概要

 本研究では、まず、源泉徴収制度について、その概要、基本的構造等、具体的には、源泉徴収義務者の意義、納税義務の成立と確定、当事者間の法律関係などについて概観し、次に、上記1の裁判例(以下「本件裁判例」又は「本件事案」という。)について、事案の概要及び判決内容等を整理した上で、源泉所得税関係を中心として分析・検討を行った。

(1)第三者名義による申告納税・源泉所得税の徴収納付の動機・目的、法的効果等

イ 税の「ほ脱」・脱税の態様と「第三者名義」の利用
売上げ等収入の除外と仕入れの水増し計上、架空・過大経費の計上----所得を秘匿する過程において「第三者名義」を利用する例がみられる。(刑事裁判例)

ロ 所得税・法人税の申告納税
所得税の超過累進税率の適用回避、親族名義等に分散させることと併せ役員報酬等による架空・過大経費の計上による過少申告など、「第三者名義」による申告は、結局、税の「ほ脱」・脱税を意図したものと考えられる。(刑事裁判例)

⇒ 外観上一見して納税義務者本人の通称ないし別名と判断できるような場合を除き、納税義務者本人の納税申告としての公法上の効果は生じない。(本件第一審判決、旧物品税に係る刑事事件判決(最判昭46.3.30)ほか)

⇒ 乙名義で所得税の虚偽申告、実質所得者は甲であることが判明した場合は、乙に対し減額更正、甲に対し課税・徴収の処理を行う。(洗い替えの手続)

⇒ 「ほ脱所得」「ほ脱税額」の算定上、第三者名義による申告の所得金額・納税額分も本人の「ほ脱所得」「ほ脱税額」を構成する(控除不可)。(刑事裁判例)

ハ 源泉所得税の徴収納付
「第三者名義」により徴収納付すること自体のメリットは考えにくく、本人の所得税等の「ほ脱」目的との関連で、源泉所得税についても第三者が徴収義務者であるかのような形を作出するということではないか。

⇒ 最近の争訟事例(審判所平21.1.19裁決、大阪地判平22.9.17・大阪高判平23.3.24)
法人が従業員給与を関係会社等に対する外注費に仮装(消費税の「ほ脱」)、当該給与に係る源泉所得税を関係会社等名義で納付。/徴収納付義務者本人の納付としての法的効果は生じない。(本件第一審判決と同様の判断)

(2)雇用関係(源泉徴収義務者)の認定の判断要素

イ 本件事案における当事者間の私法上の法律関係(課税庁、裁判所)

(イ) 課税庁/Xと本件各医院の従業員との間に雇用関係あり、Xと本件各院長との間の関係も雇用関係であると認定。

(ロ) 裁判所の認定・判断/本件控訴審判決は、本件各医院の従業員との間の雇用契約の当事者は本件各院長であると認定。Xと本件各院長との間の関係については明言されていないが、本件各院長に支払われた金員の支払義務を負うのはXであるとした。

ロ 本件事案における事実関係等の分析・検討

《事実関係》

(イ) 本件各医院の運営状況、X・本件各院長・従業員間の関係
Xにより開設名義人兼管理者を本件各院長として運営。
人事等:採用・解雇・給与の決定、財政:診療報酬の受取口座の管理、経理関係の指示〜いずれもX。勤務:各医院の区別なく稼働。
上記のほか、A医師ら関係者の検察官に対する供述/開設者名義は各院長であったが実質経営者はXであった、Xが各医院を一括して管理、薬も一括して仕入れ適宜使用していた、各院長の報酬もXが決定していた、B,C医師は定額の給与を受領しており、給与をもらう立場に過ぎずとの供述あり。

(ロ) 対外的な取引関係等
本件各医院の開設者兼管理者名義、診療報酬請求の主体〜本件各院長。
本件各医院の建物の賃貸借契約、医療機器のリース契約、製薬会社との取引の契約など〜いずれも本件各院長。

《雇用関係等、私法上の法律関係》

(イ) 従業員との間の雇用関係の当事者
上記(事実関係)に挙げた本件各医院の運営状況等をみると、Xの立場は、医師資格を有する者が勤務医を雇用し、医院を経営するケースと何ら変わらず、医師資格がなかったことから、便宜上、本件各院長の名義を借用していたに過ぎず、本件各医院の事業自体はXに帰属するのであり、Xは、本件各医院の人事権限や財政権限を有する経営者として、自ら看護師等の従業員を雇用していたのであり、従業員との間の雇用関係の当事者(雇用主)はXであるとする国側の主張は、受け入れられる可能性が十分あり得るものであったと考える。
しかしながら、本件事案では、医療法上の開設者等を含め、対外的な取引関係等の契約当事者がすべて本件各院長となっていることも重視された結果、本件控訴審判決は、「国側の主張する上記の事実関係は、Xが、本件各医院に係る収入や支出を管理し、その経営を支配していたことを推認させるものであり、それ故に、所得税法12条に基づき、その名義のいかんにかかわらず、上記収入から支出を控除した結果である収益の帰属主体が、Xであると認められるといえるものの、それ以上に、上記の各事実から、従業員との間の雇用契約の当事者がXであり、Xが給与等の支払義務を負うとまで推認するには足りないものというほかはない。」と判断したものと考えられる。

(ロ) Xと本件各院長との関係
Xと本件各院長との関係について、雇用関係又はこれに準ずる関係ではない可能性-----例えば、経営の委託あるいは委任。
病院の開設者と管理者との間で経営委任契約が締結されていた事案(札幌高判昭50.12.24)(1)があるが、経営委任契約の一種であるとされたこの事例は、委任あるいは委託を受けたBの計算で(本件病院の経営による収入及び負債はBに帰属するとの趣旨)本件病院を経営することの委託を受けたものであること、委任契約・準委任契約は、受任者が委任者から独立し、ある程度の自由裁量のもとに一定の統一的な労務を行うものをいうことからすると、本件事案におけるXと本件各院長との関係が経営の委託あるいは委任に当たるとするのは難しいのではないかと考える。
そうすると、本件事案については、本件各医院の看護師等の従業員、本件各院長のいずれも、実質的経営者であるXが雇用関係の当事者(雇用主)であるとする方が、実態に合った素直な捉え方ではないかとも考えられる。

ハ 雇用関係(源泉徴収義務者)の認定の判断要素

(イ) 実質所得者課税の原則の適用事例における認定・判断

  •  東京地判昭62.9.22(他人名義で行われていたバー・喫茶店3店舗は、実質的には原告の経営に係るものであって、その所得は同人に帰属するとされた事例)
  •  横浜地判平19.5.30(複数の法人名義で行われていた中古外国産自動車の販売業は、これらを全面的に支配していた原告が経営していたものと認めるのが相当であり、その収益は同人に帰属するとされた事例)

(ロ) 源泉所得税の第三者名義による徴収納付の事例における認定・判断

  •  大阪地判平22.9.17・大阪高判平23.3.24(子会社に対する外注費名義の支払が、子会社は書類上の存在に過ぎず、原告が実質的に従業員を雇用し実質的な事業主体というべきであるから、経済的出捐の効果の帰属するにふさわしい実体を有する者は原告であり、原告が「給与等の支払をする者」に該当するとされた事例)

(ハ) 雇用関係(源泉徴収義務者)の認定・判断の際の要素
本件事案及び上記(イ)(ロ)に挙げた事例において裁判所が認定・判断するに当たって検討した項目等から一般的と思われるものを列挙すると以下のような項目が挙げられ、こうした項目について、その契約や取引等の名義、形態、具体的な状況・実態を検証することが必要であると考える。
(項目例)事務所・事業所の建物及び敷地の所有関係又は賃貸借関係、事業資金の出所、対外的な取引等の名義、経営方針・営業方針の決定、従業員の採用、解雇、給与の額の決定、仕入れ、販売等取引の状況、売上げ等収入の管理、預金口座の管理、経費の支払、従業員に対する給与の支払などの経理関係、従業員の就業状況、帳簿書類の作成・保存 など
そして、「給与等の支払をする者」の該当性の認定・判断は、実質所得者課税の原則に準じ、上記のような諸般の事情を総合的に考慮して実質的に検討されるべき経済的出捐の効果の帰属の問題(大阪地判平22.9.17・大阪高判平23.3.24)ということができよう。

ニ 本件控訴審判決の射程について
本件控訴審判決は、結果的に、医療法上の開設者や診療報酬請求の主体などの対外的取引関係等がより重視された結果、前述のような認定・判断に至ったものと考えられる。この点に関しては、

(イ) 医師である本件各院長が医療法上の「開設者」として診療報酬請求権の帰属主体になるとしても、そのことから直ちに、従業員との間の雇用契約の当事者(雇用主)が本件各院長であることが導かれるものではなく、本件控訴審判決の論理には飛躍がある等、国側の主張には傾聴に値する点があるのではないか。

(ロ) 本件事案における従業員との間の雇用契約の当事者(雇用主)が、本件控訴審判決のとおり本件各院長であるとした場合、仮にXと本件各院長との間も雇用関係又はこれに準ずる関係であるとすると、本件各院長は、Xに雇用等をされ、その指揮下で従属的な人的役務提供を行いつつ、一方では、使用者の立場で従業員を雇用するということになり、違和感があることは否めない。
この点に関しては、本件最高裁判決が、源泉所得税に係る各賦課決定処分について、本件各納税告知処分において納付すべきものとされた税額分のうち本件各院長給与等に係る部分(換言すれば、本件納付済源泉所得税に係る部分以外の部分)に対する限度では適法であるとし、原判決中、源泉所得税に係る各賦課決定処分の全部を取り消した部分は破棄を免れないとして、本件を原審の東京高裁へ差し戻す判断をした理由の中で、「Xは、上記仮装により、本件各医院に係る事業所得のみならず、本件各院長が本件各医院の事業主体であることとは両立し得ない本件各院長給与等の存在についても隠ぺいしていたものであって、その隠ぺいしたところに基づき、本件各院長給与等に係る源泉所得税をその法定納期限までに納付しなかった」と述べている部分は、類似の趣旨であると考える。

(ハ) 本件事案と類似する源泉所得税に係る事案の判決において、「給与等の支払をする者」の実体が原告であるとしておきながら、源泉所得税の納付行為については原告の行為ではなく各子会社の行為であるとするのは明らかに論理が矛盾しているし一貫性がない旨の原告の主張に対し、「『給与等の支払をする者』に該当するのが原告であるかどうかは、租税の公平負担の原則(憲法14条1項)にかんがみ規定された実質所得者課税の原則(所得税法12条)に準じ、諸般の事情を総合的に考慮して実質的に検討されるべき経済的出捐の効果の帰属の問題であるのに対し、その検討の結果『給与等の支払をする者』であると判断された者が実際に源泉所得税を徴収納付したといえるかどうかは、--- 法的安定性、法律関係の明確性が強く求められる徴収納付行為の主体性の問題であって、納付の際の名義人がどうであれ、実質的な納税義務者が誰であるかをすべて調査してその者が納付したものとして判断して取り扱うなどということは、上記のような徴収納付行為の性質に照らしてできないことである。」として、原告の主張を排斥している最近の裁判例(大阪地判平22.9.17・大阪高判平23.3.24)がある。(本件事案においても、上記原告の主張と同様のXの主張があり、本件控訴審判決にも同趣旨の説示あり。)

(ニ) 本件控訴審判決は、国側の主張する「各事実から、従業員との間の雇用契約の当事者がXであり、Xが給与等の支払義務を負うとまで推認するには足りないものというほかはない」としており、主張する事実の内容如何によっては、そうした推認ができる場合もあり得るということだと考えられる。

というような指摘もできるところであり、本件控訴審判決の射程について考えると、当該判決は事例判決ではないかということができるものと考える。
すなわち、その事業活動から生ずる所得が帰属すると認められる真実の所得者に課税する一方で、従業員給与等に係る源泉徴収義務者とされる給与等の「支払をする者」の該当性の判断・認定に際し、通例は、当該真実の所得者と一致するものと考えられるが、本件控訴審判決は、論理必然的に当該事業活動をめぐる法律関係の当事者が当該真実の所得者であるということが導かれるものではないとした上で、所得税法183条1項に規定する給与等の「支払をする者」の該当性の問題として総合的に考慮・検討し、本件事案においては、医療法上の開設者や診療報酬請求の主体などの対外的取引関係等がより重視された結果、本件各院長が従業員との間の雇用契約の当事者(源泉徴収義務者)であると判断されたものであり、これは前提とされた事実関係の下における事例判断であると考える。

(3)誤納金の還付

イ 「第三者名義」による納付の効果と誤納金の処理
旧物品税に係る刑事事件判決(最判昭46.3.30)/外観上一見して納税義務者本人の通称ないし別名と判断できるような場合を除いて、納税義務者本人の納税申告としての公法上の効果は生じない旨判示。

⇒ この理は申告納税制度を採用する他の税法における同種事犯にも妥当(最高裁調査官解説(2)、刑事裁判例)。〜「洗い替え」の手続 -----前記(1)ロ参照。

⇒ 源泉所得税についても、別異に解すべき理由はなく妥当するものと考える。(本件第一審判決、大阪地判平22.9.17・大阪高判平23.3.24等)

ロ 還付の相手方(還付請求権者)
過誤納金の還付(通法56)の相手方(還付請求権者)は、その過誤納金を納付した者であり、また、源泉徴収による国税の還付金は、原則として、その国税を納付した源泉徴収義務者に還付することとされている。

⇒ 国税の徴収権者は、過納金であれ誤納金であれ、納付名義人から納付された金員がどのような資金源から調達されたかについては一切関知せず、これを調査すべき義務も権限もないのであるから、国税の徴収権者は画一的に過誤納金の納付名義人に還付せざるを得ないのである。そして、仮に、過誤納金の納付名義人とその負担者が異なる場合には、その清算は当該過誤納金の納付名義人と負担者との私法関係によって清算されるべきということになろう。(大阪地判昭51.7.15、東京高判平9.1.19等)

ハ 納付名義人による納付を第三者の代位納付として処理する可能性
「国税は、これを納付すべき者のために第三者が納付することができる。」(通法41丸1)ところ、この第三者による代位納付をする場合には、納付書の、納税者の納税地及び氏名又は名称欄に当該第三者の住所及び氏名又は名称を記載し、納期等の区分欄又は余白に納税者の納税地及び氏名又は名称を付記することが必要(通則法施行規則別紙第1号様式・備考7)。

⇒ 例えば、源泉徴収義務者である甲の納付すべき従業員給与等に係る源泉所得税を第三者である乙が納付しようとするときは、上記のとおり、納付書にその旨を表記することが必要であり、そのような表記なしに、ただ漫然と第三者が国税を納付しても、第三者納付の効果は生じない。
ただ、納付名義人である乙に対して誤納金として還付した上で、真の源泉徴収義務者甲から改めて徴収するという「洗い替え」の手続の中で、還付の際に乙に対して、甲のために第三者納付を行う意思の有無を確認するなどにより、国家財政としての歳入の確保に配慮するという処理も事案によっては考えられるのではないか。

ニ いわゆる「洗い替え」手続の適否
上記イのとおり、基本的には、「第三者名義」の納付は本人の納付としての法的効果は生じないところ、いわゆる「洗い替え」の手続(誤納金として納付名義人に還付、本人に対し納税告知(プラス加算税賦課決定)処分)による処理を行うのが原則である。これは、自動確定方式を採る源泉所得税の徴収納付義務者・「支払をする者」の認定と納付名義人に対する還付という処理は別の問題であって、法的安定性、法律関係の明確性、画一的処理の要請等を踏まえると、外観・形式を重視せざるを得ない面があるということだと考える。(前記裁判例)

⇒ 「洗い替え」手続に対する批判と容認

(イ) 本件事案におけるXの(予備的)主張
実質的経営者であるXに源泉徴収義務があるとするなら、本件納付済源泉所得税はXが本件各院長の名義を借りてしたものとみるべきである。それが無理としても、還付の相手方は本件各院長ではなくXと解すべきであり、これをXが納付すべき源泉所得税に充当すべきであった。

(ロ) 大阪地判平22.9.17・大阪高判平23.3.24における原告の主張
「給与等の支払をする者」の実体が原告であるとしておきながら、源泉所得税の納付行為については原告の行為ではなく各子会社の行為であるとするのは明らかに論理が矛盾しているし、一貫性がない。

(ハ) 本件控訴審判決
本件各医院における事業活動をめぐる法律関係は、本件各院長を主体ないし当事者として行われたことを前提としつつ、所得税法12条に基づき、その結果生じた収益がXに帰属するものとして、同法を適用すれば足りるにもかかわらず、本件各納税告知処分は、本件納付済源泉所得税の納付の場面に限って、上記と異なる前提の下に、本件納付済源泉所得税を本件各院長に還付した上で、改めて、これをXに納付させようとするものであるといわざるを得ないのであって、かかる法解釈に合理性を認めることはできない。

(ニ) 大阪地判平22.9.17・大阪高判平23.3.24
「給与等の支払をする者」に該当するのが原告であるかどうかは、租税の公平負担の原則(憲法14条1項)にかんがみ規定された実質所得者課税の原則(所得税法12条)に準じ、諸般の事情を総合的に考慮して実質的に検討されるべき経済的出捐の効果の帰属の問題であるのに対し、その検討の結果「給与等の支払をする者」であると判断された者が実際に源泉所得税を徴収納付したといえるかどうかは、法的安定性、法律関係の明確性が強く求められる徴収納付行為の主体性の問題であって、納付の際の名義人がどうであれ、実質的な納税義務者が誰であるかをすべて調査してその者が納付したものとして判断して取り扱うなどということは、上記のような徴収納付行為の性質に照らしてできないことである。

⇒ 基本的な考え方・処理は上記のとおりであるが、歳入確保の観点等から、実質上本人による納付と認められる事例については、「洗い替え」の手続とせず、本人による納付と同視して処理することの可否を現実の実務処理として個別に検討するということも考えられるのではないか。

3 結論

 本件裁判例のような事例の場合の源泉徴収義務者の認定、すなわち、所得税法183条1項に規定する給与等の「支払をする者」の該当性、換言すれば給与等の「支払義務を負う者」、典型的には雇用関係の当事者(雇用主)の認定は、上記2(2)ハで述べたとおり、個々の事例において、対外的な取引等の契約関係、事業の運営状況、経理関係等の諸般の事情を総合的に考慮して実質的に検討・判断されるべき問題ということになろう。
そして、この場合、その事業活動から生ずる所得が帰属すると認められる真実の所得者に課税する一方で、従業員給与等に係る源泉徴収義務者については、通例は、当該真実の所得者と一致するものと考えられるが、概念的には、論理必然的に当該事業活動をめぐる法律関係の当事者が当該真実の所得者であるということが導かれるものではない(本件控訴審判決)ことにも留意し、上記のとおり、所得税法183条1項に規定する給与等の「支払をする者」の該当性の問題として、総合的に考慮・検討する必要があるものと考える。


(1) 札幌高判昭50.12.24(妨害排除等仮処分命令申請抗告事件)、昭和50年(ラ)第37号・判例タイムズ338号197ページ。/当該契約は、BがA所有の土地、建物等を使用してBの計算で(本件病院の経営による収入及び負債はBに帰属するとの趣旨)本件病院を経営することの委託を受け、これに対して一定の報酬金を支払う旨のいわゆる経営委任契約の一種であると認めるのを相当とするとした上で、病院の開設者が医療法の規定に則り都道府県知事の許可を得て医師たる他の者に病院の管理をさせるときは、当該管理者に対して病院経営の管理を委任することないしは病院経営を委任することも、医療法に違反するものではない旨判示。(戻る

(2) 田崎文夫「判解」最高裁判所判例解説(刑事篇 昭和46年度)26〜29頁。(戻る


目次

項目 ページ
はじめに 17
第1章 源泉徴収制度の概要、基本的構造等 20
第1節 源泉徴収制度の概要 20
1 源泉徴収制度の意義 20
2 源泉徴収義務者 21
第2節 源泉徴収制度の基本構造、法律関係等 22
1 源泉徴収に関する法律関係の概要 22
2 源泉徴収義務者の意義 23
3 納税義務者と徴収義務者 26
4 納税義務の成立と確定 28
5 納税の告知 29
6 受給者が行う確定申告との関係 33
第3節 源泉徴収制度の当事者(三者)間の法律関係 37
1 国と源泉徴収義務者との関係 37
2 源泉徴収義務者と受給者との関係 38
3 国と受給者との関係 39
第4節 過誤納金の還付 40
1 還付金と過誤納金 40
2 還付請求権者 42
3 給与等の源泉徴収税額に係る過誤納金の還付 42
4 過誤納金の還付に関する裁判例 44
第5節 実質所得者課税の原則、第三者名義による申告納税の効果 47
1 実質所得者課税の原則 47
2 第三者名義による申告納税の効果 54
第2章 実質所得者課税の原則と雇用関係(源泉徴収義務者)の認定(第三者名義による源泉所得税の納付の効果)が問題となった最近の裁判例 62
第1節 事案の概要 62
1 前提事実・経緯 62
2 課税庁の調査・処分から訴訟に至る経緯等 63
第2節 第一審判決 64
1 争点 65
2 源泉所得税関係に係る争点についての当事者の主張 65
3 裁判所の判断 66
第3節 控訴審判決 67
1 争点 67
2 控訴審における当事者の主張 68
3 裁判所の判断 76
第4節 上告受理申立て 81
1 上告受理申立て理由の要旨 82
2 本件各納税告知処分に関する上告受理申立て理由−雇用契約の当事者の認定について重大な経験則違反があること 83
第5節 最高裁判決 88
1 最高裁の判断 88
2 本件最高裁判決の結果(まとめ) 91
第3章 本件裁判例に関する源泉所得税関係を中心とした分析・検討 92
第1節 本件裁判例のまとめと分析・検討すべき項目 92
1 本件裁判例のまとめ(要点) 92
2 分析・検討すべき項目 95
第2節 第三者名義による申告納税・源泉所得税の納付について 96
1 「第三者名義」によることの動機、目的等 96
2 法的効果、税実務上の取扱い 102
第3節 雇用関係(源泉徴収義務者)の認定の判断要素 106
1 本件事案における当事者間の私法上の法律関係(課税庁、裁判所) 106
2 本件事案における事実関係等の分析・検討 110
3 雇用関係(源泉徴収義務者)の認定の判断要素 122
4 本件控訴審判決の射程について 134
第4節 過誤納金の還付 139
1 「第三者名義」による納付の効果と誤納金の処理 139
2 還付の相手方(還付請求権者) 140
3 納付名義人による納付を第三者の代位納付として処理する可能性 142
4 いわゆる「洗い替え」手続の要否 144
おわりに 147

Adobe Readerのダウンロードページへ

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Readerが必要です。Adobe Readerをお持ちでない方は、Adobeのダウンロードサイトからダウンロードしてください。