(1)

 
岸 英彦

税務大学校
研究部教授


はじめに

 税務関係の雑誌等に目をやると、移転価格税制に関する記事や特集が多いこと、更にその内容が、例えば、移転価格税制を巡る日米間の比較論的なもの、相互協議に基づく対応的調整の問題や具体的な所得配分方法等やや技術的なものなどあり、バラエティに富んでいることに改めて驚かされる。
このことは、移転価格税制及びその取扱いに係る記事等を求めている者がいかに多いのかということの現れであろう。
このニーズの高さの理由としては、日本社会が国際化し、多くの企業が外国に進出していることから、関連者取引を規制する移転価格税制の重要性の高まりがあることは言うまでもない。また、日本においては、この税制が執行されて日が浅く、企業に馴染みが薄いということが理由として挙げられることも確かである。
しかし、より本質的には、この税制の具体的な適用を巡っては様々な観点から議論が常にあるため、明確な方向性を企業等が見いだしにくく対応に苦慮していることが、大きな理由ではないかと考えられる。
移転価格税制の適用において留意すべき点の一つとして、いかにして移転された所得を数値化するのか、換言すれば独立企業間価格の算定をどのように行うのかという問題がある。現在、大雑把に言うと独立企業間価格の算定方法(1)については、経済協力開発機構(以下「OECD」という)の容認する算定方法と米国で積極的に活用されている算定方法という枢軸が存在している。
つまり、移転価格税制の先進国である米国において、1986年の税制改正により「無形資産の譲渡又はライセンスに関する所得は、当該無形資産に帰属する所得に相応したものでなくてはならない。」という所得相応基準が内国歳入法482条に導入され、更に1988年に米国内国歳入庁(以下「IRS」という)が公表した「移転価格の研究(白書)」(2)において、従来の取引価格やマークアップ率に着目する方法ではなく、生産要素(実物の資本財、土地、天然資源)の収益率に着目する算定方法(BASIC ARM`S LENGTH RETURN METHOD)が提唱されたことが、現在の独立企業間価格の算定方法を巡る問題意識の始まりとなった。
その後米国は、1992年に財務省規則案に、1986年以降の結果としての利益を重視する考え方に基づいて、「比較対象利益幅」(3)という概念を導入した。この考え方に対して日本を含む諸外国や各業界から厳しい批判が行われ、特にOECDでは、米国の財務省規則案に対する問題点の検討を行い報告書を作成するとともに、移転価格ガイドラインの改訂作業を行うなど、米国の財務省規則の改正を牽制した。この結果、米国もこれに応じて1993年の暫定規則及び1994年の最終規則において、その内容、適用条件などの変更を加えるに至ったものの、この比較対象利益幅という概念を捨てたわけではなく、これをベースとする利益比準法として発展存続させた。米国では、この利益比準法が実務上では主たる算定方法として活用されている。
このような状況の中で、税務当局や企業等は、税務調査や相互協議を通じて試行錯誤を繰り返しながら、この税制に対応している現状にある。
そこで、従来から検討が行われてきた算定方法の精度の観点からの検討のみならず、納税者の法的安定性或いは予測可能性の観点からの検討分析も通じて、移転価格税制の執行上の問題点にも触れつつ、各算定方法の問題点について考察する。

〔注〕

(1) 独立企業間価格の算定方法とは、従前は、関連者との取引を、その取引と同様の状況の下で非関連者と行ったとした場合には成立するであろう価格を算定することであったが、現在では、独立企業間価格の算定が、結果として実際の取引価格を独立企業間価格に引き直すという価格の調整による関連者間の利益及び所得の調整を行うこととなること或いは価格の調整を行わずに関連者間の利益及び所得を調整する方法が実務上大いに利用されていることから、独立企業間価格の算定方法と言う場合には、関連者間の利益及び所得配分を何らかの方法で行うこと、というように従前よりも広く捉えられているようである。この論文においても、独立企業間価格の算定を、広義に捉えて使用することとする。本文に戻る

(2) Treasury Department and Internal Revenue Service,A Study of Intercompany Pricing(1988)本文に戻る

(3) 再販売価格基準法又は原価基準法(後述)が用いられる場合において、同一又は類似の産業内の比較対象企業の利益指標を用いて、検討対象企業の利益水準が、同一又は類似の状況下における非関連者の利益水準指標と同レベルにあるかどうかを検討するのであるが、その際の比較対象企業の利益指標は、ある特定の数値すなわちある一点を指すのではなく、ある程度の幅のあるものである。本文に戻る

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