栗谷 桂一
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 国税徴収法(以下「徴収法」という。)上の質問検査権については、下記【備考】のとおり他税法のそれとは異なる部分があるにもかかわらず、あまり研究が行われていない。また、近時、個人情報保護及び法令遵守の要請がますます高まる中、質問検査権行使の要件等に関する考え方を整理する必要性が再認識されている。
そこで、徴収法上の質問検査権に関する問題点について整理・検討し、その適正かつ円滑な行使を図るとともに、厳正かつ的確な滞納整理の推進に資することとしたい。

【備考】所得税法と国税徴収法の規定の違い
所得税法 徴収法
質問検査権 旧所得税法(昭和22年法律第27号)第63条において創設  
  旧徴収法の改正(昭和25年法律第69号)により創設
現行徴収法(昭和34年法律第147号)が承継
現行所得税法(昭和40年法律第33号)第234条が承継  
【第234条】
 国税庁、国税局又は税務署の当該職員は、所得税に関する調査について必要があるときは、次に掲げる者に質問し、又はその者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができる
3号(納税義務がある者等に)金銭若しくは物品の給付をする義務があったと認められる者若しくは当該義務があると認められる者又は1に掲げる者から金銭若しくは物品の給付を受ける権利があったと認められる者若しくは当該権利があると認められる者
【第141条】
  徴収職員は、滞納処分のため滞納者の財産を調査する必要があるときは、その必要と認められる範囲内において、次に掲げる者に質問し、又はその者の財産に関する帳簿書類を検査することができる
3号 滞納者に対し債権若しくは債務があり、又は滞納者から財産を取得したと認めるに足りる相当の理由がある

(注)税制調査会昭和36年7月5日「国税通則法制定に関する税制調査会答申(税制調査会第二次答申)」では、各税法において不統一の見られる質問検査権規定について所要の整備を図った上、国税通則法に統一的な規定を設けるべきであるとの意見が示されたが、立法化が見送られ、現在に至っている。

2 研究の概要

 本研究では、上記のような他税法との相違点も踏まえつつ、徴収法上の質問検査権に関するいくつかの問題点を採り上げ、検討した。その一部について要約する。

(1)質問検査権行使の主体としての「徴収職員」に関する問題点

イ 国税局徴収部の国税訟務官(国税局所属の徴収職員)は、税務署長から「徴収の引継」を受けないで、訴訟追行に必要な調査を行なうことができるか。

(イ)検討の必要性
国税通則法(以下「通則法」という。)よれば、税務署の滞納事案について国税局所属の徴収職員が徴収を行うためには、税務署長から国税局長に対して徴収権限の引継(徴収の引継)を行うことが必要である(同法43条1項、3項)。しかしながら、税務署の滞納事案に関して訴訟が発生した場合には、国税訟務官において訴訟追行に必要な調査を行なう一方、税務署においても通常どおり徴収事務を継続する必要があるため、「徴収の引継」によって税務署長の徴収権限を喪失させてしまうと支障が生ずる。そこで、「徴収の引継」を行うことなく(税務署長の徴収権限を維持したまま)国税訟務官において調査を行なうことの可否が問題となる。

(ロ)検討結果

A 国税局課税部の国税訟務官について、東京高裁平成9年6月18日判決(訟務月報45巻2号371頁。最高裁第一小法廷平成10年1月22日判決(税務訴訟資料230号65頁)で是認)は、所得税法上、質問検査の主体が「国税庁、国税局又は税務署の当該職員」と規定されていることなどから、当然に質問検査権を行使することができる旨判示した。
これに対し、徴収法では、1質問検査の主体は「徴収職員」すなわち「税務署長その他国税の徴収に関する事務に従事する職員」とされており(同法141条、2条11号)、かつ、2国税の徴収は納税地の所轄税務署長が行う(通則法43条1項)とされていることから、質問検査の主体は、原則として所轄税務署長とその事務補助者たる当該税務署所属の徴収職員であり、「徴収の引継」がない限り、国税訟務官は質問検査権を行使することはできないという考え方もあり得なくはない。

B しかしながら、国税訟務官が滞納処分の執行自体を行うのであればともかく、調査のみを行なうのであるならば、必ずしも「徴収の引継」は必要でなく、所轄税務署長から国税局長に対して調査を依頼すれば足りる(所轄税務署長の代理として国税訟務官が調査を行なうことができる)と考える。

(A)行政組織法上の一般理論として、「権限の代理」が認められており、かつ、授権代理については、被代理官庁に指揮監督権が残り、責任が当該被代理官庁に帰属するから、権限を授権した法律の趣旨に真正から対立するものではなく、法律上の根拠はいらないとするのが通説である。したがって、徴収法上の質問検査権についても、所轄税務署長以外においてそれを行使する実際上の必要性が大きく、かつ、その手段として「徴収の引継」又は「滞納処分の引継」によることができない事情があるときは、「権限の代理」による余地がある。

(B)財務省組織規則は、国税局特別整理部門の国税徴収官等の所掌事務について「国税局長が引継を受けた滞納処分の執行に関する事務」と規定しているのに対し(同規則491条2項)、国税訟務官の所掌事務については、「内国税の徴収に関する訴訟に関すること及びその訴訟に係る滞納処分の執行に関すること」と規定しており(同492条)、「国税局長が引継を受けた」という留保を付していない。これは、上記(A)の考え方を前提として、国税訟務官は「徴収の引継」を受けずとも、「権限の代理」により訴訟事案に関する調査を行なう余地を残したものと解される。

ロ イの関連問題として訴訟係属中に質問検査権を行使して証拠収集等を行うことの可否

(イ)検討の必要性
上記東京高裁平成9年6月18日判決は、国家賠償請求訴訟(課税処分の違法を理由とする)の係属中に国税訟務官が質問検査権を行使して証拠収集したことの適否について、質問検査権規定の目的に適合しており違法性はない旨判示した。しかしながら、訴訟法の観点から、当事者対等原則が問題となり得る等の指摘があり、その点が争われた大阪高裁昭和47年7月26日判決(税務訴訟資料66号94頁)では、質問検査によって得られた供述等の証拠能力の認定に際し、調査の任意性が前提とされている。
そこで、税法上は適法な質問検査といえるとしても、収集された資料等が証拠能力を有するためには、当事者対等原則等の観点から、調査の任意性が要件とされるのか(罰則による間接強制力を有する質問検査権を行使することはできないという考え方があり得るのか)が問題となる。

(ロ)検討結果
「起訴後に検察官が被告人を取り調べることの可否」が争われた最高裁昭和36年11月21日判決(刑集15巻10号1764頁)、刑事訴訟における当事者対等原則と民事・行政訴訟手続におけるそれとの比較、及び民事・行政訴訟手続における当事者の調査義務に関する規定等を踏まえて検討すると、次のように結論づけることができよう。
税法は、質問検査権行使の時期について何ら制約を付していない。確かに、税務職員(国)と相手方はともに「訴訟上の当事者」であり、民事訴訟においても当事者対等原則は妥当する。しかしながら、税務職員は、訴訟上の当事者であると同時に、適正公平な賦課徴収の実現という職責を負っており、そのために質問検査権が付与されている以上、訴訟維持に必要な調査は、訴訟提起中といえども当然になし得る。税法の規定に基づく質問検査権行使が直ちに違法とされ、その結果得られた供述や資料等の証拠能力が否定されるべき理由はない。

(2)質問検査権行使の相手方及び検査対象物件に関する問題点

イ 滞納者の過去の取引先も質問検査の相手方に含まれるか。

(イ)検討の必要性
例えば、所得税法第234条では、「納税義務者に対して債権債務があると認められる者又はあったと認められる者」というように、現在の取引先だけでなく過去の取引先も質問検査の相手方とされているが、徴収法第141条では、「滞納者に対して債権債務があり」というように、過去の取引先は相手方とされていないかのような規定になっている。しかしながら、滞納整理においても、過去の取引先に対する質問検査が不可欠であることは言うまでもない。

(ロ)検討結果

A 徴収法は、滞納者から財産を取得したと認めるに足りる相当の理由がある者に対しても質問検査を認めており(同法141条3号)、その主目的は、滞納者が対価として受領した財産を把握することであるとされている。また、徴収法第39条は、法定納期限の1年前の日後に無償譲渡等を受けた者の第二次納税義務を規定している。これらの規定から、徴収法は、過去の事実から現在の財産を把握することを予定していると解される。

B 「滞納者に対し債権債務があり」という規定自体、時間的な幅を含んだものであると解することができる。同規定は、調査時に取引のある者だけでなく、「調査対象財産について取引のある者」という趣旨に解することが可能であり、その調査対象財産には、眼前の表見財産はもとより、過去から現在までの間に移動した財産も含まれるというべきであるから、その移動状況の調査対象期間において取引のある者は、すべて質問検査の相手方に含まれるというべきである。

ロ 帳簿書類以外の物件(その他の物件)の取扱い

(イ)検討の必要性
例えば、所得税法第234条では、検査対象物件が「事業に関する帳簿書類その他の物件」と規定されているのに対し、徴収法第141条では、「財産に関する帳簿書類」とされ、「その他の物件」が規定されていない。しかしながら、滞納整理においても、帳簿書類以外の物件(財産自体はもとより、印章、カード、鍵、コンピュータ等)の現物確認が不可欠であることは言うまでもない。

(ロ)検討結果
検査対象物件として規定されている「帳簿書類」の中に上記のような物件まで含まれると解することや、「帳簿書類」が例示に過ぎないと解することは、税法解釈の一般原則に照らし、かなり困難である。
しかしながら、最高裁第三小法廷昭和48年7月10日判決(刑集27巻7号1205頁)は、「税法は事実認定と判断に必要な範囲内で職権による調査が行なわれることを当然に予定しており、その職権調査の一方法として質問検査権の規定を設けている。したがって、当該規定上特段の定めがない実施の細目については、質問検査の必要性と相手方の私的利益を衡量し、社会通念上相当な程度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられる。」と判示しており、この考え方を参考として検討すると、「質問」の具体的な実施細目については規定がないから、質問の必要性と相手方の私的利益を衡量し、社会通念上相当な程度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられており、「質問」の一環として、物件を提示し閲覧に応ずるよう求めることができると解する余地がある。
徴収法上の質問検査権は、滞納者の財産の発見を目的とするものであるから、上記のように解してこそ、はじめて質問検査権規定の目的に合致することになるのであり、かつ、そのような解釈は、「質問」という表現から予測できる範囲内のものといえる。


目次

項目 ページ
はじめに 9
第1章 徴収法と他税法の質問検査権規定の違い 11
1 徴収法の質問検査権規定 11
2 所得税法の質問検査権規定との違い 11
第2章 徴収法上の質問検査権に関する諸問題 15
第1節 質問検査権行使の主体(特に国税訟務官について) 15
1 検討の必要性及び検討の手掛かり 15
2 検討 17
第2節 質問検査の相手方 28
第1款 財産の占有者(徴収法141条2号) 28
1 占有の意義 28
2 金銭の所有権 34
第2款 債権者、債務者及び財産の取得者(徴収法141条3号) 44
1 「認められる者」と「認めるに足りる相当の理由がある者」の異同 44
2 過去の取引先等に対する質問検査の可否 45
第3節 質問検査の目的 49
第1款 二重の制約の存在 49
第2款 「滞納処分のための滞納者の財産の調査」に含まれる範囲 53
1 第二次納税義務成立要件等の調査 53
2 訴訟係属中に質問検査権を行使して証拠収集等を行うことの可否 57
第4節 質問検査の範囲及び検査対象物件 66
1 「その必要と認められる範囲内において」との制約の趣旨 66
2 帳簿書類以外の物件の取扱い 70
第5節 その他の問題点 82
おわりに 87

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