宮川 博行
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 我が国は、地域経済の活性化、雇用機会の増大、国民の健康の増進、潤いのある豊かな生活環境の創造、国際相互理解の増進等を目的として、観光立国推進基本法を制定するとともに、同法に基づく観光立国推進基本計画を策定し、観光立国の実現を推進している。中でも同計画には、「訪日外国人旅行者数を平成22年までに1,000万人にすること」が目標として掲げられ、我が国は更なる外国人旅行者の誘致を目指すこととなる。
このような現状の中、観光における買い物の位置付けは高く、輸出物品販売場制度は、観光立国を目指していく上で、その必要性が更に増していくことが想定される。
輸出物品販売場制度は、輸出物品販売場を経営する事業者が、外国人旅行者等の非居住者に対し、土産品等として一定の物品の譲渡を行った場合に、輸出免税と同様にこれに係る消費税を免除するというものである。我が国の制度は、物品の販売段階で免税手続が一義的に完結するという他国に例のない方式を採っている。一方、欧州諸国をはじめ諸外国では、出国時に税関の確認を受け、事後に還付を受ける方式を採用している(以下、我が国の方式を「免税方式」、欧州等の方式を「還付方式」という。)。
免税方式を採用する我が国の制度は、外国人旅行者等(以下「旅行者」という。)及び事業者双方にとって簡素な制度であると説明されているが、近年、当該制度を利用した不正還付事件が発生するほか、免税の対象である「通常生活の用に供する物品」の範囲を明らかに超えるような販売事例が生じている。このような事例の原因として、その仕組みや免税の適用基準に問題はないかということが懸念される。
本稿は、このような現状を踏まえ、旅行者に対する免税の根拠、制度の沿革を研究するとともに、現行制度の検証、更には、諸外国の制度の調査及び比較検討を通じて、望ましい輸出物品販売場制度の在り方について提言するものである。

2 研究の概要

(1)消費税の国境税調整の原則(原産地原則と仕向地原則)
消費税(付加価値税)では、国際取引に関する課税権の調整のための租税条約は存在しないが、従来から、物品、サービスの生産国において課税するという原産地原則と物品、サービスの仕向地又は消費地国において課税するという仕向地原則の二つの考え方がある。
仕向地原則は、輸出品に対する免税措置と輸入品に対する課税措置を通じて国境税調整を行うものであり、消費に負担を求めるという税の性格に合致していること、国境税調整が容易であり、国際的競争に対して中立的であるなどの特徴がある。GATTが仕向地原則を採用したことにより、現在の物品の供給に関する国境税調整の国際的な原則となっている。

(2)輸出物品販売場制度(旅行者等に対する免税制度)の性格
間接税においては、仕向地原則に基づき、輸出については免税措置が採られている。輸出物品販売場制度は、輸出免税制度に準じて、旅行者によって輸出される物品について、消費税(付加価値税)を免除するものと考えられる。しかしながら、旅行者は最終消費者であり、課税の競合や国際的な競争に対する中立性を問う必要のないものであるといった点を踏まえると、仕向地原則から必然的に求められる制度というよりも、観光客誘致を目的とした便宜の供与及び事業者の販売戦略のツールといった側面を持った制度ともいえるものと考えられる。
このことは、この制度が事業者に義務付けられたものではないこと、日米安保条約に基づく行政協定が締結された昭和27年、同協定の実施に伴う所得税法等の特例措置を定める法律により、旧物品税に導入された経緯を見る限り、米軍の軍人や家族に対する便宜を契機として創設されたものと思われること、諸外国をみても同様の制度が各国で広く採用されている一方で、ニュージーランドやロシアをはじめ制度のない国が多数存在していること、更に、カナダでは財政再建のために制度を廃止していることからも窺うことができる。

(3)輸出物品販売場制度の検証

イ 制度上の観点からの検証

(イ)制度の担保
消費税法では、輸出物品販売場制度を利用して物品を購入した場合に、旅行者が1居住者となった場合、2出国に際して輸出しなかった場合、3国内で譲渡した場合等には、その旅行者から免除に係る消費税を徴収することとして、制度を担保している。このような徴収方法は、旧物品税から踏襲されているものであるが、旧物品税に導入された昭和27年当時に比して、外国人旅行者数が増大するなど環境は大きく変化しており、たとえ旅行者にこのような事情が生じた場合であっても、これらの事実を把握することは多くの場合困難で、徴収することは更に困難である。制度の担保としての機能に疑問を抱かざるを得ない。

(ロ)通常生活の用に供する物品(免税の対象となる物品)の範囲
免税の対象は、「通常生活の用に供する物品」とされており、国内で消費される物品が除かれるほか、いわゆる消法7条による輸出免税の特例規定として設けられている制度であること等から、販売用や事業用に供される物品は対象から除かれると考えられる。販売用又は事業用か否かについては、1購入目的、2物品の性質、3購入数量、4対価の支払方法などを基準に判定することが考えられるが、旅行者によって購入の意思、目的、生活様式などの事情は千差万別であることから、いずれも決定的な基準とはなりえず、具体的な基準を示すことは困難なものと考えられる。このため、現状では、販売用又は事業用は免税の対象とならないことの周知を行うとともに事例の蓄積が必要であると考えられる。
また、食料品や化粧品などについては、国内で消費される可能性があることから免税の対象外とされているが、特に化粧品については、旅行者の買い物の中では上位に位置しているにもかかわらず、現行の制度はこれに貢献していない。

(ハ)その他
免税の対象者である非居住者の範囲については、外為法及びその財務省通達によっているが、このことが制度を分かりにくくさせる要因となっているとすれば、納税者指導及び広報を通じた細かな周知が必要である。
免税の適用要件である「購入者誓約書」の保存については、後述のとおり、購入記録票の回収が確実に担保されていない現状からすれば、輸出免税における税関の輸出証明と比較して証拠としての証明力は決定的に弱い面があり、また、毎月の提出が義務付けられていた旧物品税と比較しても、けん制効果の面で後退している。

ロ 事務運営上の観点からの検証
納税者の管理については、輸出物品販売場の許可は特定の場所についてなされるため、税務署間の連絡・協調体制の構築など煩雑な面もあると思われるが、販売場の移転に伴う無許可販売の防止や事業者のコンプライアンスの維持のために販売場所轄署における一定の管理が必要である。
納税者指導については、事業者の制度に対する認識を高め、コンプライアンスを維持・向上させていくために、定期的な接触や書面照会を組み合わせるなど、継続的な指導体制の構築が必要である。
広報については、国税庁における事業者向けの制度面の周知は行っているものの、現状では旅行者に対して制度の利用を促すような政府としての積極的なPRは認められない。国税庁としても輸出物品販売場の公表の可能性などを検討していく必要があると考えられる。
税関における執行について、免税購入した旅行者には、出国する際に購入記録票の税関への提出が義務付けられているものの、既に免税で購入した物品を所持していることから、提出しない場合のデメリットがない限り提出の必要性を見出せないと考えられる。税関サイドにおいても、パンフレットや案内掲示により、提出を呼びかけているが、すべての購入記録票が提出されるという実態は考えづらい。仮に国内で譲渡された場合においても、税関でのチェックが働かないことも想定されるため、税関への提出の促進策を検討する必要がある。

(4)諸外国のタックス・リファンド制度
本稿では、イギリス、オーストラリア、韓国、シンガポール、台湾及びタイの制度について研究している。なお、EU諸国においては、EC付加価値税指令に免税要件が定められており 、これに基づき加盟国がそれぞれ制度の詳細を定めている。
研究の結果、基本的な仕組みは、いずれも旅行者が出国時に税関の確認を受けて事後に税相当額の払戻しを受ける制度となっており、旅行者が携帯して出国しない限り免税されることはないため、制度の担保の面での問題は少ないと思われる。一方、各国の制度は、払戻しの主体の違いから、大きく二つのタイプに分類できる。

イ EU方式(事業者が払い戻す方式)
EU諸国を中心に広く採用されており、税関のスタンプのある書類を証拠に事業者が払い戻す方式であり、事業者は払い戻したことにより免税の適用を受ける。書類の回収及び払戻しに代行業者を利用しているという特徴がある。EU方式は、事業者に対して、免税の取扱いをするか否かの判断及び生ずるリスクの負担並びにこれに伴う事務負担を負わせるものと考えられる。このような事務負担が生ずることから、旅行者及び事業者の便宜を図るために代行業者が存在する余地があり、言い換えると、EU方式は代行業者の介在を前提とした制度ともいえる。また、EU方式では、事業者の事務負担と代行業者の介在により、払戻しのための手数料が発生するため、払い戻される金額は減額され、免税の効果は低下する反面、代行業者の存在により、旅行者や事業者更には統一的な運営が期待できるという点で政府を含めた事務負担が軽減されている。

ロ 直接還付方式(政府機関が払い戻す方式)
オーストラリア、台湾、タイにおいて採用されており、出国時に直接政府機関が税相当額を還付する方式である。事業者は、課税販売の上、旅行者の求めに応じてタックス・インボイス等の書類を交付するのみであり、その後の特別な手続等は存在しないため、事業者の事務負担は軽く、非常に簡素な制度であると思われる。この方式は、事業者の事務負担と責任を大きくせずに、政府の責任において還付する制度といえる。デメリットとして、還付を行う政府側の事務負担が大きいということであり、これを軽減する工夫が必要になる。この点に関し、台湾では、還付を指定銀行の窓口を設置することにより対応しており、タイでは、低額な手数料を徴収してコストを軽減させている。また、タックス・インボイス等の書類の真偽の心配があるが、現物とのチェックを行うことから、大きな問題はないと思われる。
なお、標準税率をみると、オーストラリア10%、台湾5%、タイ7%といずれも比較的低税率であり、税率が低い場合は、払い戻される金額も小さく代行業者にとって営業上のメリットが低くなるため、代行業者側が参入に動かないということも想定される。

(5)輸出物品販売場制度の在り方の提言

イ 事務運営の在り方(短期的な対応)
税率5%の現状の下では、事業者数や免税規模は現行の水準又は微増で推移するとの前提に立ち、現行の事務運営の充実を図り、制度の信頼性を確保するため、例えば、納税者管理及び納税者指導体制として、販売場所轄署の一定の管理と、定期的な指導を目的とした更新制の導入や文書照会・文書指導を通じてコンプライアンスの維持・向上を図ることが考えられる。なお、更新制は法改正を要するため、当面、文書照会等を通じて継続的な指導を行っていくべきと考える。
また、購入記録票の回収については、税関における施策のほか、国税庁として、例えば、輸出物品販売場から旅行者への周知と航空会社・旅行業者からの周知を依頼するなどの施策を通じ、旅行者が自ら税関へ提出するように継続的な指導を行う必要がある。

ロ 輸出物品販売場制度の在り方

(イ)制度の基本的な仕組み
税率引上げについては、議論のあるところであるが、引上げが行われた場合には輸出物品販売場の重要度は増し、位置付けは大いに変化すると予想される。現状、危惧される点があり、特に制度の担保が不十分で、税関における購入記録票の回収も難しいということからすると、事後の確認や是正も難しく、適正な運用に不安のある制度となっている。旅行者に対する便宜や事業者の販売戦略用のツールといった側面のある制度であることを考慮すると、不安のある現行制度にとどまる必要性を見出せない。輸出されたことを確認して免税となる還付方式への転換が必要であると考えられる。
還付方式を採用する場合、大きくEU方式と直接還付方式があるが、1輸出物品販売場制度の位置付け、2責任の比重、3事務量の負担について、我が国がどのように考えるかにより、選択される方式も決まるものと思われる。政府が制度に積極的に関与し、拡充を図るのであれば直接還付方式を、制度の性格を踏まえ現行制度のように基本的に事業者に任せるという場合はEU方式を選択すべきと考えられる。

(ロ)免税の対象物品
現行の「通常生活の用に供する物品」については、前述のとおり、販売用又は事業用は除かれるのであるが、その判定に難しい面があることを踏まえると、免税の対象物品の範囲を明確にする必要がある。
そこで、定義により対象物品を限定するのは難しいこと、事業規模であれば一般的には別送等になるであろうということに鑑み、免税の対象を手荷物に限ることにより、土産品等として購入されるものを対象とする法の趣旨を実現することも可能であると考えられる。これは諸外国では一般的であり、還付方式を採用する場合は、現物を確認することが前提となるため当然の措置ともいえる。
なお、還付方式の採用により、消耗品として対象から除かれている日本酒等の食料品や化粧品等についても未使用のものは免税の対象とすることが可能となる。

(ハ)輸出物品販売場の許可制の緩和
現在、輸出物品販売場を設置するためには、納税地の所轄税務署長による許可が必要とされている。還付方式を採用する場合は、課税販売となるため、必ずしも許可制である必要はないとも思われるが、特殊な販売形態であることに変わりなく、継続的な管理・指導は必要であると考えられる。一方、観光客誘致という観点からは、輸出物品販売場の拡充が求められる。そこで、許可制から届出制に緩和することにより、一定の管理の実現と輸出物品販売場の拡充に資するような仕組みとする検討も必要であると考えられる。

(ニ)その他
免税の対象者については、事業者が容易に判定できるよう明確化するため、例えば、「入国後6か月以内の本邦以外の国籍の者」とすることなどが考えられる。
購入から輸出までの期間については、現行法では、輸出まで非居住者であることが必要とされているが、EU方式が採用された場合には、事業者の免税対象の売上管理が長期間に及んだり、煩雑になるなどの問題が生ずることが考えられる。また、仮に、出国時に居住者と判定された場合にトラブルとなることも想定されるため、EU諸国と同様に、例えば、「購入後3か月以内に輸出すること」など分かりやすい条件とする必要がある。
免税の対象となる最低購入金額については、全体的な事務量と制度の効果のバランスにより設定すべきものであるが、制度導入国の平均は11,720円であり、我が国の10,000円を超えるものは平均的といえることから、現行水準の維持が妥当と思われる。
なお、EU方式を採用する場合、代行業者の利用に伴うものや事業者において書類の返送費用や振込み手数料等の払戻しのための費用が生ずるため、手数料の発生も考えられ、これらの環境整備も必要となろう。

ハ 将来に向けた環境の整備
還付方式(特に直接還付方式)を採用する場合、我が国は課税事業者番号を有しないため、事業者を特定するための輸出物品販売場番号等の制定が必要となる。
また、新たな仕組みにおいては、事業者及び旅行者双方の負担を軽減し、更には、制度の信頼性と利便性を向上させるため、紙ベースの購入記録票等の書類からICカードやICパスポートの利用など制度のIT化も検討すべきと考えられる。

3 結論

 我が国の輸出物品販売場制度には、いくつかの危惧する点があるが、特に、制度の担保や購入記録票の回収に不安がある点については、制度全体を見直す必要があると思われる。今後、税率が引き上げられた場合には、制度の重要性も増すと推測されることを踏まえれば、還付方式への転換を図る必要がある。
還付方式へ転換する場合、政府機関の大幅な事務量の増加を伴う直接還付方式を採用することは困難と考えられることから、大多数の国が採用するEU方式を基本に仕組みを構築することが妥当であろうと考えられる。いずれにしても、輸出物品販売場制度をどのような位置付けとし、責任の比重や事務量の負担をどのように考えるかにより、選択すべき仕組みは決まるものと考えられる。なお、制度改正が観光客誘致の阻害要因とならないよう、許可制の緩和による店舗数の拡充、食料品や化粧品等の免税対象物品の拡大を図るとともに、IT化を通じた利便性の向上に努める必要があることを付け加える。


目次

項目 目次
はじめに 102
第1章 消費税の輸出物品販売場制度に関する原則 107
第1節 消費税法における免税制度 107
1 輸出免税 107
2 輸出物品販売場における免税 108
第2節 輸出物品販売場制度導入の経緯 110
1 旧物品税法における輸出物品販売場制度 110
2 消費税法における輸出物品販売場制度 114
第3節 国境税調整の国際的な原則 115
1 国際的な租税調整の必要性 115
2 原産地原則と仕向地原則 116
3 GATTと仕向地原則 119
4 国境税調整のまとめ 121
第4節 輸出物品販売場制度の性格 122
1 各国の導入状況 122
2 輸出物品販売場制度の性格 125
第2章 輸出物品販売場制度の検証 127
第1節 制度上の観点からの検証 127
1 制度の担保 127
2 非居住者の範囲 130
3 免税の対象となる物品の範囲 131
4 事業者の免税適用要件 138
5 制度上の観点からの検証のまとめ 139
第2節 事務運営上の観点からの検証 140
1 納税者管理 140
2 納税者指導 141
3 広報 142
4 調査事例・裁判事例に見る諸問題 143
5 税関における執行 147
第3章 諸外国のタックス・リファンド制度 150
第1節 沿革 150
第2節 EU諸国のタックス・リファンド制度 150
1 EU共同付加価値税制における位置付け 150
2 イギリスのVAT小売輸出制度 152
第3節 EU以外の各国におけるタックス・リファンド制度 159
1 オーストラリアのツーリスト・リファンド・スキーム 159
2 韓国の事後免税(タックス・リファンド)制度 164
3 シンガポールのツーリスト・リファンド・スキーム 166
4 台湾の事後免税制度(TRS) 173
5 タイの付加価値税還付制度 177
第4節 代行業者 180
1 主な代行業者 181
2 代行業者の役割 181
3 代行業者が徴収する手数料 183
第5節 小括 183
第4章 輸出物品販売場制度の在り方の提言 188
第1節 事務運営の在り方(短期的な対応) 189
1 納税者管理及び納税者指導体制 189
2 購入記録票の回収 191
第2節 輸出物品販売場制度の在り方 192
1 制度の見直しの必要性 192
2 今後の輸出物品販売場制度に対する考え方と制度の選択 193
3 選択すべき制度 195
4 将来に向けた環境の整備 201
5 小括 205
結びに代えて 206

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