(1)

 
駒宮 史博

新潟大学法学部助教授


はじめに

 近年のコンピューターと通信手段の発達により、変動為替制度や変動金利の下において不測の損害を被るリスクを回避する手段としての、一般にデリバティブと呼ばれる金融派生商品取引が急速に発展し、現在では、その元本相当額は実物金融取引額をはるかに凌ぐほどに拡大していると言われる。こうした金融派生商品取引は、その取引形態の進化があまりにも急速なため、税務処理基準の決定が常に後追いになることはやむを得ないとしても既存の税務処理方針では対応できない部分が大きくなると、企業の側では税額を事前に予測することが困難になるというリスクを背負うことになる。こうしたリスクは、金融機関等が投資家である顧客に対して金融商品の有利性を説明する際に極めて不利な要因となることから、これを避けるため金融派生商品取引は日本の親会社で行わずに海外の子会社にさせる等の対策を採っている企業もあると聞く。
こうしたことから、わが国においても早急に金融派生商品取引にかかる税務処理方針を確立する必要に迫られており、本論文では、金融派生商品取引の税務上の取扱いを検討する際の視点について述べた後、金融派生商品取引のうち基本的取引の一つであるスワップ取引について具体的な検討を行うこととする。
二、金融派生商品取引の税務上の取扱いを考える際の基本的視点
金融派生商品取引についての税務上の取扱いを考える際には、次のような視点から検討すべきであると考えられる。

(1) 同一の経済的実態を持つ取引について同一の課税が行われているか
租税法の解釈に当たって実質課税の原則をどこまで取り入れるかについては議論があるが(注1)、制度面の検討も含めて考える場合には、同一の経済実態に対しては同一の課税がなされるべきことの重要性については異論は無いと考えられる。経済的実質が同一であるにもかかわらず、契約等の法律上の形式を変えることにより課税関係が異なる場合には、それを利用した租税回避(注2)が行われる余地が生じ、課税の公平の維持が困難となるからである。

(2) 企業が、恣意的に期間損益を操作できる等、不当に税負担の軽減をはかる余地がないか
企業の期間損益操作については、たとえ期間損益操作により税の支払いを繰り延べても、企業が早晩税を納めることに変りはないのだから、それ程厳密に考えなくてもよいのでは無いかとの考えを時々耳にする。しかしながら、例えば利子率を5%とすれば、今日納付する税金100円は1年後に納付する税金105円と同価値であることを考慮する(注3)と、本来は今日納付すべき税金100円を来年まで引き延ばすことにより差し引き5円分だけ税負担を軽減することが可能となる。そして金融取引のように取引金額が大きな場合には率にするとわずかの違いでも、大きな金額の違いとなることに留意する必要がある。

(3) 検証可能かどうか
理論的に優れた税務処理であっても、企業が定められた税務処理に従って適正に所得計算を行っているかどうかを税理士や調査官のような外部の人間が帳簿等により客観的に検証できないような制度では、税制の適正な執行が担保されず、課税の公平を維持することはできない。

(4) 外国の税制と調和のとれたものとなっているか
租税は、本来、国境の枠内の問題であり、外国の租税との調整は、従来、外国税額控除制度に代表される二重課税排除の問題としてとらえられてきた。ところが、昨今のグローバル・トレーデイングのようにコンピューター等を使った複数の金融市場における取引が日々行われるようになると、金融取引に係る各国の税制が大きく異なるとそれに応じた複数の帳簿の維持・管理が必要になる等、企業に過大な事務負担が生じるばかりでなく、税制の違いに乗じた租税回避や解決困難な二重課税問題も生じやすくなる。そのため、国際的な税制の調和についても配慮する必要がある(注4)

〔注〕

(1) 金子宏『租税法』〔第4版〕(弘文堂、1992)109−110p、小松芳明『法人税法概説』 〔5訂版〕 (有斐閤双書、1993) 16-17p本文に戻る

(2) ここでいう「租税回避」とは、脱税の意味ではなく、税法の不備を突いて不当に課税を免れる行為を指している。すなわち、税法に反しない範囲でできるだけ課税額の節減を計る節税には、2種類あると考えられる。1つは、税法上、複数の税務処理が認められている場合に、納税者にとって、より有利な、すなわち税額が少なくなるような選択を行う場合である。2つ目は、税法上の不備につけこんで税額の軽減を計る行為である。本論文で言う租税回避とは、このうち後者の行為を指している。
こうした意味での「租税回避」は違法ではないが、課税の公平の観点から考えると不当なものであり、早急に税制・税務行政上の手当てが行われるべきものである。本文に戻る

(3) こうした関係は、「1年後の105円を5%の割引率(通常は貸し倒れの危険の無い国債等の利子率が用いられる)で割り引いた現在価値は100円である」と表現される。本文に戻る

(4) グローバル・トレーデイングにおいては、事業を営む場所の移転が容易であるため、自国からの資本の流失を防ぎ、新たな資本の流入を促すためには、税を軽減しなけれはならないとの考えもある。しかしこうした考えは、各国の間での税の値下げ競争につながりかねず、仮に、そうした理由により金融派生商品取引の税の軽減をはかると、今度は金融派生商品取引以外の金融取引とのバランスがとれなくなる。そのため金融取引全体の課税の軽減を計れば、今度は他のサービス業とのバランスがとれなくなるというように徐々に拡大し、ついには製造業も含めた法人税全体の軽減にまで行き着くことになる。
このように考えると金融派生商品取引をはじめとしたグローバル・トレーディングに対処する方法としては、一国による一方的な税の軽減措置でなく、金融取引に係る課税制度の国際的な調和を計ることが必要であると考えられる。(氷見野良三「金融の税優遇競争避けよ」日本経済新聞1994年11月12日12版26面参照)本文に戻る

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