佐藤 謙一

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 更正の請求期間を経過した後などに、納税者から申告等によっていったん確定した税額等を自己に有利に変更すべきことを求めて課税庁に対して提出されるいわゆる嘆願書は、法的に「いわば納税者の税務署長に対する単なる要望ないしは陳情を述べた書面ともいうべきものにすぎず、…税務署長が嘆願書の内容のとおりの更正処分をしたりあるいは更正処分のための審査を行うべき義務を負うものでないことはもちろん、嘆願書に対する応答の義務もないものというべき」ものとされている。
このような嘆願書による要請内容に関連して、学者や実務家の中には、更正の請求期間を経過した年分又は事業年度等(以下「年分」という。)に係る税額の減額を求める納税者の要請に対して、課税庁は納税者の権利救済の観点から減額更正等をすべき義務があるとする見解を示されたり、また、このような見解を前提にしたものと思われるが、「いかなる場合に減額更正が行われ、どのような場合に行われないのか極めて不明瞭」であり、「更正の請求の期限徒過後の減額更正義務の行使については、一定の基準があってしかるべきである」としてその取扱いの問題を指摘する論稿も見られる。
さらに、近年、納税者に嘆願書の提出等を指導していなかったとして顧問税理士に対して損害賠償責任を認める裁判例もみられる。
本稿は、このように特に実務上の面から議論される場合が多い嘆願・嘆願書について、納税者が課税庁の職権による減額更正を促すという点で同視される国税通則法(以下「通則法」という。)23条の更正の請求のほか、これに関係する同法24条の更正及び同法70条2項の減額更正ができる期間制限並びに更正の請求期間を経過した後に課税庁に対して減額更正を求めて争いになった過去の裁判例などを踏まえて、その取扱いを中心に考察してみようとするものである。
そして、このような考察の過程において現行の更正の請求制度に対して一定の評価を加えるとともに、上記嘆願書の取扱いについての考察結果なども踏まえて平成16年に改正された行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)に明文化された義務付けの訴えとの関係についても必要な範囲で言及することとしたい。

2 研究の概要

(1) 申告納税制度の下における税額等の確定手続とその変更手続等

イ 税額等の確定手続の概要とその趣旨
申告納税制度の下において、納税義務としての納付すべき税額は原則として納税者のする申告によって確定するが、その申告等に誤りがあるなどの場合に課税庁は更正等によってその誤りを是正する。このような税額等の確定手続は、申告の基礎となる事実について最もよく知っている納税者自身に課税標準等とそれをもとに算定される税額等を決定させた方が、民主主義の原則からも課税・徴税コストの面からも妥当と考えられたからであり、二次的に調査という手段(権限)を課税庁に与えて課税の適正・充実を図りその制度を担保する措置を設けている。

ロ 納税者がする申告等の誤りの是正
課税庁による更正があるまで、納税者が自らの申告の誤りを是正するために課税庁に対して働きかけ得る方法としては、修正申告と更正の請求があるが、その適用場面は全く異なる。現行法上、先にした申告に係る税額等を自己に有利に変更すべきことを求める方法は、原則として更正の請求という手続によらなければならないとされている。

(2) 更正の請求期間を経過した後の申告等の是正等

イ 最高裁昭和39年判決が示す基本的な考え方と裁判例の動向
更正の請求期間を経過してしまった場合、納税者は自らの権利救済を図る余地はないのであろうか。
このような問題の解決に当たっては、最高裁昭和39年10月22日第一小法廷判決が参考になろう。この事件は、更正の請求期間を経過した後に、要素の錯誤を理由に先にした申告の無効を求めた納税者に対して、最高裁は、「確定申告書の記載内容の過誤の是正については、その錯誤が客観的に明白且つ重大であって、前記所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、所論のように法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張することは、許されないものといわなければならない」という判断を示したが、このことは、一般論として、更正の請求期間を経過した場合であっても上記「特段の事情」の存在が認められれば錯誤を理由に申告等に係る税額等の変更を求める主張は許される余地があることを示したものと解されている。
これは申告行為が私人の行為ではあるが、公法上の法律効果を発生させるものであるという前提に立った上で、行為者である納税者の過誤に対する救済が法律に特別に規定されているときは、その救済手段が設けられた趣旨・目的を勘案した上で、その成否及び限度を決定すべきとしたものとされている。
そして、裁判所は、この最高裁判決以降、納税者が本件のように錯誤に基づいて申告等の無効を求める場合はもとより、更正の請求期間を経過した後に、申告等に誤りがあることを理由にいったん確定した税額等を自己に有利に変更すべきことを求めるほとんどの争訟事件において、上記最高裁の判断とほぼ同様に、更正の請求制度が法定されていることを理由に納税者の主張を排斥しており、「特段の事情」の存在が認められた事件は極めて限られている。
このようなことからすると裁判所は、法定申告期限後の申告等の是正は更正の請求によるべきとする「更正の請求の原則的排他性」を厳格に解しているとみることができる。
そして、この点については、学説(通説)も同じような考え方に立っている。

ロ 嘆願書と通則法による減額更正義務の有無

(イ) 嘆願書とその法的位置付け
嘆願書は法的にはいわば納税者の課税庁に対する単なる要望ないしは陳情を述べた書面にすぎず、課税庁はその内容のとおりの減額更正をしたりあるいはそのための調査を行うべき義務を負うものでないことはもちろんそれに対する応答の義務もないとされているが、その提出までも法的に禁止している規定及び根拠も存在しない。
このような嘆願書は、その内容が納税者の課税標準等又は税額等の適否を判断するための情報を含んでいるものであるから、課税庁が収集し保管する各種資料と同様のものと位置付けることができる。

(ロ) 減額更正義務の具体的な検討の前に
更正の請求期間を経過した後などに、納税者から先にした申告等に係る税額が過大であるとして、嘆願書により、職権による減額更正を求められた場合、課税庁が減額更正義務を負うか否かが問題となる。
このような問題を考える前に、次の事項に留意する必要がある。
まず、通則法23条1項規定の更正の請求の要件(一般に「更正の請求の要件」という場合には「更正の請求期間」も含めて論ずることが多いが、本稿ではあえて両者を区別して使用する。)を満たしていないにもかかわらず減額更正を求めてきたような場合、課税庁は原則として減額更正義務を負わないと考えることができよう。なぜならば、一定の要件のもとに更正の請求をすることができるとしている同制度の趣旨に反すること及びそれが1年を超えたとたんにその要件が外れてしまうというのはいかにも理に合わないからである。
ただし、このような場合であっても、減額更正を求められた規定の立法趣旨や前述した「特段の事情」等を踏まえて、課税庁が納税者に有利な解釈・適用を広く一般的に行いそれを是正する措置をとっていない場合や納税者の権利救済を優先するという観点から減額更正をしている場合には、合法性の原則からすると問題ではあるが、これらの変更が納税者にとって有利な取扱いであるから、合法性の制約要因としての平等取扱原則に抵触しているか否かが問われることになろう。しかし、このような場合は、本来、立法又は場合によっては通達によってその解決を図るべきであろう。
次に、給与所得者が給与所得以外にも他の所得があり所得税の確定申告をしたが、更正の請求期間の経過後に給与所得に係る所得控除の誤りを発見し、結果としてその申告等に係る税額が過大となっているとして、職権による減額更正を求めてきた場合も、課税庁は、原則として第一次的には減額更正の義務を負わないと考えることができよう。なぜならば、源泉所得税と申告所得税との各租税債権の間には同一性がなく、源泉所得税の納税に関しては、課税庁である国と法律関係を有するのは源泉徴収義務を負う支払者であって、国と受給者である給与所得者との間には直接の法律関係は生じないとされているからである。

(ハ) 減額更正義務の有無−裁判例等
それでは、通則法23条1項の更正の請求の要件及び源泉徴収制度等にも抵触しない場合について、前述した問題を考えてみよう。
これについては東京高裁平成3年1月24日判決が参考になろう。
上記裁判例は、税務調査の過程で納税者から昭和54年10月期から毎期在庫の過大計上をしている旨の事実を知らされたが、処分時には同54年10月期について減額更正できる5年を経過してしまったため、その期の申告額を正当として、後の期の過大計上分のみを考慮して行った法人税の更正処分の適否が争われた事件であり、課税庁が減額更正義務を負うか否かが争点の一つとなった。
この減額更正義務に係る争点について、裁判所は、「仮に、当該関係書類が被控訴人において右職権の発動をする契機とするに足りるものであったとしても、なお、被控訴人が控訴人に対し減額更正をすることを約束した等の特段の事情のない限り、更正決定をするかどうかは、被控訴人の裁量に属することに変わりはないものというべきである」との判断を示した。その理由として裁判所は、通則法「二三条一項によれば、納税申告をした者は、一定の事由がある場合には、当該申告書に係る国税の法定申告期限から一年以内に限り、更正の請求をすることができるものとされ、これによれば、当該申告書に記載した翌期繰越欠損金額を増額するための更正の請求も、その期限内に限って可能であることが明らかであるところ、右期限が経過した後に、右の点について職権の発動を求められた場合においても、常に更正決定を義務づけられるものと解することは、更正の請求について設けられた期間の制限を事実上無意義なものとすることになるからである」と判示しており、結果として、「更正の請求の原則的排他性」を厳格に解したものと理解できる。
実務上は、本件のように課税庁の調査によって増額更正の要因となる事実を発見した際、納税者の方から減額更正の要因となる資料が提示等される場合が少なくない。そして、そこでは本件のように法人税法129条《更正に関する特例》2項の仮装経理に基づく申告をしていたか否か、また、していた場合でも減額更正を受けるために必要な「修正の経理」をしていたか否かなどが問題となる場面も考えられるから、課税庁は、事実関係を十分確認した上で、その内容及び結果を納税者に説明することが一層求められよう。

(ニ) 減額更正義務と調査
課税庁がする更正は、新たに納税義務を課す行為ではなく、税法に定める課税要件の充足を把握し、既に成立している納税義務の内容としての課税標準等又は税額等を数額的に確定する行為である。また、通則法24条が申告等に係る課税標準等又は税額等の計算が税法の規定に従っていなかったとき、その他課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときは、調査により、更正すると規定していることからすると、いったん調査し、その結果、その納税者の申告等に係る課税標準等又は税額等に誤りを発見・確認した場合には、上記(ロ)の場合及び(ハ)の仮装経理に基づく申告をしていた場合などを除き、課税庁はそれが増額更正要因であれ減額更正要因であれ課税の適正・充実を図るという要請に基づき更正をすることが義務付けられるといえよう。
このようなことからすると、課税庁は、更正をするかどうかの裁量を有しているのではなく、調査対象とするか否かの判断を有するにすぎないといえよう。
しかし、調査をするか否かの判断は、提出された嘆願書も含めて課税庁が収集し保管している資料等に基づいて、課税庁の合理的判断のもとに行われることになる。そして、その合理的判断は、納税者を含む国民の課税庁に対して申告・申請など大量かつ回帰的に発生する各種事務を早期・適正に処理してもらいたいという要請やいわゆる脱税をしている者に対するものも含めて適正・公平な課税をして欲しいという要請に応えるために費やす事務量などを総合勘案して、課税庁が決定することは認められよう。

(3) 課税庁の取扱いと義務付けの訴え

イ 嘆願書等に対する課税庁の取扱い
課税庁は、実務上、「更正の請求が法定の請求期限経過後に行われた場合であっても、その請求に係る事項が更正の請求の有無にかかわらず当然に課税標準等又は税額等を減額すべきものであるときは、これ(筆者注:更正の請求に基づく処理)とは別に更正の処理を行うことに留意する」としている。
課税庁によるこのような取扱いによって、事実上、多くの納税者の救済が図られていると思われる。

ロ 義務付けの訴えとの関係
更正の請求期間を経過した後に、納税者が先にした申告等に係る税額等を自己に有利に変更すべきことを求めて行訴法に規定する義務付けの訴えを提起することは可能であろうか。
義務付けの訴えには非申請型と申請型があるところ、後者の場合は、法令に基づく申請又は審査請求であることなどが要件とされるから、上記の検討に当っては前者の非申請型の要件に該当するか否かが検討の対象になると思われる。
非申請型の義務付けの訴えは、一定の処分をすべき旨を求める法律上の利益を有する者が、1一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあり、かつ、2その損害を避けるため他に適当な方法がないときに限り、提起できるとされているところ、2の「損害を避けるため他に適当な方法がない」か否かについては更正の請求制度との関係について考える必要がある。
すなわち、先にした申告等に係る税額等を自己に有利に変更すべきことを求める方法は現行法上更正の請求によるべきとされるから、この手続をとらずに課税庁に対して職権による減額更正を求めることは、義務付けの訴えを提起するための要件である上記2の「損害を避けるために他に適当な方法がない」とはいえないと解されよう。
また、更正の請求の制度があるにもかかわらず、これをしなかったために納税者に生ずる損害は「処分されないこと」による損害ではなく、自ら更正の請求をしなかったことによる損害にほかならないから、基本的には上記1「重大な損害」に当たるということもできないといえよう。

3 結論

(1) 更正の請求期間の延長等について
更正の請求の要件及びその期間を含めて更正の請求制度をどのように規定するかは、究極的には立法政策に属する問題であると思われる。特に、実務家から要望が多い更正の請求期間の延長に当たっては、同期間が設けられた趣旨である期限内申告の適正化、法律関係の早期安定、税務行政の能率的運用等と納税者の権利保護との調和をどのように図るかが問題であると思われるが、申告納税制度の趣旨等からすると、納税者の権利保護という要請がある程度後退するのもやむを得ないといえよう。その意味で現行の更正の請求制度は一応の合理性が認められるといえよう。
更正の請求期間が問題となった過去の裁判例は、課税庁による調査によって納税者が修正申告をしたがその後になってその内容に誤りがあったことに気がついたが、その時には既に更正の請求期間が経過してしまっているという場合が少なくない(もちろん、課税庁が修正申告をしょうようするほとんどの場合にはこのような問題が生じていないことはいうまでもない。)。このようなことからすると納税者が十分な確認の上で修正申告を行なうことはもとより、課税庁の職員にあっても調査の様々な場面において納税者に対して十分な説明をすることがより一層求められるということであろう。

(2) 更正の請求期間を経過した後の課税庁の減額更正義務
課税庁は、更正するかどうかの裁量を有しているのではなく、調査対象とするか否かの判断を有しているにすぎない。したがって、いったん調査し、その結果、納税者の申告等に係る課税標準等又は税額等の誤りなどを発見・確認した場合、課税庁はそれが増額更正要因であれ減額更正要因であれ課税の適正・充実を図るという要請に基づき、原則として更正することが求められる。ただし、調査をするか否かは課税庁の合理的な判断に委ねられているといえよう。

(3) 減額更正義務の有無と義務付けの訴え
納税者が先にした申告等に係る税額等を自己に有利に変更すべきことを求める手続は、現行法上更正の請求という制度があるから、同期間を経過した後に、嘆願書により、課税庁に対して職権による減額更正を求めることは、行訴法が規定する「損害を避けるためにほかに適当な方法がない」とはいえないと解されよう。
このように申告等によっていったん確定した税額等を自己に有利に変更すべきことを求める納税者の要請は、それが更正の請求期間が経過した後でも何ら異なることはなく、更正の請求制度を設けつつその請求期間を限定して租税法律関係の法的安定性等を図った同制度の趣旨からは、義務付けの訴えにより職権による減額更正を求めることはできないといえよう。

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