清水 秀徳
研究科第45期
研究員


要約

1 研究の目的

 法人税法における資本等取引とは、資本金等の額の増減を生ずる取引(法法22条5項)であるとされ、所得の金額の計算上、益金の額に算入すべき金額は、資本等取引以外の取引に係る収益の額(法法22条2項)であると規定し、資本等取引から益金は生じないこととされている。平成18年度税制改正において、法人税法上の有価証券の範囲から自己株式は除くこととされたため、自己株式を取得した場合には、会社法及び会計と同様、資産に計上しないこととなり、その取得した株式に対応する金額は、資本金等の額から減算することとなる(法法2条21号、法令8条1項17・18号)。このため、改正後の自己株式の取得は資本等取引であると考えられている。
そして、改正前の自己株式は、法人税法上資産として取り扱われていたことから、発行法人が自己株式を無償又は低廉(以下要約において「無償等」という。)で取得した場合は、法人税法22条2項の資産の譲受けに該当するため、発行法人は自己株式の時価と譲受金額との差額について益金を認識(以下要約において「受贈益課税」という。)するという考え方があったが、改正後は、自己株式の取得は資産の取得ではなく資本等取引とされたことから、このような考え方を採用することはできないと考えられている。
しかしながら、現行法人税法においてもなお、自己株式の無償等取得が行われた場合にまで、それを資本等取引として取り扱うべきか、あるいは、受贈益課税すべきではないかという議論もあり、その解釈が分かれている。
そこで、本研究では、発行法人が自己株式を無償等で取得した場合のその発行法人の課税関係を改めて考察することを主目的とし、さらに、その発行法人の法人株主の課税関係についても若干の考察をすることとする。

2 研究の概要

(1)発行法人の課税関係

イ 商法、会計及び法人税法における自己株式の取扱いの改正
平成13年6月の商法改正まで、自己株式の取得は原則禁止され、例外的に取得した場合でも消却又は処分義務が課されていたことから、商法上、自己株式の長期保有は認められておらず、また、売買契約による売却処分も可能であったことなどから、自己株式は貸借対照表に資産として表示することとされていた。しかしながら、同改正において、消却及び処分義務を廃止して長期保有を容認するとともに、売却処分はできないこととされ、自己株式の取得は実質的には過去に受けた出資を株主に払い戻す行為で資産の取得ではないことから、貸借対照表の資本の部に控除する形式で表示することとなった。
同改正は、自己株式には資産性がないという立場を明確にしたものであると考えられ、会計もこの立場を受けて、自己株式を無償で取得しても、発行法人に資産の増加はなく利益は生じないので、仕訳を起こさず、取得した自己株式の数のみの増加として処理することとされた。
法人税法においても、自己株式の取得は有価証券の取得というこれまでの位置付けを変更して資本等取引であることを明確化したことから、自己株式を取得した場合の発行法人の減少すべき資本金等の額は、無償で取得した場合にあってはゼロ、低廉で取得した場合にあっては、現実に交付した金銭等の額になると解される。

ロ 無償等取得に係る課税関係
自己株式を無償等で取得した場合の発行法人に対する受贈益課税の論拠として次の3点が挙げられるが、いずれの論拠も妥当ではなく、この見解には賛成できない。
第一に、自己株式の取得という行為は、株式自体の取得と資本金等の額の減額という二つの場面に分けることができ、株式の取得という場面においては、自己株式の取得を資産の取得と捉えた上、受贈益課税すべきという考え方である。しかしながら、いかなる理由で自己株式が資産といえるのか、発行法人にいかなる経済的価値の流入があるのかが明らかにされておらず、結局この考え方は、受贈益課税することを前提としたものであると考えられ、現行法人税法の下では採用し得ない。さらに、法人税法が規定する譲受けに係る収益(法法22条2項)とは、外部からの経済的価値の流入を意味するものであることから、自己株式の取得によって発行法人に経済的価値が流入していると解することはできず、その意味でも益金は生じないと考える。
第二に、発行法人に発行法人株式を無償等で譲渡する法人株主の取扱いは、後述するように、原則として当該株主に寄附金課税が行われることから、反対に、その株式を取得した発行法人に受贈益課税すべきという考え方である。しかしながら、時価を超える額で増資払込みがあった場合に出資者側に寄附金課税が行われても、受入側である増資法人にとってはあくまで資本等取引であり、その全額が資本等を構成するとした裁判例が示すように、寄附金課税と受贈益課税とは必ずしも呼応して取り扱う必要はないものと考える。
第三に、株主からの現物配当(利益積立金額を原資)として自己株式を取得した場合は、発行法人において受取配当として収益計上することを根拠に、これと同様、自己株式を無償等で取得した場合も収益計上すべきという考え方である。しかしながら、これは現行税法が、資本金等の額と利益積立金額との区分を厳格に行い、資本金等の額を原資とする分配に対する配当課税を防止し、利益積立金額を原資とする分配に対する配当課税を確保することとしている点にかんがみれば、自己株式を無償等で取得した場合の収益計上の理由とはならないと考える。

(2)譲渡する法人株主の課税関係
発行法人に発行法人株式を無償等で譲渡する法人株主から見れば、有価証券という資産の譲渡に該当するため、無償等で譲渡した場合には時価相当額が譲渡対価の額となり、当該時価相当額と実際に収受した金額との差額のうち実質的に贈与をしたと認められる部分の金額は寄附金の額となる。ただし、平成22年度税制改正により、完全支配関係のある法人間で自己株式取引が行われた場合には、当該法人株主に譲渡損益は生じないこととされた。

(3)譲渡する法人株主以外の他の法人株主の課税関係

イ 原則的な取扱い
株主が複数いる場合において、一の法人株主が発行法人に対して発行法人株式を無償等で譲渡したときは、当該株主以外の他の法人株主(以下要約において「他の法人株主」という。)の保有する株式の価額が増加して含み益が生ずることになるが、他の法人株主がその有する株式を譲渡等してその利益が顕在化した時に課税するという実現主義を採用する現行法人税法の下においては、含み益については課税所得を構成せず、他の法人株主に課税関係は生じない。

ロ 特殊な場合の取扱い
自己株式の無償等取得が行われた場合でも、発行法人及び他の法人株主に法人税の課税関係が生じないのは前述のとおりである。しかしながら、例えば、他の法人株主が持分割合の変動により、何らの犠牲を払わずにその株式の表章している資産価値や支配権の移転を受ける結果となる場合にまで、このように解することが妥当なのかという疑問がある。このような場合には、むしろ経済的利益を享受している他の法人株主への課税を検討すべきである。
その際には、まずは、持分割合の変動による株主間における資産価値の移転がどういった認識の下で行われたのか、経済的利益を享受した他の法人株主がどういう立場にいたのか等を総合的に勘案して判断していくことが必要と考える。
そのような判断について、収益の額について定めた法人税法22条2項の規定からアプローチした事件としてオーブンシャホールディング事件(以下要約において「O社事件」という。)が参考となる。O社事件は、法人が新株をC社に著しく有利な価額で発行したことにより、既存株主たるO社の持分割合が減少して、新株主たるC社に資産価値の相当部分が移転したことについて、この株主間の移転が法人税法22条2項の収益の額が生ずる取引に該当するか否かが争われたものである。
最高裁は、本件の資産価値の移転はO社の支配の及ばない外的要因によって生じたものではなく、移転を意図し、移転を受けるC社を含む関係者間の了解や合意の上にそれが実現したものということができるから、その移転は法人税法22条2項の収益の額が生ずる取引に当たり、移転した資産価値は、益金に当たると判示した。このように、この判決は、収益の額が生ずる取引の判断に当たり、法人間において能動的に資産価値の移転を図った点を重視し、他の取引から生じる利益と同様に、移転した資産価値が実現した所得として法人税の課税対象となることを示したといえる。
上記のような収益の額が生ずる取引の判断については、O社事件の新株有利発行の場面に限定されるものではなく、資本等取引を奇貨として法人間において生じ得る、持分割合の変動を意図した資産価値の移転があったような場合にも適用できるものと考える。
したがって、自己株式の無償等取得の場合でも、その株式の表章している資産価値の移転について、法人税法22条2項の収益の額が生ずる取引に該当するかの判断を行い、他の法人株主の受けた経済的利益が単なる含み益ではなくその移転により実現したものであるかどうかを検討した上、当該他の法人株主に対する課税の可否を行うのが相当と考える。

3 結論

 自己株式を無償等で取得した発行法人に受贈益課税するのは適当でなく、発行法人に課税関係は生じないと考える。そして、この場合、その株式を無償等で譲渡した法人株主については、原則として寄附金課税が行われることになり、他の法人株主については、単なる含み益が生ずるにとどまり課税関係は生じないものと考える。ただし、譲渡した法人株主から他の法人株主への資産価値の移転について、法人税法22条2項の収益の額が生ずる取引に該当すると認定し得る場面においては、当該他の法人株主に対して課税を行うことも考えられよう。


目次

項目 ページ
はじめに 319
第1章 資本等取引と損益取引の区分 321
第1節 資本取引と損益取引をめぐる会計と会社法 321
1 資本と利益の第一の区分 321
2 資本と利益の第二の区分 323
第2節 法人税法における資本等取引 326
1 資本等取引の意義 326
2 資本金等の額と利益積立金額 327
3 資本等取引における取引 328
4 資本金等の額と利益積立金額を区分する意義 328
第3節 資本等取引と損益取引の混在 330
1 剰余金の配当として現物配当をした場合 330
2 デット・エクイティ・スワップの場合 332
3 小括 335
第2章 自己株式に係る会社法等と法人税法の取扱い 336
第1節 会社法等における自己株式の取得・保有・処分 336
1 商法・会社法における自己株式取得 336
2 商法・会社法における自己株式保有 341
3 商法・会社法における自己株式処分・消却 345
4 企業会計における自己株式 347
5 小括 351
第2節 法人税法における自己株式の取得・保有・処分 351
1 自己株式の取得に係る取扱い 352
2 自己株式の保有に係る取扱い 353
3 自己株式の処分に係る取扱い 354
4 小括 355
第3章 無償等取得した発行法人の課税関係 357
第1節 法人税法における資産と自己株式 357
1 法人税法上の資産 357
2 法人税法上の自己株式と取得価額 358
3 有価証券として取り扱うことの弊害 360
4 小括 361
第2節 自己株式の無償等取得と受贈益課税 362
1 法人税の課税所得と受贈益 362
2 自己株式の無償等取得と経済的価値の流入 363
3 受贈益課税肯定説の検討 365
第4章 無償等取得した発行法人に係る株主の課税関係 370
第1節 無償等で譲渡した法人株主の課税関係 370
1 原則的な取扱い 370
2 完全支配関係がある場合の取扱い 371
第2節 他の法人株主の課税関係 372
1 含み益に対する課税関係 372
2 特殊な場合における課税 374
3 法人税法22条2項の規定からのアプローチ 375
4 資産価値の移転に係る課税の射程 378
5 資産価値の移転と法人税法132条の適用可能性 379
結びに代えて 382

Adobe Readerのダウンロードページへ

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Readerが必要です。Adobe Readerをお持ちでない方は、Adobeのダウンロードサイトからダウンロードしてください。