原 省三

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的、問題点等

 経済社会のグローバル化に伴い、我が国においても国際課税についての関心が高まってきており、最近では、大企業のみならず、中小企業や個人の富裕層においても、国際的租税回避スキーム等を利用した様々な租税回避行為が行われるようになっている。
このような国際的租税回避行為への対抗策として、税制改正により各スキームを個別に規制する立法措置が行われているところであるが、こうした対応のみでは、更なる税制の複雑化や租税回避スキームの高度化による執行の困難化を招くことが憂慮される。
我が国の国際課税制度の創設時には、現在のような国際課税制度の「透き間」を狙った租税回避行為が蔓延する時代の到来を想定していなかったものと考えられることからすると、むしろ、現行制度の基本的な考え方を根本に遡って見直すことにより、国際的租税回避等の諸問題の解決の糸口を見いだすことができるのではないかと思われる。
そこで、このような問題意識の下、我が国の国際課税制度についての基礎的な研究を行うこととしたものである。

2 研究の概要等

(1) 国際課税の基本的な考え方
「国際課税」とは、国境を越える経済活動に対する課税をいうが、このような経済活動を行う個人や法人等の居住地国や経済活動が行われた源泉地国では、それぞれの国家が独自の租税制度に従って課税を行うため、特定の所得に対して複数の課税管轄権が及ぶことによって国際的二重課税が生じたり、あるいは、課税管轄権が全く及ばなくなることによって課税の真空地帯が生じたりする。これが国際課税の問題の根源であり、このような国際課税の問題は、各国家間における課税管轄の問題に帰着すると言える。
課税管轄の基準には、国籍や居住の事実に基づく「居住地管轄」と、課税対象となる領域内の経済活動や財産の所有等の事実に基づく「源泉管轄」との二つがあるが、これらのいずれが妥当な基準であるか、あるいは、いずれを優先すべきかを導き出すことは困難なものと考えられている。しかし、いずれの基準も、課税対象となる個人や法人等の経済活動と領域との「結びつき」の存在を前提としていることに変わりはなく、ある者の経済活動と国家のサービスとの間に、何らかの「結びつき」がある場合には、その者に対するその国家の課税権は正当化されると考えられる。

(2) 我が国の国際課税の基本的な考え方
我が国の現行の所得税法及び法人税法は、自国の居住者、内国法人に対しては、その所得の源泉が国内であろうと国外であろうとすべて課税の対象とする「全世界所得課税主義」を採用するとともに、国際的二重課税の排除方法として「外国税額控除方式」を採用している。
また、非居住者・外国法人に対しては、国内源泉所得についてのみ、一定の範囲で課税することとしており、国内源泉所得の判定については、事業又は資産から生ずる所得(一号所得)に係る包括的ソース・ルールと、その中から源泉徴収になじむものを取り出した個別的ソース・ルールを定めている。なお、これらのソース・ルールが租税条約におけるソース・ルールと異なる場合には、租税条約の定めるところによることとされる。

(3) 我が国の国際課税の基本的な考え方の成り立ち
我が国の国際課税の基本的な考え方は、居住者・内国法人に対する無制限納税義務と非居住者・外国法人に対する制限納税義務を規定した明治32年(1899)の所得税法改正以降、ヨーロッパ型の考え方を採り入れて生成されたが、戦後は米国型の考え方の影響を受けて形成された独自のものと言える。
そして、現行税法における国際課税制度の基本的な仕組みをつくり上げた昭和37年改正は、このような沿革を経て形成された考え方を基礎として、当時の租税条約交渉等における国際課税の議論を踏まえて行われたもので、特に、国際的二重課税の排除を重視して行われた改正であり、我が国の課税権を譲歩する傾向があったことは否定できないだろう。
その後、先進国において国際的租税回避が問題となり、我が国でも外国子会社合算税制や過少資本税制が導入されたが、昭和37年改正以降、我が国の国際課税制度の基本的な仕組みはほとんど変わっていない。

(4) 我が国の国際課税の基本的な考え方の意義の検証
我が国の国際課税制度の基本的な仕組みが完成した昭和37年改正から約半世紀が経過しようとしているが、当時の国際課税の考え方を基礎とする我が国の現行の国際課税制度の基本的な考え方について、最近の我が国における国際的租税回避事例を基に、その意義を検証した。

イ 居住者・内国法人に対する国際課税の考え方
我が国の居住者・内国法人に対する「全世界所得課税主義+外国税額控除方式」の意義が問われた最近の国際的租税回避事件として邦銀外国税額控除事件(最判平17.12.19)が挙げられる。この事件は、我が国の「外国税額控除方式」における「一括限度額方式」が抱える彼此流用の問題(高率外国税が非課税国外所得から生じる控除余裕枠によって控除されてしまうこと)を利用したものである。
しかし、「一括限度額方式」は、他の限度額計算方式と比べても簡便なものであり、昭和37年の導入後も、税制改正により、彼此流用等の問題への対応が図られてきたと言える。また、1居住者の国外の経済活動と居住地国のサービスとの間には、何ら「結びつき」がないと言うことはできないこと、2国外源泉所得についての課税権を国内法で放棄した場合には、新たな「課税の真空地帯」を創出する可能性があること、3「居住地国課税主義」の考え方と「国外所得免除方式」の考え方とは理論的な整合性に欠けること、4「国外所得免除方式」においてもソース・ルールの違い等により、国際的二重課税を完全に排除することは不可能であることなどを総合勘案すると、「外国税額控除方式」から「国外所得免除方式」へ移行する必要性は少なく、「全世界所得課税主義+外国税額控除方式」の考え方は維持すべきものと考える。

ロ 非居住者・外国法人に対する国際課税の考え方
非居住者・外国法人に対する国際課税の考え方の意義が問われている国際的租税回避事例として、ダブルSPCスキームが挙げられる。このスキームは、国内で事業を行う外国法人の発行した社債の利子が、「使用地主義」を採る租税条約では国内源泉所得となるのに対し、「債務者主義」を採る国内法では国内源泉所得とはならないという現行制度の「透き間」を利用したものであるが、社債の利子は、資金提供を受けた企業がその資金を使用して事業活動を行って得た所得を元に、社債権者に還元されるものであることからすれば、資金提供を受けた企業がその資金を使用して事業活動を行った場所にあるとする「使用地主義」の方が理に適ったものと言え、国内法で「債務者主義」を採る意義は少なく、社債の利子については「使用地主義」を採用すべきであると思われる。
また、匿名組合スキーム事件(東京地判平17.9.30)は、匿名組合契約に基づく分配金が、日蘭租税条約においては「その他所得条項」によって居住地国課税とされるのに対し、居住地国であるオランダの税制では課税されないという現行制度の「透き間」を利用したものである。国内で事業を行う者との匿名組合契約に基づく分配金は、出資者である組合員の居住地国よりも、匿名組合の営業者が事業活動を行っている国との「結びつき」の方が深いものであり、このような国内源泉所得については、源泉地国が安易に課税権を譲歩すべきではなく、租税条約における「その他所得条項」は、今後見直すべきだろう。

(5) 国際課税のあり方と今後の課題
前述のとおり、国家の課税管轄の考え方からは、ある者の経済活動と国家のサービスとの間に、何らかの「結びつき」がある場合には、その者に対するその国家の課税権は正当化されると考えられる。
しかしながら、我が国の現行の国際課税制度は、昭和37年の税制改正によりその基本的仕組みがつくられたものであり、当時の国際課税の議論が国際的二重課税の排除を重視したものであったことからすると、我が国の課税権を譲歩する傾向があることは否定できない。
このような昭和37年当時の国際課税の考え方を基礎とする我が国の現行の国際課税制度と、その後の国際的租税回避等の国際課税の議論を踏まえて整備された諸外国の国際課税制度や租税条約との間には、上記の国際的租税回避事例にみられるようないくつかの「透き間」が生じてきたものと思われる。
したがって、本来課税権を行使すべき国家が課税権を譲歩していることにより生ずる課税制度の「透き間」を狙った国際的租税回避等の国際課税の問題に対処するためには、国際課税の根幹とも言える国家の課税管轄の基本的な考え方に立ち返り、我が国の正当な課税権を確保すべく、現行の国内法及び租税条約を見直す必要があり、そうすることが、今後、ますます複雑・困難化するであろう国際課税に関する諸問題の解決の糸口になるのではないかと思われる。

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