大野 新二

税務大学校
研究部教授


 圧縮記帳は、法人に生じた特定の収益の課税を繰り延べるための手段として、税法上広く用いられており、各種の特別償却や準備金等と同様、毎年の税制改正の主要な課題ともなっている。それは、近年の金融機関の経営の健全性の確保や企業の再構築のための商法改正を踏まえた措置など圧縮記帳の手法が幅広く採用されていることからも明らかであろう。

 圧縮記帳は、戦前から税制上の措置として設けられており、企業会計原則との調和という観点から、その課税のあり方が議論されてきた。特に、昭和20年代半ばには、新たに企業会計原則が設定されたこともあり、国庫補助金(建設助成金)等の特定の収益は所得として課税すべきものか、資本剰余金として取り扱うべきかといった問題を中心として大きな議論が巻き起こった。その後、圧縮記帳は租税特別措置を中心として拡大してきたが、商法の改正に基づく積立方式の変更に関する見直しや政策税制としての改廃等を除くと大きな見直しは行われていない。この間、産業構造の面では製造業のウェイトが相対的に減少する半面、金融サービスをも含めた各種サービス活動の重要性が増すなど、企業を巡る社会経済状況が大きく変化している。こうした実物経済から金融経済への経済基盤の変化は、企業の収益構造のみならず、企業会計や税法のあり方にも多大な影響を与えている(1)。

 税法上新たな措置を設ける場合におけるその必要性等、制度創設の趣旨については、当然のことながらその当時の経済社会の状況や税制のあり方等を踏まえたものである筈である。また、現在までその制度が引き続き認められてきたということは、その間必要な措置として機能してきたということであり、仮にその趣旨が時代の変化に伴って事実上変ってきたとしても、現時点においてもやはり妥当性を持ったものである筈である。例えば、保険金等の圧縮記帳について、従来、名目所得を排除するための措置といった説明がなされることがあったが(そうした説明ぶりが現在も引き続き行われている例も見受けられるが)、これはまさに、当時の時代背景を色濃く反映しているものといえる。すなわち、圧縮記帳が創設された時期は戦前、戦後を通じてのインフレーションが進行した時期と重なり、インフレーションによる貨幣価値の変動による所得は課税すべきではないといった考え方は一般的に認められており、制度創設の背景にあったものといえよう。

 また、先に述べたとおり、国庫補助金等は資本剰余金であるとする企業会計の主張にかかわらず、税法は一貫して所得として課税する立場をとってきているが、その収益を一時に課税しないために課税繰延措置としての圧縮記帳という手法を採用している。この課税繰延は、本来当期において課税すべき所得を単に先送りすることだけではなく、繰り延べられた利益をどの時点で課税するかといった課税の時期の問題も含んでいる。この課税の時期を巡る問題は、収益及び費用の年度帰属の問題として、これまでも大きな議論を巻き起こしてきたが、近年も例えば、昭和40年の全文改正以後30数年ぶりの抜本的な改革とされた平成10年の改正における長期請負工事に対する完成工事基準の原則廃止や各種引当金の見直しなどの改正をみても、税制における重要な課題となっている。

 本稿は、課税繰延の措置として長い歴史をもち、また、現在も幅広く採用されている圧縮記帳について、その繰延の趣旨について従来どういった説明がなされ、また、これまで大きな見直しが行われていない現状及び企業を取り巻く環境が大きく変化してきた状況の下で、そうしたいくつかの考え方のうち何れの説明が現時点においても適切なのか再吟味し、また、圧縮記帳という手法が、課税繰延の趣旨及び課税の時期をも念頭に置いた場合において問題は存しないのかといった点についてあらためて考察してみようというものである。

 なお、圧縮記帳は、法人税法に次に掲げる圧縮記帳が、租税特別措置法において、収用等の場合の課税の特例(措置法64)や特定の資産の買換え等の場合の課税の特例(措置法65の7)など多くの措置が認められている。本稿では、本法の圧縮記帳を俎上に載せ考察することとしている。これら本法の措置はそのほとんどが昭和20年代に設けられたものであり、先に述べた観点からの吟味を加えるに適切であること、また、措置法によって規定された措置は一義的には政策的に認められたものであり、政策的に適当かどうかの検討は、本稿では予定していないからである。ただ、これらの吟味を通じて全体を見通すことも、またできるのではないかと考えている。

(1) 国庫補助金等で取得した固定資産等の圧縮額の損金算入(法法42〜法法44)

(2) 工事負担金で取得した固定資産等の圧縮額の損金算入(法45)

(3) 非出資組合が賦課金で取得した固定資産等の圧縮額の損金算入(法46)

(4) 保険金等で取得した固定資産等の圧縮額の損金算入(法47〜49)

(5) 交換により取得した資産の圧縮額の損金算入(法50)

(6) 特定の現物出資により取得した有価証券の圧縮額の損金算入(法51)

〔注〕
(1) 古賀智敏「金融化社会と現代会計の課題」会計第151巻第3号、1997年、16・17頁/武田隆二「会計パラダイム展開の回顧と展望」税経通信第50巻第1号、1995年、74頁

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