作田 隆史

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的等

 我が国の税務行政組織の内外には、適正な行政の執行を説明・確保するための諸装置が数多く組み込まれている。本稿では、適正な税務行政を説明・確保するための各種装置が必要とされ、拡充されてきた理由、それぞれの装置が担うべき役割、今後期待される発展の方向について考察を加える。

2 本稿の概要

(1) 装置が必要とされる理由

(イ) 行政責任の議論
 行政学では、適正な行政を確保するための行政責任のあり方は、行政責任論において議論されている。そこでは、「適正な」行政を実現するための行政の責任を、自律的、能動的な責任であるリスポンシビリティ(responsibility)と他律的、受動的な責任であるアカウンタビリティ(accountability)とに分けて考えるのが通常であり、そのどちらを重視すべきかが論じられる。アカウンタビリティは、我が国では、「説明責任」、「答弁責任」、「応答責任」、「予算責任」、「法的責任」等と訳されてきたが、本稿では、主体の外部から他の主体により他律的に遂行させ得る責任であると考える。
 間接民主主義の下での行政責任の確保については、主権が国民に存することを前提に、国民、国会議員、国会、大臣、省庁トップ、公務員というアカウンタビリティ関係の連鎖により説明するのが一般的であるが、豪州においては、アカウンタビリティ確保のための各種装置をこの文脈でどう位置付けるかについて、活発な議論が展開されてきた。その中に、アカウンタビリティを4つの機能、即ち、1報告・説明、2情報収集・調査、3評価・検証、4指示・統制とに分ける考え方があり、参考となる。つまり、アカウンタビリティ関係の連鎖だけでは、上記のアカウンタビリティの機能のうち特に23について、大臣のところにボトルネックが生じてしまうので、その解消のために補完装置が必要になったと理解できるのである。この理解によれば、アカウンタビリティを確保する装置が主として担う機能は、上記13の情報収集、調査、評価、検証、報告、説明であり、情報の収集、集約、伝達である。アカウンタビリティ確保のための各種装置は情報(活動状況、問題点や改善点の指摘等)を収集・集約し、その情報を必要とする主体に個別に伝達、あるいは公表という形で伝達することで、その役割を果たしているのである。
 なお、我が国においてアカウンタビリティの用語は、一般に国民に対して「説明する責任」と理解されているが、これは、国民から行政に到る指示・統制の連鎖を暗黙の前提として、アカウンタビリティの機能のうち13の機能に注目し、行政が国民に対して直接に情報を伝達することを指す訳語であると解釈できよう。この行政から国民への直接の情報伝達は、マスコミの発達、インターネットの普及等により、近年急速に容易化してきている。

(ロ) 行政裁量の議論
 一方、我が国の行政法学における中心的な課題の一つは、行政の活動の法律適合性であり、行政の裁量をいかに統制するかが重要な関心事であった。アカウンタビリティの議論で論ずれば、司法という装置による、法律適合性を内容とするアカウンタビリティ(法的責任)の確保であり、司法は、上記4の指示・統制の機能を含む装置である。しかし、行政が專門化し、守備範囲が拡大すると、司法権の限界が認識されるようになり、行政法学では、行政による行為基準の定立とその公開、手続法の整備、裁量の判断過程の司法による統制という方向に解決策を見出していった。行政の裁量は、行政によるリスポンシビリティの発揮を期待する部分とも捉えられるが、この行政法学における動きは、アカウンタビリティの対象範囲を少しでも拡大しようとする試みであったと評価することができよう。

(ハ) 行政組織内部の装置の意義
 アカウンタビリティを確保するための装置の役割を上記(イ)のようにとらえると、そこに求められるのは信頼できる客観的な情報であり、それを確保するための装置の独立性であろう。それでは、行政組織の内部に存在する内在装置をどう理解すべきなのだろうか。この点、内在装置についても上記の議論と同様、情報の収集・集約・伝達の役割を担っていると考えるべきであろう。省庁トップがすべての事務について、情報収集、調査、評価、検証機能を果たすことは難しく、内部においてもこうした役割を果たす補完装置が必要とされるのである。内在装置は、情報収集の容易さ、対応の迅速さにおいて、外在装置に優れているといわれており、また、組織で統一的な行政を行う必要がある場合には、こうした装置が特に有効であると考えられる。
 それでは、国民から見て、内在装置に外在装置と同様の役割を期待できるのかといえば、情報を公表することで、国民への情報の伝達の役割を果たすことになるのであるが、問題は情報の客観性であり、その装置への国民の信頼感である。情報を国民に公表することは、国民がその情報を指示・統制のための判断材料として利用できる状況に置くことであるから、行政に耳が痛いような情報は、公表しないでおこうとするバイアスが働きかねない。こうした問題から、最近の米国・豪州の税務行政における例を見ても、政治的にアカウンタビリティを確保する装置が設置される場合には、税務行政組織の外部に設置されている。しかし、情報公開法による情報開示制度もあり、内部情報であっても、それを基に政治的な対応を避けるための省庁の自律的な努力が行われると期待されるから、行政組織自身で対応が不可能なような大きな問題が生じない限りで、内在装置も外在装置同様の役割を果たせると考えることが適当であろう。

(2) アカウンタビリティ装置の拡充とその理由

(イ) 日本の行政を巡る環境変化
 我が国においては、90年代に入って、行政手続法、情報公開法を始め、パブリック・コメント制度、政策評価制度等、行政の在り方に大きな変化をもたらす法律、制度が次々に導入されてきており、そこでは、特に行政の「透明性」、「説明責任」が強く要請されている。
 我が国において、このような変化が生じたのはなぜだろうか。国民の主権者としての意識の高まりが背景にあるのは間違いなかろうが、それに加え、諸外国のニュー・パブリック・マネジメントによる行政改革や諸制度の情報が流入してアカウンタビリティ重視の思想が浸透してきたこと、行政に色々な問題や不祥事が生じて国民の不信が高まったこと等が要因としてあげられよう。そして、特にこの時行政に生じた問題の多くが、行政の不作為あるいは国民が知る機会もなく為された判断に基づくものであり、合規性(適法性の他条理や行政準則への適合性を含む)や効率性(efficiency)等の形式基準を用いる伝統的なアカウンタビリティ確保のための装置では取り扱えない問題であったから、そのため、「透明性」、「説明責任」が足りないと理解され、これを強化する諸制度の導入の機運が生じたものと理解できよう。また、これを、我が国の行政が、行政の効果による擬似正統性しか持たなかったので、行政への信頼が失われるとともに、本来の正統性調達手段であるアカウンタビリティが意識されるようになったと説明することもできる。

(ロ) ニュー・パブリック・マネジメント
1980年代から「ニュー・パブリック・マネジメント」あるいは「新公共管理学」(NPM:New Public Management)と呼ばれる考え方が生じている。新公共管理学では、市場原理をそのまま導入できない分野では、市場原理に代わり国民のニーズや評価を知る装置としても、また、そもそもサービスの一環としても苦情が重視されることとなる。
 また、行政が結果を生み出す過程については、行政の工夫や努力を最大限に活用するため、行政の裁量に委ねるべきであると考えられており、行政のアカウンタビリティの確保は、結果の評価、つまり行政評価という形で行われる。新公共管理学、特に行政評価の導入によって、アカウンタビリティの対象に行政の「効果」(effectiveness)が取り込まれたといえる。行政評価は、「効果」という一点で、包括的に行政を評価するが、そこでは不作為も「効果」を減ずる限りで問題とされ得る。もちろん、行政の「効果」は、多くの要素の結合による産物であり、これにより厳格な統制が行われ得るわけではない。しかし、むしろ努力目標の提示、公表による行政の自己拘束による実現への期待が強いのである。この意味で、新公共管理学における行政評価は、行政の自律的、能動的責任と他律的、受動的責任、あるいはリスポンシビリティとアカウンタビリティをうまく組み合わせて活用した仕組みである。
 結局、国民との関係で考えた場合の新公共管理学の本質は、1行政の「有効性」、「効果」をアカウンタビリティの内容に取り込んだことと、2国民を行政サービスの顧客として重視することに求められ、それを可能にした装置が行政評価制度及び苦情処理制度であったと言うことができよう。

(ハ) 権利救済機能の拡充について
 裁判所、審判所、苦情処理制度等、アカウンタビリティを確保する機能とともに、個別の権利利益の救済機能を併せ持つ一群の諸装置がある。これらの諸装置について、我が国では、行政訴訟の改革の議論、総合行政不服審判所設立の議論、オンブズマン制度の導入についての議論等がある。いずれも、行政のアカウンタビリティの強化を目指すとともに、個別の国民を重視する立場から、権利救済機能の拡充を目指すものである。この点で、新公共管理学の、行政の「顧客」重視の姿勢とも共通する面があると考えられる。

(3) 税務行政と各種装置

(イ) 税務行政の使命と装置
 ここで税務行政について考えるなら、現代の税務行政に求められる価値は、「公平」、「公正」、「効率」、「効果」であり、それらの諸価値をバランスをとって実現するためには、1納税ルール(税法の統一解釈)や手続を国民の納得する形でできる限り詳細に定めること、2そのルールに従った行政運営を確保すること、3事後的救済制度で、個別事情の見直しを的確に行うこと、4サービス部分も含め、全体の行政運営を効率的効果的に行って、コンプライアンスの向上を目指すこと、5苦情処理等により個人や組織の自律的責任を確保すること、6外部関係のマネジメントの必要性が高いことから、アカウンタビリティを確保し、行政の信頼、正統性を確保することが必要であると考えられる。つまり、税法の厳格な適用を強制する一面では、裁量を抑え、法規に合致した統一的な行政を行うことが要請され、権利利益救済重視の流れに対応していくことが課題となる一方、コンプライアンス向上を目指すサービス行政としての一面では、納税者の信頼と納得が重要であり、「効率的」「効果的」な事務運営を行ったうえ、アカウンタビリティ重視の流れに対応していくことが課題になる。

(ロ) 我が国における現存各種装置
 税務行政の外部には、裁判所による審査、会計検査院の検査、総務省の行政監察及び行政相談、情報公開法による情報開示制度等が整備されているが、税務行政組織の内部にある内在装置について概観すれば、次のとおりである。
 上記(イ)の1から6の機能についてみれば、1の「納税ルール(税法の統一解釈)や手続を国民の納得する形でできる限り詳細に定めること」については、統一的事務運営の確保のために、法律の解釈を含め、各種の通達が制定されている。また、パブリックコメント、広聴制度等が備わっている。2の「ルールに従った行政運営を確保すること」については、職員の非行問題をチェックするのが監察官制度である。事務の運営や制度について、公平(統一的行政の確保)、効率と効果のみならず、公正(不正の防止)という観点からも事務監察(問題点の指摘と改善策の提言)が監督評価官制度により行われている。3の「事後的救済制度で、個別事情の見直しを的確に行うこと」は不服審査において行われる。4の「サービス部分も含め、全体の行政運営を効率的効果的に行って、コンプライアンスの向上を目指すこと」については、国税庁の使命及びそれに対応した実績の評価制度が導入された。5の「苦情処理等により個人や組織の自律的責任を確保すること」では、調査等において、行政官個人の能力(経験、知識、適性)ばかりでなく裁量部分(対象、方法、深度等)も大きいことから、自律的な責任の確保も必要である。そのためには、研修制度、税務の仕事に携わる者や同僚等による非制度的統制のほか、苦情処理の果たす役割が大きい。処分でない行政行為、組織や個人の倫理的問題、態度や調査の方法等に対する不満は、苦情という形で現れるので、苦情処理を通じて処理される。苦情処理制度については、これまでの、担当者による処理、税務相談官による処理に加え、新たに納税者支援調整官の制度が導入された。6の「外部関係のマネジメントの必要性が高いことから、アカウンタビリティを確保し、行政の信頼、正統性を確保すること」については、ホームページの充実、実績評価の公表等の個別の取組みがなされているが、むしろ1から5までのすべての機能の成果として、全体として評価されるべき事項であろう。
 このように、税務行政内部には、そこで必要とされるアカウンタビリティ装置が万遍なく配置されていることがわかる。

(ハ) 諸外国の装置
 次に、米国、英国、豪州の税務行政におけるアカウンタビリティ確保のための装置を概観すると、1税務行政の特殊性(大量回帰性、専門性等)ゆえ、専門の装置あるいは、税務行政専門の部署を設けていることが多い、2情報を内部に円滑に流す(組織に活用してもらう)とともに、少しでも独立性、客観性を高めるため、設置の場所を工夫している、3情報を議会あるいは外部に公表することで、アカウンタビリティ確保のための機関として、権利救済機関として、実効性を高めている、等の特徴が指摘できよう。

(4) 課題と展望
 我が国の税務行政組織においては、内部に適正な行政を説明・確保する装置が数多く組み込まれており、それぞれ大きな役割を果たしている。諸外国においては、アカウンタビリティを確保する装置は、税務行政組織からは独立して設置されることも多いが、その場合でも、税務行政の特殊性(大量回帰性、専門性等)ゆえ、専門の装置あるいは、税務行政専門の部署が設けられる例が多い。内在装置は、組織内部でのアカウンタビリティ確保に資するとともに、国民との関係でも、情報の公開により、実質的に外在装置と同様の役割を果たせるのであるが、その際の問題は、情報の客観性である。内在装置の場合、特に公表する情報の客観性に配意しつつ、国民の信頼を獲得していくことが重要であろう。
 税務行政は、1大多数の国民の唯一とも言える義務に関連した行政であること、2政治的に問題とされやすい行政であること、3行政の最大の目的が国民のコンプライアンスの向上にあることから、特に外部関係のマネジメントの必要性が高い行政である。このことから、行政のアカウンタビリティを確保し、国民の行政への信頼、つまりは「正統性」を確保することが重要であると言え、また、アカウンタビリティの内容としては、効率・公平と権利保護・公正とのバランスをとった効果的運営が求められる。そして、「バランスがとれた状態」とは、社会の環境とともに変化するものであるから、絶えず社会や国民の意識の変化、特に権利利益救済機能の重視と要求されるアカウンタビリティの深化に注意を払いつつ、適正な税務行政を説明・確保する装置のそれぞれの位置付け(対象範囲、報告相手、情報集約の密度など)を変化させて、対応していくことが必要とされよう。

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