山本 英樹
税務大学校
研究科第45期 研究員


要約

1 研究の目的

 近年におけるわが国の国際化の進展は顕著であり、今後、個人による海外への投資もますます増加することが見込まれる。このような社会情勢においては、相続税・贈与税の課税実務において、海外財産の相続・贈与に関する相続税法適用上の様々な問題の発生が予想される。
具体的には、個人が海外に財産を遺して死亡したときの相続税や個人が出捐なしに海外財産を取得したときの贈与税の課税関係は、当該財産の移転についての準拠法の決定や当該財産の取得が相続又は贈与の対象となるかなど、外国法と自国の法との抵触を規律する国際私法上の諸問題が存在し、わが国に存する財産の相続・贈与の場合に比して複雑・困難な問題が生じると思われる。特に、財産の所在する国等が、わが国にはない特有の財産の所有制度を有するような場合においては、課税実務において、より困難な問題が生じる可能性が高いと考えられる。
本研究はこのような問題意識の下、海外における財産の所有制度がわが国には存在しない特有の制度である場合の具体例として米国カリフォルニア州(以下「加州」)の合有財産権を取り上げ、個人が自己の出捐なしに加州の不動産をジョイント・テナンシー(合有財産権)の形態で取得した場合における贈与税の課税関係、及び被相続人が加州に合有財産権の形態で相続人と不動産を有しており、これを遺して死亡した場合における相続税の課税関係について考察するものである。

2 研究の概要

(1)合有財産権の概要・米国における課税関係
米国においては2人以上の者が財産を所有する形態として、合有財産権(Joint Tenancy)、共有財産権(Tenancy in Common)、夫婦合有財産権(Tenancy by Entirety)、夫婦共有財産権(Community Property)がある。合有財産権は、わが国の民法上の「合有」概念とは一致せず、1同一の不動産に関する同一の譲渡行為によって(unity of title)、22名以上の者が同一の時に始期を有する(unity of time)3同一の権利(unity of interest)を4共同所有する(unity of possession)という、4つのunity(同一性の要件)を備えた財産権であり、最も一般的に利用されるのは不動産であるが、動産、自動車等多種多様の財産についても創設されうる。各合有権者は他の合有権者の同意を得ずに自分の権益を他人に転売することができる権利(持分処分の自由)や訴訟を提起し不動産の分割を請求できる権利(分割請求権)を有する反面、合有権者の1人が死亡するとその持分は他の合有権者に移転する。合有権者には任意にも強制にも分配する権利は与えられておらず、これは遺言によっても変更することはできない。合有財産権の最大の特質は合有権者の1人が死亡した場合、その有した権利が相続の対象とならずに生存する他の合有権者に帰属することにある。
米国では、合有財産権の設定に際し出資と取得した持分に不均衡がある場合には連邦贈与税の課税対象とし、合有財産権者の死亡による財産承継については、加州州法上相続によらないとされているものの、内国歳入法の規定により、これを連邦遺産税の課税対象としている。

(2)国際私法における取扱い

イ 相続準拠法及び物権変動の準拠法の決定とその適用範囲
渉外的な私法関係(当事者の国籍や住所等、法律関係を構成する要素のいずれかが外国に関連する法律関係)に適用される実質法(民商法など)を準拠法というが、渉外的な相続問題に適用される準拠法の決定については、次の2つの考え方がある。

1 相続統一主義
相続財産の種類及び所在地のいかんを問わず、すべての相続問題を統一的に、単一の法、すなわち被相続人の属人法によって規律しようとする考え方

2 相続分割主義
統一的な準拠法を設けず、相続財産の種類およびその所在地いかんによって別個の準拠法の規律にゆだねようとする考え方

 わが国の国際私法たる法の適用に関する通則法(以下「通則法」)は、相続統一主義を採用しており、被相続人の本国法が相続準拠法となるから(通則法36条)、相続人は海外財産を含む被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継することになり(民法896条)、加州の合有財産権も権利義務の承継の対象とされる。
一方、物権変動については、その原因となる事実が完成した当時におけるその目的物の所在地法によるとされるから(通則法13条2項)、海外財産については、その所在地法(外国法)が準拠法となる。これによると、加州州法は、合有財産権の合有権者が死亡すると、その者の権利は相続によらずに生存合有権者に移転するとしているから、加州の合有財産権は相続財産に含まれないことになる。このように、わが国においては、相続準拠法と物権変動の準拠法とに抵触がみられるところである。

ロ 両準拠法が抵触する場合
相続準拠法と物権変動の準拠法に抵触がみられる場合において、いかなる財産が相続財産を構成するか(相続財産の構成の問題)については、次の3つの説に見解が分かれる。

1 双方の準拠法を重畳的に適用し、その双方によって相続財産への帰属が認められないかぎり、その財産権は相続財産に組み込まれないとする説

2 双方の準拠法を配分的に適用し、財産が相続されるために必要な属性が何であるかについては相続準拠法が規律し、財産がそのような属性を有しているか否かについては物権変動の準拠法が規律するという説

3 主として物権変動の準拠法のみによらしめるという説

 しかし、加州の合有財産権は、加州州法が相続財産性を認めないことから、いずれの説によっても相続財産を構成しないことになる。

(3)検討
上記(2)ロにおける問題点の解決に当たっては、順を追って次のような検討を行った。

イ 借用概念論からの検討
租税法の用いる借用概念の解釈については、独立説、統一説及び目的適合説の3つの見解があるが、いずれによるべきかについては、法秩序の一体性と法的安定性を尊重して、原則として統一説により、私法上におけると同意義に解釈すべきであると考える。したがって、加州の合有財産権についての相続税法の適用上、「相続」の概念は加州州法におけると同意義に解するべきであるから、加州州法上、合有権者の死亡による財産の承継が相続によらないとされている以上、これに相続税を課税することはできないことになる。

ロ 租税法上の概念と外国法上の概念の関係からの検討
現代においては、企業の活動や個人の生活が国境を越えて行われているのであるから、わが国の租税法の規定は、原則として、わが国の法制度のみではなく、外国の法制度をも対象としていると思われる。租税法規には、納税義務者の範囲を決定するなどわが国の課税権の及ぶ範囲を明らかにするものがあり、このような規定に含まれる概念の解釈には外国法制度を取り込むべきではないと考えられるが、課税要件の計算規定については、租税負担能力の適切な把握という観点を重視して、その解釈に外国法の概念を取り込むか否かを判断すべきであると考えられる。加州の合有財産権も、このような観点から課税対象となるか否かを判断すべきである。

ハ 自国法制度と外国法制度の等価性・同質性についての観点からの検討
渉外的な事案で、外国法が準拠法となる場合の課税においても、外国の法制度とこれに相当する自国の法制度との間に等価性・同質性の認められる限り、自国の法制度に対すると同様の課税をすべきであると考えられる。これは、機能的・実質的な類似性ないし等価性を指標に、自国の法制度と同等な外国法制度をも自国の法解釈に取り込もうとするものである。渉外的事件においては、準拠法たる外国法上の制度と完全に符合する法制度が自国に存在することは常に前提にはできないのであり、わが国に外国法上の制度と類似の制度があれば、極力そのための手続を転用して準拠外国法上の制度についての処理を行うべきである。

3 結論

 借用概念を私法上におけると同意義に解釈すべきであるとしても、相続税法の立法において、合有財産権が想定されていたかは疑問である。また、このように解すると、合有権者の死亡による財産承継について相続税が課税されず、人の死亡による財産の無償取得に対する課税という相続税課税の趣旨に合致しないこととなるから妥当でないと考えられる。合有財産権の課税については、租税負担能力を適切に把握するため、又は課税の基礎となる私法上の法律関係を適切に反映するため、それに関する外国法の概念をも取り込んで解釈するべきである。また、加州の合有財産権は財産権であり、合有権者はわが国における所有権者と同様に、目的物に対する使用収益・処分権限を有することからすれば、加州の合有財産権は、わが国の所有権と等価性・代替可能性があると認められる。したがって、加州の合有財産権には、わが国の所有権に対すると同様の課税が行われるべきものと考えられる。以上の検討から、加州の合有財産権に対する課税について次のとおり結論を導いた。

(1)取得時点における課税
合有財産権の創設時において自己の持分に応じた資金を拠出していない者に対しては、自己の持分に応じた以上の資金を拠出した者からの贈与として、相続税法9条により贈与税を課税するべきである(同旨、東京高裁19.10.10)。

(2)合有権者の死亡時点における課税
合有権者の死亡による生存合有権者への財産権の承継は、相続税の課税根拠である人の死亡による財産の無償取得と同視することができると考えられる。したがって、相続税法1条の3の「相続」により財産を取得したとして、生存合有権者に相続税を課税すべきである。


目次

項目 ページ
はじめに 365
第1章 問題の提起 366
1 想定事例の概要 366
2 想定事例における相続税法適用上の問題点 366
第2章 ジョイント・テナンシーの概要及び米国における課税関係 369
第1節 米国における連邦法と州法の関係 369
第2節 ジョイント・テナンシーの概要 371
1 ジョイント・テナンシーの概要 371
2 カリフォルニア州におけるジョイント・テナンシーの概要 376
第3節 他の共有形態 382
第4節 米国における不動産登記制度 384
1 外国人による不動産所有の制限 384
2 米国の不動産登記制度の内容 386
(1)証書登録制度とトレンズ・システム 386
(2)権原保険 392
第5節 ジョイント・テナンシーに対する連邦遺産税・贈与税の課税関係 393
1 連邦贈与税の課税関係 394
(1)米国の非居住外国人に対する連邦贈与税の概要 394
(2)ジョイント・テナンシーの創設に係る連邦贈与税の取扱い 396
(3)ジョイント・テナンシーの終了に係る連邦贈与税の取扱い 397
2 連邦遺産税の課税関係 398
(1)米国の非居住外国人に対する連邦遺産税の概要 398
(2)ジョイント・テナンシーに係る連邦遺産税の取扱い 407
第3章 ジョイント・テナンシーについての相続税法の適用 409
第1節 相続準拠法の決定と適用範囲 409
1 相続統一主義と相続分割主義 410
2 被相続人による準拠法選択 412
3 相続準拠法の決定 414
4 相続の概念 415
5 相続財産の構成 416
(1)学説 416
(2)裁判例 420
(3)検討 421
(4)相続財産の構成の問題と相続税法の規定との関係 423
第2節 借用概念論 425
1 学説 425
2 裁判例 427
(1)株主相互金融会社の株主優待金が所得税法上の利益配当に当たるかについて争われた事件 427
(2)所得税法にいう「匿名組合契約およびこれに準ずる契約」の概念が商法上の匿名組合契約に当たるかが争われた事件 429
(3)所得税法60条1項1号にいう「贈与」に負担付贈与が含まれるか否かについて争われた事例 432
(4)租税特別措置法上の「改築」が建築基準法からの借用概念であるかが争われた事例 434
3 検討 438
第3節 租税法上の概念と外国法の概念の関係 440
1 租税法の規定において対象となる法制度が明示されている場合 442
2 租税法の規定において対象となる法制度が明示されていない場合 446
(1)配偶者 446
(2)損害賠償金 449
(3)住所 450
(4)検討 452
3 契約の準拠法に外国法が指定された場合における租税法規定の解釈 452
第4節 自国法制度と外国法制度との等価性・同質性の観点からの検討 456
第5節 ジョイント・テナンシーについての相続税法の適用 458
1 取得時点の課税 458
2 合有財産権者の死亡時点の課税 461
おわりに 465

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