高安 滿

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的、問題点等

 海運業において、タックス・ヘイブンであるパナマやリベリア等の国々の便宜置籍船(会社)を利用し、我が国の船主(実質的所有者)又は親会社が諸々な経済的便益を享受しており、その一つに利益に対する税負担の軽減効果がある。
我が国では当該租税回避行為に対し、当初、法人税法第11条《実質所得者課税の原則》の規定により対応していたが、この規定の適用に当たっての実質帰属の具体的な判定基準が明示されていないために、執行面での安定性に必ずしも問題なしとはしない面があったため、昭和53年4月1日以降は新たに創設された租税特別措置法(以下「措置法」という。)第66条の6《内国法人に係る特定外国子会社等の留保金額の益金算入》の規定により対応しているところである。
先般、ある船会社が特定外国子会社等であるパナマの便宜置籍船会社の欠損の金額を法人税法第11条の規定により自社の損益と通算し申告したことに対し、課税当局は措置法第66条の6の規定により当該損益通算を否認し課税処分を行ったところ、当該船会社は、当該処分を不服として、不服申立を経て訴訟を提起している。
そこで、本稿においてタックス・ヘイブン(内国法人に係る特定外国子会社等の留保金額の益金算入)規定(特別法)と実質所得者課税の原則規定(一般法)の適用関係を研究することとする。

2 研究の概要等

(1) 便宜置籍船について

1 便宜置籍船とは税金や人件費の削減を目的に外国籍で登録した船舶をいい、FOC(Flag of Convenience)と略されている。これは、戦後に起こった特殊な現象で、世界の各国の船主が、税金の安い、もしくは所得税の全然かからない国へ船籍を移してもっぱら資本の蓄積を図り、あわせて国際安全法規、定員法、最低賃金制等の制約から逃れて、運航経費を極度に切り詰め、その面からも利益の増加を図ることを狙ってタックス・ヘイブンへ生産手段である船の籍を移す、という現象である。

2 便宜置籍船の受入国の代表は、リベリア、パナマ、キプロス、バハマ、マルタ等が挙げられ、これら便宜置籍国の共通点として、英国のロッチデール海運調査委員会の報告書は次の6点を確認している。

(a) 登録国が外国人による船舶の所有または管理を許す。

(b) 登録が容易である。通例、外国にある領事館で登録できる。また登録の異動が制限されていない。

(c) 船からの収入に対する税金が課せられないか、または低い。トン単位の登録料や年額料が、ほんのわずかである。将来の免税に関する保証あるいは諒解も得られる。

(d) 登録国は将来ともそれほどの海運を必要としない(しかし大きいトン数への料金から受けとる金額は国家収入の重要部分を占め支出のバランスをもたらしている)。

(e) 外国人乗組みは自由に許されている。

(f) 登録国は、管理や国際法令を課する力や機関を持たず、会社を管理する意志も力も持っていない。

(2) 本研究の出発点となる訴訟について

1 松山地裁平成16年2月10日判決
本件の概要は次のとおりである。海運業を営む原告(内国法人)がパナマに外国子会社(便宜置籍船会社)を昭和58年に設立。当該原告は設立当初から外国子会社名義の資産、負債及び損益がすべて原告に帰属するものとして法人税の申告をしていた。具体的には当該外国子会社の欠損の金額を原告の損金に算入していたものである。課税当局はこれに対し措置法第66条の6を適用し更正処分を行ったことから、争点1:特定外国子会社等に係る欠損の金額を内国法人の損金の額に算入することは、措置法第66条の6によって禁止されるか、争点2:租税回避のおそれがない場合には、措置法第66条の6の適用が否定されるか、を争点として訴訟となったものである。本件について、松山地裁は、「法人税法第22条第3項は、内国法人の損金に算入すべき金額について、別段の定めがあるものを除き、同項第1号ないし第3号所定の額と定めており、内国法人と法人格を異にする特定外国子会社等に係る欠損の金額がこれに含まれないことは明らかである」としながらも、「特定外国子会社等に係る欠損を内国法人の損金の額に算入することが、措置法第66条の6によって禁止されるとすることはできない。」として、原告が勝訴(国敗訴)した事案である。

2 高松高裁平成16年12月7日判決
上記事案の控訴審で、高松高裁は、「タックス・ヘイブン対策税制の立法趣旨に鑑みれば、措置法第66条の6は、特定外国子会社等に欠損の金額が生じた場合には、それを当該年度の内国法人の損金の額には算入することはできず、当該特定外国子会社等の未処分所得算出において控除すべきものとして繰り越すことを強制しているものと解すべきである。したがって、内国法人の子会社が特定外国子会社等にあたる場合には、同条第3項の適用除外に該当しない以上は、当該特定外国子会社等に適用対象留保金額があるかないかにかかわらず、実質所得者課税の原則を適用する余地はない。」及び「租税回避のおそれの有無という認定の困難な要件を措置法第66条の6の適用の要件に加えるべきとは考えられない。したがって、措置法第66条の6の適用の有無は、特定外国子会社等に該当するか否かのみで判断すべきである。」として、控訴人(国)が勝訴した事案である。 なお、本件は現在、最高裁に上訴されている。

(3) 租税特別措置法の性格
租税法の法源として、やや特殊な性格を有する法律として、措置法がある。これは、各国税に関する租税特別措置を定めた法律であり、その規定は個別租税法の規定に対する特例の性質をもっているから、各国税に関する規定がこの法律によってどのように修正されているか、注意を払う必要がある。
さらに、租税法の解釈として、措置法(政策税制)に関する規定の解釈についても、原則として文理解釈によるべきであるが、必要に応じて規定の趣旨・目的を勘案すべきである。その場合には規定の立法趣旨の参照が必要となることが多いであろう。

(4) タックス・ヘイブン対策税制について
タックス・ヘイブン対策税制の目的は、タックス・ヘイブンにある外国子会社等で我が国株主により支配されているようなものに我が国株主が所得を留保し、我が国での税負担を不当に軽減することを規制することにあり、これら国内株主の租税回避を防止するために、租税回避防止論としての合算課税方式により国内株主に課税することとしたものである。なお、この合算課税方式の考え方としては、国内のみで活動している企業や支店の形で海外に出ている企業とのバランス、公平を図らなければならない、という課税の中立論もあるが、中立性の議論から出発する場合には外国子会社等の事業活動の内容をみることなく、タックス・ヘイブン所在のすべての外国子会社等の留保所得を合算課税の対象とせねばならなくなり、我が国企業の海外での活動の実態を無視する結果にもなりかねないので、中立論は本税制では採用されなかった。

(5) 外国子会社等の欠損の金額について
我が国のタックス・ヘイブン対策税制は、子会社等の法人格を否認することなく、その留保所得が実質的に帰属する者である我が国株主に対し、擬制収益ないし擬制配当として課税しようとするものであり、そのための課税要件を明確かつ具体的に定めている。これは、別個の法人格を有する外国法人の所得を株主の所得に算入するような措置は我が国の税制において極めて異例なものといえるが、しかし、タックス・ヘイブンの利用という事態に対しては課税の実質的公平を確保するために本税制のような所得計算についての法人税法の特例を設けることにより株主に対する措置を講ずることが妥当と考えられたのである。したがって、本税制は連結納税制度的な考え方に基づくものでは全くなく、親会社と子会社等との損益通算は認められていない(子会社等の欠損の金額はその子会社等の段階で5年間(平成17年改正で7年間)にわたり繰越しが認められるにすぎない。)。
また、先進諸国においてもタックス・ヘイブン対策税制が採用されているところであるが、特定外国子会社等において生じた欠損の金額を内国法人の所得と合算するという制度を採用している国は存しないようである。

(6) 実質所得者課税の原則(法律的・経済的)について
法人税法第11条の規定は、いわゆる実質所得者課税の原則を定めたものであるが、その意義については、二つの見解があり、一つは法律上の帰属を重視する考え方である法律的帰属説と呼ばれるものであり、他の一つは経済上の帰属を重視する考え方である経済的帰属説と呼ばれるものである。そして、私法と租税法の関係において、租税法は、種々の経済活動ないし経済現象を課税の対象としているが、それらの活動ないし現象は、第一次的には私法によって規律されており、租税法律主義の目的である法的安定性を確保するためには、課税は、原則として私法上の法律関係に即して行われるべきであり、現在においては、法律的帰属説が通説とされている。

(7) 法人格否認の法理について
法人格否認の法理は私法上の法理ではあるが、租税法上においてもこの法理の適用には妥当性が認められている。しかしながら、過去の課税処分に当たって、この法理の主張による課税処分はほとんど見当たらない。なお、過去の裁判例では、法形式による課税処分後に納税者が経済的実質に基づく問題提起に照応してこの法理が議論されているところであるが、法人という法的形態を利用した納税者自らがこの法理の適用を主張することは信義則上許されないことは明らかであろう。

3 結論

 業界団体から特定外国子会社等の欠損の金額についても合算対象とすべき税制改正要望が提出されているが、むしろタックス・ヘイブン対策税制は、タックス・ヘイブンを利用する国際的租税回避行為に対処するため制度導入以降、続出するループホールに対し数次にわたり拡充の改正が行われているのが現状である。
タックス・ヘイブン対策税制の立法趣旨、経緯及び措置法第66条の6の規定をみると、措置法第66条の6所定の特定外国子会社等に該当する以上、課税対象留保金額の有無を問わず、当該規定を適用すべきであって、特定外国子会社等に生じた損益を実質所得者課税の原則によって内国法人の損益を取込むことはできないと解するべきである。
さらに、内国法人が、種々の経済的・法律的特典を享受するために設立し、事業の当事者となっている特定外国子会社等に対し、自らの租税負担を免れるという自己都合により、法人格否認の法理を援用することは許されないと解するべきである。
したがって、措置法第66条の6と法人税法第11条とは、それぞれ独立した規定として存在することが意図されているとはいえ、両者の適用が競合する場面では、やはり特別法である措置法の規定が適用されると解すべきである。そして、措置法第66条の6第2項第2号の特定外国子会社等の未処分所得の金額の規定により、特定外国子会社等の欠損の金額は翌事業年度以降の未処分所得の金額を算出する際に考慮されるにすぎず、それを内国法人の損金の額に算入することはできないと解するべきである。

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