田内 彦一郎

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

 近年、オーナー企業については、海外取引を利用して法人税のみならず、個人株主に係る相続税や贈与税の回避をも図る事例が散見される。
例えば、国内会社の資産(ノウハウ)を税率の低い外国の関係会社に移転した後、使用料を支払うことにより、国内会社の法人税を軽減するとともに、子が支配する当該外国会社に資産を留保していき、その株式価値の増加を通じて子への資産承継を行っていると認められる事件がある。この留保価値に対してはタックス・ヘイブン対策税制の対象とはなりうるものの、国内会社が外国会社の持分を有していない場合等にはその課税は行われないことから、資産承継の観点からの個人株主への課税の検討が重要となろう。
そこで、このようなグループ会社間での資産の贈与又は低額譲渡(以下「贈与等」という。)により、個人株主間における株式を介した資産価値の移転があると認められる場合の贈与税課税のあり方、また、それが租税回避を目的としてなされたときの対応について、考究するものである。
なお、資産価値の国外移転を考えるに当たっては、個人株主の住所についての検討も必要となろうが、本研究ではその問題は除き、資産価値の移転に係る課税問題に絞って検討を行うこととする。

2 研究の概要

(1) 資産と資産価値の移転に対する課税
贈与等により個人又は法人から資産の移転がなされた場合、資産の移転を受けた者が個人のときは贈与税又は所得税が課税される。また、資産の移転を受けた者が法人のときには法人税が課税されるが、個人から同族会社への資産移転で、当該贈与等により株式価額(資産価値)の増加が生じているときには、当該同族会社の個人株主に対しても間接的に株式価額の増加という利益の贈与があったものとみなして贈与税が課税されることとなる(相続税法9条、相続税法基本通達9−2)。これは、一見すると、資産の移転と資産価値の移転の両方に対して二重に課税がなされるようにも思われるが、1法人税と贈与税とは課税目的を異にする租税であること及び2株式に係る資産価値の増加額の計算に当たっては受贈益に係る法人税相当額が控除されることから、二重課税に当たるとはいえないものと考えられる。そして、これにより、個人・個人間の財産移転に対して課される贈与税を免れるべく、個人・法人間で財産が移転されても、課税上の権衡が図られるよう担保されているのである。
これに対し、法人から法人への贈与等による資産移転においては、一般的には両法人への課税のみで終了し、受贈法人の個人株主への課税は生じないものとされている。しかし、そもそも、「株主は、株式を通じ、株式会社の資産を所有し、支配するのであり、清算を待つまでもなく、株式の移転を通じ、株式に表彰された株式会社の資産価値を取得することができる」(東京高裁平成16年1月28日判決)ことや増加価値分を担保として融資を受け得ることからすれば、実質的には個人株主は株式を介した形で資産価値を取得しているということがいえるのであって、資産価値が移転された株式を譲渡等する時まで課税を無制限に繰り延べることができるとするのは、個人・個人間等の移転形態の場合と比較して課税上の権衡を失しているようにも考えられる。また、受贈法人が欠損会社や外国会社の場合は法人税が課税されないこともあることから、一層問題であると思われるのである。

(2) みなし贈与課税
所得税の課税対象となる「所得」の意義については、人の担税力を増加させる全ての経済的利得(純資産増加説)とされているが、収入という形態において実現した利得のみが課税の対象とされ、特段の規定がない限り、未実現の利得(保有資産の価値の増加益)は課税対象から除外されている。したがって、個人株主の有する支配株式に価値の増加があったとしても、評価益課税の規定がないことから、同人に所得税が課税されるということはない。
これに対して、相続税や贈与税においては、相続等により取得した財産や利益を課税対象としているが、この財産の意義については、金銭に見積もることができる経済的価値のある全てのものとされ、相続税法22条が当該財産の価額は時価によるものとしていることから明らかなように、贈与税の課税対象には未実現の資産価値、つまり含み益も含まれるということがいえるのである。
そして、贈与税に係る租税回避行為を防止するために設けられた相続税法9条においては、無償又は著しく低い価額の対価で利益を受けた場合には、利益を受けた者が、利益の価額に相当する金額を当該利益を受けさせた者から贈与により取得したものとみなす旨規定されているが、このみなし贈与課税が行われるためには、利益を受けさせるという個人の行為が必要であると解される。
ところで、所有と経営の分離の前提に立つ会社法においては、会社資産を誰に、どのような価額で譲渡するかは会社の代表機関である取締役の権限事項であり、株主には株主総会決議を要するとされる事業の全部の譲渡又は重要な一部の譲渡(会社法467条)、会社分割(会社法783条等)などの特定の場合を除いては、その権限はないものとされている。また、会社法が一人会社の存在を認めている以上、個人株主が実質上会社を支配しており、株式を通じて間接的に会社資産を所有しているとしても、単にそれだけでは、当該株主に会社資産の譲渡一般についての行為性を認めることは難しいのではないかと思われる。したがって、例えば父親が支配する会社の資産を子の支配する会社へ贈与等により移転した場合において、受贈会社の株式価額の増加を理由として子にみなし贈与課税を行うことができるのは、株主として父親が直接に利益を受けさせたと認められる事業の全部譲渡等の場合に限定されるといわざるを得ないように思われるのである。

(3) 会社資産の帰属判定
次に、会社資産そのものが法律上も支配株主に帰属するといい得るような場合があるかについて検討する必要があろう。これについては、会社と株主の独立性を形式的に貫くことが正義・衡平に反する場合に適用される法人格否認の法理が問題となる。この法理は、特定の法律関係に限って会社とその株主とを同一視して法人格を否認するものであり、法人格の濫用と法人格の形骸化の場合に認められているが(最高裁昭和44年2月27日判決)、その租税法への適用については、徴収事件に関して認められた裁判例(神戸地裁平成8年2月21日判決)が存在するものの、賦課事件に関して明確に判示されたものはまだ存在しない。しかし、この法理は、そもそも法人の取引の相手方を保護するための一般的法理であることや租税法律主義の観点からすると、賦課事件へ適用される可能性は少ないように思われ、実質的に同様の効果が認められる実質所得者課税の原則や同族会社の行為計算否認規定等の具体的な規定を適用することにより先ず対応すべきであると考えられる。
しかしながら、実質所得者課税の原則を財産の帰属に適用するとしても、財産の帰属そのものが課税要件となる贈与税においては、それは事実認定の問題に帰着することとなるように思われる。また、同族会社の行為計算否認規定は、同族関係者等の贈与税等の負担を不当に減少させるような行為計算が行われた場合に、租税負担の公平を維持するため、それを否認して正常な行為や計算に引き直すものであり、会社間の資産移転に適用するとしたときには、当該移転はなく、資産価値は引き続き贈与会社の個人株主が保有するものとして、同人の相続時に相続税課税がなされることとなろう。したがって、本件研究の対象場面においては、その適用を考慮しなくてもよいように思われるのである。
そうすると、現行法上、会社間の資産移転を利用した資産承継に対して受贈会社の個人株主に贈与税が課税されうる場合は極めて限定されているということができ、その間隙を狙った租税回避行為の余地があるものといえよう。そして、国外に受贈会社を新たに設立した上、会社間の資産の贈与等により資産価値の移転を図るといった一連の行為による租税回避スキームへの対応としては、私法上の法律構成による会社資産の真実の所有者の究明だけでは限界があるといわざるを得ない。そのような場合に、実質的な資産承継を捉えて何らかの贈与税課税を及ぼそうとするのであれば、例えば、支配株主が同族関係者である同族会社間において、贈与等による会社資産の移転がなされ、受贈会社の株式価額の増加が認められる場合には、当該個人株主にみなし贈与課税を行うことができるというような法令等の整備が必要であると考えられる。

3 結論

 相続税や贈与税は、租税回避のための準備期間が十分ある上、会計士や弁護士への高額な報酬を支払いうる資産家に税負担が課せられていることから、租税回避が行われる可能性が比較的高い税目であると考えられている。また、現代社会においては、株式会社が重要な資産を保有していることが多いが、会社法の制定により資本金や株主数の制約がなくなったことから、それらの設立は一層容易なものになっている。したがって、資産承継の観点からは同族会社間における資産移転を利用して、当該同族会社の株式価値の移転による租税回避行為が行われる可能性が認められるのである。
しかし、現行の相続税法9条のみなし贈与課税や会社資産の実質的帰属の究明だけではそれらの対応に限界があるように思われることから、一定の条件を付した上での法令等の整備が必要であると考えられる。

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