谷川 秀昭

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 国税徴収法(昭和34年法律147号、以下「徴収法」という。)は、滞納者の最低限の生活保障、生業維持等の観点から、差押禁止財産を定めている(徴収法75〜78)。一方、民事執行法(昭和54年法律4号、以下「執行法」という。)においても、徴収法と同様の観点から差押禁止財産の規定を設けている(執行法131、132、152、153)。
この差押禁止の制度は、債権者の権利実現のための要請と、債務者の最低生活の保障の要請の調和点として、法律で定めなければならない事項であると解されている。
しかし、徴収法と執行法が同様な趣旨によりこの制度を有しながら、それぞれが定める具体的な差押禁止財産の範囲については、旧徴収法・旧民事訴訟法の時代から差異が見られた。このことは新法の制定によっても解消されてはおらず、平成15年の執行法の一部改正等により、更にその差異が拡大しているともいえる状況になっている。
これらの差異については、単純比較した場合、徴収法は対応が遅れているのではないか、あるいは滞納者に対する保護姿勢が弱いのでないか等の批判が懸念されるところである。
また、見方を変えれば、徴収法が制定されてから既に50年近く経過していることからも、この徴収法の差押禁止財産が、現在の社会経済情勢に適合しているのか検証すべき時期にきているともいえる。
そこで本稿では、徴収法と執行法が定める差押禁止財産の範囲及びその具体的内容に差異が存在していることの意味について、両者の沿革、特性、目的、法の趣旨等を踏まえて検討を行った上で、徴収法の差押禁止財産制度の評価を行い、その内容等を見直すことの是非を含めて考察することを目的とする。

2 研究の概要

(1) 諸外国の差押禁止財産制度
1アメリカ、2ドイツ、3フランス、4スウェーデン、5韓国の税の徴収という局面における差押禁止財産制度を俯瞰した結果、各国の制度とも、滞納者・債務者の最低生活の保障等を確保する必要性から、共通性・類似性を見出すことができる。
しかしながら、制度の仕組みとしては、税法独自の規定を設ける国もあれば、民事執行関係の法令等を適用している国もある。更に差押禁止財産に関する具体的な項目に目を向ければ、各国に様々な相違点が見受けられ、特色があることが分かる。これは前提となる法制度や社会的な土壌が異なっていることから、当然ともいえる結果であろう。
結局、差押禁止財産制度としての全世界的な絶対的基準はないのであり、我が国の徴収法にとっては、諸外国の具体的制度の中から、我が国の社会制度等に適合した、有益な部分の吸収に努めることが重要と考える。

(2) 社会経済情勢の変化と差押禁止財産(所有財産の変化)
人々の生活スタイルの変貌については、旧統計法(昭和22年法律18号)の指定統計調査である全国消費実態調査報告から主要耐久消費財の所有状況の変化により考察した。平成16年実施(第10回目調査)の総務省統計局「主要耐久消費財に関する結果速報(要約)」では、次のとおり公表されている。

1 所有数量が多いのは、ルームエアコン、カラーテレビ

2 携帯電話、パソコンなどの情報・通信関連耐久消費財の所有数量が大幅に増加

3 情報・通信関連耐久消費財の所有数量はすべての年齢階級で増加
また、徴収法が制定された昭和34年の第1回目調査と平成16年の第10回目調査の結果を比較してみると、対象品目自体が少なからず変更されていることもあるが、品目の名称や用途が同じものでも、技術の進歩等によって物品が進化しており、もはや同じ品目とはいい難いものも多く、その生活スタイルがドラスティックに変貌を遂げていることが分かる。
この第1回目調査において所有が多い品目としては、衣服類、ふとん、時計類、本棚(本箱)、ラジオ、大人用自転車等であったが、現在では調査品目の対象とはされていない。このことは、現在の社会経済情勢を考えれば、これらの所有が常識的であるか、あるいは耐久消費財として把握する必要性が薄れていることによるものと思われる。
次に、平成11年から平成16年までの変化について、5年間の増減率は大きくないものの連続して普及率が高い洗濯機、冷蔵庫等の耐久消費財は、生活に対する必要不可欠性が高い物品と考えられる。また、増加率が高いパソコン、携帯電話については、急速に生活スタイルに浸透していることが確認できる。特に現代の情報化社会にとって携帯電話等の通信機類は利用者にとって必要不可欠な存在になっているのではなかろうか。

(3) 徴収法と執行法の比較とその差異の原因

イ 「生活保護法に規定する生活扶助」と「標準的な世帯の必要生計費」
徴収法は、給料等の差押えに関して、「生活保護法に規定する生活扶助」を勘案して政令で定める金額を差押禁止部分としている。一方、執行法は、動産として差押えが禁止される金銭と給料等の差押禁止部分において「標準的な世帯の必要生計費」を勘案すると規定している。
徴収法が根拠とする「生活保護の基準」は、要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なもので、かつ、これを超えないものとされる(生活保護法8条)。この基準は、最低生活の保障等を趣旨とする差押禁止財産制度とも合致しており、この点では、徴収法として制度上の問題はないと考える。
一方、執行法の差押禁止債権の場合に勘案する「標準的な世帯の必要生計費」は、比較的高い給料等を得ている者の差押えが禁止となる部分の上限であって、差押えとならない給料等を保障しているわけではない。
また、執行法の差押禁止動産(金銭)については、そもそもこの規定の趣旨が、債務者の最低生活の保障であるにもかかわらず、「標準的な世帯の必要生計費」まで(勘案して)保障している。
このように、徴収法と執行法が採用する根拠においては、根本的な考慮事項が相違しており、このことが両者の差異の原因の一つと考えられる。また、執行法では、前述のとおり差押禁止債権と動産(金銭)において、異なる局面に同じ根拠を利用している。

ロ 法全体における滞納者・債務者の保護規定

(イ) 徴収法等における保護規定
徴収法では、滞納者について一定の事実があると認められるときには、滞納処分の執行を停止することができる「滞納処分の停止」制度を設けている(徴収法153)。
この制度の趣旨は、滞納処分の執行により滞納者の生活が著しく窮迫するおそれがあるときには、滞納処分の執行を停止することによりこれを回避するべきである等とされる。この「生活を著しく窮迫するおそれがあるとき」とは、滞納者の財産につき滞納処分を執行することにより、滞納者が生活保護法の適用を受けなければ生活を維持できない程度の状態(徴収法76条1項4号に規定する金額で営まれる生活の程度)になるおそれのある場合をいう。
このほか、滞納者に一定の事由がある場合に、その事業の継続、生活の維持等を考慮して差押財産の換価(納税)を猶予する制度がある。徴収法には「換価の猶予(徴収法151)」の規定が設けられている。また、徴収法上の規定ではないが、滞納者(納税者)の保護規定として重要な機能を果たしているものに、国税通則法46条の「納税の猶予」がある。このように猶予制度は、滞納処分の停止と並んで納税の緩和制度の中心となる制度である。

(ロ) 執行法における保護規定
執行法には、差押禁止動産の範囲の変更(執行法132)と差押禁止債権の範囲の変更(執行法153)という規定が存在する。執行法の差押禁止財産の制度全体を検討するに当たり重要な規定である。これによって、執行裁判所は、申立てにより、債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押えの全部若しくは一部を取り消し、又は動産及び債権の差押禁止部分についても差し押さえることができる。

ハ 徴収法と執行法の差異の意味
以上のように徴収法と執行法には、それぞれ具体的な執行に対して調整を図っているいくつか規定が存在している。その中心となるのは、徴収法では「滞納処分の停止」等の納税の緩和制度に関する規定であり、執行法では「差押禁止動産(債権)の範囲の変更」等の規定である。これらの調整機能の在り方にも、両者の特徴が見られるが、両者のそもそもの根本的な相違点は、1滞納処分に対しては手続的な面で自力執行権が付与されているということ。2国(徴収職員)と私債権者という債権者としての立場に違いがあるということと考える。
債権者でありながら徴収職員には財産調査のために質問検査権(徴収法141)が与えられ、滞納処分のため必要があるときには捜索の権限(徴収法142)が認められている。捜索の権限に関しては、執行官においても、債務者が占有する動産の差押えを行う際に、債務者の住居等の場所に立ち入り、債務者の占有する金庫等について目的物を捜索することができる(執行法1232)。しかしながら、その前提として、私債権者は申立書に差し押えるべき動産の所在場所を記載する必要があり、執行官はその範囲でのみしか執行することができない。これに対して、徴収職員による捜索は、滞納者等の物又は住居その他の場所につき行うことができるが、その物や場所は、徴収職員自身が有する質問検査権等に基づき把握することができる。
つまり、徴収職員と執行官との権限の差もあるが、広範囲の調査権を持つ債権者たる国(徴収職員)と調査権を持たない私債権者とでは、債権者としての立場が著しく相違しているのである。さらに、執行法、強制執行においては、債権者と債務者が対等であるということも大きな相違点である。
以上のような制度としての根本的な相違点に加えて、滞納者に対する保護姿勢という観点から考察するに、徴収法は、法全体でより細かく対応していると解する。具体的には、滞納処分の停止、猶予等の納税の緩和制度、差押えの制限に関する規定など、財産全体を通じて考慮することとしており、法全体としてそれぞれの規定が緊密に関係しあってバランスのあるシステムを構築している。また、実務的にも、徴収法基本通達などにおいて過去の裁判例等を取り入れた柔軟な対応を行っていることも見逃すことはできない。
これらのことを総合的に勘案すれば、徴収法と執行法の差異の存在自体は、徴収法の差押禁止財産制度上の問題ではないと考える。

3 結論(徴収法の差押禁止財産制度の検証とその在り方)

(1) 徴収法における滞納者の保護姿勢の評価
これまでの検討の結果、徴収法における滞納者の保護姿勢については、一定の評価が与えられると思慮する。したがって、基本的には徴収法上の規定について、抜本的な改正の必要性は認められないと考える。

(2) 差押禁止財産の明確化と執行上の指針
徴収法では、差押禁止財産を規定しているが、実際の適用に当たっては、裁判例が示しているとおり、滞納者の個々の事情が深く関わっている。加えて、社会経済情勢の変化も考慮する必要がある。これらのことから、具体的な禁止財産を細かく列挙していくことは、果たして万人に対応できるかどうか疑問であり、建設的ではないと考える。
したがって、滞納処分としての差押えの執行に当たって、結論的には、対象となる滞納者及び財産に関して、その最低限の生活保障等のために、1生活水準、2使用目的・用途、3使用頻度、4普及率、5重要性(欠くことのできないものか)、6代替性等を考慮し、全体として「現在の一般人の生活水準をも考慮した上で、具体的事情に応じて滞納者の生活状況を加味して判断すべき」であると考える。

(3) 差押禁止財産制度の在り方

イ これからの差押禁止財産制度の在り方
考察の結果、制度全体としての抜本的な改正は要しないものの、徴収法の改正等が望ましいと考える項目は次のとおりである。
なお、給料等の生活扶助を勘案した差押禁止部分について、徴収法施行令による変更(金額の改定)という柔軟な対応が期待できる現在のシステムについては大きな問題はないと考える。ただし、このシステムによる対応は、毎年のように修正しているフランス、インフレーション調整を行うアメリカと同様にタイムリーに行う必要があると考える。

1 「生活に必要な食料及び燃料」の縮減
「生活に必要な三ヶ月間の食料及び燃料」については、「一ヶ月間」が望ましいと考える。これと同趣旨の執行法の規定は、改正を経て、現在は「一ヶ月間」とされている。また、現在の諸外国の例を見ても、これほどの月分を考慮している国はほとんど見受けられない。
また、現在の我が国においては、日々の食料等の調達のために、時間的・地理的障壁がなく食料等の長期保存の必要性も少ないことから、「一ヶ月間」分の保存も行っていない世帯も多いのではないかと考える。そこで、「生活に必要な一ヶ月間の食料及び燃料」を原則とするが、これらを調達するために必要な「相当の金銭」についても認めるべきではないかと考える。あるいは、以下順次述べていく規定の整備と併せて検討し、更に滞納者の保護規定の充実を図ることが必要である。

2「生活に欠くことのできない通信機器類」の追加
情報化社会においては、通信機器の重要性は誰もが肯定するところであり、生業の維持はもちろん、身体的危機での緊急連絡等生活に不可欠なケースも少なくない。また、携帯電話の所有数量及び普及率も急激に増加しており、固定電話を含めるとほとんどの世帯に深く浸透しているものと思われる。
通信機器類は、徴収法75条1項1号の差押禁止財産である「生活に欠くことができない『家具』」に含むと解することも可能と考えるが、これまでの「家具」の概念の範疇に含まれるのか疑問であり、一過性の財産でもないことから規定上、明記することが望ましいと考える。

3 禁止財産の金額基準の設定
アメリカの制度に見られるような金額基準について、検討の価値があると考える。例えば、所持品を包括的にいくらまでなら差押禁止財産とする。あるいは、一つの財産についていくらまでのものなら差押対象としない等の基準を設けるということである。
金銭的価値があれば、原則的に、その価値が小額な財産であっても差押え、換価が必要となるが、小額な財産を差押えの対象から除くことは、滞納者が滞納処分により受ける負担を考慮できるとともに、その反射的効果として、滞納処分の事務効率化にも寄与できるのではないかと思慮する。
ただし、金額基準の導入の可否については、更に多くの議論が不可欠である。財産の評価の問題、他の滞納者との公平の問題が考えられ、また、無益な差押えの禁止(徴収法482)という保護規定との関係もあり、特に慎重な検討が必要と思われる。

ロ 差押解除規定の整備(差押禁止財産の事実上の拡大)
差押解除の規定の整備により実質的に滞納者の保護を図ることもできると考える。

差押禁止債権が振り込まれた預金債権に対する差押えの裁量による差押解除
給料等が振り込まれた預金債権に対して差押えを執行した場合、滞納者の生活状況等の勘案により、そのまま全額を取り立てることが不適当と認められれば、明確な規定はないものの、差押禁止制度の趣旨などから、給料等であれば差押禁止となっていた額を限度として差押えの解除が認められると解することもできる。
しかしながら、租税法における合法性の原則からも差押解除に係る要件の明瞭化を図る必要性があることから、立法的措置が望ましい。
これは、差押禁止債権が振り込まれた預金そのものの差押禁止化について、立法的解決が困難である以上、差押解除において対応するという現実的な解決方法と考える。

2 給料等以外の債権に対する差押えの裁量による差押解除
債権に対する差押禁止の規定は、給料等の支給を受ける場合に適用されるが、給料等の受給者でない個人事業者等の滞納者が得る給料等以外の債権に関しては、差押禁止財産とはされていない。このような者についても、徴収法上、最低限の生活保障、生業維持等の観点から債権に関して何らかの保護が必要と考える。
そこで、滞納処分の停止、換価の猶予等には該当しないが、滞納者の最低限の生活保障、生業維持等を考慮すれば、そのまま差押えを維持することが不適当と認められるケースについては、滞納者からの理由を付した請求により、一定範囲につき、その差押えを解除することができるものとする。

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