藤巻 一男

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的

 質問検査の範囲、程度、時期、場所等については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な程度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられている。しかし、税務職員が合理的判断により質問検査権を適法に行使しても、ごく一部の法人(又はその取引先)は、計画的・組織的な策略・手段を用いて調査を回避することがありえる。脱税行為や検査忌避・虚偽答弁等の違法行為を抑止するために、税法上、制裁措置が設けられている。法人があえてそのような違法行為となりうるような問題行為を行うのは、我が国において、制裁を受ける可能性をよほど低く見積もっているか、制裁を受けたとしてもその損失を極めて低く評価しているからではないかと考えられる。
法人がそのような違法行為を行うことが少なくないとすれば、その原因が、現行の制裁措置が十分に活用されていないからなのか、それとも現行の制裁措置ではもはや十分な抑止力を持ち得ないからなのかなどについて、分析・検討する必要がある。本稿では、その一環として、租税回避行為(課税要件の充足を回避する行為)の外観を装っているが、その内実は脱税行為(課税要件の充足の事実を全部又は一部秘匿する行為)であるものに対する税務調査を素材としてとりあげ、重加算税の賦課や罰則の適用を中心に検討する。

2 研究の内容

(1) 租税回避行為と脱税行為
 「租税法の定める課税要件は、各種の私的経済活動ないし経済現象を定型化したものであり、これらの活動ないし現象は第一次的には私法の規律する」(本文注(34))ところであり、また、私法の世界では私的自治の原則ないし契約自由の原則が支配することから、当事者の選択した法形式(法律行為)どおりに効果が発生していれば、原則として、その効果に則して課税関係が決定される。そこで、租税回避行為の課税上の取扱いが租税法律主義や課税公平の見地から問題となることが多いが、ここではその問題そのものは取り上げず、租税回避行為と脱税行為の区分の問題に焦点を当てる。この問題は、税務調査に対する非協力という税法の執行の問題でもある。
 法律行為とは、一定の法律効果の発生(権利や義務の発生、その内容の変更・消滅)を目的とする行為であるが、当事者が発生した権利義務関係に従わない場合がある。例えば、当事者間で契約が適法に成立したとしても、一方の当事者が債務(一定の給付・行為をなすべき義務)を履行しなかったり、逆に、債務の内容を超えて給付・行為をなす場合もありえる。独立当事者間において、このような状況が生じれば、損害賠償請求、契約解除、契約更改等の措置をとることになろう。これに対し、グループ当事者間において、グループ全体の税負担の回避ないし軽減を図ることを目的として契約を締結する場合、それが通常用いられない法形式であって、実態から乖離した不自然なものであったとしても当事者間では是とされるであろう。そして、その契約に即して債務が実際に履行されなかったとしても、当事者間では損害賠償請求等の措置がとられないこともあるであろう。
 したがって、調査では、権利・義務の発生原因となる契約に着目するだけでなく、契約の履行の状況についても当然に調査を行う必要がある。具体的には、取引結果や活動実態の記録・痕跡が残る帳簿書類又はその他の物件に対する検査やそれらの内容を熟知する代表者等に対する質問を行うことが必要となる。そして、当事者の実際の行為や事実に基づき、課税要件が充足されていないかなどを検討することになる。
 租税回避行為とは、課税要件の充足そのものを回避しようとする行為である。したがって、租税回避行為ということであれば、契約や法的仕組みに関係する事実を何ら隠す必要はないはずである。しかし、グループ当事者間の法律行為によって一定の権利義務関係を創出し、その枠から外れた実際の行為又は事実の部分を意図的に隠そうとしたり、その部分を記録した資料について独自の理由を述べて提示を拒否したり、あるいは、そのような資料は最初から残さないようにするかもしれない。このように、課税要件が充足しているかどうかの判定に必要とされる資料を計画的・組織的に逃避させるための措置が講じられることもありえる。これは、まさに複雑な法的仕組みないし契約関係と調査を巧妙に回避するための手段がセット(または法的仕組みや契約自体が調査回避のためのツール)になったものといえる。こうした行為は、外見上は租税回避行為のように見えるが、その内実は脱税行為に当たるものであり、いずれに扱われるかは、その事実を納税者が隠し通せるかどうかにかかっていることになる。その意味において、両者の区分は、動的・相対的なものである。脱税行為を私法上の選択可能性を利用した租税回避行為ないし節税行為であるかのごとく主張するようなことは許されない。また、事実の秘匿行為を考慮に入れずに法形式の尊重ばかりを唱えるような論調は、バランスを欠き、問題の本質を見据えていないことになる。

(2) 調査非協力と重加算税の賦課
 納税者が調査に非協力である以上、その取引先に対する反面調査等を徹底して行い周辺から脱税の証拠を把握せざるを得ない。その結果、申告すべき所得があるのに過少申告ないし無申告の事実が判明したとする。その場合、税務調査における納税者側の虚偽答弁等による非協力の事実が、重加算税賦課の要件充足とどのように関わってくるかが問題となる。国税通則法第68条では、重加算税は、「納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき」過少申告等をした場合に課されると規定し、また、同第15条2項13、14号では、重加算税の成立時期は法定申告期限又は法定納期限の経過の時である旨規定している。これらの規定からは、重加算税賦課の要件が充足するには法定申告期限等までに帳簿書類の破棄・隠匿・改ざんといった積極的な不正行為の事実が必要であり、法定申告期限後の税務調査における納税者の虚偽答弁等の事実は、その要件の充足とは関係がないようにも読める。脱税行為において課税要件の充足の事実を秘匿する行為には、法定申告期限等までのものと税務調査におけるものとがあるので、形式的には、隠ぺい・仮装行為の方が脱税行為よりも範囲が狭いと一応いえるのかもしれない。
 しかし、裁判例によれば、税務調査に際して納税者の虚偽答弁等の行為が間接証拠の一つとして考慮され、事実関係全体から見て、当初から課税を回避しようとする意図があったものと推認できるときには、隠ぺい又は仮装行為と認定される場合もある。その意味でも、取引先に対する反面調査などを徹底して行い、納税者側の虚偽答弁等の事実をおさえておくことが必要となる。

(3) 検査忌避等に対する行政刑罰
 法人の場合、調査非協力の態様としては、検査拒否・妨害よりも、検査忌避が問題になるのではないかと考えられる。検査忌避は、検査拒否・妨害と比較すると明白な違法行為としてとらえにくいが、衝動的・偶発的な検査拒否・妨害と比べた場合、計画的・組織的な検査忌避の方がより悪質といえるのではないかと考える。
 法人税法第164条1項では、法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関して検査忌避・虚偽答弁等の違法行為をしたときは、その行為者を罰するほか、その法人又は人に対しても罰金刑を科する旨規定している。このような両罰規定は、法人税法以外にも多数見られるが、その通説的解釈では、個人実行行為者の違法行為が認められない限り、法人等業務主が処罰されることはないとされる。また、両罰規定の適用上、行政庁は個人実行行為者と法人等業務主の両方を同時に告発することが原則である。しかし、法人全体としては許容しがたい計画的・組織的な違法行為が認められる場合であっても、処罰対象とすべき個人実行行為者の特定が困難な場合もありえる。そこで、独占禁止法違反事件の例ではあるが、公取委が法人の悪質な違法行為に関する証拠を収集して法人だけを告発し、強力な捜査権限を持つ検察当局が個人実行行為者の違法行為に関する証拠を収集して、双方を起訴したケースがある。
 諸法律の両罰規定において法人に科される罰金の上限金額(罰金多額)は、かつては、例外なく、個人実行行為者に科される罰金多額と連動する仕組みとなっており、同額であった。しかし、法人に対する罰金多額が個人実行行為者のそれと同じでは、巨大化した法人企業には、懲罰として十分に機能しその抑止力を発揮できる罰金を科し得ないという考えから、平成3年12月2日の法制審議会刑事法部会の報告を受けて、近年では、法人に対する罰金多額を大幅に高く定める規定が見られるようになった。質問や検査などの行政調査に対する違法行為についても、法人に対する罰金多額が大幅に引き上げられた例(上限2億円)が見られる。現行の法人税法では、法人に科される罰金多額は、個人に対するものと同様に20万円のままである。

3 結論

 調査において法人による脱税行為や検査忌避・虚偽答弁等が把握された場合、そのことは一法人の違法行為の問題にとどまらない。そうした違法行為によって、課税の不公平感が広く醸成され、納税者全体のコンプライアンスが減退すれば、納税者の理解と協力を基礎とする申告納税制度の基礎が揺らぐことになる。重加算税の賦課要件の充足が争点になるような場合、調査における検査忌避や虚偽答弁等の行為についても積極的に主張・立証すべきではないかと考える。また、調査に際して検査忌避・虚偽答弁等の行為に反復性、悪質性、重大性等があるものについては、告発を検討することが必要である。このようにして重加算税や罰則の適用事例が積み上げられ、当局による厳正な対応が周知されれば、違法行為に対する抑止力が高まることになる。その上で、制度改正に向けた議論も活発になるのではないかと考える。

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