内藤 晃由

税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的

税務署の設置単位は、税務署が創設された明治時代から基本的に変更されることなく今日に至っている。この間、社会経済構造は大きく変化し、これに伴い納税者数、課税対象物件等は地域的に変動してきた。このため、税務署はしばしば分割・統合というかたちで再配置され、その地域管轄には所要の修正が加えられてきた。
 しかしながら、今日の社会経済圏は、既定の税務行政区域をはるかに越えて広範囲に及んでおり、税務行政における地域管轄について今日的視点から見直す必要性が生じている。
 本稿は、税務署の地域管轄の変遷を辿り、既定の地域管轄がもたらす税務行政上の課題や問題点を明らかにし、社会経済情勢の変化に対応した税務署の地域管轄について、「納税者の利便性」と「税務行政の効率性」という価値観を通して、その在り方を考察するものである。

2 研究の内容

(1) 税務署の創設・変遷と地域管轄
 明治29年11月に税務管理局とともに発足した税務署は、前身の徴税機関であった府県収税署の配置と管轄区域を概ね引き継ぎ、原則として各郡役所の所在地に配置され、郡役所の所管区域を管轄していた。いわば「1署1郡役所の原則」とも言うべき配置基準となっていた。この配置基準は、当時の税務署が、1市制町村制の施行に伴い明治22年4月に施行された国税徴収法に基づき、引き続いて市町村に国税徴収事務を委託し、その委託事務の範囲で市町村を監督する立場にあったこと、2明治29年10月から酒税の検査・酒造犯則取締りが強化され、翌30年1月から営業税の検査が加わったため、これらの事務を全国統一的に実施する必要があったことと深く関係する。すなわち、地方官官制・市制町村制・府県制郡制からなる地方行政制度の下で、町村が分任する国政事務を指揮監督する立場にある郡長を統制しながら市町村の国税徴収事務を一般的に監督できるような位置に税務署を配置し、同時に国税の検査・取締り事務の便宜により各税務署の管轄区域は広闊に過ぎないようにする必要があったと考えられるのである。
 「1署1郡役所の原則」は税務管理局時代を通じて一貫して採られていたが、税務監督局時代に入ると、戦時における政府の行財政緊縮方針の下で行政整理の趣旨により税務署は大幅な統廃合を余儀なくされ、それまでの配置基準は意味を失った。また、大正12年には郡制が、15年には郡役所(郡長)が廃止され、町村行政に対する直接的な監督権限が府県知事に移ると、税務署配置の考え方は次第に、課税物件の増加や地域的変動、管轄区域面積の広狭による賦課徴収上の便宜等を重視する立場に変わっていった。このような実質面重視の立場は、旧財務局時代、国税庁発足後も採られてきた。特に昭和30年代以降は、高度成長と都市化の進展に伴う納税者数の地域的変動を原因とする過疎化地域から過密化地域への税務署の再配置(分割・統合)が重点的に行われてきた。今日、都市部及び都市周辺部の税務署にあっては税務署創設時のような形式的管轄の跡はもはや見ることができない。

(2) 市町村合併と税務署の地域管轄
 市町村の合併による区域変更は、ときには複数の税務署の管轄区域をまたぐ場合があり、関係する税務署の管轄区域は随時見直され、所要の変更が行われてきた。
 その変更の態様は、合併前の中心となる市町村を従前管轄してきた税務署が合併後の市町村の区域をもって管轄するというものであるが、市町村合併にかかわらず従前の管轄区域を引き続き管轄する税務署も存在しており、「昭和の大合併」後はその割合が高まっている状況にある。

(3) 税務署の地域管轄の現状と課題

イ 税務署の地域管轄のこれまでの見直しは、納税者数等の中長期的な動向を観察し、その増減の著しい税務署を分割又は統合するという局部的な修正にとどまり、各年度の事務量の変動は税務署定員の配置転換によって調整するという方法が採られてきた。この結果、内部組織が簡素で、かつ人員が少ない小規模署が具現した。小規模署は効率的な分業が困難であるため、その事務処理可能な範囲には自ずと限界があり、こうした実情は税務行政水準の地域的格差を生み出す原因となり得る。国税組織においては「広域運営」という運用上の手法によって、かかる問題に対処しているが、この問題は、言うまでもなく根本的には地域管轄の在り方の問題として検討すべき課題である。

ロ 広域的な調査を必要とする税務調査事案については、関係税務署間の連携調査又は中心的税務署による「広域運営」という手法が採られるが、いずれも指揮命令系統は複線的とならざるを得ず、調査日数が長期化するなど効率的ではない。複雑・広域化する昨今の経済活動にかんがみると、現状の地域管轄を越えた広域的な対応が今後も必要であり、このような観点からも地域管轄の在り方を問い直す必要がある。

ハ 今日、市町村においては、地方分権の推進に必要な行財政基盤の強化を図ると同時に、拡大する住民の日常社会生活圏と行政区域のズレを解消し、高度化・多様化する行政需要に対応するため、全国的規模で市町村合併が実行されている。このような日常社会生活圏と市町村合併の対応関係という視点に立つと、税務署の管轄区域は市町村の区域に合わせていくことが納税者利便に適合した地域管轄であるように思われる。
 今後、複数の税務署の管轄区域をまたぐ市町村合併があった場合、原則として関係税務署の管轄区域を合併後の市町村の区域に合わせて変更していくと、狭小な区域を管轄する新たな小規模税務署が発生するであろう。税務署の地域管轄の見直しに当たっては、今後の市町村合併の帰趨を見極めながら検討する必要がある。

(4) 税務署の拠点としての意義
 税務行政における最も重要な任務は「適正・公平な賦課徴収の実現」である。税務署はこの任務遂行を可能ならしめるような拠点、すなわち悪質な脱税・滞納を迅速・的確に把握するため、今日の交通通信手段をもって賦課徴収に必要な資料情報の収集、納税者との接触が日常的に可能となる拠点にバランスよく配置され、その拠点を中心とした税務署の活動範囲は行政効率が最大限に発揮できるよう実質的かつ地理的に広いことが望ましい。他方、税務署の拠点としての意義は、納税者の利便性という観点からも求められる。すなわち、税務署が住民の日常社会生活圏に区域を対応させてきた市町村との接点として地域に密着していることも考慮されなければならない。

3 結論

(1) 当面の見直し対象
 国税庁は、現在の税務署配置が社会経済情勢の変化に対応しているか否かについて、全国的・大局的な視点から見直すべきである。差し当たり、税務署の拠点としての意義に照らし、次に掲げる税務署を当面の見直し対象として提示しておきたい。

1 実質的管轄規模(納税者数等)及び外形的管轄規模(管轄区域面積)がともに小さい署

2 実質的管轄規模にさほど影響がないにもかかわらず、市町村の一部を管轄し、日常社会生活圏を税務行政上分断していると認められる署

(2) 機能別な税務署への再編
 税務署が同一の機能を備えていなければならないという古典的な考え方を捨て、社会経済情勢の変化に対応しつつ、納税者の利便性と税務行政の効率性が同時に確保できるように税務署機構を機能別に再編し、異なる地域管轄を設定することも検討する価値がある。

(3) その他
 なお、本稿の最後では、府県制度論と国税事務、税務行政における地域管轄との関係について、私見としての整理を試みている。

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