矢田 公一
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 法人が、その役員、使用人の福利厚生のため、あるいは事故発生時の経営面での打撃を軽減するため、それらの者を被保険者として保険契約を締結することが多く見受けられる。それらの保険のうち保険期間が長期に及ぶ生命保険商品にあっては、保険期間中の保険料を一定とする平準保険料の下、責任準備金(保険料積立金)が積み立てられることから、その性質は保障と貯蓄の二面性を有するといわれている。
このような性質を有する保険契約に係る支払保険料の法人税法上の取扱いについては、3種類の基本的な保険商品について、法人税基本通達において明らかにされているところである。その内容は、保険数理の考え方を基礎にしながらも、実務における簡便性にも配慮して、例えば、定期保険(死亡保険金のみ支払われる保険契約)は、満期保険金(生存保険金)の支払がないことから、原則として支払保険料全額の損金算入を認めているところであり、養老保険(満期保険金か死亡保険金のいずれかが支払われる保険契約)において満期保険金受取人が当該法人、死亡保険金受取人がその役員、使用人の遺族である場合にあっては、支払保険料のうち1/2を資産計上し、残額1/2の損金算入を認めている。
ところが、近年、様々な保険商品が発売され、その中には、その支払保険料について基本通達の取扱いをそのまま適用した場合には課税上の弊害が生ずるものも見受けられたところである。課税当局は、こうした保険商品については、その都度、個別通達を発遣するなどして対応してきたところであるが、今後も発売されるであろう多種多様な保険商品について、これまでのような逐次の個別的対応を行うことには限界があるものと考えられる。また、基本通達に取扱いを明らかにしている保険商品であっても新たな契約形態のものが発売されており、基本通達の内容そのものについても見直す必要が生じている。
このようなことから、現行の基本通達の取扱いのみでは、もはや保険料の損金性の判断基準として十分な機能を果たしていないとの問題意識の下、その基準について抜本的な見直しを行うべく研究を行うこととしたい。

2 研究の概要

(1)現行取扱いの問題点

イ 保険の貯蓄性と保険料の損金性
基本通達においては、定期保険に係る保険料については、その保険契約が必ず保険金が支払われるものでない、いわゆる掛け捨てといわれるものであることから、原則としてその保険料の全額損金計上を認めている(法基通9-3-5)。しかしながら、保険は保障と貯蓄の二面性を有するゆえに、こうした保険であっても保険期間が長期に及ぶものは、必ず責任準備金(保険料積立金)が積み立てられ、保険期間の中途で解約した場合に支払われることとなる解約返戻金の財源となっている。
こうした保険数理上の特質を利用して、これまで、その保険期間を極めて長期とする、あるいは、保険金額を保険期間の後半に逓増させるなどの特異な商品設計を行うことにより、解約返戻金が相当多額に生ずるような保険商品が開発・販売されてきた。課税当局は、そのような保険商品については、課税上の弊害が生ずることから、個別に通達を発遣し課税の適正化を図ってきたところである。
しかしながら、その対応は、課税当局にとって、保険会社の商品開発、販売の状況次第での逐次の対応を強いられているといえ、基本通達の取扱いがもはや保険料の損金性の判断基準として機能しているかどうか疑問なしとしない。また、現行の基本通達が、必然的に保険金支出が生ずるかどうかにより保険料の取扱いを定めていることは、こうした保険の特質や昨今の企業向け保険商品から生じている課税上の弊害からみると、合理的なものとはいえないと考える。

ロ 実務上の簡便性の要請と損金算入の適正性の確保
養老保険に係る保険料については、上述のとおり、満期保険金受取人が当該法人、死亡保険金受取人がその役員、使用人の遺族である場合にあっては、1/2の損金算入を認めることとしている(法基通9-3-4)。
しかしながら、試算によれば、こうした保険への加入例が多いとみられる中高年層の者を被保険者とする養老保険では、支払保険料中、満期保険金に充てられる部分は、70%から80%程度であり、現行の取扱いは、実務上の簡便性を優先した取扱いであると言わざるを得ず、保険数理の観点からは必ずしも合理的なものではない。
また、近年、現行の基本通達に定めのない、満期保険金の受取人を被保険者(役員、使用人)とし死亡保険金の受取人を当該法人とする「逆パターン」と称される養老保険が発売され、生保各社は、全額損金プランとして販売を行っている。これについては、一般的な被保険者の年齢を前提とすれば、死亡という保険事故が生ずる確率は満期保険金の支払が生ずる確率に比して低いものであり、このような保険は、専ら満期保険金の供与を目的としていると言わざるを得ないものである。したがって、保険料の2分の1について給与課税がなされるとしても、その全額が損金算入されるとの取扱いには、その妥当性に疑問が生ずるところであるが、現行の基本通達では、養老保険について保険金受取人が異なるケースとしては、満期保険金の受取人を当該法人、死亡保険金の受取人を被保険者である役員、使用人の遺族とする場合の保険料の取扱い(法基通9-3-4(3))を定めているのみであることからすると、現行の基本通達の基本的な考え方では対応できないものであるとも考えられる。

ハ 保険契約に係る当事者の権利関係
基本通達は、法人が支出した保険料について、保険金受取人が誰であるかによってその取扱いを定めている。しかしながら、保険契約の当事者は保険者(保険会社)と保険契約者であり、契約の関係者にすぎない保険金受取人の有する保険金請求権は保険事故が発生してはじめて具体的な債権となるものであって、保険期間の中途で保険契約が解約された場合にはその地位を失うこととなる。これまで多額の解約返戻金が生ずるとして問題となった保険商品においても、保険期間中の保険契約者の解約権の行使によって保険契約者が取得する解約返戻金が問題となっているものである。
したがって、現行通達が、保険契約者の有する権利の内容を斟酌せず保険金受取人が誰であるかによって、保険料の全額につき一律にその取扱いを定めることは、こうした保険契約に係る当事者、関係者の権利関係からは、合理的なものといえないと考える。

ニ 小括
現行の基本通達の取扱いは、通達発遣時に発売されていた保険商品が基本的なものに限られていたことを考慮すれば、上述のような保険数理や保険法の観点からやや合理性に欠けるものであったとしても、実務上の簡便性を考慮すれば、相当なものであったと評価することができる。
しかしながら、今後の保険商品の多様化や最近において見受けられた保険商品に係る課税上の弊害への対応を考えれば、上述のような現行通達の問題点を踏まえた新たな基準を考察していく必要がある。

(2)保険数理に着目した新たな取扱いの模索

イ 保険料の仕組みに着目した検討
生命保険の保険料は、保険金の支出に当てられる純保険料と保険会社の事務費に充てられる付加保険料に大別でき、両者を合計したものを営業保険料といい保険契約者が支払う保険料の額となっている。更に、純保険料は、死亡保険金の支出に充てる部分の金額と生存保険金(満期保険金)の支出に充てられる部分の金額に区分され、前者のうち直近1年間の保険金支出に当てられる部分の金額を除いた金額と後者の金額の合計額が責任準備金(保険料積立金)として積み立てられることとなる。
そして、責任準備金に積み立てられる部分の金額は、保険期間後半の保険料に充てられるものであることや保険契約者が解約権の行使により解約返戻金として受領することが可能であることから、前払金(預け金)としての性格を有するものと考えられる。
したがって、こうした保険料の構造からすれば、保険料中で損金性を有すると考えられる部分は、保険契約者が毎期支払う保険料のうち付加保険料部分の金額と死亡保険金に充てられる部分の金額のうち直近1年間の保険金支出に当てられる部分の金額であると指摘することができる。
しかしながら、保険数理上は上述した保険料の区分ごとに計算が行われるものの、それは一部の保険商品を除いては保険契約者が知り得ないものであり、実際の保険商品の保険料の仕組みに着目した取扱いは、理論的ではあるが実務上は困難であるといわざるを得ない。

ロ 解約返戻金に着目した検討
これまで課税上問題視され個別通達の発遣により対応してきた保険商品は、保険の貯蓄性に基因するものがほとんどである。したがって、保険契約の貯蓄の面に着目した取扱いを考察することも有益であると考える。
保険契約者は、保険期間中はいつでも任意に解約権を行使することができることとされており、その際には、保険料から積み立てられた責任準備金(保険料積立金)が解約返戻金として保険契約者に支払われることとなっている。また、解約返戻金は、その金額又は計算式(例表)が保険証書等に明示され、保険契約上、保険会社と保険契約者との間で契約時に約定されたものであると解されている。
このような解約返戻金の性質からすれば、保険契約者が支出した保険料のうち、解約返戻金相当額を構成する部分の金額は資産性(貯蓄性)を有するものであることから、支出した保険料の全額を単純損金とするような取扱いは相当ではないと考えることができる。したがって、保険契約者が支払った保険料を損金算入する一方で解約返戻金の額を益金算入する取扱いが、保険数理の考え方を踏まえた妥当な取扱いとなると考える。
しかしながら、解約返戻金の原資となる責任準備金(保険料積立金)には、積み立てられた保険料を予定利率により運用した運用益も含まれており、未実現利益の益金算入となるという検討課題が存することから法的な手当てが必要であり、その場合には他の金融商品を含めた幅広い検討を要するため、直ちには解決策とはなり得ないという問題が存する。

(3)自然保険料を基礎とした新たな取扱いの提言
上記(2)の保険料の仕組みに着目した考え方及び解約返戻金に着目した考え方は、それぞれ理論的には妥当なものでありながら実務上の困難さがあるとするならば、その基本的な保険数理の考え方に沿ったものとして、自然保険料を基礎とした新たな取扱いを検討することとする。
保険期間が長期にわたる場合には、通常、その保険期間の保険料を一定とする平準保険料が採用されている。これに対し、保険期間1年の死亡保険の保険料を自然保険料という。
現在、ほとんどの保険は平準保険料を採用しているのであるが、自然保険料との関係をみると、その保険期間の前半に、当該期間の後半において死亡率の上昇により必要となる自然保険料に充てるために、自然保険料を上回る金額をいわば前払的に収受し、その金額を平準化しているものである(さらに生死混合保険であれば満期保険金に充てるための保険料も併せて収受している。)。

イ 自然保険料の特質と損金性
自然保険料は保険期間1年の死亡保険に係る保険料であることから、保険商品ごとの保険期間の長短や保険期間中の保険金額の増減の有無にかかわらず、被保険者の年齢とその保険商品の予定利率のみによって算出される。そして、いかなる保険商品であっても自然保険料はその保険料算出のベースともいえるものであり、かつ、保険期間が1年であるために責任準備金(保険料積立金)が積み立てられないものであることから、その保険料は単純な損金としての性格が認められると考える。
そして、自然保険料は、被保険者の年齢とその保険商品の予定利率のみによって算出されることから、その金額は、明瞭に、かつ、容易に算出されるものであることから執行上も損金の判断基準として簡便であり、また、今後の多様化するであろう保険商品に対する判断基準として汎用性を有するものであると考える。

ロ 付加保険料の取扱い
付加保険料は、保険会社の事務費相当分であり、一般に、新契約費、維持費及び集金費からなり、予定事業比率により計算される。これらは、保険契約の成立、維持に必要な費用であり、保険契約者においては、期間の経過に応じて損金算入すべきものである。しかしながら、一部の保険商品を除いては、その額が公表されていないため、上記の検討のとおり保険料の額を区分し自然保険料のみを損金算入することとなれば、付加保険料をどのように取り扱うかが問題となる。
これについては、付加保険料の額が明示された保険契約にあってはその額を損金に算入することとし、明らかでない場合には便宜的に保険料の一定割合(養老契約にあっては10%程度、定期保険契約にあっては20%程度)を付加保険料の額とみなして損金算入することが考えられる。

ハ 小括
上記の検討のとおり、保険契約者である法人が支出した保険料については、その保険料中、自然保険料相当額を損金の額に算入することとし、付加保険料を除き、平準保険料のうち保険期間の前半において自然保険料を上回る部分については損金算入を認めない(前払い部分として支出時に資産計上し、自然保険料の上昇に合わせて損金算入)こととすることが相当と考える。
なお、上記(2)ロで述べた純保険料のうち死亡保険金に充てられる部分の金額の保険期間中の合計額と自然保険料の保険期間中の合計額は、予定利率による運用益に相当する部分の額が一致しないこととなり、特に死亡保険では、保険期間の末期において後者が前者を上回ることとなる。これについては、保険料の支払総額を上限とした損金算入額を設けることにより対応するものと考える。

(4)保険契約に係る当事者の権利関係に着目した取扱いの提言
保険契約者は保険契約の当事者として、保険料支払義務を有するとともに、その権利として変更権や解約権を有しており、他方、保険金受取人の有する保険金請求権はいわゆる期待権にとどまるものであり保険契約者の有する権利の下ではその権利は極めて不安定、かつ、脆弱なものといえる。このような保険契約に係る当事者の権利関係に着目すれば、まず、自然保険料のみ損金性を有するものとして取り扱うこととし、当該自然保険料が保険金受取人への経済的利益の供与と認められる場合には当該自然保険料相当額についてのみ給与課税を行うことが相当であると考える。
また、法的手当てを前提に、解約返戻金の資産計上を求める取扱いを採用した場合にあっては、支払った保険料とその時に見積もられる解約返戻金の金額との差額のみが損金性を有しそれが保険金受取人への経済的利益の供与と認められるときには、当該差額の金額について給与課税を行うこととなる。
いずれにしても、保険契約者が有する保険契約の解約権等を踏まえれば、現行の取扱いが、それが保険金受取人への経済的利益の供与と認められる場合に保険料の全額について給与課税を行うとする取扱いは改めるべきものと考える。

3 結論

 上記検討のとおり、法人が保険契約者となる保険契約の保険料については、現行の取り扱いを改め、自然保険料相当額と付加保険料の合計額を損金の額に算入する取扱いとすべきと考える。
なお、その場合であっても、保険期間が短期であって、かつ、満期保険金の支払がない保険契約に係る保険料にあっては、実務上の簡便性にも配慮し、現行取扱いの原則損金算入を認めることが相当であると考える。
また、保険契約者が有する保険契約の解約権等を踏まえれば、現行の取扱いが、それが保険金受取人への経済的利益の供与と認められる場合に保険料の全額について給与課税を行うとする取扱いは改めるべきである。


目次

項目 ページ
はじめに 117
第1章 保険商品の支払保険料を巡るこれまでの議論と変わらぬ課題 119
第1節 法人税基本通達における取扱い 119
1 養老保険に係る保険料 119
2 定期保険に係る保険料 120
3 定期付養老保険に係る保険料 121
4 法人税基本通達における考え方(まとめ) 122
第2節 個別の保険商品への対応(個別通達の発遣等) 122
1 個別通達の概要等 123
2 最近における個別商品への対応の状況 127
第3節 支払保険料の損金性を巡る課題 131
1 保険の貯蓄性と保険料の損金性 131
2 実務上の簡便性の要請と損金算入の適正性の確保 132
3 保険契約に係る当事者の権利関係 133
4 小括 133
第2章 保険料の仕組みと生命保険会計 134
第1節 保険料の仕組み 134
1 保険料の構造 134
2 純保険料 134
3 付加保険料 138
4 自然保険料と平準保険料 138
5 契約者配当 139
第2節 生命保険会計 139
1 生命保険会計とは 139
2 保険料収入と責任準備金 139
3 責任準備金の意義 140
4 責任準備金(保険料積立金)の積立方法 143
第3章 生命保険契約を巡る法律関係 145
第1節 生命保険契約に係る権利義務 145
1 保険者 145
2 保険契約者 146
3 被保険者 148
4 保険金受取人 150
第2節 保険契約者の有する権利と保険金受取人の地位 151
1 生命保険契約の解除等と積立金の払戻し 151
2 解約権と解約返戻金請求権 154
3 解約返戻金の内容 154
4 責任準備金に対する保険契約者の権利とその財産的性格 156
第4章 新たな取扱いの検討 158
第1節 保険数理に着目した新たな取扱いの模索 158
1 保険料の仕組みに着目した取扱いの検討 158
2 解約返戻金に着目した取扱いの検討 161
第2節 自然保険料を基礎とした取扱いの提言 165
1 自然保険料の損金算入の可否 165
2 保険契約に係る当事者の権利関係に着目した取扱いの提言 169
結びに代えて 171

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