渡辺 貞彦
税務大学校
研究部主任教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 商品券、各種プリペイドカード、Edy、nanaco、BitCash、WebMoneyなどは、法人が商品等の引渡し又は役務の提供を約して発行する証票等又は符号等であり、規制法である「資金決済に関する法律」において前払式支払手段と定義されている。前払式支払手段の発行法人は、前払式支払手段を発行した段階で発行対価の全額を受取り、一般に発行対価の払戻しも予定されていないことから、前払式支払手段の発行に係る収益の帰属の時期などについては、基本的に、法人税基本通達2−1−39及び同2−2−11など(以下、本件通達)の定めるところにより、収益と費用の計上がなされているようである。
本件通達の収益計上方法は、前払式支払手段を発行した日の属する事業年度の益金の額に算入する方法(以下、本則方式)を原則としているが、前払式支払手段を発行年度ごとに区分して管理すること(以下、年度区分管理)を要件に、例外的に、足掛け4事業年度までは預り金処理を認め、5事業年度末に残りのすべてを収益に計上する方法(以下、ただし書方式)も認めている。これは、本件通達が定められた昭和55年当時、百貨店などの商品券が発行から5年間でほぼすべてが引き換えられていたことによるが、近年は、引換えが終るまでに10年を越える期間を要しており、このような状況を踏まえ、国税庁は、本件通達が利用実態に即した取扱いとなるよう実務上の運用解釈を示している。また、Edy、nanacoなど、経済価値の積増しが可能な形態(以下、チャージ式)や、BitCash、WebMoneyなど、利用履歴、残高などを発行法人のサーバーのみで管理する形態(以下、サーバー管理型)など、本件通達創設時には存在しなかった新たな形態の前払式支払手段が生まれている。
本稿は、引換えの実態及び新たな発行形態などに照らし、本件通達が抱える諸問題を整理し、その解決策及び今後見込まれる問題について検討したものである。

2 収益認識基準と本件通達の評価

 企業会計上の収益認識基準は、一般に販売基準に代表される実現主義の考え方で処理することとしており、販売形態や販売する財の種類などによっては特殊な処理方法も認められている。しかしながら、企業会計原則などには、前払式支払手段に関する個別の処理基準はみあたらない。一方、租税会計においては、租税負担の適正・公平を期すため、実現主義会計を基本としつつも、財貨の移転や役務提供などによって債権が確定した時に収益が確定するとみる権利確定基準や法人の管理支配が可能となった段階で収益を認識する管理支配基準を採用しており、前払式支払手段に関しては、本件通達による収益計上基準の定めがある。
法人税法第22条第4項は、費用・収益の額は「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」(以下、公正妥当処理基準)に従って計算する旨規定しているが、ここにいう公正妥当処理基準とは、客観的な規範性をもつ公正妥当と認められる会計処理の基準という意味であり、明文の基準を予定しているわけではないとされ、同項創設時の議論として、特殊な会計処理が公正妥当処理基準に則っているか否かは、裁判例を含めた事例の積み重ねによって明らかにされていくべきものとされていた。
裁判例及び学説の多くは、将来において最終的に引換えが見込まれない前払式支払手段に係る収益(以下、退蔵収益)が必ず発生することや、発行法人が、事実上、発行段階で確定的な収益を享受することなどを理由に、本件通達の取扱いを肯定的に評価している。

3 引換実態への対応

(1)収益計上期間の長期化
前払式支払手段の商品等への引換えが長期化している実態に対応するため、収益計上の期間を今よりも長期間とする方法が考えられる。
しかしながら、仮に、ただし書方式において10年間に渡って収益計上を認めるとすると、発行年度で全額収益計上を行う本則方式に比し、課税の公平が保たれない恐れがある。また、発行法人の経理処理が適切に行われず課税所得額が誤っていた場合、国税通則法第70条第1項の更正等の期間制限の規定から、課税所得を是正できない事態を招きかねない。さらに、発行後5年を経過した前払式支払手段の引換義務は、時効(商522)によって消滅している可能性があり、引換義務の消滅した前払式支払手段に係る収益を、課税対象とせず課税の繰延べを認める結果となる。
よって、商品等への引換えが長期化している実態があるとしても、収益計上を行う期間は、従来どおり発行から足掛け5年内とすべきと考える。

(2)原価計上期間の長期化
長期化している引換実態へのもう一つの対応策として、見積原価の損金計上期間を引換実態に合わせ長期化する方法(私案)が考えられる。
前払式支払手段は、収益を発行段階で確定的に認識することができる一方で、費用は、発行後に商品等への引換えを通じて認識されるという特性を持っている。前払式支払手段の引換えに係る費用は、商品等へ引き換えられることによって売上原価として認識されるが、商品等への引換えは、すべての前払式支払手段において行われる訳ではなく、引き換えが行われないことから、費用が発生しないまま収益のみが認識されるものも一定程度必ず存在する。このような特性を持つ前払式支払手段の商品等への引換えが、5年を越えて長期化している実態があるにも係わらず、前述のとおり、収益のすべてを5年以内に計上することを考えると、売上原価の計上は、可能な限り引換えの実態に即した取扱いとすべきと考える。私案の取扱いは、収益を5年目までにすべて計上するものの、その後に発生が見込まれる売上原価の見積計上を5年目以降も認めたものであり、商品等への引換えによってはじめて原価が認識されるという前払式支払手段の特性と引換えの実態に沿った取扱いであると考える。
この場合、5年目以降も引換原価の見積計上を認めるとしても、一般債権の消滅時効(民167:10年)の規定及び引換えが10年間程度でほぼ終了している実態に鑑みると、この取扱いをエンドレスで認めることは適当ではなく、見積計上は、足掛け9年目末までとし10年目にはすべての処理を終了すべきと考える。
なお、法人税法第22条第3項第2号括弧書の「償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないもの」は費用として計上できない旨の規定は、別段の定めがある場合を除き、費用の見越しや引当金への繰入損の計上を認めない趣旨であると解されている。しかしながら、ここにいう「債務の確定」とは、債務の発生が確実であり、かつその金額が正確に確認できることを意味すると解すべきであり、このような要件が満たされる限り、売上原価を含めた費用の見越しは許されると考えられている。よって、前払式支払手段の引換えに係る売上原価の見積計上は、過去の引換実績から見て発生が確実であり、かつ、金額が正確に確認できるものである限り認められると考えられる。

4 新たな発行形態への対応

 サーバー管理型を含めたチャージ式前払式支払手段の発行に係る収益の計上方法は、本件通達をそのまま適用すべきであろうか。
ここにいうチャージ式前払式支払手段とは、経済価値の積増しが可能で、その発行者と商品等の提供者が異なる第三者型の前払式支払手段(以下、電子マネー)である。従来型の前払式支払手段は、商品等の販売者やその業界団体などが発行するものが主で、第三者型であっても商品等の販売ツールとしての性格が強かった。これに対し、電子マネーは、1経済価値をチャージする際に経済価値相当の金員全額を受取る、2チャージした経済価値で商品等に引換えができる、3経済価値は原則払戻し禁止である、という前払式支払手段の特徴的性格を持っていると同時に、4提携する商品等の提供者が多数かつ多業種に渡っている、5発行額に比し滞留するストック部分が少ない、6チャージ限度額が5万円程度と少額である、7利用期限の定めのないものが多く、あっても5年以上と長い、8経済価値のチャージ時及び決済時の利便性に優れているという特徴も併せ持っていることから、販売ツールというよりも小口決済手段としての性格がより強いということができる。よって、電子マネーの発行者は、商品等の販売者というよりは、小口決済手段の提供者としての性格が強いといえる。
とはいえ、電子マネーの発行に係る収益もチャージした段階で確定的な収益となり、一定程度の退蔵収益が確実に発生するなど、電子マネーは、前払式支払手段としての基本的な特徴を保持していることから、その発行に係る収益の計上方法などは、本件通達の基本的な考え方を踏襲しつつ、新たな視点から検討した方法で処理すべきと考える。
新たな視点の第一は、商品等への引換えに係る収益の計上についてである。電子マネーの発行法人は、一般に、顧客ごとのチャージ履歴、引換履歴及び残高などの情報を、IT技術を駆使して管理しているのが実態であると考えられることから、一般に、年度区分管理を行える管理体制を持っていると言える。よって、同発行法人は、預り金処理が可能なただし書方式を採用できる環境にあるといえる。また、同発行法人は、決済手段の提供者としての性格が強いことから、チャージされた経済価値は、決済用資金を単に預っているに過ぎないと考えられる。そうすると、電子マネーは、チャージ時は預り金として処理し、商品等への引換えがなされた時は、預り金処理した経済価値を減額するとともに、手数料収入などと同様に、引換えによって得られる利益額のみを収益に計上する取扱いとすべきである。そして、電子マネーの引換えに係る収益も、チャージ時から足掛け5年以内に計上を終了すべきと考える。
なお、複数回に渡りチャージされた経済価値が一つのIC等に残存している例を想定すると、経済価値の利用順序をあらかじめ定めておく必要があり、その利用順序は、利用期限の定めのある前払式支払手段を考えると、古いものから先に利用されるとすべきであろう。
第二は、退蔵収益の計上についてである。退蔵収益は、電子マネーを発行する場合においても、一定程度確実に発生すると考えられる。上記のとおり、商品等に引き換える際の処理を、預り金処理と手数料収入処理とに区分して行うことを前提とした場合、退蔵収益は、発行法人が預っている経済価値が商品等と引き換えられることなく滞留するものであるから、滞留する預り金によって構成されることとなる。
法人税法は、収益の計上に際して、権利確定基準及び支配管理基準を採る立場であることを考えると、電子マネーに係る退蔵収益は、本則方式の考え方と同様に、チャージした日の属する事業年度の益金の額に算入すべきと考える。
なお、チャージ式前払式支払手段の退蔵収益額は、チャージ額に発行法人における退蔵率を乗じて求めるべきと考えるが、この退蔵率は、発行法人における過去の退蔵状況から求めることとなり、過去の退蔵状況を把握するには、年度区分管理を行いチャージ年度ごとの未引換残高を把握する必要がある。電子マネーの発行者は、一般に年度区分管理が可能な管理体制を持っていると考えられるから、自社の退蔵実績は確実に把握できる状況にあり、退蔵率の算出には特に問題はないものと考える。
また、収益計上は足掛け5年目までにすべて終了すべきと考えるが、実際の退蔵状況と見込みとの違いなどから、5年目末においては、預り金処理した経済価値が、借残か貸残かは別として、零とならないことが想定される。この部分については、5年目末において、前期損益修正項目として雑益又は雑損処理をすることとなる。
第三は、費用の計上についてである。上記のとおり、電子マネーの引換えに係る収益は、手数料収入などと同様に、利益額のみを足掛け5年目までに計上し、退蔵収益は、チャージした事業年度の益金の額に算入すべきと考える。
この結果、従来型前払式支払手段で発生する売上原価という費用項目は、基本的に発生しないこととなる。しかしながら、時効の援用を行わない商習慣や利用期限が長期であることに鑑みると、商品等への引換えが6年目以降に発生することも想定される。この場合、費用については、発行法人において、既に退蔵収益や雑益及び雑損などとして処理していることを考えると、発行法人において負担すべきこととなる。
この場合、6年目以降の引換えが、それまでの引換実態からみてイレギュラーなものであれば前期損益修正損として処理すべきであり、また、引換実態からみて当然予想された場合には、上記の「原価計上期間の長期化」で示したと同様に、見積原価の損金処理をすることとなる。

5 今後の問題

 我が国の会計基準と国際基準との同化を目指して、平成19年8月、企業会計基準委員会(ASBJ)と国際会計基準審議会(IASB)との間で、平成23年6月を期限に、国際財務報告基準(IFRS)にコンパージェンス(収斂)する「東京合意」が取り交わされている。
IFRSsの一つである国際会計基準(IAS)は、収益認識の要件の一つとして、「物品の所有に伴う重要なリスク及び経済価値が買手に移転したこと」(検収基準)を上げている。これに対し、法人税基本通達2−1−1及び同2−1−2は、棚卸資産の販売による収益は、引渡しがあった日の属する事業年度の収益とし、「引渡しがあった日」の判定基準として、出荷基準、検収基準及び使用収益日基準などの多様な基準を認めている。
前払式支払手段は、発行段階で確定的な収益となる特殊な商品であることから、上記のような一般的な棚卸資産を対象としたIFRSsの取扱いが、すぐに前払式支払手段に適用されるとは考えられず、よって、IFRSへの収斂が実現したとしても、検収基準に変更することを余儀なくされるとは考えにくい。
しかしながら、IFRSへの収斂によって、法人税法第22条4項の公正妥当処理基準に影響を与えることは想像に難くなく、今後の動向に注意を払う必要がある。

6 結論

 前払式支払手段の引換えの実態に対応する方策として、収益の計上時期を延長する方策が考えられる。しかし、発行年度で全額を収益計上する本則方式との課税の公平の観点などから、収益計上は、従来どおり、発行から5年内になされるべきと考える。もう一つの対応策である引換費用の見積計上については、5年以内の収益計上を前提に、10年間への延長を認めるべきと考える。次に、電子マネーは、その性格が従来から存する前払式支払手段と大きく異なり、その発行法人を小口決済手段の提供者と同様に捉えることができることから、収益と費用の計上方法は、従来の考え方を踏襲しつつ、新たな考え方で処理する必要があると考える。さらに、近い将来、我が国の会計基準がIFRSへ収斂することを考えると、前払式支払手段の取扱いについても、今後の国際会計基準の動向を注視していく必要があると考える。


目次

項目 ページ
はじめに 13
第1章 前払式支払手段の現状 16
第1節 発行と利用の実態 16
第2節 前払式支払手段とは 18
1 法令上の定め 18
2 法的性格 20
3 使用期限と消滅時効 22
第3節 自家発行型と第三者発行型 23
第4節 発行及び利用の状況 23
1 発行者数及び発行額の推移 23
2 電子マネーの発行枚数及び決済件数等 24
3 前払式証票の使用期間(使用期限) 26
第2章 前払式支払手段の発行に係る会計処理の現状 28
第1節 法人税基本通達の取扱い 28
1 本則方式 28
2 ただし書方式 30
第2節 収益計上に係る会計処理の実態 31
第3節 裁判例 32
1 争いのない事実 32
2 争点 33
3 判決の主旨(抜粋) 35
第3章 前払式支払手段を取り巻く諸問題 38
第1節 商品等との引換えの実態 38
第2節 引当金計上の厳格化・適正化を求める動き 40
第3節 課税実務上の取扱い 41
第4節 規制法をめぐる問題 43
1 前払式証票規制法の諸問題 43
2 資金決済法の成立 44
3 検討課題 47
第4章 収益の帰属時期に関する考え方の整理 48
第1節 法人税法上の収益、費用の認識基準 48
1 法人税法の規定 48
2 法人税法第22条第4項の創設経緯 50
3 法人税法第22条4項の趣旨 51
4 会計の三重構造 52
第2節 本件通達の評価 59
1 問題点と評価 60
2 検討 61
第3節 諸外国の例 63
第5章 帰属時期に関する一考察 64
第1節 問題点の整理 64
第2節 収益の帰属時期 65
1 本則方式 65
2 ただし書方式 66
3 収益計上期間の長期化への検討 67
第3節 費用の帰属時期 70
1 将来発生原価の見越し計上の必要性 70
2 私案 71
3 私案の検討 73
第4節 新たな発行形態への対応 76
1 新たな発行形態の検討 76
2 電子マネー型前払式支払手段の特徴と性格 77
3 電子マネー型前払式支払手段の収益・費用の計上方法の考え方 79
4 収益・費用の計上方法に係る新たな視点 79
第5節 新規制法の影響 83
1 払戻し 83
2 サーバー管理型サービス 84
3 資金移動業 84
第6節 今後の問題 85
1 国際財務報告基準(IFRS)へのコンパージェンス(収斂) 85
2 IFRSsの収益認識基準 86
3 今後の問題 88
結びに代えて 90
【参考資料1】 91
【参考資料2】 97
【参考資料3】 98

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