篠原 克岳
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

(1)問題の状況
本研究では、「納税者が将来発生すべき還付金等の還付請求権を第三者に譲渡し、その旨を所轄税務署長に通知していた場合に、その納税者が別に滞納を生じたとき、税務署長は当該還付金を滞納国税に充当できるか」という問題を扱う。具体例としては、相互協議を経て還付が確定的となった未発生の還付金請求権が第三者に譲渡されたケースがある。
充当は相殺類似の処分であることから、本件は「将来債権譲渡と相殺」に類似する問題として捉えることが出来る。(還付金請求権が受働債権、納税者が譲渡人、国が債務者、租税債権が反対債権(自働債権)に相当する。)
通常の債権譲渡の場合、民法468条2項により、債務者は譲渡通知を受けるまでに生じた事由により対抗できるとされており、譲渡通知までに取得した反対債権(自働債権)による相殺が対抗事由となりうる。一方、将来債権譲渡の場合、具体的な債権の発生前に譲渡通知がなされることとなるため、「譲渡通知後〜具体的債権発生前」に反対債権を取得した場合の相殺の可否が問題となる。民法468条2項を文言どおり適用すれば譲渡通知により抗弁は切断されることとなる(以下、相殺が否定されるという意味で「否定説」とする)が、具体的債権の発生時に抗弁切断効が生じると解釈する(同様に「肯定説」)ことも考えられる。

(2)「否定説」を採用した場合に生じる問題
納税者が、滞納前に将来発生する還付金請求権を他者に譲渡し、その旨を所轄税務署長に通知した場合、「否定説」に立てば充当は認められない。従って、当該納税者の滞納にもかかわらず、還付金が譲受人に支払われることとなる。(資金繰りに窮した納税者が、未発生の還付金を資金繰りに充て、納税を回避することが可能となる。)

(3)裁判例

イ 東京地判平成9年12月12日
 以下の理由により「肯定説」を採った。

1将来債権譲渡は将来債権が発生した時点において譲渡の効力が生じる。

2民法468条2項は、既発生債権が譲渡された場合のみを想定している。

3同条の趣旨が、債務者が譲渡前より不利益な立場に立たされないことを保証する点にあることからすれば、将来債権譲渡においては、「通知を受けるまで」は「債権譲渡の効力が発生するまで」と読み替えるべきである。

ロ 最判平成13年11月22日
本判決は民法468条2項の解釈が争われた事案ではないが、集合債権譲渡担保契約について、契約によって「既に生じ、又は将来生ずべき債権は、甲から乙に確定的に譲渡されており」と判示しており、将来債権の移転時期について、上記イの東京地判の挙げる理由1と異なる考え方に立つようにも読める。この判決の下で「肯定説」が維持されるであろうか。

2 研究の概要

(1)将来債権譲渡における債権の移転時期について

イ 契約時説と発生時説
まず、将来債権譲渡における債権の移転時期について検討を行った。学説上は、1契約時説(譲渡契約を締結した時とする)と2発生時説(債権が発生した時とする)の両説に分かれる。

ロ 判例
判例においては、旧くから発生時説が採られており、東京地判平成9年12月12日(前掲イ)もこれを踏襲していたものと言える。
一方、最判平成13年11月12日(前掲ロ)は一見契約時説に転じているようにも読めるが、同判決の調査官解説は、上記大審院判決を引きつつ「将来債権は債権発生時に権利移転するものである」とし、発生時説を維持している。
さらに、最判平成19年2月15日では、13年判決の「債権は(…中略…)確定的に譲渡されている」という表現を踏襲し、やはり将来債権の移転時期については明示していない。
以上、判例や調査官解説の表現振りを慎重に検討すると、判例は必ずしも契約時説に転じているとは言えない、と理解される。

(2)将来債権譲渡における民法468条2項の解釈

イ 相殺に関する「否定説」
しかしながら、これとは別に、東京地判平成9年の示した民法468条2項の解釈論(「通知を受けるまで」を「債権譲渡の効力が発生するまで」と読み替えるもの:前記1(3)イの3)に対しては異論がある。
すなわち、松本(2008)は、「法の明文が、『通知』制度によって抗弁遮断効を認める文言となっているのに、読替という技巧的処理をするだけの根拠は、実質的にもないと考える」とする。また、三村(2004)は、集合債権譲渡担保についてであるが、「民法468条2項により、譲渡通知後に取得した(債務者の譲受人に対する)債権を自働債権とする相殺は(譲受人、譲渡人、債務者の)三者間合意によるべきこととなる」とする。いずれも、「否定説」である。
これらの見解の理由としては、譲渡通知後の債務者には譲渡人に対する反対債権を「取得しない自由」があるので、あえて相殺の抗弁を認めて債務者を保護すべき必要性に乏しいことが考えられよう。民法学では伝統的に、債権譲渡において債権は同一性を保ちながら移転するものとされ、「債務者が譲渡前よりも不利益な立場におかれてはならない」と考えられており、民法468条2項もその趣旨に立った条文と理解されている。債務者が「自らの意思により」反対債権を取得する場合には、譲渡通知後に取得された反対債権による相殺を否定しても、債務者が従前より不利益な立場におかれるとは言えないので、相殺は否定されるべき(「否定説」)こととなる。

ロ 反対債権の取得が債務者の意思によらない場合
これに対し、国税債権は法定債権であるから、国は自らの意思でその発生をコントロールすることが出来ず、却って納税者がその発生をコントロールすることが出来る。このような場合には、必ずしも通常の相殺と同一視出来ないのではないか、と考える。
そして、仮設的には、一般の民事債権についても、「譲渡通知後〜債権発生前」に、「債務者の意思によらずに」反対債権が取得されるケースを想定できる。

T.将来の不動産賃料債権が証券化のため一括して譲渡されているとき、賃借人が必要費(民法608条1項)を支出した場合

U.継続的取引における商品売掛債権が集合的に譲渡担保に供されているとき、一部商品の債務不履行ないし瑕疵担保責任から損害賠償請求権(債務不履行又は瑕疵担保責任)が発生する場合

V.何らかの将来債権が譲渡されているとき、偶発的事情により譲渡人が債務者に不法行為責任を負う場合

 これらの場合に相殺を認めなければ、債権譲渡がなかった場合よりも債務者を「不利益な立場」におくこととなるので、民法の伝統法理から考えて、「肯定説」を採るべき余地が生ずると思われる。特にTの場合、必要費は目的物を使用収益可能な状態に維持するために支出するものであるから、その償還は賃料債権と実質的に対価関係にあると考えられ、相殺を認めるべき必然性が高い。また、Uの場合、一部商品から生じた損害賠償について他の商品の売掛債権との相殺を認めるべきか、という問題となるが、これも、各取引が一体的に行われていることを考慮すれば、相殺を認めるべきであろう。これに対しVの場合に相殺を認めると、譲受人は偶々生じた譲渡人の不法行為により弁済を受けられないこととなるが、この場合にも相殺を認めるべきかは、微妙である。

(3)検討

イ リスク回避費用の観点(「法と経済学」の視点)
この問題は、「譲渡人の資金不足のリスクを、反対債権を有する債務者と、原債権の譲受人のいずれが負うべきか」、という一種の危険負担の問題として分析することが出来ると考える。危険負担について「法と経済学」は、「安価回避者(リスクをより低いコストで負担できる者)に負担を負わせる」というルールを採用することが社会全体にとって望ましい、とする。本問題をこの視点から分析するならば、

○債務者が「自らの意思により」反対債権を取得する場合
債務者は反対債権を取得しないことでリスクを回避出来るし、反対債権に保険をかける(リスク・プレミアムを反対債権の対価から割り引くことも保険の一種である)ことも可能であった。一方、譲受人は、譲渡通知後に債務者が反対債権をどれだけ取得するか予見不可能であり、保険もかけられないので、リスクを回避するには譲受時に債務者から「意義なき承諾」(468条1項)を得る他ないが、個々の債権譲渡につき意義なき承諾を得るコストは高く、リスク回避費用は非常に大きい。
⇒ 債務者がリスクを負担すべき(「否定説」)

○債務者が「自らの意思によらずに」反対債権を取得した場合
この場合に債務者がリスクを回避するには、事前に原債権について譲渡禁止特約を定めておく他なく、あらゆる取引に予めこのような特約を締結することのコストは非常に大きい。一方、譲受人は、設例TUのように反対債権と原債権が一定の関連性を有するならば、反対債権の発生を予見可能であり、譲り受けの際に保険をかけることができる。
 ⇒ 譲受人がリスクを負担すべき(「肯定説」)
但し、設例Vのように反対債権が偶発的なものならば、譲受人においても予見不能であり、保険をかけることも出来ない。そもそも、このような偶発的な債権は社会の構成員間で無差別に発生する(譲受人が債務者に怪我をさせることもあり得る)から、債権譲渡の局面でリスク負担を譲受人に移転すべき理由は無い。
⇒ 債務者がリスクを負担すべき(「否定説」)
と整理することが出来よう。

ロ 要件の抽出
以上の分析から、反対債権について、1債務者が自らの意思によらずに取得したものであり、2譲受人においてその発生を予見可能である、という要件を満たす場合には、相殺を肯定すべき、と言えるであろう。

ハ 法解釈論の構成
なお、民法468条2項の解釈論としては、上の要件により「肯定説(抗弁切断を債権発生時とする)」と「否定説(抗弁切断を譲渡通知時とする)」を使い分ける、という構成では、抗弁切断時が不定となり不自然である。
この点に関して、民法468条2項の一般的な解釈論として、譲渡通知時に抗弁そのものが存在する必要は無く、「抗弁事由発生の基礎」があればよい、とする説がある。
この解釈論を発展させ、「反対債権の取得が将来債権の譲渡通知後であっても、上の二要件を満たすならば、譲渡通知時点において『抗弁事由発生の基礎』があると認められ、相殺できる」、と構成することにより、抗弁切断時を譲渡通知時に特定しつつ、問題の妥当な解決を導くことが出来ると考える。

3 結論

 以上の解釈論が可能であれば、将来発生すべき還付金等の譲渡と充当の問題に関しては、1滞納債権は国の意思によらずに発生するものであり、また、2経済主体は常に納税義務を負う契機を有するので、譲渡人が納税義務を負うことについて譲受人は予見可能と言えるから、例え滞納が「譲渡通知後〜還付金発生前」に生じたものであっても、還付金等の発生と同時に滞納国税に充当されるべきこととなる。
そして、この結論は専ら民法468条2項の解釈論として導かれたものであり、2(1)で述べた「将来債権譲渡における債権移転時期」の問題について、今後判例が契約時説を採ることになったとしても、影響を受けない。


目次

項目 ページ
第1章 問題の所在 511
第1節 序 511
1 事案の構図 511
2 具体例 511
第2節 将来債権譲渡と相殺に関する民法法理 512
1 通常の債権譲渡と相殺 512
2 将来債権譲渡と相殺 513
3 裁判例 515
第3節 「否定説」を採用した場合に生じる問題点 516
1 問題点 516
2 本稿の立場 517
第2章 将来債権譲渡における債権の移転時期 518
第1節 契約時説(対抗要件具備時説)と発生時説 518
第2節 学説の状況 519
1 契約時説(対抗要件具備時説) 519
2 発生時説 520
第3節 判例の動向 521
1 大判昭和9年12月28日(大審院民事判例集第13巻2261頁) 521
2 最判平成13年11月22日(前掲) 521
3 最判平成19年2月15日(民集61巻1号243頁) 522
第4節 小括 522
第3章 将来債権譲渡における民法468条2項の解釈 523
第1節 民法468条2項の「読み替え」に対する批判 523
1 東京地判平成9年判決への異論 523
2 「読み替え」が否定される理由 524
第2節 反対債権の取得が債務者の意思によらない場合 526
1 国税債権の場合 526
2 民事債権の場合 526
第3節 検討 530
1 リスク回避費用の観点(「法と経済学」の視点) 530
2 要件の抽出 533
3 法解釈論の構成 535
4 国税債権の場合 537
5 補論 539
第4節 結論 540
1 小括 540
2 将来債権譲渡における「債権の移転時期」の問題 540
終わりに 542

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