竹下 進一

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

 バブル経済が崩壊して不動産価格が下落したことにより担保不動産の競売が進まないことから、それまであまり着目されることのなかった賃料債権からの債権回収が増加している。
 賃料債権の差押えによる債権回収については、建物が第三者に譲渡されると賃料債権の差押えは失効するという見解が有力であったことから、債務者は建物を譲渡して債権者に抵抗(執行妨害)することが行なわれていた。このような状況の中で、最高裁平成10年3月24日第三小法廷判決は、賃料債権の差押えの効力が発生した後に、建物が譲渡され賃貸人の地位が譲受人に移転したとしても、譲受人は賃料債権の取得を差押債権者に対抗することができないと判示して、この問題に決着をつけた。
 現在においても不動産価格は低迷している状況にあり、今後とも賃料債権からの債権回収が行なわれるであろうし、また、滞納処分においても同様であろうと思われる。
 そこで、最高裁平成10年3月24日第三小法廷判決を基に、(1)滞納処分による賃料差押え後の建物の譲渡及び競売、(2)強制執行による賃料差押え又は賃料譲渡の後の建物公売について、滞納処分上の問題を考察する。

2 研究の過程等

(1) 滞納処分による賃料差押え後の建物の譲渡及び競売
 次の事例において、賃料債権を差し押さえた租税債権者は建物の譲渡及び競売の後の賃料債権を取リ立てることができるか。

1 滞納処分による賃料差押え後に建物が譲渡された場合
 最高裁平成10年3月24日第三小法廷判決と同じ事例であり、賃料差押えが強制執行か滞納処分かによって差押えの処分禁止効に差異はないから、租税債権者が建物譲渡後の賃料債権を取り立てることができる。

2 滞納処分による賃料差押え後に建物が譲渡され、更に、その後に抵当権者が物上代位により賃料債権を差し押さえた場合
 この問題は、不動産執行において議論されている。すなわち、強制競売が開始され目的不動産が差し押さえられた後に当該不動産が譲渡され、その後に、強制競売開始前に設定登記された抵当権により競売手続が開始された場合である。後行の競売手続は新所有者を相手方とする執行となり、二重開始決定とはならないので、先行の強制競売手続が終了するまで事実上停止され、先行の強制競売が停止されたときにおいても、後行の競売手続の続行決定はできない(民事執行法188条、47条1項及び4項)。しかし、抵当権設定登記後の所有権の処分により抵当権の実行が妨げられることは不合理であるから、先行の強制競売が停止されたときは、後行の競売手続の続行決定ができるという見解がある。
抵当権は目的不動産の交換価値から優先弁済を受けることを内容とする物権であり、抵当権の効力は賃料債権に及んでいるから、抵当権者は、建物が譲渡された後であっても、物上代位の行使により賃料債権を差し押さえて優先弁済を受けることができる。したがって、この場合には、抵当権者は、旧所有者に対する執行として、物上代位に基づく賃料差押えを行うことができて、滞納処分による賃料差押えとの競合が生じる(滞調法20条の4)。そして、賃料債権の配当における差押国税と抵当権の被担保債権との優劣は、差押国税の法定納期限等と抵当権の設定登記との先後によると考えられる。

3 滞納処分により賃料債権を差し押さえた後に、その差押えの前に設定登記された抵当権により建物が競売された場合
 賃料差押えと抵当権との対抗上の優劣は、差押通知書の第三債務者への送達と抵当権設定登記の先後によって決せられると考えられる。そして、建物に抵当権が設定登記されても、賃料債権の処分が禁止されることはないが、抵当権者はいつでも物上代位の行使により賃料債権を差し押さえ優先弁済を受けることができる地位にある。また、民事執行法は、不動産上の担保権は競売による不動産の売却により消滅し、その消滅する担保権に対抗できない不動産に係る権利の取得も不動産の売却により効力を失う(民事執行法59条1項、2項)として、買受人に担保権者と同様の地位を引き継ぐことを認めている。
 これらのことを考慮すると、建物の買受人は、賃料債権の差押債権者に対抗上優先する抵当権者の地位を引き継ぎ、競売後の賃料債権を取得する地位にあると考えられる。すなわち、抵当権は建物の競売による売却によって消滅し、その消滅する抵当権に対抗上劣後する滞納処分による賃料差押えは、民事執行法59条2項の趣旨から、建物の売却によって失効すると解され、競売後の賃料債権は建物の買受人が取得する。
 なお、優先する租税に配当して剰余を生じる見込みがないときは、その競売手続は取消しになるので、「強制競売」又は「差押租税の法定納期限等の後に設定登記された抵当権よる競売」によって建物が売却された場合は、租税は交付要求により全額について配当を受けて完納になるから、滞納処分による賃料差押えは解除され、建物の買受人が競売後の賃料債権を取得する。

(2) 強制執行による賃料差押え又は賃料譲渡の後の建物の公売
 次の事例において、公売による建物の買受人は公売後の賃料債権を取得できるか。

1 公売する建物に抵当権の設定がない場合
 最高裁は、賃料債権の処分と他の処分との関係について、対抗要件の先後によって両者の優劣を判断しているとみて、賃料差押え又は賃料譲渡が先であれば建物の買受人は賃料債権を取得できないが、建物差押えが先であれば建物の買受人は賃料債権を取得できるという見解がある。
 しかし、滞納処分による建物差押えの効力は賃料債権には及ばない(国税徴収法52条2項)から、滞納処分による建物差押えが強制執行による賃料差押え又は賃料譲渡より先であっても、後であっても、建物の買受人は賃料債権を取得できない。

2 公売する建物に抵当権の設定登記がある場合
建物が抵当権によって競売された場合は、当該抵当権は建物の売却により消滅し、消滅する抵当権に対抗できない賃料差押えも失効する(2の(1)の3)。同じ趣旨から、強制執行による賃料差押え又は賃料譲渡がされている建物を公売する場合に、当該建物に賃料差押え又は賃料譲渡よりも先に抵当権の設定登記があるときは、賃料差押え又は賃料譲渡は失効すると考えられ、建物の買受人が公売後の賃料債権を取得する。
 なお、この場合の賃料差押えが抵当権の物上代位である場合は、抵当権は公売によって消滅する(同法124条)ので、物上代位による賃料差押えも失効すると考えられ、建物の買受人が公売後の賃料債権を取得する。

3 結論

 抵当権の設定がない建物を公売する場合に、強制執行による賃料差押え又は賃料譲渡がされているときは、建物の買受人は賃料債権を取得できない(2の(2)の1)。そこで、租税の徴収確保の観点からの対応策は、次のとおりである。

(1) 抵当権の設定がない賃貸建物を差し押さえる場合の対応策
 抵当権の設定がない賃貸建物を滞納処分により差し押さえる場合は、その後の公売に備えて、賃料債権をも併せて差し押さえておくことが必要であろう。なお、すでに強制執行による賃料差押えがされている場合には、滞納処分による賃料債権の二重差押え(滞調法36条の3)を行い、優先配当を受けることにより(国税徴収法8条)、租税の徴収を図ることになる。

(2) 抵当権の設定がない建物の賃料債権が譲渡されている場合の対応策
 抵当権の設定がない建物の賃料債権が譲渡されている場合は、建物の買受人は公売後の賃料債権を取得できないので、賃料債権の譲渡が長期間にわたる場合は、公売しても買受人が現れる可能性は極めて低く、租税の徴収が困難となる。
 そこで、その対応策としては、まず、賃料債権の譲渡契約の効力を否定できないかということが考えられる。最高裁平成11年1月29日判決は、8年3か月にわたる医師の社会保険診療報酬債権の譲渡を有効としており、このことからすると、賃料債権の譲渡が単に期間が長いというだけでは、その譲渡契約の効力を否定することは困難であろう。
 しかし、同判決は、債権譲渡の期間等の契約内容が譲渡人の他の債権者に不当な不利益を与えることになる場合には、将来債権の包括的譲渡が公序良俗に反して無効になることがあるとも示唆している。そうであれば、滞納者と譲受人との関係、賃料債権が譲渡された経緯、譲受理由などの点から、譲受人が賃料債権を長期間にわたり独り占めして、他の債権者に不当な不利益を与えていると認められる場合は、債権譲渡契約の効力を否定できると考える。
 次の対応策としては、建物を公売しても買受人がいないような長期間にわたる賃料債権の譲渡契約を詐害行為として取消請求することが考えられる。ところが、滞納者は建物を所有しており、建物の評価額が買受人の取得できない賃料債権相当額、買受人が負担すべき公租公課、修繕管理費等を控除しても租税債権額よりも大きい場合は、単に公売において買受人がいないというだけである(滞納者は無資力ではない)から、賃料債権の譲渡は債権者を害するものではない、という反論が予想される。
 しかしながら、賃貸建物は賃料収入を目的とするものであるから、賃料収入のない賃貸建物を公売しても買受人はいない。したがって、債権譲渡の期間が長期間にわたり、賃貸建物の所有権が凍結されている場合は、賃貸建物の市場価値は無である(滞納者は無資力になっている)とみるべきであり、そのような賃料債権の譲渡は詐害行為ということができる。

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