今村 修

金沢国税局長


はじめに

 本稿は、相続税・贈与税の税務上の株式の評価の歩みを辿る試論である。
相続税法(昭和25年3月31日法律第73号)第22条によれば「この章で特別の定のあるものを除く外、相続、遺贈及び贈与に因り取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による。」とされているが、相続税・贈与税の財産評価は、「財産評価基本通達」(昭和39年4月25日付直資56ほか国税庁長官通達「相続税財産評価に関する基本通達」、これが平成3年12月18日付課評2−4ほかにより「財産評価基本通達」と改題された。以下「評価基本通達」という。)等により定められている。
相続税法第22条に規定する「時価」は、「課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち客観的交換価格をいう。」と解されており、評価基本通達1に定める「時価」は「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいう。」とされている。
すなわち、相続税法第22条に規定する「時価」と評価基本通達1に定める「時価」は同義であるが、評価基本通達は、客観的交換価格を、実務上可能な方法で、しかもなるべく容易かつ的確に算定するという観点から、財産の種類の異なるごとにそれぞれの財産の本質に応じた評価の方法を採用している。

 財産の客観的交換価直は、必ずしも一義的に確定されるものではなく、これを個別に評価するとすれば、その評価方式、基礎資料の選択の仕方、評価者による判断等により異なった評価額が生じることが避け難く、また、課税庁の事務負担が増大し、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれもあるところであり、納税者間の公平の確保、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみても、あらかじめ定められた評価方法によりこれを画一的に評価する方法には合理性があるというべきである。また、そうした評価方法は、財産の種類に応じて種々の算定方法が想定されるし、評価理論の進歩や社会経済情勢の変化に応じて変遷する可能性を有するのであるから、これを法律によって逐一かつ一義的に定めることは、困難といわざるを得ない。したがって、相続財産の時価の具体的な算定について、あらかじめ定められた評価通達及び評価基準に基づいて評価する方法には合理性があるというべきである(平成7年6月30日・束京地方(行ウ)157)。

 この通達は、昭和25年、昭和26年、昭和27年の3年間施行された富裕税(注)の課税価格計算の基礎となる財産の価額の評価について定めた「財産評価通達」(昭和26年1月10日直資1−5、以下「富裕税財産評価通達」という。)を承継したものである。すなわち、この富裕税財産評価通達が評価基本通達の前身である(先に記したように、評価基本通達は、昭和39年に制定されたが、それまでの間における相続税・贈与税の財産評価は、富裕税財産評価通達を基本とし、この通達と相続税・贈与税に関する年分通達とによっていた。)が、富裕税財産評価通達は、単に現行通達の前身というにとどまらず、そこに現行通達の原型をみることができる。
株式の評価に関していえば、幾多の改正・修正を経ながらも富裕税の財産評価通達における評価の基本的枠組は堅持されてきているからである。ここにその基本的枠組みを示せば次のとおりである。

(1) 株式を、適用する評価方法に応じて1上場株式2気配相場のある株式3取引相場のない株式に区分する。

(2) 評価方法のアウトラインは次のとおりである。

・上場株式
取引価格
・気配相場のある株式
取引価格
・取引相場のない株式
株式の発行会社の規模に応じて類似業種比準方式又は純資産価額方式又はその併用方式

 相続税・贈与税に係る株式の評価の歩みは、このような意味で直線的であり、これを一言でいえば、上記の基本的枠組みを基軸とした修正・改正の歩みといえる。
評価の歴史をさかのぼってみると、先に記したように形式的にみれば直線的であり、さほど重要な改正・修正があったようには見えない。しかしながら、改正・修正の内容を一つ一つ跡づけてみると、税務当局及び納税者双方にとって内容的に重要なものが多いことがわかる。タイトルを「歩み」とするゆえんである。

〔注〕 旧富裕税の概要

 我が国がかつて実施した富裕税の概要、富裕税制度の経緯及び廃止の経緯は次のとおりである。

(1) 富裕税の概要

イ  実施期間 昭和25年から昭和27年までの3年間(昭和28年廃止)

ロ  納税義務者

(イ)  毎年12月31日午後12時(課税時期という。)において法施行地内に住所又は1年以上居所を有する個人(居住者)

(ロ)  (イ)以外の者で課税時期において法施行地に財産を有する個人(非居 住者)

ハ 課税価格

(イ)  居住者の場合は課税時期において有するすべての財産(ニの非課税 財産を除く。)の価額から、債務の金額を控除した金額による。

(ロ)  非居住者の場合は課税時期において法施行地にある財産(ニの非課税財産を除く。)の価額からその財産に係る債務を控除した金額による。
 なお、みなす所有財産として、信託、定期金給付契約及び生命保険契約上の権利がある。

ニ 非課税財産

(イ)  国又は地方公共団体において公用又は公共の用に供する土地、家屋及び物件

(ロ) 墓所、霊廟、祭具及びこれらに準ずるもの

(ハ) 国宝又は史跡、名勝、天然記念物、重要美術品として認定されたものの価額の合計額のうち100万円までの金額

(ニ) 専ら学術の研究の用に供する書籍、標本及び機械器具

(ホ) 生活に通常必要な家具、什器、衣服その他の動産

ホ 合算課税
夫婦、親と未成年の子又は祖父母と未成年の孫で、生計を一にするものの有する財産は合算して富裕税を計算し、各人の課税価格にあん分した税額を課税する。

へ 免税点 課税価格(合算後)で500万円

卜 税率(超過累進税率)

課税価格 500万円超 1,000万円以下 0.5%
  1,000 〃 2,000 〃 1%
  2,000 〃 5,000 〃 2%
  5,000 〃  〃 3%

チ 評価

(原則) 時価評価(具体的には富裕税財産評価通達によった。)

(特別) 地上権等、上場有価証券、定期金に関する権利等の評価方法を法定とした。

リ 申告及び納付
課税時期の翌年2月1日から同月末日までの間に、申告し納付する。

(2) 富裕税の創設の経緯
戦後の財政再建のため、1昭和21年に財産税及び戦時補償特別税を創設し、2昭和22年には増加所得税を、さらに3昭和23年には取引高税を打ち出すなど、戦後インフレの収拾を図りつつ財政再建に取り組み全国に徴税旋風が吹き荒れた。このような徴税強行を行った結果、国庫は辛うじて予算上の税収を確保することができたが、税務行政に対する納税者の感情は、反税運動に発展した。また、昭和24年度の国税・地方税を合わせた国民所得に対する税負担率は28.5パーセントという高率を示した。
このような状況から昭和24年6月7日池田蔵相は、シャウプ博士に書簡を送り、1全体として租税負担は重い、2租税の配分及び税法における税率その他の規定が余りに重過ぎるかあるいは不合理である、3租税は国民の勤労意欲、企業意欲あるいは資本蓄積の大きな妨げとなっていることを強調し、減税の必要性を強く主張した。
これを受けて、シャウプ勧告は税務行政の効率化と納税協力の高度化という観点から、所得税の控除の引上げと税率の引下げ(最高税率85パーセントから55パーセント)を行ったが、同時に高額所得層への優遇を是正・補完する目的で富裕税が創設された。また、その機能として次のことが期待された。

イ 所得税の累進性を確保すること。

ロ 生産と投資に対する阻害的影響を小さくすること。

ハ 所得課税から脱落しやすい資産所得を元本で補足すること。

ニ 富の集中を阻止すること。

(3) 富裕税の廃止の経緯
富裕税は、税務行政上の困難を主な理由として、所得税の最高税率を65パーセントに引上げることを条件に昭和27年分限りで廃止された。また、次のような点も指摘された。

イ 所得に関係なく税金を支払わなければならないという不合理な点があること。

ロ 現金や無記名債券などの把握が困難であり、表面に出る不動産所有者に重い負担となり、所有財産の種類間の公平を欠くこと。

ハ ある程度低率な財産税を課税して、いわゆる無収益財産の所有者に収益財産への転化を勧める効能があるとして同税を導入したが実効が上がらないこと。

<本稿の構成>

 評価基本通達は、幾多の改正を経て現行の姿に至っているが、この改正の経緯をなぜ改正されたのかという視点に立ってまとめようとしたのが本稿であって、単に事実関係のら列に終始しないよう留意した。
本稿は、株式の評価の基本的枠組みがほとんど変わっていないところから、次の構成とした。

 第1章 上場株式の評価の歩み

 第2章 気配相場等のある株式の評価の歩み

 第3章 取引相場のない株式の評価の歩み

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