宮葉 敏之

研究科第38期
研究員


要約

1 研究の目的

 現在、わが国は様々な環境問題に直面している。こうした環境問題への対応として、近年、租税の活用に関心が高まっている。本稿は、このような状況の下、環境問題、特に地球温暖化問題に対する税制面での対応に関して考察を行うものである。
地球温暖化問題は、国民生活や経済活動により排出される二酸化炭素等の温室効果ガスが原因とされ、深刻な環境問題の一つであると考えられている。
本稿は、二酸化炭素の排出削減を図るための経済的手法としての租税の活用として、「環境税」(本稿では、「二酸化炭素の排出削減が図られるように誘導する目的でその排出者に対して経済的負担を求める租税」を便宜的に「環境税」と呼ぶ。)と現行税制での対応のそれぞれについて、どのような論点があるのか考察することを目的とする。

2 研究の概要

(1) 「環境税」の主な論点

イ 「環境税」は租税か
租税は、財政目的を有していることが必要とされる。また、財政目的を有していれば、租税を政策目的に用いることは許容される。
「環境税」が付随的にせよ財政目的を有しているのであれば、「環境税」は租税であるということができる。しかし、「環境税」の目的は、二酸化炭素の排出削減を図ることであり、税収の確保を直接の目的としているわけではないことから、「環境税」が財政目的を有しているのか否かを判断することは必ずしも容易ではない。
仮に「環境税」が財政目的を有しているとはいえない場合、これまでの租税法の考え方によれば、「環境税」は租税であるとはいえないということになるが、結果的にせよ、中長期的に税収がもたらされるとあらかじめ認められるのであれば、「環境税」が租税法の観点から許容される余地はあるのではないかと考える。

ロ 「環境税」の役割
「環境税」は、二酸化炭素の排出削減という政策目的を実現するために国民生活や経済活動を誘導しようとするものであり、「公平」、「中立」という租税原則に反するおそれがあることから、地球温暖化対策の手法として租税を活用することの妥当性については、十分な検討が必要とされる。
しかし、「環境税」の役割は、これまでのところ明らかにされていないことから、「環境税」が地球温暖化対策の手法として妥当なものであるか否かの検討が十分になされているとはいい難い。
したがって、まず、地球温暖化対策における「環境税」の役割が明らかにされる必要がある。

ハ 「環境税」と現行エネルギー関係諸税との関係
「環境税」の課税対象を化石燃料や電力とする場合には、現行エネルギー関係諸税も化石燃料や電力を課税対象としていることから、「環境税」と現行エネルギー関係諸税との関係を整理する必要がある。
一般に、課税の趣旨や税の性格を異にするものであれば、その税負担水準が問題となることはあっても、重複して課税されること自体は問題とはならない。また、現行エネルギー関係諸税は、税収の使途が道路整備費用などに特定されており、これを直ちに全廃することは現実的には不可能であると考えられることから、「環境税」を導入するとしても、当面は、現行エネルギー関係諸税との併用を前提とする必要がある。

(2) 「環境税」の制度設計

イ 課税対象
二酸化炭素は、排出源が多様であり、排出者の特定および排出量の測定には膨大な税務執行コストを要することになるため、適正かつ効率的な税務執行の観点から、二酸化炭素の排出量と密接な関係にある化石燃料の消費量に着目して課税する必要がある。
ただし、化石燃料を課税対象とする場合には、原油、石炭、天然ガスなどの天然資源のみを課税対象とするのか、これらの二次産品や三次産品なども課税対象に含めるのかということが問題となる。
また、化石燃料は、エネルギー源でもあるが、原料としても消費されることから、原料として消費される化石燃料に対して、「環境税」の税負担を求めることの適否が問題となる。
さらに、電力に課税する場合には、電力全体の消費抑制を通じて、二酸化炭素の排出削減を図ることが考えられるが、電力消費量と二酸化炭素の排出量との間に必ずしも密接な関係があるとはいえない。

ロ 納税義務者(課税段階)
「環境税」は、二酸化炭素の排出者に負担を求めることを目的とするものであることから、化石燃料の消費者に税負担を求めることが必要となる。
本来は、化石燃料の消費者に直接課税する方が効果的であり望ましいと考えられるが、化石燃料の消費者は膨大であり、消費者ごとに消費量を特定することは相当の税務執行コストを要することになる。
したがって、大量かつ広範に消費される化石燃料については、効率的な税務執行や税の保全の観点から、製造・輸入段階での課税を基本とする必要がある。

ハ 課税標準・税率
「環境税」は、二酸化炭素の排出削減を図るために、二酸化炭素の排出量と密接な関係がある化石燃料の消費量に着目して課されるものであることから、従量税とする必要がある。
さらに、それぞれの化石燃料は、用途や需要の価格弾力性などがそれぞれ異なることから、機械的に炭素含有量に応じて課税するよりも、炭素含有量以外の要素も加味して、それぞれの化石燃料ごとに異なる税率で課税した方が、二酸化炭素の排出削減に効果的な場合もあると考えられる。したがって、「環境税」の税率は、それぞれの化石燃料に対して、炭素含有量をベースとしつつも、それぞれの化石燃料の特性等を勘案して設定する必要がある。
また、「環境税」の税率水準を設定するにあたっては、化石燃料の消費状況や価格動向、さらには技術開発の状況や国民の所得水準などを見極めつつ、総合的に判断していくことが現実的な対応である。

ニ まとめ
理論的に効果的な「環境税」であっても、適正な税務執行がなされなければ、「環境税」の効果は減殺されかねないことから、税務執行面からみた論点がきわめて重要になる。

(3) 現行税制での対応
 現行税制の中で、その課税の趣旨を損なうことなく、二酸化炭素の排出削減を図ることが可能なものとしては、エネルギー関係諸税と自動車関係諸税が考えられる。
二酸化炭素の排出削減という観点から、エネルギー関係諸税と自動車関係諸税を比較した場合、エネルギー関係諸税は、二酸化炭素の排出源を広く対象とし、また、化石燃料や電力の消費量に応じて負担を求めており、二酸化炭素の排出量と整合的であることから、自動車関係諸税での対応に比べ、エネルギー関係諸税での対応の方がより効果的である。
エネルギー関係諸税での対応に絞れば、現行エネルギー関係諸税は、現状においても、化石燃料の消費抑制に一定の効果があると認められることから、現行の税率水準を今後も維持していくことが二酸化炭素の排出削減を図るための一つの対応である。
また、さらなる二酸化炭素の排出削減を図ろうとする場合、現行エネルギー関係諸税での対応はいくつか考えられるが、石油税の税率引上げによれば、ほとんどの化石燃料に対して税負担を求めることが可能となり、また、原油、天然ガス、石炭の間で炭素含有量を勘案した税率とすることもできる。
ただし、大幅な税率引上げを行うことは、課税の趣旨を損なうことにもなりかねないことから、二酸化炭素の排出削減を図るための税率引上げであっても、従来からの石油に対する税負担のあり方に配慮して対応する必要がある。
このように、現行エネルギー関係諸税の税率引上げにより、二酸化炭素の排出削減を図ることには自ずと限界はあるものの、現行エネルギー関係諸税での対応は、二酸化炭素の排出削減に一定の効果が期待できるとともに、適正な税務執行が可能となることから、地球温暖化問題への税制面での対応として、有力な選択肢の一つである。

3 結論

 地球温暖化問題への対応として、「環境税」の有効性が期待されているが、「環境税」の政策手段としての妥当性を論じるうえで、地球温暖化対策における「環境税」の役割が明らかにされることが前提となる。また、租税法の観点からみた場合、「環境税」には解決すべき論点が多く残されている。さらに、「環境税」の制度設計にあたっては、その効果の観点だけでなく、特に税務執行面からみた論点がきわめて重要になる。
これに対して、現行エネルギー関係諸税は、二酸化炭素の排出削減を目的とするものではないが、結果的には一定の排出抑制効果があると認められる点において、一種の「環境税」とみることができる。また、エネルギー関係諸税での対応は、税務執行面からみて効率的な方法であることから、地球温暖化問題への対応として、有力な選択肢の一つになる。
将来的に、現行エネルギー関係諸税を抜本的に見直し、新たなエネルギー税制として再構築する場合には、地球温暖化問題への対応について、改めて検討することが必要となるとしても、当面、地球温暖化問題への対応として租税の活用を行うとした場合には、地球温暖化対策における租税の役割にもよるが、現行エネルギー関係諸税での対応が最も現実的であると考える。

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