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岡本 勝秀

税務大学校
研究部教授


第1章 序論

1 問題の所在

 ストック・オプション制度とは、会社が役員又は従業員に対して予め定められた価格で自社の株式(ストック)を購入することができる権利(オプション)を付与するものであり、株価が上昇した時に権利を行使して低価額で株式を取得し、その株式を時価で売却して多額の利益を得る報酬制度(「業績連動型の報酬制度」ともいわれる)として、既に米国では確立している。
我が国においても、会社の業績向上による株価の上昇が役員又は従業員の利益に直接結びつくことから、有能な人材の確保に資し、また、役員又は従業員の業績向上へのインセンティブとして機能し、株主重視の経営を促し、企業の活性化、ひいては株式市場の活性化にも効果をもたらすものと期待され、制度創設のための法改正が目まぐるしく行われている。
まず、平成7年11月の新規事業法の改正により、ベンチャー企業の人材確保を円滑に行うためストック・オプション制度が導入され、有利な発行価額で新株を発行できることとされた。これに伴い、平成8年度税制改正において、権利行使に係る経済的利益については、一定の要件の下に株式を売却するまで課税を繰り延べ、さらに経済的利益を含めてすべて譲渡益課税を行う特例が創設され、税務上優遇することとされた(措法29の2)。
しかし、平成8年度税制改正において創設されたストック・オプション制度は、新規事業法の認定を受けたベンチャー企業に限られていた。また、平成9年度税制改正では、税務上優遇するストック・オプション制度の対象に特定通信法に基づく通信・放送新規事業の認定会社が加えられたが、税務上の優遇措置は通商産業省又は郵政省の認定した特定の企業に限られており、株式を公開している一般の企業は対象とされていなかった。このため、公開企業等は、ストック・オプション制度に類似した他の制度(ワラント方式、大株主拠出方式)を利用していたが、経済界からは、我が国においても米国並にストック・オプション制度の解禁を求める声が強く出されていた。
このような経済界の要望に対して、政府としては平成10年度中にストック・オプション制度の一般的な導入を予定していたのであるが、突如、平成9年4月、議員立法によりストック・オプション制度の解禁を内容とする商法改正法案が国会に提出され、翌5月に成立した。
 このように、拙速とも言える程のスピードで、我が国においてもストック・オプション制度が解禁されたのであるが、税制上の取扱いについては、先の商法改正における衆参法務委員会において、「平成10年度税制改正の過程において検討すること」という附帯決議がなされている。
 仮に、税制上の手当てとして、ベンチャー企業のストック・オプション制度に認められていた従来の優遇措置が、一般企業のストック・オプション制度にまで拡大することになった場合、過度の優遇措置は不公平税制との批判を招くことにもなりかねない。また、今後は、米国のように、税法に定めた要件を満たさない非適格のストック・オプション制度を採用する企業も出てくるものと考えられる。
そこで、本稿においては、まずストック・オプション制度に関するこれまでの文献及び情報を整理した上で、その制度における課税問題について現行制度を前提として検討し、さらに今後の課税制度の在り方について考察することとしたものである。なお、本稿における意見は、あくまでも個人的見解であることをお断りしておく。

2 米国経営者の受ける報酬とストック・オプション

 日本の経営者の受ける報酬は、ほとんどが金銭であり、税務上経済的利益として役員報酬に加算されるものや税務調査において認定賞与として課税される場合があるが、当初から経済的利益の額を報酬の額に加算して公表することはほとんどないであろう。
しかし、米国では、報酬にはストック・オプションの行使による経済的利益を含めて公表している。米国の主要上場企業のCEO(Chief Executive Officer の略、最高経営責任者)の年収に占める金銭による基本給報酬の割合は45%前後であり、株式ストック・オプションの収入が過半数に達しているといわれており、高収益企業になればなるほど、ストック・オプションの収入の比率が高まるとされている(1)
米国の1989年から93年までの5年間におけるトップ所得番付の上位25名(うち上位10名については表1のとおり)のCEOは、平均して145億円相当の自社株を保有していると報道されている(2)。それによると、最も顕著な例がウォルト・ディズニー社の会長兼社長のマイケル・アイスナーで、1993年だけで202億円をストック・オプションの行使により得たと紹介されている。


(表1)CEOベストランキング(1989〜93年)
ランク 企業名/
最高経営責任者
持株の時価総額 1993年の報酬合計 内オプション行使による所得 5年間の報酬合計
1 ウォルトディズニー/
マイケル・D・アイスナー
億円
126.8
億円
203.0
億円
202.2
億円
236.6
2 トラベラーズ/
サンフォード・?T・ウェイル
127.6 53.1 46.9 141.6
3 HJハインツ/
アンソニー・J・F・オレイリー
109.1 2.7 120.8
4 USサージカル/
レオン・C・ハーシュ
27.8 2.7 114.3
5 ファンド・アメリカン/
ジョン・J・バーン
45.4 16.1 10.6 80.8
6 ローラル/
バーナード・L・シュワルツ
51.1 33.6 25.9 64.7
7 フォレスト・ラブズ/
ハワード・ソロモン
22.8 32.5 32.0 62.8
8 マッコー・セルラー/
クレイグ・O・マッコー
696.9 0.1 52.8
9 コカ・コーラ/
ロバート・C・ゴイゼッタ
327.5 14.6 9.4 51.8
10 コンセコ/
スティーブン・C・ヒルバード
37.4 38.6 29.9 51.1

(注)上記の表はForbes(日本版)に掲載されたものを加工したものである。


 このように、米国においては、ストック・オプションは報酬の一部として定着しているといえるが、CEOの報酬の開示例からみたストック・オプション等の内容をみてみると、例えば、1IBM社のケースでは、役員に対するストック・オプションは幹部従業員への付与と同じく、行使期間が10年、行使価格が付与時の時価とされており、また、2GM社のケースでは、ストック・オプションは長期にわたって執行役員の株主持分を高めることを奨励するために付与される権利で、付与された日から10年間付与された日の時価で自社株を買い付けることができるものとされている(3)

3 我が国におけるインセンティブ報酬の事例

 我が国においては、これまで一般的なストック・オプション制度が認められていなかったことから、これに代わる次のような方式が採用されていた。

(1) ワラント方式
ワラント方式は、企業が新株引受権付き社債(ワラント債)を発行し、役員又は従業員に対して新株引受権(ワラント)を賞与として支給するものである。株式そのものを支給しないのは、商法が自社株の買戻しを限定していたこと、また、ワラントを賞与として支給しているのは、労働基準法が賃金の通貨払いを定めていることを考慮したものであるとされている。
ワラント方式を我が国で最初に採用したのはソニーであり、取締役全員36人の報酬額を平成7年7月分から据え置き、その代わり、ソニーの株価が一定期間内に決められた価格以上に上昇したときに、ワラントを支給することとした。ソニーは、ワラントを発行するために、ワラント債(発行総額10億円)を売り出し、ワラントを株式に交換できる株価は、平成7年8月9日の東証の終値5200円に、2.5%上乗せした5330円とされる。また、役員報酬として発行するワラントの発行株式数は18万7600株、行使期間は平成11年8月までとされる(4)
このようなワラント方式は急速に広がっており、平成9年5月の報道では約50社が導入しているといわれている(5)

(2) 大株主拠出方式
大株主拠出方式は、ソフトバンクが平成7年3月期から導入した株式活用による特別報酬制度で、孫社長と資産管理会社が保有するソフトバンク株約1千万株の中から業績に応じて一部ずつ時価ベースで贈与するというものである。報道によると、最高額は45歳の常務の1億500万円(1株1万円で換算)で、役員以外の一般幹部社員でも最高額は5800万円という(6)

(3) 新ベンチャー制度
富士通では、起業家をつくる新ベンチャー制度をスタートさせていると報道されている。新ベンチャー制度では、社員がニュービジネスを提案し、富士通がOKを出せば具体化するというもので、提案者は退社し、そのベンチャー企業の株式(出資比率51%)に投資し、創業者オーナーになるという。富士通は49%の株式に出資し、経営ノウハウ、運転資金、経営資金などを提供する。そのベンチャー企業の成長性を評価すれば、高い値段で株式を引き取ることになるが、起業家のほうは富士通に株式を譲渡するのではなく、株式公開を目指すこともできる。この新ベンチャー制度も、いわば日本型のストック・オプションの一種といえるであろう(7)
しかし、これらの方式は、今回の商法改正(平成9年5月)を契機に、一般のストック・オプション方式に移行するものと思われる。日本経済新聞が主要上場企業にストック・オプション制度の導入について調査したところ、7割が導入に前向きであったと報道されているところである(8)

〔注〕

(1) 小林俊一「ストックオプションの会計と税務(上)」経営財務 No.2272(8.3.25)10頁本文に戻る

(2) 「Forbes(日本版)」(ぎようせい)1994年8月号42頁以下。なお、Forbes誌1994年5月23日号に掲載された米国高報酬CEOランキングについては、商事法務No.1385(1994.4.5)17頁にも掲載されている。
また、1996年の報酬(給与・賞与及び長期報酬の合計額)については、BUSINESS WEEK(APRIL21,1997)34頁に上位20位が掲載されているが、長期報酬のうちの多くはストック・オプションによるものと思われる。本文に戻る

(3) 山一証券経済研究所 橋本基美「アメリカ企業の役員報酬の開示の状況」商事法務 No.1345(1994.2.5)31〜33頁本文に戻る

(4) 朝日新聞 平成7年8月11日、読売新聞 同日本文に戻る

(5) 日本経済新聞 平成9年5月17日本文に戻る

(6) 日経産業新聞 平成6年11月30日、日本経済新聞 平成7年5月25日、朝日新聞 平成8年11月29日本文に戻る

(7) 週刊東洋経済 (1995.10.21)15頁本文に戻る

(8) 日本経済新聞 平成9年5月17日本文に戻る

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