秋峯 晴男

札幌国税局総務部長
(前税務大学校教頭)


序章 研究の視点と方法

 近年、経済の国際化が進展するなどして、わが国企業の経営環境は大きく変化してきている。このような中で、企業の競争力を確保するとともに、企業の活力を十分発揮できるようにするための企業法制面の整備や企業会計における国際的な調和の観点からの大幅な見直しが行われてきている。すなわち、例えば、柔軟な企業組織の再編を可能とするための会社分割法制を創設する商法改正法などが平成12年5月に成立しており、また、連結財務諸表制度について平成11年4月に抜本的見直しが行われている。一方、こうした動きに対応して、税制においても適切な対応が求められている。政府税制調査会は、平成11年7月以降、法人課税小委員会を再開し、企業組織の再編に関する税制として、会社分割に係る税制や連結納税制度について、その導入に向けた検討を行ってきている。このうち、会社分割に係る税制に関しては、同税制に係る法律案が平成13年3月28日第151回国会で可決成立した。また、残る連結納税制度について、同調査会は、「平成12年度の税制改正に関する答申」の中で、企業経営における企業集団の一体的経営の傾向の強まりや企業組織の柔軟な再編成を可能とするための商法等における見直しが進められる中で、企業の経営環境の変化に対応する観点、国際的競争力の維持・向上に資する観点、企業の経営形態に対する税制の中立性の観点から、わが国においても、連結納税制度の導入を目指すことが適当であるとしている。そこで、本論文では、このように連結納税制度の導入を間近にして、わが国における望ましい同制度のあり方を探求することとする。
ところで、連結納税制度など税制のあり方について検討するに当たっては、どのような視点からの考察が必要になるのであろうか。どのような考え方、原則により税制を構築することが望ましいかについては、従来から各種の租税原則が提唱されてきているが、それらは、結局、「公平」、「中立」、「簡素」の3つに集約することができる。そして、この「公平」、「中立」、「簡素」の意義や重点の置き方は、経済社会の構造変化に伴って変わってくることもあるが、また、「公平」、「中立」、「簡素」の3つの原則が相互にトレード・オフの関係に立つ場合には、この3つの原則のうち、「公平」に重点を置く必要があることもでてこようが、この3つの原則が税制を考えるに当たっての基本であることは、今後においても変わらないであろう(1)。本論文では、わが国に導入する連結納税制度としてどのような制度が望ましいのか検討するに当たり、原点に立ち返って、上記の「公平」、「中立」、「簡素」の3つの原則に照らしてどうかという視点から、考察してみることとする。その場合、「公平」、「中立」、「簡素」の内容についての説明は、一般に、抽象的なものに止まっていることがほとんどであり、それらを検討の道具として用いることは難しいことから、本論文では、まず、「公平」、「中立」、「簡素」のより具体的な内容について考えるとともに、その上で、本論文で掲げる論点ごとに、3つの原則の具体的な内容に照らしてどうかという視点から考えてみることとする。そうした考察をすることによって、わが国における望ましい連結納税制度のあり方も、おのずと明らかになるであろう。
次に、上記のような視点に立って考察を進めるに当たって、研究の方法としては、どのような手法があるのであろうか。まず、考えられるのは、これまでわが国に構築されたことのない連結納税制度についての研究であることから、この制度をすでに採用し、運用している、同制度の先進諸外国の状況についてみておく必要があるという点である。先進諸外国の連結納税制度については、大きくわけて、米国で採用されている型(連結納税型)と、独で採用されている型(損益振替型)との2つのタイプがあり、両国とも、同制度の創設以降、長期にわたる制度運用の経験を有している。このような両国の同制度の変遷・税制の仕組みについてみておくことは、わが国における連結納税制度のあり方について考える際に有益と考えられる。また、わが国における連結納税制度のあり方については、国内においても、すでに研究がなされ、研究団体から具体的な試案も提案されている。その具体的な試案については、米国で採用されている型を試案として提案しているものと、独で採用されている型を含むものを試案として提案しているものとの2つのタイプがある。当然のことながら、これらの試案は、諸外国における連結納税制度の状況、わが国における現行税制および税制を取り巻く環境についても考慮した上で、検討し、提案されているものである。ここで研究を進めるに当たって、これらの試案の内容についてみておくことも参考になると考えられる。本論文では、上記のことを踏まえて、研究の方法として、まず、米国、独における連結納税制度について考察し、さらに、国内の研究団体が提案している連結納税制度試案を検討して、わが国における望ましい連結納税制度のあり方について、本論文で掲げた論点ごとに考えてみることとする。
本論文では、以上の研究の視点・方法を踏まえて、以下の手順で調査・考察を行い、研究を進めることとする。
第1に、連結納税制度の意義を明らかにするとともに、前述の研究の視点の部分で述べた観点から、本論文においてとりあげる必要のある論点について考え、どのような論点を掲げるのか示す。
第2に、連結納税制度が既に制度化され、かつ、連結納税型を採用している米国と損益振替型を採用している独について、それぞれの国の制度の変遷・基本構造について調査・研究する。
第3に、これまで国内において公表・提案されている、研究団体による連結納税制度の制度化に向けての試案のうち、1米国が採用している連結納税型の制度を試案として提案している日本租税研究協会試案と、2独が採用している損益振替型も含む制度を試案として提案している企業活力研究所試案とをとりあげて検討・考察する。
第4に、そのような調査・考察に基づいて、どのようなタイプの制度をわが国に導入することが望ましいのか、また、本論文で掲げた論点ごとの望ましい税制のあり方はどのようなものかについて考察する。
最後に、それまでの研究の結果を結論としてまとめるとともに、残された課題について考えることとする。


(1) 加藤 寛監修『わが国税制の現状と課題』大蔵財務協会、2000年、15ページ。金子宏『租税法(第8版)』弘文堂、2001年、88ページ。

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