落合 秀行
税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的

 申告納税方式を採用する国税において、納税者が自己の判断と責任に基づいてなすべき確定申告は、納税義務を確定させる重要な意義を有する。このような義務を国民に課す中において、無申告は、当該義務の履行違反にとどまらず、自発的で適正な申告をしている納税者に強い不公平感を招来させることから、課税庁は、的確かつ厳格な対応を行う必要がある。
そこで、法は、申告納税義務の履行について、国税に関する法律の適正な執行を妨げる行為又は事実に対する防止及び制裁措置として各種加算税を定めているが、とりわけ、無申告加算税に代えて課される重加算税(以下「無申告重加算税」という。)は、納税者が、課税要件事実を「隠ぺい又は仮装」して法定申告期限までに納税申告書を提出しなかった場合に、40%の高税率で課される行政上の制裁措置であるから、申告納税義務の履行の確保及び納税者間の均衡負担利益の侵害防止の手段として重要な意義を有する。
しかしながら、無申告者は、その存在自体の把握が困難であることもさることながら、単に申告しないことのみでその目的は達成されるため、原始記録や帳簿書類の改ざんはおろか、これらを保存・備付けする必要性もないことから不正を挙証する証拠も乏しく、また、何をもって「隠ぺい又は仮装」と判断するのか困難である場合が少なくない。その結果、無申告者に対する税務調査は、過少申告を行う納税者以上に問題視すべきであるにもかかわらず、結果的に15%による無申告加算税で済まされているものも多いのではないかと思われる。
最近では、インターネットによる取引で多額の所得を得て、申告の必要があることを十分認識していながら、当該取引が課税庁に把握されにくいことを奇貨とした無申告事案が多数発生していることに加え、「なまじ帳簿をつけ記録を保存していると重加算税が賦課されるが、何も記録を残さなければ重加算税の賦課は免れる」という課税庁の執行に対する批判が起こり得ることも指摘されており、無申告重加算税の賦課要件について検討すべき時機にある。
本研究は、重加算税の賦課要件の解釈を深め、無申告事案における重加算税賦課の方向性及び限界を探り、必要な立法措置について提言することを目的とする。

2 研究の概要

(1)重加算税の賦課要件
国税通則法68条2項は、無申告加算税が課される場合において、納税者が課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装し、その隠ぺいし又は仮装したところに基づき法定申告期限までに納税申告書を提出しなかった場合等に、無申告加算税に代え、40%の税率による重加算税を課す旨規定している。したがって、「隠ぺい又は仮装」は、重加算税の賦課要件の中核をなすものであるが、その意義は必ずしも明確でない。学説は客観的行為として述べるもの、租税を免れる認識を要するとするもの、行為の態様を包括的に評価して定義するものなど種々の議論があるが、裁判例は二重処罰性との回避から客観的行為として述べるものが多い。「隠ぺい又は仮装」は、納税者の行為の態様に着目した法文であることからすると、「隠ぺい」とは故意に存在する事実を隠匿・歪曲すること、「仮装」とは故意に存在しない外観を作出することというように客観的行為として定義され得るものであると考える。
また、認識の要否に関して、学説、裁判例とも認識を要すると解しているが、その内容は一様でなく、「隠ぺい又は仮装」及び租税を免れることいずれにも認識を要するとする説、「隠ぺい又は仮装」にのみ認識を要するとする説など諸説ある。この点、重加算税は、課税庁の手続のみで租税として課される行政上の制裁的措置であり、その制約から客観性が重視されること、また、罰則との二重処罰性を回避する観点からすれば、租税を免れる認識は不要と解すべきであり、「隠ぺい又は仮装」にのみ納税者の認識が必要であると解される。
さらに、「隠ぺい又は仮装」は、二重帳簿の作成、帳簿書類の破棄・隠匿等を典型例とするが、必ずしもこのような積極的行為を伴わない行為が「隠ぺい又は仮装」と言えるかが問題となる。このような問題に対して、最高裁平成6年11月22日第三小法廷判決(民集48巻7号1379頁)及び最高裁平成7年4月28日第二小法廷判決(民集49巻4号1193頁、以下「最高裁平成7年判決」という。)は、重加算税制度の趣旨を踏また合目的的解釈を採用し重加算税の賦課を肯定している。
両最高裁判決の論点は多々あるが、過少申告の意図を重視した判断を行っているという点で共通している。この点、租税を免れる認識は不要であるとの従来の判例との整合性という観点から最高裁平成7年判決が必要とした租税を免れる認識について見れば、一般に、「隠ぺい又は仮装」行為は租税を免れることを目的として行われることが多いと考えられ、このことを前提とすると積極的な行為とまで言えない行為について賦課要件が充足されるためには、「隠ぺい又は仮装」行為と同様に租税を免れようとする認識から生じた行為であることが必要となると理解できるのである。そのことからすると、租税を免れる認識は賦課要件ではなく、ある行為を「隠ぺい又は仮装」行為と同等に評価するための間接事実という位置付けと考える。そして、このような理解からすると最高裁平成7年判決が示した一般論の後段部分は重加算税の賦課要件を拡張したものと評価できる。しかしながら、租税を免れる認識はあくまで間接事実となるものであり、賦課要件が充足されるためには客観的行為がなければならないということに留意する必要がある。
このような「隠ぺい又は仮装」の成立時期については、重加算税が課税要件事実を「隠ぺい又は仮装」し、これに基づき納税申告書を法定申告期限までに提出しなかった場合等に課されるものであるから、重加算税の納税義務の成立時期である法定申告期限の経過の時(通則法152十三)等と解される。法定申告期限の経過後に「隠ぺい又は仮装」行為があった場合、過少申告事案における裁判例は法定申告期限時に「隠ぺい又は仮装」の意思があったものと推認して重加算税の賦課を肯定している。しかしながら、法定申告期限時における申告行為がない無申告の場合や確定申告時には「隠ぺい又は仮装」行為がなく修正申告時に初めて「隠ぺい又は仮装」行為があった場合には、このような推認は困難であり、問題がより一層紛糾することとなる。

(2)無申告に対する重加算税賦課の問題と方向性
無申告重加算税は、「隠ぺい又は仮装」に基づき法定申告期限までに納税申告書を提出しない場合等に課されるものである。これを行為の関係で見ると、「隠ぺい又は仮装」と無申告という関係が作為と不作為という相反関係となっていると言える。そして、このことに起因して次の問題が生じると考える。

イ 「隠ぺい又は仮装」行為の限定性
この問題は、無申告という目的を達成するためには、原始記録や帳簿書類の改ざん・隠匿などの積極的行為はもちろん、これらを保存・備付すら必要としないため、不正行為として挙証できる証拠が乏しく、また、何をもって「隠ぺい又は仮装」行為と判断するのか問題となることが少なくないというものである。この問題の方向性として、無申告を意図する納税者の内心の作用から生ずる行為をいかに立証するかが賦課要件充足の要諦となるため、納税者の経歴(職歴・身分・地位・学位・経験等)や過去の税務調査の状況、課税に関する一般の報道状況など納税者を取り巻く諸事情を勘案して、無申告により租税を免れようとする認識を判断する必要がある。その上で、この認識から生じた「隠ぺい又は仮装」と評価し得る行為を挙証する必要があるが、この行為としては次のような例を考えることができる。すなわち、申告すべき所得があることを認識していながら原始記録を保存する意識なく、あえて散逸させ、又は電子データを消去するなどして無申告となっている場合、原始記録等から容易に適正な決算が行え、それによれば申告義務があることを認識できるにもかかわらずこれを回避するため虚偽の集計をしたり、行った決算から申告義務があると判断したにもかかわらず申告しない場合、事業管理上作成している記録等から事業全体が容易に把握できるにもかかわらず、特定の所得(支払調書が作成されない取引や異なる決済方法を用いた取引)の取引資料のみ保存せず無申告となっている場合、事業遂行上又は家計の維持上重要な取引で失念する合理的な理由がないにもかかわらず、遠隔地等であることを奇貨として作成した記録を保存せず無申告となっている場合、確定申告の必要があることを認識しながら、生活上等で必要な公的証明を取得するため、内容虚偽の地方税申告書のみを提出している場合などである。しかしながら、無申告重加算税が行為の態様に着目するものである以上、「隠ぺい又は仮装」と評価される行為がなければ賦課要件は充足せず、挙証すべき証拠の乏しい無申告事案においては、過少申告の場合と対比するとその賦課が限定的にならざるを得ない面がある。この賦課限定性は、無申告重加算税が無申告加算税を包含して処分としての同一性を有していることから必然的に生ずる帰結と考えられるため、無申告加算税規定の見直しにより対処すべきである。

ロ 因果関係の脆弱性
この問題は、無申告重加算税は「隠ぺい又は仮装」と無申告との因果関係を過少申告加算税に代えて課される重加算税(以下「過少申告重加算税」という。)と同様に「基づき」としているが、その関係性は過少申告の場合と対比すると脆弱であると言え、「基づき」の解釈によって無申告重加算税の賦課が限定されるというものである。この問題の方向性については、「基づき」のみの文理解釈に拘泥せず、国税通則法施行令28条2項を含めた同法68条2項全体の文理解釈により「隠ぺい又は仮装」の事実と無申告の事実の存在によって因果関係を別途論ずることなく賦課要件が充足すると解することも十分可能と考える。しかしながら、「基づき」が重加算税規定に共通する法文であるから過少申告の場合と同等の因果関係が必要と解するならば無申告重加算税の賦課は限定的にならざるを得ず、この賦課の限定性は上記と同様に無申告に起因して生ずると解されるため、無申告加算税規定の見直しにより対処すべきである。

ハ 「隠ぺい又は仮装」の時期に随意性
この問題は、無申告者は不正行為を行うに当たり、法定申告期限の経過の前後を意識することがなく、また、無申告事案では法定申告期限時における申告行為が存在しないため、法定申告期限経過後の「隠ぺい又は仮装」行為に対して法定申告期限時の「隠ぺい又は仮装」を合理的に推認することは困難であり、無申告重加算税が実質的に機能しない場合があるというものである。この点、重加算税の納税義務の成立時期の規定については、繰上請求の観点から必要な範囲で定めたもので、法定申告期限までに賦課要件を満たす必要はないとの解釈が示されているが、検証された定説とは言えない状況にある。したがって、この問題に対しては納税義務の成立時期の趣旨及び重加算税の趣旨目的を踏まえて立法的に解決する必要がある。

(3)限界への対応と手続的統制の要否

イ 必要な規定の見直し

(イ)無申告加算税の二段階制の課税率の引上げ
無申告加算税は、法定申告期限内に確定申告書の提出が無いことの帰責により過少申告加算税の課税率から5%分が上乗せされているが、二段階制による課税率においても過少申告加算税の二段階制の課税率との差は同値であり、無申告重加算税の賦課に特有な問題に対応できていない。無申告という性質から生じる重加算税の賦課の限定性は、重加算税賦課の行政上の限界等の趣旨から設けられた無申告加算税の二段階制により対処すべきであることから、この二段階部分として上乗せされる課税率は、現行の5%から10%に引き上げるべきである。

(ロ)「隠ぺい又は仮装」の成立時期の見直し
納税義務の成立時期の規定は、国税の更正・決定等の期間制限の始期(通則法70)などさまざまな要件に関係しており、本税に従属する加算税であっても、法律関係の明確化等の理由から納税義務の成立時期を明確にすることは意義がある。そこで、重加算税の納税義務の成立時期を法定申告期限等の経過の時としつつ、重加算税の趣旨目的も考慮し、法定申告期限等の経過後に行われた「隠ぺい又は仮装」行為への対応として、国税通則法15条2項13号に行為の時期に関するみなし規定を措置すべきであると考える。すなわち、法定申告期限等の経過後に「隠ぺい又は仮装」行為が行われた場合には、これを法定申告期限等の経過時点にあったものとみなすことで、無申告者における「隠ぺい又は仮装」の時期の随意性の問題などに対応すべきである。

ロ 手続的統制の要否
近時、重加算税の賦課に対して、課税庁の慎重な処分を担保する必要から処分理由を附記すべきとの議論がある。しかしながら、次の二つの理由から直ちに賛同できない。すなわち、第一に重加算税を賦課することの公益性という理由である。重加算税は、課税庁の手続のみで課されることにより、その実効性が確保されているものであり、年間の賦課件数も膨大である。このような重加算税の賦課に対して処分理由を附記するとすれば、必然的に税務調査の件数が減少し、重加算税の賦課件数も減少せざるを得ない。そして、これに起因して「隠ぺい又は仮装」行為による納税義務違反の発生が増大するおそれがある。また、第二に附帯税としての附随性という理由である。重加算税は、本税における課税要件事実について、「隠ぺい又は仮装」行為による納税義務違反があった場合に本税に附加して課されるものであり、課される原因は納税者が行った本税の課税要件事実に対する不正行為である。したがって、不利益処分ではあっても青色申告書に係る更正処分や青色申告の承認の取消処分とは全く別個の性質のものと言える。以上の理由及び重加算税の賦課決定処分に対しては不服申立てが可能であることも併せ考えれば、異議決定の段階で、維持される処分を正当とする理由を明らかにする現行法(通則法845)の下においても、課税庁の重加算税賦課に対する慎重性は、十分に担保されていると考えられる。

3 結論

 本研究は、近時の無申告者の増加と執行の均一性に対する批判の可能性という問題認識から、無申告重加算税の賦課の問題に対して、賦課の方向性と限界に対する立法措置の提言を行った。無申告重加算税の賦課の問題は、無申告事案における今後の積極的な重加算税の賦課の検討を通じてさらに明確にされるべきであり、そして、そのような中において「隠ぺい又は仮装」の解釈に当たっては、この法文が措置された昭和25年税制改正当時の社会状況からの進運が考慮されるべきであり、必要以上に保守的であってはならないと考える。


目次

項目 ページ
はじめに 221
第1章 加算税制度と無申告加算税 223
第1節 加算税制度の沿革 223
1 賦課課税制度下における行政上の制裁的措置 223
2 申告納税制度下における行政上の制裁的措置 224
3 小括 229
第2節 加算税の性質 231
1 加算税制度の趣旨・目的 231
2 二重処罰との関係 234
第3節 無申告加算税の性質 236
第2章 重加算税の賦課要件 239
第1節 「隠ぺい又は仮装」の意義 239
1 問題の所在 239
2 学説 240
3 裁判例 241
4 課税実務上の取扱い 244
5 小括 248
第2節 認識の要否 249
1 問題の所在 249
2 「隠ぺい又は仮装」の認識のみ必要とする説 249
3 租税を免れる認識をも必要とする説 252
4 客観的行為で足りるとする説 253
5 小括 254
第3節 「納税者」の範囲 256
1 問題の所在 256
2 学説 256
3 裁判例 259
4 小括 260
第4節 非積極的行為 262
1 問題の所在 262
2 学説 262
3 最高裁の判断 266
4 検討 269
5 小括 277
第5節 「隠ぺい又は仮装」の成立時期 278
1 問題の所在 278
2 法定申告期限後等の「隠ぺい又は仮装」行為の評価 279
3 「隠ぺい又は仮装」に基づく修正申告の問題 280
4 解釈論の新展開 282
5 小括 284
第3章 無申告に対する重加算税賦課の問題 285
第1節 無申告に特有な問題点 285
1 無申告重加算税の賦課事例 285
2 無申告重加算税の構造と惹起される問題 287
第2節 「隠ぺい又は仮装」行為の限定性 287
第3節 因果関係の脆弱性 289
第4節 「隠ぺい又は仮装」の時期の随意性 291
第4章 無申告に対する重加算税賦課の方向性 295
第1節 方向性と限界 295
1 「隠ぺい又は仮装」行為の限定性への対応 295
2 因果関係の脆弱性への対応 297
3 「隠ぺい又は仮装」の時期の随意性への対応 299
第2節 必要な規定の見直し 300
1 無申告加算税の二段階制の課税率の引上げ 300
2 「隠ぺい又は仮装」の成立時期の見直し 301
第3節 手続的統制の要否 302
結びに代えて 306

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