前原 真一

税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的、問題点等

 租税特別措置法(以下「措置法」という)第66条の4第7項(以下「第7項」という)では、税務職員が、法人にその各事業年度における国外関連取引に係る措置法第66条の4第1項(以下「第1項」という)に規定する独立企業間価格を算定するために必要と認められる帳簿書類又はその写し(以下「書類等」という)の提示又は提出(以下「提示等」という)を求めた場合において、当該法人がこれらを遅滞なく提示等しなかったときは、税務署長は、当該法人の当該国外関連取引に係る事業と同種の事業を営む法人で事業規模その他の事業の内容が類似するものの当該事業に係る売上総利益率等を基礎として再販売価格基準法等により算定した金額を独立企業間価格と推定して更正又は決定を行うことができる旨規定している。
この推定規定は移転価格税制導入当初より規定されているが、裁判例や裁決例等もないことから、第7項の解釈・適用を巡って必ずしも明確でない部分がある。
そこで、推定規定に関して、その適用要件、具体的な適用方法等について、理論的な研究を行うこととした。

2 研究の概要

(1) 独立企業間価格の算定方法の規定と推定規定との関係
措置法第66条の4第2項(以下「第2項」という)では、独立企業間価格の算定方法を規定しており、これを基に第1項の独立企業間価格を算定することになる。また、第7項においても、第1項に定める独立企業間価格を推定することになる。すなわち、第2項も第7項も独立企業間価格の算定の方法を定めたものである。なお、第7項は第2項と同じ独立企業間価格の算定方法を定めたものではあるが、第7項は、推定規定である以上、その適用に当たっては、法律で定められた要件を充足することが必要となる。

(2) 推定規定の適用

イ 推定規定の適用要件(推定の必要性)

(イ) 適用要件
 第7項は、推定規定を適用するための要件として「独立企業間価格の算定に必要な書類等が当局の要求後遅滞なく提示等されなかったこと」を規定しているだけである。

(ロ) 必要と認められる書類等の定義又は範囲
 独立企業間価格の算定に必要な書類等の「必要な」の意味は、独立企業間価格の算定のため以外の法的な制約はないのであり、逆を言えばその書類等が無ければ独立企業間価格が算定できない書類等であれば、全て含まれるといえる。例えば、移転価格調査を実施する場合、まず、どの算定方法が適用可能なのか、又は適切なのかを判断するために必要な資料を入手する必要があるが、これらも当然に含まれることとなる。
ここで、その必要性を合理的・客観的に判断をするのは、法人にその必要な書類等の提示等を要求した課税当局ということになる。

(ハ) 書類等の保有者等
 必要と認められる書類等には、独立企業間価格の算定のため以外の法的な制約はない。したがって、判定の基準は、算定のために必要かどうかだけになるので、その作成者、保有者、保存場所等にはこだわらない。

(ニ) 国外資料の入手努力義務の規定
法人税法上の質問検査権の規定と同じく「調査について必要があるときは」と規定するのみで、課税当局が要求しうる書類等の内容について法令上の制限は特にない。
そして、国外関連者が保存する書類等が納税者と国外関連者との取引に係る独立企業間価格の算定に必要な資料であって、それをも含めて独立企業間価格を算定するために必要な資料を提出しなかった場合には、措置法第66条の4第9項(以下「第9項」という)及び第7項の適用要件は満たされることになる。

ロ 具体的な適用方法(推定の合理性)

(イ) 推定の合理性
第2項では、非関連者間の取引を比較対象とし、差異の調整が必要とされているのに対し、第7項の規定では同種の事業を営む、事業規模その他の事業の内容が類似する法人の売上総利益率またはこれに準ずる割合を用いる必要があるとはされているが、非関連者間の取引を比較対象とすること及び差異の調整については法文上特に求められていない。しかしながら、争訟段階での立証責任を考えると、推定の合理性を満たすために、実務上は関連者間の取引を比較対象とすること及び差異の調整についても、検討する必要がでてくる。

(ロ) 差異の調整
課税当局は第9項の質問検査権を行使して、調査対象法人の国外関連取引に係る事業と同種の事業を営む法人から第7項の推定規定による課税に必要と認められる資料を入手することができるのであるから、推定の合理性を高めるために、機能等の差異の調整に必要な資料を入手し、その調整を行うよう努めるべきである。

(ハ) 関連者間取引の適用の可否
推定規定による課税は、比較対象企業のその事業に係る利益率を基礎として独立企業間価格を算定しようとするものである。そこに規定される比較対象企業とは、法文上、同種の事業を営む法人で事業規模その他の事業内容が類似していれば足り、当該事業を構成する取引が非関連者間取引でなければならないとする要件はない。したがって、比較対象法人の事業には、その法人の国外関連取引も含まれることになる。
また、現実に、関連者間取引・非関連者間取引が常に不完全競争市場・完全競争市場と対応するわけではないし、独立企業間価格の算定が、必ずしも完全競争市場における非関連者間取引を前提とするわけでもない。
独立企業間価格というのは、独立企業の間であれば取引されるであろうと想定される価格であり、そのように想定されるのであれば、関連者間取引であっても独立企業間価格と認定することは可能であるし、逆に、独立企業の間の取引であっても、恣意性が入った取引であればそれは独立企業間価格からは排除されるべきである。

(3) 推定規定と第三者に対する質問検査権の適用要件

イ 同一の適用要件
第7項の推定規定の適用要件及び第9項の質問検査権の行使に関する要件も、法文上、同一の要件が規定されている。ただ、第9項は、質問検査権の行使についての規定であるが、第7項は第2項に対応する独立企業間価格の算定方法についての規定である。したがって、第9項と第7項は直接対応するのではなく、第7項に対しては第9項を適用した第2項による算定方法が対応する。

ロ 推定規定とその他の方法の適用順位
課税当局としては、独立企業間価格算定に必要な書類等を納税者から収集し、その納税者が有している書類等が独立企業間価格算定に十分でない場合は、第9項を発動し、第三者に対する質問検査権に基づき資料収集を行い第2項の規定を適用して独立企業間価格を算定する。それでどうしても、独立企業間価格が算定できない場合には第7項の規定を適用すると考えることが合理的であると判断される。
結果として、第7項の適用の余地は、第2項で課税ができない場合、例えば、比較対象法人が関連取引であった場合等に限られることになる。
しかしながら、移転価格税制の導入当初に第2項と対応する形で第7項が立法されていることを考えると、第9項による第2項の課税と第7項の課税のどちらにも優劣関係はなく、その適用は課税当局の判断に任されると言うべきである。

3 結論

 法的には、第9項による第2項の課税と第7項の課税のどちらの方法で執行するかは課税当局の裁量権の範囲であり問題はない。第7項の課税で執行するためには、第2項のすべての方法を検討しなければならないとの考え方もあるが、調査が長期化するという難点がある。これに対して、公表資料等により推定規定を適用する場合には、調査の長期化は避けられるが、争訟段階において、納税者が自己の取引価格を独立企業間価格として立証した場合にはその課税処分は取り消されるという可能性が残される。ただし、推定規定の趣旨が、適正公平な執行を担保するための特例規定であるとすれば、納税者によって原則規定である第2項によって独立企業間価格の立証が行われ、結果として課税処分が取り消されたとしても、相手方が立証に成功した場合には、原則課税に戻ることもやむを得ないのではないだろうか。

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