池田 誠
税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 我が国が採用する申告納税制度の下では、第一次的には納税者自身が税法の規定に基づき課税標準等及び税額等を計算し、これを申告することによって自らの納付税額を確定させることとなる。もっとも、すべての納税者が適正に納税申告を行なうとは限らないことから、申告納税制度を有効に機能させるためには、税務当局が納税者の申告内容を後から確認し得るものでなければならない。かかる意味で税務調査は重要であり、税務調査の結果、納税者の申告内容に誤りがあると認められた場合には、これを的確に是正していくことが、申告納税制度を担保するとともに、国税庁の使命である適正かつ公平な賦課の実現に資することになる。そして、納税者の申告内容の誤りを的確に是正するためには、適切な法令解釈及び適用とともに、税務調査における的確な事実認定が不可欠であるから、税務調査における事実認定は、適正な課税を行なっていくための重要な要素であるといえる。
しかしながら、訴訟等において課税処分が取消された事例の中には、課税庁が課税するために有効な事実や証拠のみを事実認定の基礎としているものや、課税要件及びそれを充足する具体的な事実の捉え方に問題があったと考えられる事例も見受けられるなど、すべての調査事案が的確な事実認定に基づいて処理されているとはいえない。税務調査が直接的な強制力を有しない任意調査である以上、その中で行われる事実認定には自ずと限界が生ずることはやむを得ないが、少なくとも、課税庁側の問題によって的確な事実認定がなされないといったことはなくしていかなければならず、そのためには、課税要件及びそれを充足する具体的な事実をどのように捉えるかといったことを整理しておくことも有効であると考える。
そこで、本研究は、民事訴訟における要件事実論を踏まえ、裁判所や審判所がどのような点に着目して事実認定を行っているのかを具体的な事例に基づき検証し、税務調査における的確な事実認定のための一つの指針を示すことを目的とするものである。

2 研究の概要

(1)税務調査において認定すべき事実
課税は、法律が定める課税要件を充足している場合に行われるものであるから、税務調査において認定すべき事実とは、第一義的には納税者において法律が規定する課税要件を充足しているという事実であるということができる。この課税要件とは、租税に係る課税権や納税義務を成立させるために必要な法律要件であり、各租税に共通の課税要件としては、1課税権者(国や地方公共団体)、2納税義務者(納税義務ないし租税債務を負担する者)、3課税物件(課税対象とされる物、行為又は事実)、4課税物件の帰属(課税物件と納税義務者との結び付き)、5課税標準(課税物件を金額、容量等の数額で表したもの)、6税率(税額算出のため課税標準に適用される割合)がある。これらの課税要件は、租税法律主義(憲法84条)の下、法人税法や所得税法などの実体法において定められているが、その課税要件を充足しているか否かは、その課税要件に該当する具体的事実(以下、「課税要件事実」という。)の有無によって決せられることとなる。このように考えると、税務調査で認定すべき事実とは、実体法の規定から導かれる課税要件事実が納税者に存するか否かであるということができる。

(2)民事訴訟における要件事実論
課税要件事実が納税者に存するか否かを的確に認定するためには、その前提として、課税要件事実をどのように捉えるかが問題となるが、この点を考察するに当たっては、民事訴訟における要件事実論が参考となると考えられる。
要件事実論とは、訴訟における判決の基礎となる主要事実及びその主張立証責任を実体法上の法律効果の発生と関連付けて考える理論といえる。すなわち、要件事実論は、まずは、主要事実を確定する上で重要であるが、さらに、主要事実の存否について真偽がいずれとも確定できない場合に、裁判所が、その点を原告と被告のいずれの不利益と取り扱うのかという「立証責任」の問題を解決する上でも重要な意味をもつ。
民事訴訟においては、主張責任は主要事実についてのみ存在し、間接事実(経験則によって一定の主要事実の存在を推認させる事実)や補助事実(証拠の証明力を増強又は減殺させる事実)には及ばないというのが通説とされている。ただし、間接事実は主要事実を推認する手段として重要な機能を有しており、課税実務においても間接事実の積み上げによって課税要件事実を認定する場面は多々あることからすれば、必要と考えられる範囲の間接事実については、適時に適切な主張を行っていく必要があると考えられる。

(3)課税訴訟における主要事実の捉え方
例えば、所得税の税額は所得の金額に税率を乗じて計算されるものであるところ、所得税の更正処分に対する課税処分取消訴訟においては、その税額の計算過程のどの段階で主要事実を捉えるかという問題がある。この点については、所得税の課税標準たる所得金額は、計算の結果算定される抽象的なもので具体的事実ではなく、所得金額の算定に必要な所得発生原因事実を主要事実(基本的に課税要件事実と同義と考えられる。)とする具体的事実説が相当であるとされており、争訟実務においてもこの考え方が採用されている。これは、同じく所得を課税対象とする法人税についても共通する考え方である。したがって、税務調査では、所得の発生原因となる事実を的確に認定することが重要であるといえ、このことを踏まえて事実認定を行っていく必要がある。
ところで、所得税や法人税の課税対象である所得は、納税者の経済活動等によって生じるものであるから、課税要件事実を認定するに当たっても納税者の行った経済活動等を前提として事実認定する必要がある。すなわち、税務調査における事実認定では、まず、納税者の行った取引等の事実を把握した上で、その取引等によって生じる法律関係を的確に認定し、課税要件事実の存否を判断する必要がある。そして、その取引等によって当該納税者に生じる法律関係は、第一義的には私法に即して判断すべきであるが、その「外観と実体」ないし「形式と実質」が異なる場合には、実体や実質に従って判断する必要がある。その典型的な例として、納税者の行った取引につき、通謀虚偽表示(民法94条)が成立する場合が考えられるが、その通謀虚偽表示の成立の有無が争われた場合には、通謀虚偽表示の成立を基礎づける事実も主要事実となることを念頭に置いて事実認定していかなければならない。

(4)税務調査における事実認定が問題となる場合
税務調査では、課税要件事実の存否を直接証拠によって認定できる場合ばかりではなく、その認定に当たって間接事実(間接証拠)を積み上げて認定しなければならない場合も多々ある。例えば、後述の東京高裁平成15年9月9日判決は、法人税法上の交際費等に該当するというためには、支出の目的が取引関係の円滑な進行を図るものであることが必要であり、その支出の目的は、その支出の動機、金額、態様、効果等の具体的事情により総合的に判断して決すべきであるとしているが、ある金員を支出した目的が何であるかは、常に直接証拠(それが直接に主要事実の判断材料となる証拠)によって認定できるとは限らず、間接事実を積み上げて認定しなければならない場合も多いと考えられる。また、納税者の行った契約等が通謀虚偽表示により無効であると認定する場合の通謀虚偽表示の成立を基礎づける事実についても、例えば、当事者間において通謀虚偽表示に関する合意をした旨が記載された覚書等の直接証拠を把握できれば別であるが、そのような覚書等が作成されている場合は稀であり、通常は間接事実の積み上げによって認定する必要があると考えられる。このように間接事実を積み上げて事実認定を行わなければならない場合には、困難な事実認定を強いられる場合が多いと思われる。
そこで、間接事実の積み上げによって課税要件事実等の存否を認定しなければならない場合に留意すべき点について、裁判例等を基に検討することとする。

(5)裁判例等からの検討

イ 交際等該当性の判断における事実認定の留意点
(東京高裁平成15年9月9日判決(判例時報1834号28頁)他)

(イ)交際費等該当性を判断する上では、以下の点に留意して事実認定する必要がある。
交際費等該当性を判断するに当たっては、1支出の相手方が事業関係者であること、2支出の目的が事業関係者との間の親睦の度を密にして取引関係の円滑な進行を図ることであること、3行為の態様が接待、供応、慰安、贈答等その他これらに類する行為であること、の3つの要件を満たすか否かを検討する必要がある。
支出の目的がいかなるものであるかを認定するに当たっては、まずは、稟議書等、法人が当該支出についての意思決定をするために作成した文書の把握に努めるべきであるが、そのような文書を把握できない場合には、間接事実を積み上げて支出の目的を認定しなければならず、具体的には、当該支出の動機、金額、態様、効果等の具体的事情を総合的に判断して決する必要がある。
支出の動機を認定する際には、当該支出をするに至った経緯等がどのようなものであるか、その後に生じた事情によって、当該支出の動機・目的に変容が生じたか否かといった手法を用いることも有効である。また、相手方が当該支出によって利益を受けていると認識し得る客観的状況の下で支出されたものであること、そして、法人がそれを積極的に利用しようとしている事実は、支出の動機・目的を認定する上で重要な要素となり得る。
行為の態様を認定する上でも、相手方に認識の有無やそれを法人が積極的に利用した事実などの間接事実(証拠)を積み上げて事実認定することが有効である。その際、支出の相手方による供述は有効な証拠となり得るが、安易に一人の供述のみを根拠として事実認定せず、できるだけ複数の者の供述を基に事実認定するよう務めるとともに、その供述内容を裏付ける補助事実等の収集にも努める必要がある。

(ロ)小括
交際費等該当性を判断するに当たって、直接証拠によって支出の目的等を認定し得ない場合には、間接事実(証拠)を積み上げて事実認定する必要があるが、その際には、支出の相手方の認識やそれを納税者が積極的に利用した事実があるか否かといった観点から調査を行うことが有効である。そして、そのような観点で調査を行う場合には、支出の相手方等から聴取した事項を聴取書等として証拠化することが有効であるが、後日になって、当該供述者が聴取書等の内容を覆す供述をする可能性もあることを念頭に置いて、漫然とその聴取書等のみに基づいて事実認定するのではなく、他の間接事実(証拠)の把握や、その内容を補充する証拠の収集に努めなければならない。
このように間接事実によって課税要件事実の有無を認定する場合には、安易に一つの事実(証拠)を根拠に事実認定するのではなく、多面的に検討して間接事実を積み上げることが肝要である。換言すれば、そうした観点に立って税務調査を行った結果、間接事実すら的確に認定できないとすれば、すなわちそれは、課税要件事実を満たしていないことにほかならないのであり、その場合には課税することはできないといったことにも留意する必要がある。

ロ 通謀虚偽表示に係る事実認定における留意点
 (東京地裁平成19年6月29日判決(判例集未登載)等)

(イ)通謀虚偽表示の認定における留意点
通謀虚偽表示とは、相手方と通じて虚偽の意思表示をすることであるところ(民法94条1項)、通謀虚偽表示の成立に係る主要事実は、1当事者が法律行為(の表示行為)に対応する内心的効果意思を持っていなかったこと、2その内心的効果意思を持たないことにつき、相手方と通謀して当該法律行為を行ったこと、であると考えられる。したがって、通謀虚偽表示の成立を認定する場合には、まずは、当事者間において当該通謀虚偽表示に関する合意等をした旨が記載された覚書等の文書の把握に努めるべきであるが、そのような文書が作成されていることは稀であり、通常は、間接事実の積み上げによって、通謀虚偽表示の成立を認定する必要があると考えられる。
通謀虚偽表示の成立を推認し得る間接事実(証拠)としては、例えば、その法律行為を行った当事者の一方が、当該法律行為は通謀虚偽表示である旨を内部文書等に記載している場合には、当該内部文書も有効な間接証拠となると考えられる。しかしながら、そのような文書を把握した場合には、当該文書の成立の真正や内容の真実性を担保する間接事実(証拠)や補助事実の把握に努める必要がある。
また、少なくとも当事者の一方に通謀虚偽表示をする目的や動機が存するといったことも重要であるから、そのような目的や動機を間接事実の積み上げによって認定することも有効である。

(ロ)小括
通謀虚偽表示の成立を認定する場合には、まずは、当事者間において当該通謀虚偽表示に関する合意等をした旨が記載された覚書等の文書の把握に努めるべきである。しかしながら、そのような文書が作成されていることは稀であり、通常は、通謀虚偽表示の成立を推測させる間接事実を積み上げていくこととなると考えられる。
このように、通謀虚偽表示の場合も含め、取引当事者の意思がいずれにあるかを認定する上で、取引当事者の一方に当事者間の合意をうかがわせる文書が存在する事実は、当事者間の合意を推認するための間接事実となり得る。しかしながら、そのような文書について、文書の成立の真正や真実性が揺らいだ場合には、証拠価値が低いものとされることから、その事実を有効な間接事実とするためには当該文書の作成者や作成時期等を的確に認定する必要がある。
さらに、主要事実の存在を推認し得る間接事実が認められたとしても、他方でそれを否定する事実が存する場合には、当該間接事実のみをもって主要事実の存在を推認し得ないことに留意しなければならない。したがって、税務調査では、一つの間接事実のみで課税要件事実の存否を認定することなく、他の間接事実やその間接事実を補強する補助事実の把握に努め、それら複数の間接事実等によって課税要件事実の存否を認定する必要がある。

3 結論

 税務調査において的確な事実認定を行うためには、適法な法令解釈に基づき何が課税要件事実であるかを的確に捉えた上で、具体的な証拠に基づきその有無を認定する必要がある。そして、課税要件事実の有無を直接証拠によって認定することができない場合には、複数の間接事実を積み上げて事実認定する必要がある。換言すれば、状況証拠しか把握できない場合であっても、その積み重ねによって課税要件事実の存在を推認し得るのであれば、適法な課税処分を行い得るのである。したがって、そういった観点に立って、証拠の収集及び保全を行っていく必要がある。また、納税者の内部文書等を証拠とする場合には、その成立の真正や内容の真実性が揺らぐことのないよう、作成者や作成時期等を的確に認定しておく必要がある。


目次

項目 ページ
はじめに 184
第1章 税務調査における事実認定の意義 186
第1節 税務調査において認定すべき事実 186
1 税務調査の意義・目的 186
2 税務調査において認定すべき事実 188
第2節 課税要件と事実認定との関係 189
1 課税要件の意義及び捉え方 189
2 課税要件事実の意義 190
3 各租税に共通する課税要件の区分ごとにみた事実認定の問題の概括 191
第2章 課税要件事実の捉え方 196
第1節 民事訴訟における要件事実論の概要 196
1 弁論主義の概要 196
2 主要事実と間接事実 198
3 民事訴訟における主要事実の認定方法 199
4 民事訴訟における立証責任 201
5 規範的要件における主要事実の考え方 202
第2節 課税訴訟における主要事実の捉え方 205
1 課税訴訟における審理の対象 205
2 課税訴訟における主要事実の捉え方 207
第3節 税務調査における課税要件事実の捉え方 208
1 課税要件事実の認定における留意点 208
2 証拠収集における留意点 210
第3章 税務調査における事実認定の留意点 215
第1節 税務調査における事実認定が問題となる場合の概括 215
1 法的評価が課税要件となっている場合 215
2 間接事実の積み上げにより事実認定を行う場合 217
3 小括 218
第2節 裁判例等における事実認定の分析・検討 218
1 交際費等に関する事実認定 219
2 通謀虚偽表示の認定 232
第3節 税務調査における事実認定の在り方 240
結びに代えて 242

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