井上 一郎

租税資料室
研究調査員


まえがき

 1949(昭和24)年5月10日、午後8時52分、シャウプ税制使節団の長であったカール・S・シャウプ博士が、ウイリアム・S・ヴィックリ一博士 (コロンビヤ大学教授)と、ローランド・F・ハットフィールド (ミネソタ州税局調査課長)とともに、マッカーサー元帥(GHQ/SCAP) の要請によって、東京羽田空港へ降りたってからまもなく50年になろうとしている。
おそらく当時の関係者は、50年の歳月にもかかわらず、昨日のできごとであったような印象を抱かれているに相違ないと思われる。しかしそれだからといって、その印象がどれほど記憶にとどまっているかはどうも別のことであるように思われる。50年の歳月は争われない。遠い過去のことでしかないわけである。
ところで、今もってわが国において税制改正について論議される場合、シャウプ勧告(日本税制報告書)が話題となり、または議論の引き合いにだされることがある。しかし、これは偶然ではなく、勧告が、当時の政治状況あるいは社会状況を背景としながらも、税制はいかにあるべきかを、当時の税制を見据えたうえで一つの結論を導きだしているところにあるように思われる。要するに租税正義の観点から、公平、公正を軸とする立法論的要素を「如何なく織りこんだものであるから、この結論は常に現状に対する三省の要として機能することになる。
ともかく、政治的決着の前に、租税正義の実現を、合理性の貫徹に求めたところに、シャウプ勧告の真髄がある。それだからこそ、シャウプ勧告は、歴史を超えて存在することとなるのである。将来のことは言えぬにしても、古典として位置づけられることは間違いなかろう。
立法論的には、理念の現実化への適応という手法にあるのであって、その手法は高く評価されようし、これがま た、今なお、カール・シャウプ物語として語りつがれていくモニュメントとみてよいであろう。
1991年3月3日、日本テレビ (4チャンネル)は、3月15日の所得税の確定申告期にあわせて、現代のわが国の租税体系の基礎を築いた功績を顕彰する意味もあって、カール・シャウプ物語を放映した。
多くの納税者に対して、税を考えるうえでの教材としては、申し分ないものといえる。
ところで、1979年4月2日各新聞は、GHQが「5月にシャウプ税制使節団が来日すること」を1日発表したことを報道した(シャウプ税制勧告・新聞資料編65頁)。
この使節団の歴史的位置付又は歴史的評価は、ここでは触れない。しかし、この来日の発表があってからは、政府、大蔵省、地方財政委員会及びその他政府関係機関並びに民間諸団体では、税制改革へ向けてその対応に忙殺されることとなる。そのため、意見、要望のとりまとめ、あるいは実情を示そうとする諸文書が作成され、ときに応じて使節団へ提出された。
現在、これらの諸資料のうち、大蔵省主税局において作成されたものは、部内の参考資料として、昭和24年度、シャウプ使節団提出資料集その1、その2及びその3がある。右のほかに、国会議員に税制改革に関する審議の参考資料とするため、官庁資料のほか、広く民間団体の意見書、要望書等を収録した国立国会図書館調査立法考査局編の「税制改革に関する資料集」5分冊がある。以上のほか、地方財政委員会編のシャウプ税制調査団提出資料集がある。筆者はあいにく、地方財政委員会編、資料集については今もってめぐりあってはいない。
これらの資料群は、いづれも孔版印刷であり、また用紙は、更紙であり、もちろん酸性紙でもあるから、現在では、利用上、細心の注意を払う必要がある。さもなければ、ページをめくるたびにぼろぼろにこわれてしまうからである。
とはいえ、シャウプ勧告の問題点を理解するには、これらの資料との突合なくしてはなしえないように思われる。さきに、「シャウプ税制勧告・新聞資料編」を刊行したときにも指摘しておいたが、「勧告」 本分は、一面では、意見、要望に対する回答的な意味あいをもつものであるから、当然これらの文書資料は、問いかけの部分であり、しかも、勧告書の性質上、表面的にこの問いかけの部分はそれとして扱われてはいないから、文面上唐突に感じられるところもあるわけである。したがって、いまこれらの資料を網羅的に呈示できればと思うが、その量からみて、直ちに開示することもできえない。そこで問題別に呈示しようと思う。もちろん、先に刊行した「シャウプの税制勧告」(霞出版社、昭和60年刊)及び「シャウプの税制勧告・新聞資料編」(霞出版社、昭和63年刊)とのつながりをも指摘しながら、差し当って当時問題の多かった「農業所得課税」に焦点をあてて、関係資料の呈示をすることとする。
なお、資料の作成過程を、シャウプ使節団の行動等との関係を時系列的に示すと、次のとおりである。

昭和24・4.1 ○GHQ、5月初旬、シャウプ博士ほか6名からなる税制使節団来日を発表と、各紙2日付で報道。
7 ○使節団員ジェローム・B・コーエン来日。
○GHQ/NRS(天然資源局)、農家所得税の査定、徴収に対する計画の概要を農林省へ提示。
28 ○農林省農業改良局、NRSに対し、農民負担に関する諸資料を提出。
5.10 ○シャウプ博士、ヴィックリ一博士、ハットフィールド氏来日
29 ○農家の税負担の軽減につき、来週早々、森農相、片桐次官、シャウプ使節団と会見のうえ、 要望書を手渡す予定と、東京新聞報道。
6.11 ○日本農民組合総本部、シャウプ使節団に対し、税制改革に関する意見書を作成
○スタンレー・S・サリー氏来日。
12 ○ハワード・R・ボーエン氏来日。
19 ○ウイリアム・C・ウオーレン氏来日。
(初旬) ○農林省、農林漁業の課税負担の現状とその改正に関する要望を、シャウプ使節団へ提出。
25 〇農業復興会議現行税制改革に関する意見を表明、近くシャウプ使節団に提出する予定と、 東京新聞、日本経済新聞報道。
○中央農業団体、農業所得税の査定及び徴税に対する意見等を表明。
○全国農業協同組合代表者会議実行委員会、農民の立場から見たる日本の徴税の実情と、税制改革に関する意見を表明。
7.14 ○過重と不均衡にあえいでいる農村課税に対するシャウプ使節団の考え方(源泉課税方式の採用等)を、農林省へ示唆(毎日新聞、7.16記事)。
15 ○農林省関係者、シャウプ税制使節団に対し、源泉課税・徴収に対する意見等を要望す(毎 日、朝日7.17記事)。
16 ○GHQ/NRS、農林省に対し供出代金につき源泉課税徴収案内示ありたることを時事新報報道。
21 ○大蔵省主税局、NRS提案にかかる農業所得税の賦課徴収計画概要に対し、意見を表明。
22 ○農林省、源泉徴収は回避、農家所得課税につき、第1案、第2案を呈示のうえ折衝と毎日新聞報道用

 以上の経過をたどって、勧告に集約されることとなる。
勧告の部分を摘示すれば次のとおりである。
日本税制報告書、第14省 所得税における納税協力、税務行政の執行ならびに争訟中「農業所得の課税および徴収」215ページ(シャウプの税制勧告249頁)、付録D 所得税および法人税の執行(WD)中、C項2、源泉徴収 C、農業者の源泉徴収W・D11頁(シャウプの税制勧告373頁)及びC項4、農業所得に適用されるべき課税手続WD14頁(シャウプの税制勧告376頁)である。
これらの勧告の結末は、シャウプの税制勧告書中、423頁〔6〕を参照のこと。これで、シャウプ勧告を農業所得課税は制度的には、旧来の方法が是認されたとみてよいであろう。
以下に関係資料を掲げる。

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